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04 初めてのお出かけ 2

 幹の横側から8割以上を抉り取り、木片も残らず吹き飛ばすような形で空いた大きな穴。穿ったのは間違いなく自分自身の足先であるのに、私の頭の中で前世の記憶が、そんなことはあり得ないと否定している。


 お転婆な性格だった前世の私は様々な年齢の時に、外遊び中にその辺に生えている樹を蹴ったり、落ちていた枝などを使って殴ったりした経験がある。

 しかし、子どもの私がしていたそういった行為は基本的に、樹の皮を少し削り、表面を傷を付ける程度の結果で終わっていた。殴った際に衝撃の伝わった腕が痺れ、その際に所持していた枝などを取り落とした記憶もあるし、蹴った足に怪我をして母親に怒られた記憶もある。


 自分自身の身体より太い幹を持った樹など、どうこうできるような物ではない。それが前世の記憶から得られる常識だ。


 今の私は竜と吸血鬼の間に生まれたとはいえ、竜や吸血鬼を象徴するような身体的特徴は何も引き継いでおらず、鏡を見ても人間にしか見えなかった。

 それにまだ10歳で、しかもその身体は前世で同じ年ごろだったころと比べても非常に幼く、幼女と言って差し支えないほどなのだ。この身体で樹を蹴った結果穴が開くなど、信じられないし、想像もしていなかった。

 なので思わず硬直してしまったわけなのだが。


 そもそも、前世の記憶を持つ私が、アイリとして屋敷内での生活をしてきた中で、自身の身体的な能力に違和感を感じたことは無いはずだ。

 様々な要因で誤って屋敷内の家具や壁にぶつかった、などといったことは過去に何回かあるのだが、その際に足が当たった家具等が吹き飛んだり、壁を破壊して穴を開けたり、なんてことができたような記憶はないので普段の私の身体能力は普通の人間の子ども並みしかないはずなのだ。比較できる対象が屋敷内にはいなかったので、多分、おそらく、ではあるけれど。

 

 ちなみに、屋敷内で駄々をこねて全力で暴れる、などといったことはしたことがない。いかに今の私の姿が幼女だとはいえ、前世の記憶があることを伝えている父や母の前で駄々をこねて暴れる、など恥ずかしすぎるし、それをしない程度の自制心は前世から持ってきているのだ。

 ただ、文化の違いか種族の違いか詳しいところは分からないけれど、血抜きだけがされてそれ以外に調理らしい調理はされずに食卓に出てきた謎の生肉と、血が注がれたグラスのセットを初めて見た時には、これは駄々をこねても許されるのではないかと思ったが、結局そんなことはしなかった。

 私の気分的な問題、の他には問題らしい問題はなかったし、吸血鬼や獣人、それと竜人くらいしかいない屋敷の中に調味料などあるはずもなかった。そもそも料理の知識などほとんど無い。前世でそんな趣味は持っていなかった。


 父はほとんど屋敷内にはいないので、食事は母と一緒にすることが多い。といっても母は基本的に何も口にせず、私が食事している様子を眺めているだけだ。屋敷内で生活しているだけなら血の摂取はほぼ必要ないらしい。燃費が良いのかな。

 時々私の食事のタイミングに合わせて食卓で少量の血を飲んでいることもあるが、その頻度は少なく、あくまで私と一緒に食事をしているという、状況を楽しむためのものであり、そもそも経口摂取である必要すらもないらしい。

 赤ん坊の私が頻繁に母乳を要求するので、その時はその分頻繁に血を摂取していたそうだ。後から考えてみたら4年以上飲んでいた。成長が遅かったから。

 母も一応、肉を食べることもできるそうだ。特に必要はない、と言っていたけれど。

 私の食事は現在、1日3食用意されている。母と相談しながらいくつかのパターンを試したが、前世の記憶とか色々な兼ね合いもあって、最終的にそれに落ち着いた。




 などと、自分の置かれた状況も忘れてどんどんと思考が脱線していっていた私の耳に、ミシミシとも、バキバキとも取れるような不穏な音が聞こえてきた。その音の源は目の前にある樹だ。


「倒れ…落ちるっ?!」


 これだけ派手に吹き飛ばしたのだ、自重を支えることができなくなった樹がぽっかりと空いた穴の部分から倒れるのは当然の流れだろう。


 樹が倒れようとしている今もなお、魔物の糸で空中に吊り上げられたままの私の身体。今の私にはこの状況に対して取れる策などなかった。思わず目をギュッと瞑る。


 一瞬の浮遊感の後、私は何かに抱きすくめられるような感覚を感じた。

 私はそれを感じても目を閉じたまま、落下の衝撃に備えようと身構えていたのだが、その後は何も起こらなかった。恐る恐る目を開け、状況を確認する。私の胸の前には人間のものに見える腕が回されており、動くことはできない。

 その腕の持ち主を確認するために右側を向いてから横目で後ろを確認したところ、非常ににこやかな顔をした父の顔が視界に入った。

 父は私の背後から、私の脇の下に腕を通し胸の前で組むような形で私を抱きしめており、その状態でニコニコとしながら私の顔の方を見ている。父の足は地面に着いているが、脇の下から腕を回され、後ろから抱きすくめられた形になっている私の足は今も浮いている。下ろしてほしい。


「いや〜、パパのマネをして火を吐こうと頑張ってるアイリの姿は可愛かったなぁ〜」


 ニコニコとしたままの父は私を抱きすくめたまま、そう言いながら頬擦りしてきた。娘とのスキンシップに段々と表情が緩んできている気がするが、そもそもそんな状況ではなかったはずだ。


「お父さんの真似なんてしてないよ。それよりも放してほしいな?」


「パパはもう少しこうしていたかったなあ……」


 私の言葉を聞いた父はそう言いながらも渋々、といった表情で私を下ろし、腕を離した。私は改めて状況を確認する。


 まずは周囲を観察する。前には森が広がっていて折れた木などは確認できない。

 次に振り返って後ろを確認すると、父の背後の方に途中から折れている樹と折れた倒れた木、そしてその近くに裏返って散らばる、私を捕食しようと糸で吊り上げていた蜘蛛型の魔物の残骸。

 私の目に映るそれは頭胸部や腹部を引き裂かれた様にバラバラとなっていて、時折ピクピクと痙攣するように動いているようだ。体液も出ており、大きさも相まって非常にグロい。まさか死んでもなお、私の精神に負担をかけてくるとは思わなかった。


 さすがにあの状態から起き上がり襲いかかってくる、などということが起きることはなさそうなので、自分の状態を確認する。

 服の両腕の辺りに付いていた魔物の糸は服からすぐのところで千切れている。見る限り服に異常もないし、糸を出した本体が死んだら糸は溶けて消える、なんてことは起きたりしないようだ。左足の辺りに付いていたはずの糸の状態も確認しようと下を向いた私の目に、おかしな光景が飛び込んできたので、そちらの方を注視する。


 靴に穴が開いている。顔を動かしたり、足を上げたりして確認したところ、靴の前面、つま先の方に並んで4つ、それと内側の、踵に近い位置に1つ。合計5つの穴が、右側の靴にあり、穴の位置を靴に合わせて左右反転させるような形で、左側の靴にも穴が空いている。

 幹を粉砕するほどの威力で樹に当たった右側の靴が破損するのは分からなくもないけれど、なぜ左側の靴にまで穴が空いているのだろうか。


(……どうしてこんなことになってるんだろう…)

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