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10 父の考えと行動

 しばらくして日は沈み、私は村長の家、その一室に父と共にいた。村長なのでこの村では一番地位が高いはずだが、村自体が小規模であるためか村長の家は私が生活していた屋敷よりもずっと小さかった。


 この世界で魔族や魔物に分類される種族は基本的に弱肉強食である。寿命が長く数の少ない種族ほどその考え方が強い傾向にあるらしい。長い寿命を持つ者たちは成長が遅かったり、途中で成長が止まったりするせいで生まれ持った実力差を覆すことが難しく、その差が大きいとその存在に歯向かったり、取って代わろうなどという気持ちすら起きないようだ。


 魔族の中でも高い実力を持つ種族である吸血鬼であり、その中でも最上位の強さを誇りながら各地で暴れていた過去を持つ母が気付いた時には各地に屋敷が用意されていたそうで、私が生活していた屋敷もその一つであったらしい。

 元々母は他の場所で生まれたそうだが、父の住む山に最も近いという理由で現在の屋敷に移り住んだのだそうだ。


 村長の家はそんな理由で選ばれた屋敷よりも小さなものだったが、普段から人間が生活しているためか前世の記憶を持つ私は懐かしいような感覚を覚えている。

 そもそも村にそう何日も滞在する予定ではないので、気にするような事でもないのだけど。


 この村には数週間に一度、乗合馬車が来るのだそうだ。私は人間の街で冒険者になるために、その乗合馬車に乗ろうとそれが来る時期に合わせてこの村へ来たのだった。

 私は竜の姿になっても未だに全く動けないので、竜の姿になった父の背に乗って直接大きな街に飛んで行く、という提案が父から出たのだが、冒険者として生活するなら今からそういった経験をしておくのも悪くないと思ったので、森の中で野営をしたりしながら数日かけてこの村に来たのだった。

 それに父が竜の姿で人間の街の近くに現れたりしたら混乱を招くだろうし、竜の背から降りて来た、などという話になったら私が街に入る前から注目されるのは間違いなかった。


 正直に言えば色々用意されていたとはいえ森での野営は楽しかったし、これから乗る予定の乗合馬車での旅も楽しみにしている。

 刺激は少なかったが屋敷での生活も私としては耐えられないほどではなかったし、両親と離れるのが寂しくないわけではない。しかし、前世で入院生活をしていた樫村絢芽が散々読んでいたファンタジー世界での冒険を私自身がする、というのは非常に魅力的だ。

 冒険者になると言い出した私に父と母は根本的な反対はしなかった。未だに少女のような姿の私に対してもっと成長してからでも、とかパパともっと一緒に居てくれ、とかは言われたけれど。


 そういえば、初対面で私を父の子として認識していた村長に気になって質問してみたところ、父は人型でこの村に何度も訪れては、その度に私のことを自慢げに語っていたらしい。それも初対面の私を娘と判別できるくらい事細かに色々と。村長の話を聞いていた私が恥ずかしい思いをすることになった。

 父に溺愛されているのは感じていたが、どうやら子煩悩を通り越して親バカの域だったようだ。しかし、その割には父が屋敷にいることは少なかった気がする。

 そう考えてみると父の思考と行動に矛盾を感じるので、今のうちに聞いてみることにする。


「お父さん、何でこの村に何回も来てたの?それにお父さんだけならこの村に来るのにそんなに時間はかからないはずなのに、屋敷であまり見かけなかったし……」


「ん?それはね、アイリがママの中に宿って、生まれてきてくれたからなんだよ」


「私が?どういうこと?」


 私は首を傾げる。父がこの村に何度も来たり、屋敷を留守にしていたりする事と、私がどう関係するのだろうか。


「ママもそうだけど、吸血鬼っていうのは再生能力が高いから、普通はすぐに傷が治っちゃうんだ。それは体の表面の傷だけじゃなくて、内臓とかの内側の傷でもそう。だから、再生能力の高い種族は基本的に妊娠しないんだ。吸血鬼も含めてね」


 私の身体は放っておいても傷がすぐに治る、なんてことはないので考えたことも無かったが、言われてみれば確かにその可能性はあった、と今更ながらに思った。

 そもそも妊娠したとしてもその状態で霧化したりしたら胎児はどうなるのだろうか、と考えそうになったが考えるのはやめた。考えたくもない。


「でも世の中には、不思議な力を持った道具なんかもあってね。人間以外の種族が持っている特性を抑える、なんて力を持った道具も中にはあったんだ。

 そういう不思議な力を持った道具は人間たちが集まっているところにあることが多くて、同じ力を持った道具でも形が違ったりするから、パパはママがいつも身に着けていられるような物を、まずは山の麓近くの村や集落を回って探した。

 そうしたら、指輪の形をしたものが偶然ここの近くの村にあったんだ」


 今の話を聞いた限り、近くで見つからなかったら父はもっと大きな町などに行くつもりだったのだろうか。父、というより竜を守り神として祀っている山の麓付近で生活している人々は平気でも、他の場所ではその角や眼が目立ち過ぎるような気がするのだけど。

 竜は普通の人間が束になっても歯が立たない存在なので、表立って排斥される、といったことにはならないと思うが、そんな状況では探し物をするのも大変そうだ。目立たずに済むならその方が良いだろう。


「その指輪を譲ってもらったパパはそれをママに贈って、ママはその指輪を着けてくれた。そしてアイリがママの中に宿ったんだけど、今度は別のことでママとパパは悩むことになってしまったんだ」


 そういえば、母はいつも指輪を身に着けていた気がする。母が指に着けていたそれに気付いた時には前世と同じように結婚指輪を交換する風習でもあるのかと思ったが、父の指には何も着いていなかったし、母もそれを人差しに着けていたので、ファッションの一環か何かなのだろうと思い、その時の私はすぐに気にするのをやめたのだった。


 私が母の姿を思い出して上の空になっていたことを父は察していたようで、話をするのをやめていた。私はそれに気づいて、話の続きをするよう父に促す。


「何に悩んだの?」


「子どもを育てるってことにだよ。あの時はパパにもママにも子どもはいなかったし、山や屋敷でも、子育てを経験をしたことがある者はいなかったんだ。それに生まれてくるのは竜と吸血鬼の間にできた子どもだ。

 ただでさえ子育ての仕方なんて知らなかったのに、さらに不安要素が増えてたんだ。だから、寿命が短くて世代交代が早い、色々と知識や知恵もありそうな人間たちのところで、子育てについての情報を集めることにしたんだよ」


 確かに前世でも子育てについての本なんかは、探せばいくらでもあっただろう。知恵を絞ることが人間の武器だ、とか力で勝てないなら頭で勝てばいい、とか書かれていた物語は前世の記憶の中にたくさんある。


「そうして色々なところで子育てについて調べながら過ごしているうちにアイリが生まれた。

 子育てのことについて調べていた時に一緒に分かった知識を使って、妊娠した後のママの体調の変化にも対応できたし、調べていなかったら生まれたばかりのアイリの口に血や魔物の肉を押しつけてたかも知れないから、調べておいて正解だったよ」


 その話を聞いて、一瞬顔の筋肉が引き攣った気がする。本当に良かった。前世の知識を持って生まれた直後に血や生肉を押しつけられていたら、何も口にすること無くそのまま餓死していたかも知れない。


「パパはね、アイリが可愛くてしかたないんだ。知ってたかな?」


「うん、知ってるよ」


 突然話題を変えたと思ったら。あれだけ私を溺愛している様子を見れば嫌でも分かる。そのせいで私は少し前に村長との話をした際に恥ずかしい思いをしたのだから。


「ここや他の場所でパパは守護神とか守護竜なんて呼ばれてるけど、人間が勝手に呼んでるだけだし、直接関わりが無かった昔のパパは別に人間のことなんて気にしてなかった。数だけはたくさんいるけど、群れても弱いし、魔物に襲われたりとかのちょっとしたことでもすぐに死ぬ。そのくらいのちっぽけな、気にする意味も無い存在だと思ってた。

 でもね、生まれてきたアイリが可愛くてしかたなくて、アイリが生まれたあとも子育てについて色々調べるために人間たちとの交流を続けてたパパは、そこでふと気が付いたんだよ。

 人間たちにも子どもがいる。そして、家族もいる。ちっぽけな存在でも、蔑ろにしていい存在ってわけじゃない。だから、パパは村や集落を定期的に廻って、山にも戻ってるんだ。人間たちが勝手に祀り始めた守護竜としてじゃなく、子を持つ親として、それまでに関わりを持った人々を守るためにね」


「そうなんだ……」


 父の今までの行動にちょっとした疑問を感じて、軽い気持ちで質問したはずなのに、いつの間にか良い話になっていた。

 突然の不意打ちのようなその言葉に、ちょっと感動しそうになっている自分がいる。父がそんな風に考えていたなんて思ってもみなかった。


「それに屋敷にはママもいるし、パパの配下の竜たちもいるからね。人間の子ども達よりアイリの方が全然安全だよ」


 そう言って自慢げな表情をして胸を張った父。なぜ話の対象が子ども限定になったのか。実は親バカの延長線上の行動なのかも知れない。せっかく感動しそうだったのに。もう。

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