14 冒険者としての在り方 1
私は現在、通されたギルドの奥の部屋でマッドさん達がしている話を聞いている。ソファーに座る私の隣にはマッドさん、長机を挟んだ反対側にはローガンと呼ばれた男性、それともう1人の男性がいる。
「………という訳なのです、ガインさん」
「…お前が竜を信仰する村に行ったのは聞いていたが…なるほど、その竜と吸血鬼の娘、か。
しかし、お前から説明されても簡単には信じられんな。25歳だと言うのもそうだが、人間にしか見えん……」
いかにも歴戦の猛者、といった風格を漂わせた筋骨隆々の男性が、険しい顔で私を見ながら言った。途中から話に加わったこの男性はこのギルドのギルドマスターで、ガインと言うらしい。
マッドさんはあの村へ移り住む前はこのギルドで役員として働いていたそうだ。マッドさんのギルドでの働きぶりは非常に真面目で、責任感も強く嘘などをつくような性格ではなかったそうで、対面に座ったローガンさんとガインさんはマッドさんがする、私についての話の内容を真面目に聞いていた。
私は平静を装ってはいるのだが、内心では酷く慌てていた。村を出てからの自分の行動を思い返してみると、あまりに考えが足りていなかったと気付いたからだ。
私は冒険者になっても、目立つ事は出来るだけ避けて生活するつもりだった。あまり目立って面倒ごとに巻き込まれたり、身動きが取れなくなるようなことになるのが嫌だったからだ。
適当な依頼を受けながら、その報酬を使って世界を見て廻る。そんな生活をするつもりだった。
この世界では12歳からギルドで冒険者としての登録が可能で、若い年齢の冒険者も多く、中には女性も一定の割合でいると聞いていた。
見た目的にも能力的にも人間の少女と大差の無い普段の私なら、人間の冒険者として生活していても、そこまで目立つことはないだろうと軽く考えていたのに、乗合馬車でもギルドでも25歳だと公言している。少女の見た目で。
考えてみれば人間の少女に見える私がそれを言ったところで信じてもらえないのは当然だし、むしろ信じてもらえた場合の方が厄介事を招く可能性が高い。非常にまずい。その辺りを全く考えていなかった。というより、気付いていなかった。
人間の生活にさして理解もなかっただろう父と母もそんなことには気付いていなかっただろう。
そもそも人間の冒険者として生活したところで、私の成長は遅いし、必要に迫られれば私はギフトの力、というより竜や吸血鬼としての力を使うつもりだった。多少は誤魔化せたとしても、人間としてずっと目立たないことなど不可能に近かったのだ。
マッドさんはその辺りにしっかりと気付いていたから、こうして同行して私の事情を予めガインさん達に話したのだろう。気付いていたなら事前に教えておいて欲しかったけれど。
「とりあえず事情はわかった。マッドが言うなら間違いはないんだろう。目立ちたくない、というのも分かった。が、結局のところ、嬢ちゃんは冒険者として、どうしたいんだ?」
「冒険者として?」
思わずその言葉を繰り返す。冒険者として、とはどういう意味なのだろうか。質問の意図が分からない。
「冒険者として登録すること自体に問題は無い。人間しか登録できないなんて決まりは無いし、現に冒険者の中には老若男女、様々な種族がいる。
年齢やらの色々な確認があるのは登録の時だけで、その後その情報はギルド内に記録としては残るが、実際の冒険者証に記載されるのなんかは名前とランクくらいだ。
受ける依頼だって規定の範囲内なら基本的には本人の自由だ。ランクが高くなって有名になれば指名の依頼や、ギルドから緊急の依頼が入ることもあるがな。
嬢ちゃんの見た目は確かに人間にしか見えんが、実際には竜と吸血鬼の間に生まれたんだろう?なぜ人間の冒険者として生活したいと考えたのか、俺には正直分からん」
「………」
返す言葉が見つからない。確かに、人間の姿に近く、前世の記憶があるとはいえ、今の私は竜と吸血鬼の娘だ。人間ではない。それは分かっているのだ。
「生きるために他に方法が無くて、仕方なく冒険者になる人間なんかはいくらでもいるが、嬢ちゃんは違うんだろう?
それならこうなりたい、こういった事がしたい、こうするんだって感じの、冒険者としての在り方ってやつを、自分の中で決めておいた方が良い。中途半端な考え方は時に身を滅ぼすからな。冒険者として生きていた先輩としての忠告だ」
「冒険者としての在り方……」
「冒険者証は作っておくように言っておく。発行には大体1日かかるから、また明日の昼以降に取りに来るといい。その時に答えが出てたなら、良かったら聞かせてくれ。じゃあな、嬢ちゃん」
そういってガインさんは部屋から出て行った。ローガンさんもそれに続いて出て行った。私はその様子をぼんやりと見つめる。
入れ替わるように受付嬢が入って来て、私とマッドさんは部屋の外へと案内された。そのままギルドの外へと出て、宿の方向へと歩く。
「どうやら、色々と気付くことができたようですね?」
隣を歩いていたマッドさんが私に話しかけて来た。
「……そうですね。自分が全然考えていなかった事に気付かされました」
私は苦笑しながらマッドさんにそう返した。
「私は元々ギルドで働いていましたが、冒険者として生活していたことはありません。なので私よりも、元々が冒険者だったギルドマスターが言う事の方が、アイリさんにとって参考になるのではないかと思っていました」
「それで私が乗合馬車で年齢の話をしていても何も言ってくれなかったのですか?」
「いえいえ、私はアイリさんを監視しているわけではありませんからね。アイリさんが話しているところに口を挟んだりしませんよ」
「そうですか……」
ギルドで働いていた時も真面目だったと、先程ギルドの奥の部屋での会話中に聞いていたが、そんなところでも真面目なのだな、と思った。
その後少しして、宿の前へと着いた。まだ昼前なので、マッドさんはこのまま出かけるそうだが、私は宿の中へと入った。受付でもう1日分の宿代を払い、部屋に入る。
ギルドに向かう際に着け直したりはしなかったので、剣や防具はそのまま丸テーブルの上にあったが、部屋やベッドは掃除がされていた。
私はベッドに仰向けに寝転がる。
「冒険者としての在り方、か……」
私の姿は人間に近いものだが、私は竜と吸血鬼の娘だ。それは間違いない。しかし前世で人間だったことも事実で、その記憶がある。心は人間だと、生まれた時から思っていた。でも。
私はアイリとして、この世界で25年の年月を過ごしている。それは前世で生きていたよりも長い期間だ。そしてこれからも、永い時間を過ごすことになるだろう。
(私は……何なんだろう……?)
自分が、自分という存在が分からなくなる。本来とは別の世界の器に入っていた、樫村絢芽の魂。そしてその記憶を引き継いだ、私。元の世界から魂が戻されたはずなので、現在の肉体と魂はズレていないはずだ。しかし、今は心と身体、あるいは心と思考がズレている。難儀なものだ。
「……ふぅ。お昼ご飯食べよう」
しばらく堂々巡りの思考を繰り返していたが、時間になったので昼食を取る。頭の中はちょっと纏まりの無い思考をしているが、ご飯は美味しかった。最近ほんの少し血が飲みたいような気がする。吸血衝動とまではいかないけれど。
食事を取り終えると部屋に戻り、再び仰向けに寝転がる。また堂々巡りの思考を繰り返す。答えはなかなか出てはくれない。
いっそ竜や吸血鬼の力が完全に使えれば良いのかも知れないが、全身を竜にしたり、霧化させたりしても私は動けないし、ブレスも吐けなかった。霧化は全身、特に首から上では試すのが怖いので、部位ごとの使用に留めている。
明確な指針が無く、答えは出ない。しかし時間はそんな私のために止まってはくれず、何事もなく過ぎていく。
「なりたい自分か……考えた事も無かったな……」