表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ALCOHOL

作者: 山羊ノ宮

「火事だー!!」

誰かが叫んだ。

俺は入ってきた入り口を見た。

そこからは黒い煙がもう入ってきている。

人々がパニックになって入り口にたかる。

煙に巻かれながら他人を押しのけ我が我がと押し寄せるが、あの煙の勢いではおそらく入り口はもうだめだろう。

俺はお絞りに水を含ませ、口元を押さえる。

それから身を低くしてある物を探す。

黒煙の広がりは早く、視界は一気に失われる。

「きええぇぇぇぇぇ!!!!」

何をトチ狂ったか、誰かが奇声を上げ、窓を開けて飛び降りた。

馬鹿だ。

ここは五階だ。

飛び下りたところで助かりはしない。

人は何メートルから飛び降りたら死ぬのか、小学校で教えるべきかもしれない。

それからまた何人かの馬鹿が飛び降りた。

俺は視界の悪い中ようやくあれを見つけた。

それは波長の短い青でもなく、波長の長い赤でもない、中間のスペクトルの緑の光である。

物置同然の扱いであったそこのものを無造作に俺はどけ、呼吸を止め、お絞りをドアノブに当ててひねる。

開かない。

鍵がかかっている様子は無かった。

錆びついているのか、と心の中で悪態をつき、ドアを二、三度蹴る。

開かない。

ドアを引いてみた。

開かない。

非常口は完璧に非情口と化していた。

俺は諦めてその場に横たわる。

もう何をしてもだめなら消防隊が来るのを待つしかない。

間に合えばの話だが。

きっと間に合わないだろう。

どうやら保険証の裏に書いた臓器提供の証明は無駄に終わりそうだ。

「大丈夫か!誰かまだいるか!生きていたら返事しろ!」

消防が来るには早すぎる。

どこの馬鹿だ、火事の中に突っ込むことがどれだけの愚行か、誰か教えてやれ。

「生きているか?今助けるからな!」

水で濡れた衣服の気持ち悪さが俺を襲う。

肩に俺を担ごうとした奴が立ちあがり、そして倒れる。

言わんこっちゃない、一酸化炭素中毒だ。

ちっぽけな正義感のためにこんな犬死なんて無様な奴だ。

けれども、そんな無様な奴がこの腐った世の中に生きているってことは存外気分のいいものだ。

俺はふらりと立ち上がりもう一度非情口に立ち向かう。

それはいわゆる火事場のクソ力という奴かもしれない。

思いっきりタックルしたら非情口はドアの向こうで何やら階下に物を落としながら開いた。

それから黒煙の中から俺は馬鹿を引きずりだして、奴の口元に手をやる。

呼吸はしていた。

ちゃんと医者に見せた方がいいのだろうが、とりあえず生きていたことに安堵する。

それから奇妙な感覚に襲われる。

火事になる前は俺はあんなに死にたがっていたのにと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  失礼しますm(__)m  楽しく読ませていただきました。  人間死にたがっていても、人生最後の瞬間になると生きたくなるものですよね。  主人公が助かって良かったです。
[一言] 死を望む主人公が、最後に生を望んでくれてよかったなあと思います。 どんな状況であっても、生きることを許されているのなら、最後の瞬間まで精一杯生きて欲しいなあと思う今日この頃。本日は冷えますの…
[一言]  アイデアはとても面白いと思います。主人公がもう少し必死で助かろうとする様、或いは生死の境をさ迷う様が克明に書かれていれば、より最後の文が引き立つのではないでしょうか。  非常灯(口)を、"…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ