11 村での生活
私が父に対して感じていた疑問は解消されたので、その後は父としばらく取り留めの無い話をしてからその日は眠りに就いた。
「じゃあアイリ。寂しいけど、パパはもう行くね。楽しんでおいで」
「うん、またねお父さん」
翌日、村長の家で私と一緒に朝食を取り終えた父は村長としばらく会話をしてから、私を抱きしめて別れを惜しんだあと、村を出ていった。
行き先は聞いていないが、この村に来るまでにかかった数日の間はずっと私と一緒にいたので、おそらく山に戻るか、周囲の村や集落の見回りにでも行くのだろう。
乗合馬車が来るのは山とは反対の方角からなのだそうだが、それを見に行くために少し寄り道をしている、という可能性もあるかも知れないけれど。
乗合馬車は魔物や盗賊に襲われたり、馬車に不具合が起きたりなど、何かのトラブルがあった場合に予定よりも到着が遅れたり、最悪の場合来ることができなくなったりする。
普通は魔物や盗賊への対策として冒険者や傭兵などを馬車に乗せているそうなのだが、それでもを戦力的に勝てないと判断した場合は馬車を放棄して逃げることが認められているらしい。依頼や任務よりも人命の方が大事だ。
私は現在、この村で修練場として使われている広場で、村ではごく一般的な品質とされている剣を持ち、その使い心地を確認していた。少し離れた場所には村長と数人の村人がいて、私の様子を見ている。村長たちの近くには槍や斧などを始めとした、複数の武器が用意されていた。
父を見送った私は乗合馬車が到着するまでの日々を利用して、この村にある一般的な武器を扱う練習をすることにしたのだ。
屋敷にいた者たちは元々、自分の体に強力な武器と言えるような爪や牙などといった物を備えていたし、それだけで十分な戦闘力を持っていたので、武器を使うというようなことはあまりしなかったのだそうだ。
そのため屋敷内にも武器と呼べるような物はほとんど無かったし、あった物といえば腕力と重量で相手を叩き潰すことを目的としたような、非常に重量のある無骨な大剣やメイス、戦斧などといったものばかりで、普段の私では持ち上げることさえ出来なかった。
身体を竜のものに変えて、その力を使えば持ち上げる事ができたが、腕を変化させただけだと振った時に踏ん張りが利かずに私の体が振り回されるし、そもそも私の場合は竜の爪をそのまま振った方が扱い易いし強い。なので屋敷にあった武器を扱う練習はしなかった。
私は親に頼らず、世界を見て廻るための金銭を得る手段として、冒険者になるつもりなのだ。冒険者として自由に世界を見て廻るのが目的であり、そうした生活をするために必要な金銭さえ稼げれば良いと思っているので、過度な地位や名声などといった物は欲していない。
地位や名声を持てば注目され、身動きを取ることが難しくなるだろう。さらに個人で大きな武力を持っているとなれば色々なところが取り込もうとするだろうし、最終的に排斥されることになるかも知れない。
前世で読んだ物語の知識から私がそう思っているだけなので、実際にこの世界でどうなるのかは分からないけれど。
なので私は形態制御のギフトの使用は最小限にして、あまり目立ち過ぎる事のないように生活していきたいと考えている。もちろん、必要なら躊躇なく使うつもりだけど。
人間のような見た目で武器も持たず、動きも素人の少女。そんな状態だと冒険者になれない可能性も考えられるので、今こうして練習している。ここへ来る時に着ていた服などは、動きやすくても仕立てが上等過ぎて冒険者が着るには不釣り合いだと言われたので、服や防具の類も昨日のうちに見繕ってもらった。
「うん、とりあえず扱えなくはないかな。重過ぎるってこともないし」
「そうですか、それはよかった。次はどれを試しますか?」
「うーん……」
村長や村人と会話をしながら、何種類かの武器の使い心地を試していった。短剣は取り回しが良く扱い易いし、リーチの長い槍も悪くはない。
しかし、前世の記憶の中でチャンバラごっこをしながら振り回していたのが大抵は長めの木の枝だったからか、今までの中では最初に扱った剣が一番しっくりくるような気がする。そんな事を考えていたが、気になる物が目に留まった。
「これは……」
「それは槌ですね、非常に破壊力のある武器ですが、その分重いので扱う者はあまりいない、と聞いております」
丸太を削って徐々に片側だけを細くしていったような、太いバットのような形の物。村長は槌だと言っていたが、棍棒の間違いではないだろうか。
私には合いそうも無いとは思いながらも、思わぬ収穫があるかも知らないからと、一応使い勝手を確認するために持ち上げようとした。しかし、普段の私の力ではギリギリ動かせる程度で全く持ち上がらなかった。屋敷にあった武器ほどではないが、これもかなり重い。
「あの…」
「言わないで」
私の様子を見てそれは止めておいたほうが、とでも言いたそうな表情になった村長を制する。私には向かないだろうと思ってはいたが、一応人間にも扱う者がいるらしいこれを持ち上げる事もできないのは流石に情けないので、腕を竜のそれに形態変化させて、槌を持ち上げる。今度は難なく持ち上がった。
「おお……」
村長と村人たちが感嘆の声を漏らしている。それが槌を持ち上げた事に対してなのか、竜のものになった私の腕に対してなのかは分からないけれど。私が父の娘であることは理解していても、この村で実際に変化させて見せたのは初めてなので、驚いてはいるようだ。
私は槌を持ったまま歩いて村長たちから少し離れた位置に戻ると、槌を振りかぶり、地面に向かって振り下ろした。しかし振り下ろす瞬間私の目には槌が映らず、直後にすぐ背後でズシンという音と共に、地面から振動を感じた。
「あ……」
私が音と振動に驚いて背後を確認すると、そこには持ち手の辺りを失って短くなった槌が落ちていた。自分の手の中を確認すると、潰れて粉々になった木片が握られていた。どうやら振り下ろす際に無意識に力が入り、振るう前に持ち手が粉砕され、そのまま槌は私の背後の地面に落ちたようだった。
屋敷にあった武器は同じように扱っても壊れなかったが、あちらは木製でもなかったし、人間よりも腕力がある存在が扱う様な物だったのでそれだけ耐久性にも優れていたのだろう。
私は村長たちの方へ戻り、頭を下げる。
「あの、ごめんなさい……」
「別に謝られずとも構いませんよ。あの槌はこの村では扱える者がいなかったので、長い間放置されていた物ですから。
単に丸太を削っただけ、みたいなもので高い物でもありませんので」
頭を下げる私に向かって村長はそう言いながら笑った。
「うん、やっぱり剣かな」
少々トラブルはあったが、用意してあった武器を試し終わった私は、そう結論する。もちろん、あれ以降は竜の力を使っていない。
「守護竜様から武器の代金に代わるような物も頂いておりますし、多大なご恩もありますので、今身に着けている物も差し上げます。どうぞ、そのままお持ちください」
「うん、ありがとう」
私は服や武具に加えて、少しの金銭も受け取った。魔族は基本的に弱肉強食で金銭など使用しないし、屋敷に少しだけあった金貨のような物は、これから乗合馬車で向かう予定の人間の街では流通していない。
含有量分の金としての価値はあっても、金銭としては使用できないらしい。そんな物を街で換金しようとすれば目立つので、こちらで両替を引き受けてくれたようだ。
そうして普段の姿のまま剣を扱う練習をしながら過ごす日々を数日続けていたところ、村に乗合馬車が到着した。
すぐに出発するのかと思っていたが、村でしばらく休養してから出発するそうだ。考えてみれば魔物や盗賊の出る可能性がある森を進んで来たのだから、休養が必要なのは当然だった。
この村がこの乗合馬車の終着、折り返し地点であるらしく、村に来た馬車には御者と数人の傭兵らしき人しか乗っていなかった。乗合馬車には私ともう一人、村人が乗る事になった。私に付いて来て、街での案内をしてくれるのだそうだ。
この村から私が向かう街へ行くのには片道で数週間、往復では一ヶ月以上の時間がかかるらしいし、道中で危険が待っているかも知れないのに、実に親切なことだ。父への恩返し、らしいがそれでも私にとっては非常にありがたい。
実は村に来る乗合馬車はこれだけではなく、もう一台とほぼ交互に来ているのだそうだ。一台だけだと何かあって馬車が放棄されたりした場合に移動手段が完全に無くなってしまうから、ということらしい。知識だけがあっても、実際に体験したり、聞いてみたりしないと分からないことや、そもそも知らないことというのは思っていた以上に多いようだ。