03 初めてのお出かけ 1
さらに時が経ち、私は10歳になった。ある日突然あのスーツ姿の男が現れて、チート能力が使えるようなギフトを貰えたりしないものかと考えていたが、そんなイベントは起こらず、そもそも干渉して来たことすら無い。期待するのが間違っているのかも知れないが、なかなか諦めがつかない。
「これでよし、と」
出掛けるために着替えた私は、姿見に映る自分を見る。端正な顔立ちに、艶やかで美しい銀髪。そして透き通るような青い瞳。髪色は父が人に近い姿をとっている時の色だが、髪質や瞳の色は母譲りのようだ。しかし…
「……もう10歳なのに、どう見ても幼女」
前世での10歳といえば病院での生活が始まる直前くらいで、性格はともかく、見た目は年相応の少女であったはずだ。しかし今、私の目に映っている自分は幼く、まだ5〜6歳くらいに見える。
寿命の長い種族である吸血鬼の血を引いている影響なのか、成長が遅いのだ。竜は人型で成長するものではないので私の成長の遅さに影響があるのかは分からないが、吸血鬼以上に長寿らしいので多少は影響が出ているのではないかという気がする。
(そういえば……)
ふと私は、自分の出産までに3年かかったと聞いたことがあったのを思い出す。なるほど、産まれる前から私の成長は遅かったようだ。
私は自分の成長の遅さについて考えるのをやめ、自室から出ると、屋敷の入り口の方向へと歩き出す。途中で幾人かの使用人とすれ違い、挨拶を交わす。
ここは母の屋敷であり、使用人として屋敷内で生活している者はそのほとんどが吸血鬼だ。吸血鬼が日光を浴びると灰になる…などということはないようだが、長時間浴び続けると体調を崩す者が多いらしく、外に出ることは少ない。
そのため外では主に獣人や、少数の竜人などが見回りをしているらしい。この屋敷を含む敷地内は周りを背の高い金属製の柵で囲まれているが、その外には森が広がっており、そこには魔物が出没するのだ。
時々敷地内にも侵入してくるそうだが、それは見回りをしている者たちによって屋敷に到達する前に処分されているという。
ちなみに日光に対して忌避感もなく、浴び続けても平気な吸血鬼も稀に存在し、母はそれに該当する。私も日光に対して忌避感はないし浴び続けても平気だったが、それは母の血を引いているからなのか、竜である父の血が半分流れているからなのか、よく分からない。
「アイリは今日も可愛いなあ」
屋敷の扉を背にする形で母と会話をしていた父は、母の向こう側から歩いてきた私を見つけると、顔を綻ばせながら言った。今日は初めて屋敷の敷地から出て、父と一緒に森へ行く予定なのだ。
「お父さんが守ってくれるけど、無茶はしちゃダメよ。アイリに前世の記憶があるのは聞いたけど、アイリは私達の娘で、まだ子どもなのだから」
先程まで父と話をしていた母は振り返ると、私に向けて言った。私は既に前世の記憶を持っていることを二人に話している。
その際に前世では身の回りのことは自分でしていたと告げ、それを母は尊重してくれたので、今は私の身の回りの世話をする使用人はいない。でも日に1回、部屋の掃除はしてもらっている。
別の世界から転生したことまではわざわざ話していない。
「任せておきなさい、アイリはパパがちゃーんと守ってあげるからね」
前世の記憶を持っていると伝えた際、二人ははじめ驚いた様子であったが、大して気にしてはいないようだった。
私に前世の記憶があっても二人の娘であることに変わりはないし、20年分かそこらの記憶があったところで、1000年以上の時を生きている二人からすれば誤差のようなものらしい。父は珍しいこともあるものだと言っていたが、その後もこのように何も変わらず私を溺愛している。
前世から記憶が繋がっている私としては、姿が幼女でも精神的には成人しているのと大差ないと考えているので、この扱いは正直恥ずかしい。
これから私は父と一緒に敷地の外へ出て森へ行くわけなのだが、この世界には魔物が存在し、敷地の外に広がる森にも当然魔物が出る。そのため父と母は私が肉体的にも精神的にも成長するまで屋敷内で保護する予定だったそうだが、私が森に行ってみたいと父に言ったことに加え、私には前世の記憶があり、充分に分別が付くだろうと判断されたことで、父の同伴という条件付きでの外出が許可されたのだ。
私と一緒に出掛けるのが初めてだからか、私以上に父の方が気分が昂っているように見えるが、気にしないことにする。
「うわ……グロい……」
眼前の光景を見て、前世の記憶、本で読んだ物語から得られた魔物の知識など、この世界ではあまり役に立たないのかも知れないと思った。
もはや原型を留めていない謎の魔物の臓物や骨、血などといった物が、巨大なスライムの中で漂い、それらは徐々に消化されているようだ。スライムとは前世では雑魚の代名詞、みたいな存在だったはずだが、目の前のこれは私など一飲みに出来るだろう。
「アイリ、下がっていなさい」
人型のままの父はそう言いながら、私に背を向ける形で私とスライムの間に立ち、口から火を吹いた。
「おー……」
突然目の前に広がった火の海に、私は呆然としながら、成り行きを見守る。父は数秒で火を吹くのを止めたが、その数秒で巨大なスライムは蒸発し、その中に漂っていた物は炭となり、そして灰となった。
周囲には肉の焼けたような匂いが漂っている。ついでに周りにあった数本の樹の葉や細い枝などが燃えているが、それらのはある程度の距離をおいて生えているため、新たに燃え移ることはなさそうだ。
「人型でも火が吹けるんだね……」
まだ呆然とした気持ちが抜けきらない私が呟く。その声は小さかったが父の耳には届いたようで、振り返ると胸を張って得意げな顔をしてから、肩を落とし悲しそうな顔になった。
「アイリには角が無いし、ブレスは無理かも知れないよ?」
異種族間で子どもが産まれた場合、大抵はどちらか片方の親の性質を引き継ぐか、両方の親の性質が半分程度引き継がれるらしい。しかし不思議なことに私は頭に角も無ければ耳も尖っておらず、鋭く長い犬歯も無いのだ。
私が母から生まれたのは間違いなく、確認できた種族名からしても竜である父の血も引いているはずなのだが、見た目では何も確認できず、生まれてきた私を見た父も母も首を傾げることになったらしい。
「アイリはこんなに愛らしいし、顔立ちや髪の色、目の色なんかはちゃんとパパやママにそっくりなのに、角も牙もないし、どっちのどんな性質を引き継いだんだろうねー?」
そんなことを言われながら、抱き上げられ、頬擦りされる。私も自分で不思議に思っている。色々と。元々は血液から出来ているといわれている母乳は美味しく感じたような記憶があるし、魔物の肉も美味しく食べられるし、血抜きがされていなくてスプラッターな状態の肉と血も、精神的にクルものはあるが普通に食べられるのだ。
なのに見た目は人間にしか見えない。
頬擦りを続ける父の腕から抜け出て、蒸発したスライムがいた辺りを歩く。スライム自体は蒸発しても無臭なのか、その中にあった獲物が焼けた匂いくらいしか感じない。
周りを見回しても何も視界に捉えられない。
「ゴブリンとかいないのかなー……」
そんなことを言いながら、ふらふらとその辺りに生える樹の周りを歩いていると、突如上方からガサガサと音がする。
「虫採りかー、樹を揺らして虫を落とすやつ、やってみよ」
私は先程上方で音が鳴っていたと思われる樹の下に行くと、それを揺らそうと試みる。しばらく揺らそうと努力していると、私の身体に2つ3つと何かが落ちてきた。そして、私は宙に浮いた。
「あ、え?ええ、何?」
間抜けな声をあげながら自分の身体を見ると、白くて太い、蜘蛛の糸と見られるものが私の服、その両腕と左足の辺りにくっつき、その糸に持ち上げられている状態だった。
上を見ると大きな蜘蛛型の魔物の姿が見える。この世界ではこういった存在は普通なのだろうが、まだ前世の価値観を残している私の場合は別だ。このような巨大な蜘蛛を間近で見る、しかも自身が餌として認識されているこの状況は精神衛生的にとてもよろしくない。
私は息を大きく吸い込むと、先程の父のように火を吹くイメージをする。そして…
「ふぅぅー…!」
息を細く吐き出してみたが、残念ながら私の口から火は出なかった。人型の父が火を吹いたのを見たので同じ人型である自分でもできるかと思ったが、同じ人型でも私に角は無いし、そもそも私が息を吐くだけで火が出ていたらその度に屋敷は大惨事だ。さもありなん。
そんなことをしてる最中も、私の身体は徐々に吊り上げられ、魔物との距離が近付いている。私は自分が魔物に齧り付かれる光景を幻視して、背筋が寒くなった。叫び出したい衝突に駆られるが、声にならない。代わりに手足を全力でバタつかせて暴れる。
バキッ
「……え?」
私は目の前で起きた事が信じられず、硬直して固まる。暴れていた私の右のつま先が偶然幹にヒットし、それと同時に抉れるようにして、つま先が当たった部分の周辺の幹が吹き飛び、穴が開いたのだ。