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15 冒険者としての在り方 2

 私は父の姿を思い出していた。母に出会い、母に合わせるために竜でありながら人型となった父。元々は山から下りず、人間など気にも留めていなかったはずの父が、きっかけや理由はどうであれ、人間のようなその姿で人間の村や集落などを回り、魔物から人間を守るように生活をしている。

 父は今、偶然関わりを持った限られた人々を守っているだけだ。その範囲が今後広がるのか、それともいずれは人間への興味を失い、守る事を放棄するのか。それは私には分からない。


 この世界で人間が争うことになる相手が、必ずしも魔物だとは限らない。世界中に蔓延る魔物との戦いが多いのは事実だろうが、人間同士の争いだってあるだろうし、亜人種や、魔族と争うこともあるだろう。相手が竜である、という可能性だってある。

 仮にあの村の人々が争いに巻き込まれ、その相手が村人と同じ人間であったなら。あるいは、その相手が見知らぬ竜であったなら。そのような時に、竜である父はどのように考えるのだろうか。

 村や周りの集落の人々を、個として認識しているのか、漠然と人間という大きな括りで考えているのか。人間という括りで考えているのなら、人間同士の争いを静観するのかも知れないし、人間と竜との争いとなれば、それが見知らぬ竜であっても、そちらに味方するかも知れない。


 人間や亜人種、魔族などという分類を表す言葉が存在しているのだから、差別的な考え方を持つ者はいるのだろう。

 どちらかを選べと言われたならば、自分と同じ種族に肩入れしたくなるであろうことは想像に難くない。


(もしも竜と吸血鬼の間で争い事とかがあったらどうしよう……)


 あまり考えたくはないが、父と母での争いならば、母に味方をするだろうななどと考えてしまう。父にも考えがあったとはいえ、屋敷で一緒に過ごした時間は母の方が長いし、思い出も多い。

 それが父と他の吸血鬼ならば、迷わず父の味方をするだろう。繋がりがあるならば繋がりのある方を選ぶ。簡単な話だ。


 なら人間と吸血鬼、または竜ならばどうか。私の姿は限りなく人間に近いし、心や考え方はほとんど人間のそれだと思っているけれど、竜や吸血鬼としての心が全く無いというわけでもないと思う。

 乗合馬車の旅を始めてから時折僅かに感じることのある血が飲みたい気持ちなどは完全に吸血鬼のそれだ。竜と言えば肉、かも知れないがそちらは道中で干し肉を齧っていたり料理にも普通に入っているので特に何も感じていないけれど。


(なんだか……収拾がつかないかも……)


 考えれば考えるほど思考が様々な方向に広がり、脱線していく。真剣に考えてはいるので眠気などは感じていないが、無情にも時間はどんどんと過ぎていく。






「アイリさん、夕食の時間ですが……」


 その後も色々と堂々巡りや脱線などを繰り返していたところ、ドアがノックされ、マッドさんの声が聞こえて来た。いつの間にかそんな時間になっていたらしい。


「はーい、今行きます」


 私は扉を開けて、扉の外にいたマッドさんと共に食堂へと向かう。自分の在り方について考えてはみたものの、未だに答えどころか指針すら決まらない。


「その様子だと、進捗はあまり芳しくないようですね?」


「そうですね、あまりこういったことを考えた事がないもので……」


「アイリさんは生まれの割に、随分と深く物事を考えようとするのですね。あの方の娘さんですし、乗合馬車での旅の途中でされていた言動などからも、もっと単純…いえ、快活な思考をされているのかと思っていました」


 隣を歩くマッドさんがそう言いながら少し不思議そうな顔をしている気がする。

 マッドさん、というよりあの村の人々は、父がしていた自慢話を通して、娘である私が父のように身体を変化させることができる、ということまでは元々知っていたようだった。

 しかし前世の記憶を持っていることまでは父が話していなかったようで、ギルドでマッドさんが私について話していた際にもそこには触れられていなかった。


 魔族は人間よりも弱肉強食の考え方がより強く濃く浸透しているので、力こそ全て、といった単純思考の者が多いらしい。魔族の中でも最高位とも呼べる存在同士の間に生まれた私がわざわざ人間のような生活をしようとしている。

 そしてそれを成すために思考を巡らせている、というのがマッドさんからは不思議に見えるようだ。ギルドでガインさんも似たような事を言っていた気がする。

 乗合馬車でしていた年齢の話についてはその時の私が気付いていなかっただけで、種族とかの問題ではなかったわけなのだけど。言い直してくれてはいたが単純と言われた。悲しい。




「それではおやすみなさいませ、アイリさん」


「はい、おやすみなさい」


 私は食事を終えて、部屋へと戻り、ベッドに寝転がる。マッドさんとあいさつはしたし、部屋の明かりも消したのだが、当然まだ寝ることはできない。何も決まっていない今の状態では何も考えていなかった今までとほとんど変わりがない。

 考え始めてもやはり堂々巡りか脱線がほとんどで、似たような考えをしているのはこれで何度目だろうか、などと考え始めたところで、いつの間にか記憶が途切れていた。




 部屋の中が明るくなったのをぼんやりと感じて、閉じていた目を開ける。窓から入る日光によって部屋の中は明るくなっていた。

 今までも時々思っていたが、少なくとも半分は吸血鬼のはずなのに、なぜこの身体は夜になると眠くなり、こうもすぐに睡魔に負けるのだろうか。

 しかし、今はそんなことよりも朝になっている方が問題だ。


「何も決まってない……」


 昨夜は結局、自分の在り方について、何も考えはまとまらなかった。ガインさんは答えが出たら教えてくれと言っていただけだが、もしもギルドで顔を合わせた時に、何も決まりませんでしたとは流石に言いにくい。





 私はマッドさんに連れられて、ギルドへと向かって歩いている。起きた後も自分の在り方について考えようとはしたのだが、昨日半日近い時間を費やして考えても指針すら決まらなかったのに、寝起きでぼんやりとした頭で考えても答えなど出るはずも無かった。ギルドでガインさんと顔を合わせるかも、と思うと足取りが重い。


「アイリさんですね、少々お待ちください」


 受付嬢が席を外した。冒険者証を用意してくれているのだと思ったが、その後戻って来た受付嬢に案内され、私とマッドさんはまたギルドの奥の部屋へと通された。冒険者証を渡してもらえればそれで良いはずなのだが、なんなのだろうか。


「よう嬢ちゃん、待ってたぞ」


 奥の部屋にはガインさんとローガンさんが座っていた。顔を合わせずに冒険者証だけ受け取れれば良かったのだが、なぜ当然のように待っているのだろうか。座るように促されたので、私とマッドさんは昨日と同じようにソファーへと腰掛ける。


「あの……」


「ん?なんだ嬢ちゃん、どうかしたのか?」


「自分の在り方について昨日ずっと考えていたのですが、何も決まりませんでした……」


 私は話を振られるより先に思い切って白状した。聞かれてから答えるよりも心理的に多少は楽だ。


「自分の在り方?ああ、俺が昨日言った、冒険者としての在り方の話か?なんだ、浮かない顔をしている思ってたら、そんなことをずっと考えてたのか?」


「え……?」


 私は混乱する。昨日、ガインさんが自分の在り方について考えろと言っていたはずなのに、そんなことと言われてしまった。


「嬢ちゃんはなぜか自分の在り方について考えてたみたいだが、俺が言ったのは冒険者としての在り方だ。これは似てるようで全く違う。

 冒険者としての自分が本来の自分の姿である必要はないし、冒険者としての在り方って言うのは単純なものでいいんだぞ?」


 言われてみれば、ガインさんが昨日言ったのは冒険者としての在り方、だった気がする。何度も考えているうちにいつの間にかすり替わっていたようだ。


「冒険者としての在り方って言うのはな、生き残りたいとか、稼ぎたいだとか、格好をつけたいだとか、最初はそんな単純なことで良いんだ。

 生き残りたいやつは危険だと感じたら回避しようとするし、稼ぎたいだとか、恰好をつけたいだとかは、結局は自分が生き残ってこそだ。

 そういったことを決めてる奴ってのは咄嗟の時に冷静な判断ができる事が多いし、何も決めていない駆け出しっていうのは、ちょっとした目先の欲に囚われてあっさり死んじまうものなのさ、中途半端に甘く考えるからな」


 ガインさんは一瞬悲しそうな雰囲気を見せた後、すぐ元の様子に戻って話を続けた。


「最初はそんな単純な理由でも、冒険者を続けてると勝手に少しずつ変化していくもんだ。

 自分が生き残りたいだけだったはずが仲間の命まで考えるようになったり、稼ぎたかっただけのやつが身寄りの無いガキの事を気にかけるようになったり、格好をつけたいと考えてただけのはずがいつの間にか人を助けたいと思うようになってたりってな」


 ガインさんのその言葉には、何とも言い表せないような力がこもっている気がした。

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