20 フラグ回収
「盗賊だ! 道を塞がれた!」
あれから数日。乗合馬車が急に止まったかと思うと、御者のそんな声が聞こえた。こうなる気はしていた。おそらく途中で何かが起きるのだろうと。フラグ、というやつだ。
「怖いよ、お姉ちゃん…」
「大丈夫だよ、リッタちゃん」
泣きそうな表情で、なぜか私にくっついてくるリッタちゃん。そこは父親の方に行くべきだと思うのだけど。私はそんなリッタちゃんの頭を撫でながら、馬車の外を見る。
乗合馬車の前にいるのは、その進路を妨害するかのようにして現れた、盗賊と思しき者達だった。
魔物も出るらしいこんな森でよく盗賊稼業なんてやっているものだと思う。魔物は割とどこにでも出るらしいので、この世界ではこれが普通なのかも知れない。
馬車の中にいると幌のせいで前方の限られた範囲しか見えていないが、見える範囲内にいる盗賊は4人のようだ。
乗合馬車には私含め11人が乗っている。それに加えて、外には御者が1人だ。
その中で護衛として乗っていたのであろう傭兵が4人、それぞれの武器を手にしながら馬車から降りていく。それと入れ替わるようにして、御者が馬車の中に入って来た。
私が最初に村で乗合馬車に乗り込んだ時から、御者はずっと同じ人だ。休憩時間に水を生み出す魔法を使っているのは見ているけれど、ウッドチャックとの戦闘には参加していなかった。戦えるほどの力は無いか、仮に戦う力があったとしても基本的に戦闘には参加しないのだろう。それは護衛の仕事だと割り切っているのかも知れない。
「盗賊は全部で7人です」
「え? あ、はい」
なぜか御者が私を見ながら言った。アレスの街に着く前の旅路で、私がウッドチャックの1匹を切り伏せた様子は見ていたのだろうけど、あの時の私は冒険者ではなかった。今の私も冒険者にはなったが、別に護衛依頼を受けてこの乗合馬車に乗っているわけではないのだけど。
しかし、全部で7人ということは、御者席からは確認できて、今この位置からは見えない場所、横か後ろにさらに3人いたということだ。降りていった傭兵は4人だったので、戦力差としては分からないけど、単純な人数差は倍近い。
「オラァ、さっさと全員出て来い!」
「荷物と金目の物、それと乗ってる女を置いていけ! そうすれば危害は加えずにおいてやる!」
その人数差に勝利を確信でもしたのか、盗賊が声を上げた。盗賊が言ったその内容によって、不本意ながらも私の参戦が決定してしまった。
もし傭兵達が負ければ私は盗賊に差し出されるのだろう。もしかしたら幼いリッタちゃんも巻き込まれる可能性もある。それなら今、目立ちたくないからと静観などしていても結局意味がないかも知れない。
私は護衛の依頼なんかは受けていないが、降りかかる火の粉は払わなければならない。自分の剣を手に取る。
「危ないよ、お姉ちゃん」
「大丈夫だよ、リッタちゃん。お姉ちゃんを信じて待っててね?」
「…うん、信じる! お姉ちゃん、気をつけてね?」
私が言いながら頭を撫でると、リッタちゃんはそう言って私から離れていった。素直な良い子だ。リッタちゃんは私から離れると、父親に抱きしめられていた。この方が正しい姿だと私は思う。
「ありがとう。リッタちゃんは馬車から出ないでね? 絶対だよ?」
「うん! 馬車から出ないで待ってる!」
リッタちゃんとの会話を終えた私は、馬車の入り口へと移動する。さて、降りかかる火の粉を払わなければ。
馬車から降りる。周囲を確認すると、盗賊は乗合馬車の前に4人、後ろに3人だった。
「おっ、いい女が居るじゃねえか。こりゃあ楽しみだ」
馬車から降りた私を見た盗賊が、そう言いながらニヤニヤと笑っている。それは非常に下品な笑みで、思わず虫唾が走り、目を細めてしまう。この剣を人間に向かって振るうことなりそうだという事には抵抗感があったのだけど、その気持ちは霧散してしまった。目立ちたくない気持ちはまだ残っているが、今回ばかりは仕方がない。
「お嬢ちゃん、おとなしくしな? そうすれば、その綺麗な肌に傷痕が残ることもないぞ?」
先程と同じ盗賊が私に向かって言った。私はその盗賊と会話はせずに、余計なお世話だ、と思いながら無言で剣を抜く。私が剣を抜く様子を見ても盗賊達はニヤニヤとした表情のままで、余裕そうな姿勢を崩さなかった。私が女だからと馬鹿にしているのか、それだけ自信があるのか。人数は盗賊側が多いけれど、個人個人で見ればそこまで強そうには見えないのだけど。
「嬢ちゃん、悪いが1人は任せてもいいか?」
「はい、大丈夫です」
傭兵達は私が戦うつもりであるのを察したのか、2人が残り、2人が馬車の後ろへと向かった。こちら側は私を含めて4対3、向こう側は3対2だ。私に1人は任せると言っていたので、傭兵達はどちら側も2人で盗賊3人を相手取る考えのようだ。
「俺たちも戦うぞ!」
馬車から男性が2人降りてきた。パートナーと見られる女性と一緒に乗合馬車に乗っていた男性と、リッタちゃんの父親だ。2人の手には角材のような長い木の棒が握られている。そういえばそんな棒が乗合馬車の壁にかかってた気がする。怯えた様子ではあるけれど、乗合馬車の中で御者がした発言を聞いて、人数差を考えて出てきてくれたのだろう。その瞳に宿る闘志を考えれば、パートナーと見られる女性や、リッタちゃんを守りたいという気持ちの方が強いのかも知れないけれど。
「助かる。とにかく怪我を負わないように、牽制に徹してくれ。時間さえ稼いでくれれば、すぐに俺たちが加勢する」
「分かりました、任せてください!」
2人は近寄って来た傭兵の耳打ちに軽く頷いた。その後リッタちゃんの父親は馬車の後ろ側へ向かって走って行った。
「…チッ、結局1対1になったか。まぁいい。お嬢ちゃんに抵抗されるのは残念だが、それならそれでたっぷり楽しませてもらうとするかね」
私と相対した盗賊は、2本の短剣を逆手に構え、舌なめずりしながら私を見ている。それを見た私は不快感に顔を顰めてしまう。盗賊達が乱戦ではなく、わざわざ1対1の戦いを素直に受けている様子なのは意外だったが、よりによってこの、さっきからずっと不愉快な思いをさせられている相手と相対することになるなんて。
「ほら、かかってきな、お嬢ちゃん!」
男は短剣を構えたまま、自分からは動こうとせず、こちらの様子を見ている。完全になめられているようだ。私はさらに不愉快な気持ちになったが、これを利用しない手はないだろう。
私は盗賊に向かって走ると、剣を両手で上段に構え、そのまま盗賊の頭を目がけて振り下ろす。
ガキン!
盗賊が頭の上で腕を十字にしながら構えた短剣と、私の振り下ろした剣がぶつかり合い、金属音が響く。ウッドチャックの時のように頭から叩き割るつもりだったけれど、防がれた。
「あん? なんだ?」
盗賊がぶつかり合った剣と短剣を、注意深く見ている。私の剣は短剣に止められているが、受け止めた短剣の片方、その中ほどまで食い込み、今も徐々にその刃を前へと進めている。私としてもその光景は意外だったが、さらに押し込もうと力を込める。
「うぐっ?!」
私は剣を押し込もうと力を込めたが、押し込む前に鳩尾の辺りに衝撃を感じると共に、後ろに吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされて仰向けに倒れた私が急いで顔だけを上げて確認すると、盗賊との距離が5、6メートルほど離れていた。右足が大きく前に出ている盗賊の体勢を見る限り、どうやら私は盗賊に蹴り飛ばされたようだった。
げほっげほっと咳が出る。呼吸がしにくいが、寝転んでいる場合ではない。私は立ち上がり、剣を正面に構える。
「随分と良い剣だなァ? 思わぬ収穫になりそうだ!」
声の調子は今までとあまり変わりないようだったが、私に向かって声を張り上げる盗賊の顔からは笑みが消え、剣を警戒しているのか根元近くから折れた右手に持つ短剣を見たままで追撃しては来なかった。どうやら私が蹴られた際に剣が食い込んでいたほうの短剣は折れたようだ。蹴られた際に丁度力を込めていたので、剣を手放さずに済んでいたのは幸運だった。手放していたら、おそらくそのまま追撃されていただろう。
さて、どうしたものか。まだ痛みはあるし呼吸はしにくいままだが、剣を振るくらいはできるだろう。しかし同じように剣を振り下ろしたところで、短剣を折られたのにまた次も受け止める、なんて行動を取るはずはないだろう。初撃を受け止めた結果があれだった以上、盗賊は次から回避の選択肢を取る可能性が高い気がする。
時間稼ぎに徹する手もあるが、私を蹴り飛ばすような脚力があるならおそらく敏捷性は今の私より上に思える。距離を取っていてもあっという間に詰められるかも知れない。そもそもこちら側には傭兵以外の人達もいるし、傭兵達と盗賊達のどちらが勝つかも分からない。時間稼ぎをしても人数的に不利になる可能性がある以上、やはり倒す以外に道はなさそうだと結論する。




