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12 乗合馬車の旅

 私は今、森の中で適当な石に腰掛けて干し肉を齧っている。休憩のために馬車は停まり、周りでは他の人々も地面に座ったり、適当な場所に腰掛けてたりしながら私と同じように干し肉や乾燥したパンのような物を食べている。

 水は御者の人が魔法で生成していた。魔法とは実に便利なものだ。そして魔法で生成された水を飲んでも平気だったのか、知らなかった。


 舗装された道ではないが、乗合馬車や商業用の馬車が往復しているためか道と呼べる程度のものはあり、今日は村から出て10日目。

 数日前に他の村に一度立ち寄って食料の補給がされ、馬車に乗る人も増えたが、そこで補給された生鮮食品などはもう馬車には無い。私が目的地にしている街までの間にはもう一つ村があるらしいが、そこに着くまでにあと2、3日はかかるらしい。


 村ではそこまで美味とまでは言えないまでも、この世界で初めて調味料の使われた料理を口にすることができて、感動と懐かしさを覚えたものだったが、それを経験した後では塩しか使われていないこの干し肉はとても味気ない。

 魔物の生肉よりは旨味が詰まっている気がするが、味に全く深みが無い。これを齧っていると次第に無表情になっていく気がする。


 これまでの道中では魔物に襲われる、といったイベントも無かった。そういった場所に作られた村の方向から来たので仕方ないことではあるのだが、森の中で景色がほとんど変わらないのもあって正直色々と飽きてきた。


「はあ……」


「どうしたお嬢ちゃん、肉齧りながらため息なんかついて。可愛い顔が台無しだぞ?」


 私がため息をついている様子が目に入ったのか、仲間内から抜け出してこちらに向かって歩いて来た傭兵の一人が、そう言いながらドライフルーツを差し出してきた。この世界での私にとっては果物も貴重な甘味だ。ありがたく受け取る。


「ありがとうございます」


「お嬢ちゃんみたいな歳で乗合馬車の旅はなかなか辛いだろうからな、気にするな」


 そう言いながら傭兵の男性は励ますように私の背中を2度叩いてから、仲間の元に戻って行った。私は見た目通りの歳ではないし、始めの頃は否定したのだが、冗談として受け取られたようだったし、今はもう否定する気力も湧かない。


 貰ったドライフルーツを口に運び、味わう。その優しさと甘味が身に沁みるようだ。


「はあ……」


 こんな旅を頻繁にしている御者や傭兵、冒険者などが村での休養を必要とした理由がよく分かり、これから自分がその冒険者になろうとしているのだと思うと、思わずまたため息が出た。

 慣れる前に心が折れそうだ。屋敷ではもっと味気ない食事を長い間していたはずなのに、なぜこんなことになったのだろうか。





 私が今後に不安を抱えながら食べるのを終え、乗合馬車が再び動き出し旅を続けていたところ、しばらくして馬車が停まった。どうやら魔物が出たようだ。馬車から顔を出して確認してみると、それは鼠とリスを足して2で割ってから大きくしたような魔物だった。

 それが少し行った道の横に生えた木の下に3匹横並びになって、そのどれもが後ろ足で直立しながらじっとこちらを見ている。

 直立しているため短い前足が見えており、その先端には曲がった鉤爪が付いていた。口元には2本の前歯も見える。多少の個体差はあるが、体長は70から80センチメートルといったところか。


「ありゃあウッドチャックだな、どうする?」


「こちらが近付いたら逃げてくれれば一番いいのですが。襲われた上に仲間まで呼ばれたら最悪ですし……」


「そうなんだよなあ、どうしたもんか……」


 御者と傭兵の会話を聞く限り、どうやらあの魔物はウッドチャックと言う名前らしい。大きさが大きさなので、あの鉤爪でも前歯でも、攻撃されればそこそこ大きな怪我を負うだろう。しかも、仲間を呼ぶこともあるらしい。


「とりあえず俺が近付いてみるか……」


 そう言って傭兵の一人がウッドチャックと呼ばれた魔物にゆっくりと歩きながら近付いて行った。傭兵がある程度まで近付くと、それまでずっと直立したままで傭兵をじっと見ていたウッドチャックの1匹が、口笛のような高い音を発しながら鳴き始めた。他の2匹もそれに共鳴するかのように鳴き始める。その体格に合ったと言うべきか、それ以上と言うべきか、その鳴き声は私の予想以上に大きく、森に響いている。その音量に思わず顔を顰めたくなる。


「あ……」


「おっと、ハズレだなこりゃ」


 御者が声を漏らし、傭兵の1人がやれやれ、といった声色で呟いた。近付いていったはウッドチャックが発した鳴き声を聞いて、傭兵は踵を返し、馬車の方へ走って戻ってきた。


「すまん」


「仕方ないさ、たくさん追加が来たりしないように祈るとしよう」


「嫌だねぇ、まったく」


「そんな事言うなら、お前が行ってウッドチャックを説得すればよかったんじゃないか?あれじゃ無理だろうけどな」


「むしろコイツが近寄ったらもっと早く、怒って鳴き始めんじゃねェの?」


 走って戻ってきた傭兵とそんな会話をしながら、途中の村で入れ替わりや乗り降りがあって現在は合計5人になった傭兵達が、馬車から降りて各々の武器を取り出していた。1人が槍、その他の4人が剣だった。

 そのまま5人は馬車を引いていた2頭の馬と魔物の間に陣取った。その一連の動作は落ち着いた様子で、緊張感は持ちつつも焦りはしていないようだ。


 ウッドチャック達はもう鳴き声を発するのをやめていた。そして後ろ足で直立するのもやめて、4足歩行の体勢でこちらの様子を見ている。

 傭兵達の実力は分からないが、会話を聞いていた限り魔物側の追加も来るらしいので、私は荷物として馬車の中に転がっていた剣を手に取り、乗合馬車の入り口付近に移動する。外の様子を窺う。


 様子を窺っていると、森の中から2匹のウッドチャックが出てきて、合計5匹で並んでいた。傭兵達は馬より前まて進んでいるため、ここから会話は聞こえないが、等間隔に並んで構えたので、おそらく1人1匹で処理するのだろう。

 私は馬車から降りると、馬の横に立っておく。この位置が一番色々なことに対応できそうだ。


 傭兵が外に陣取り、私が馬の横に立っているので、現在馬車の中にいるのは御者、案内役の村人、親子だと思われる父、息子、娘の3人組。合計で5人をとりあえず、馬車の中で守り、馬を最低一方は残す。それをギフト無しでやる。よし。


 作戦を考えていると、ウッドチャックと傭兵達が動き出した。傭兵達はウッドチャックを難なく相手にしていたが、槍使いだけ間合いが近いからか多少手こずっているようだ。 


「しまった!」


 槍使いが突き出した槍を硬い体毛で逸らしながら、その脇を抜けて真っ直ぐに馬車の方へ向かってくるウッドチャック。

 大きさからか速度はあまり出ていないし、その動きは直線的だ。

 その様子を見て、私は剣の刀身を鞘から抜き、襲い掛かってきたウッドチャックの頭に向かって剣を振り下ろした。


 ほとんど抵抗も感じないまま、ウッドチャックは真っ二つになってしまった。


「遅いし直線的……弱い」


「悪かったな、それになかなかやるなお嬢ちゃん。それは良い剣だ、大切にしなよ」


「あ、はい。そうします」


 剣の切れ味については予想外だった。この剣は村で一般的な品質の剣として貰ったはずだが、守護竜の娘にそんな物は渡せないと葛藤でもあったのかは分からないが、とりあえず一般的な品質ではなかったようだ。現状では武器がこれしか無いので、あとでもっと普通の武器も探すとしよう。


「私もお姉ちゃんみたいな冒険者になるー!」


 私の事を見ていた女の子がそんなこと言っているが、私はお姉ちゃんって年齢でもなければまだ冒険者でもない。夢を壊して申し訳ないとは思っているけれど。むしろ女の子が冒険者になるなんて夢は壊しておいたほうが正解かも知れない。


 その後に別の村へと寄り、数日間そこに留まっていたがが、そこでは食料の補給と傭兵の入れ替わりがあったくらいだった。

 その後の道中では馬車に乗っていた女の子、リッタちゃんが私へ話しかけて来ることが増えた、程度のことしかなかったので、私は無事に目的の街に着くことができたのだった。

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