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16 冒険者になりました

「俺が嬢ちゃんに言ったのは少し考えれば決められる可能性があるような、そういう単純な話だったんだがな。

 自分の在り方、なんて深いもんについて考えてるとは思わなかったぞ。

 そんなもの、一晩やそこらで簡単に思い付く物でもなければ、そう簡単に決めて良いものじゃないだろう。俺だって自分の在り方について決めたのなんかは割と最近だからな。

 周りとの関わりの中で、自分自身について知る。自分がなりたい理想像ってやつを考えて、それを根本に据えて、これからどうしていくのか。自分の在り方ってやつはそういうもんだと俺は思ってる。

 もしも嬢ちゃんが昨日の今日でそれを決めて来た、なんて言い出してたら、俺はそれを薄っぺらだと笑い飛ばしてただろうな。考えるのが悪いとは言わんが、決めるには早計すぎるだろうよ」


 ガインさんが言い終わるのとほぼ同じタイミングで、私とマッドさんが来た扉とは別の方向にあった扉から、受付嬢とは別の女性が部屋へと入って来た。

 部屋へと入って来たその女性は私達の方へ向かって一礼すると、ガインさんへと近付いて行き、何かを手渡していた。

 その後再び一礼すると、踵を返して部屋から出て行った。


「ほれ、嬢ちゃんの冒険者証だ」


 ガインさんは女性から受け取ったそれを長机に置くと、私の方へと押し出して来た。私はガインさんの手から離れたそれを覗き込む。

 それは1枚のカードのような物で、そこには小さく私の名前と、冒険者としてのランクを示すEの文字が大きく刻印されていた。これが冒険者証なのだろう。


「あれ……これって確か下から3つ目のランクだったような……?」


「その通りだ。流石にそのくらいは知ってたか」


 冒険者のランクは基本的にAからG、英雄などと呼ばれて歴史に名を残すような者が、歴史上で数名のみ例外的にSランクとされていたそうだ。

 Sランクを含めて考えるのならば冒険者のランクは全部で8段階となっていて、普通は1番下のGランクから始まると聞いていた気がするのだけど。


「ちゃんとした紹介状でも無い限りは、本来であれば1番下のGランクから始まるんだが、嬢ちゃんの場合は昨日マッドがしていた話も加味して、俺がギルドマスターの権限でEランクにねじ込んでおいた。

 俺の権限を使えばあと1つや2つ上のランクからスタートさせることもできるが、嬢ちゃんの見た目であまり高いランクだと目立つからな。嬢ちゃんもそれは望んでないんだろう?

 それで今日はその説明をするために、俺がわざわざこうして待っていたわけだ」


「一応、俺も居るんですがね」


 今まで座っているだけで口を開かなかったローガンさんが口を挟んだ。


「お前は静かにしてろローガン、ギルドマスターである俺の仕事はお前なんかより全然忙しいんだぞ?」


「いつもギルドからこっそりと抜け出してるのに、よく言いますね……」


「そんな事は知らんな。それで嬢ちゃんのランクの話だが…マッドの話によれば、ウッドチャックを一撃で、それも頭から真っ二つにしたらしいからな。

 あれは魔物としては弱い方で、人間を見て逃げる事も多いが、仲間を呼ぶ事もあるし、なまくらな刃物くらいなら弾くことができるぐらいの硬さを持った体毛で覆われてる。

 噛まれたり引っ掻かれたりすれば相応の怪我をするし、魔物との戦闘経験がほとんどないような駆け出しだと防御の薄い頭を狙うって冷静な判断ができずに、そのまま死にかねん。

 だから嬢ちゃんは少なくともGランクの実力じゃあない。1番下のランクにいるなんてのは、登録したてか、魔物とまともに戦かったことの無いやつか、まともな武器すら持ってなくて採取依頼ばかりしてる子供なんかだ」


「それは分かりましたが、わざわざ最初からランクを引き上げる必要はあるのですか?」


 ガインさんの話を聞いた限りでは、無理に最初からランクを引き上げたりせずに、Gランクからでも特に問題は無い気がするのだけど。それを聞いたガインさんは手を軽くヒラヒラと振って否定の意を示した。


「あー、仮に嬢ちゃん自身に問題が無くても、周りのやつはそうはいかない。襲われた場合の反撃は当然認められてるし、魔物を倒したところで罰なんかは無いが、実力があってもランクが低ければ基本的に討伐依頼なんかを受けることはできないからな。

 そうなると嬢ちゃんも薬草採取なんかの依頼から始めることになるわけだが、薬草にも様々な種類があるとはいえ、その数は有限だ。

 街に近くて比較的安全な場所に生えてる薬草を嬢ちゃんが採取したりすると、今までその辺りで採取をしてた弱い冒険者達が割を食って、そいつらが薬草を求めて森に入って魔物に襲われて死ぬ、なんてことになりかねん。

 嬢ちゃんをGランクからスタートさせて、嬢ちゃんが考え無しに街の近場で薬草を採取したりするとそうなるんだ、分かるか?」


「う……」


 言い方は些かあれだが、言われてみれば確かにその通りだ。

 言われるまでそれに気が付かなかった私が、近いからという理由だけで近場で薬草採取をしていた可能性は十分にある。というより、多分そうなっていただろう。


「でも…それならFランクからでも良かったのでは?」


 私は半ば反射的に言い返していた。私は1番下のGランクから始まるのだと思ってはいたが、Eランクから始まったところで特に文句は無い。

 しかし、理由がGランクの冒険者たちと競合するから、であるなら私を下から3つ目であるこのランクにする必要は特に無いはずだ。

 私の姿で高いランクだと目立つと言い、目立ちたくないという私の意向を汲んでくれた、と言うのならば余計に。


「そう慌てなくても、嬢ちゃんをこのランクにしたのにはちゃんと理由がある。今からそれも説明する」


 別に慌ててはいないのだけど。


「嬢ちゃんを1番下のGランクにしなかった理由はさっき言った通りだが、FランクではなくEランクにしたのは別の理由だ。

 Eランクってのはこの街だと、近場での依頼にも慣れて、別の場所へ移動することを考え始める時期なんだ」


 ガインさんはそこまで言うと言葉を切り、ニヤリと笑った。


「つまり、お嬢ちゃんにはさっさとこの街から出て行って欲しいと、俺はそう考えてる」


「え……?」


 私は固まる。ガインさんとは昨日会ったばかりのはずなのに、なぜそんな事を言われるのだろうか。


「俺は別に嬢ちゃんに対して悪感情を持ってるとかではないんだがな…嬢ちゃんはハッキリ言えば爆弾みたいなもんだ。

 俺は嬢ちゃんの実力を詳しくは知らんが、仮に嬢ちゃんがこの街で依頼を受けて、不注意であっさり死んだりしてみろ。

 母親の方が嬢ちゃんをどう思ってるのかは知らんが、マッドの話を聞いた限り父親の方は嬢ちゃんを溺愛してるらしいからな。竜で、それも世界でも屈指だと言われてる存在がそれに怒って暴れ出したりしたら、この街なんかあっという間に消し飛んじまう。

 ギルドのせいで街のやつらがそんなのに巻き込まれるなんてのは正直ごめんだからな。だから、俺としては嬢ちゃんには早めに他の場所に移って欲しいってわけだ。

 そもそも冒険者ってのは依頼に失敗すれば周りに被害が出ることになる、なんてことはザラにある。だから大なり小なり色々な責任を抱えてるものなんだが、嬢ちゃんはそれ以外にも責任を抱えてるのさ。嬢ちゃんにはその気がなくとも、な」


「ああ……なるほど……」


 街に着いてから新たに気付かされる事ばかりだ。どうやら嫌われているわけではないみたいだけど、怒り狂った竜が街で暴れる、などということになれば、それは確かに困るだろう。


 しかし、元々良い人だとは思っていたのだが、そんな話をわざわざ私に直接言う辺り、このガインさんと言う人はなかなかイイ性格をしていたらしい。これまでの会話を聞いていて何となく、薄々はそんな感じがしていたけれど。

 それでも基本的に言っている事は正論だと感じたので、私は特に不快には思っていない。


「そんなわけで嬢ちゃん、これから向かうなら、俺は城塞都市エリス辺りを推すぞ。数日後に街から出る乗合馬車に乗れば、数週間もすれば着くだろう。

 じゃあ俺は、嬢ちゃんが怒りださないうちにこの辺りで撤退するとしよう」


 そう言いながらガインさんは大袈裟な動作で、そそくさと部屋から出て行った。


「あの人は性格はあんなだが、別に悪気があるわけではないんだ。気を悪くしないでくれ」


「はい、分かってます」


 ガインさんを見送ったローガンさんは取り繕っていたが、そんなことをされなくてもガインさんには悪気が無く、良い人であるということは短い時間でも十分に感じることができた。


「じゃあ、君が他の場所で活躍できるよう祈っているよ」


「遠回しにさっさとどこかへ行けと言ってますよね、それって」


「そういう会話の流れだと思ったのでね」


「確かに結果的にはそうだと思いますが……」


 私は長机に置かれていた冒険者証を受け取ると、ため息を一つしてからギルドを出た。


 色々とあったが、こうして私は冒険者となったのだった。


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