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01 管理者に会った

 私の名前は樫村絢芽かしむらあやめ。今年で18歳になった私は、5年以上の歳月を病院のベッドの上で過ごしていた。


 ベッドの隣で私の手を握りしめながら、涙を浮かべる母親の顔を視界の端に捉えつつ、短かった人生の終わりが間近に迫っているのだと理解し、重くなった瞼を閉じる。


(思い返してみれば、ほとんど親孝行らしいことは出来なかったな……)


 薄れゆく意識の中で、両親の顔を思い出して、心の中で苦笑する。


 それなりに裕福な家庭の一人娘として産まれた私の子供時代は、とても女の子とは呼べないようなものだった。

 男の子に混ざってかけっこをしたり、木登りをしたり、チャンバラごっこをしたりして遊ぶのが好きで、運動能力は大抵の男の子より高かった。反対に女の子に人気のおままごとやお人形遊びなんかにはほとんど興味が湧かず、ほとんど毎日外で遊んでいた私は母親に何度も呆れられていたのを覚えている。


 そんな私は10歳になってから少し経ったある日、突然全身に脱力感を感じると同時に倒れ、意識を失った。病院に運ばれた私はしばらくして目を覚ましたけれど、全身の脱力感は消えず、自力では立ち上がるどころか体を起き上がらせることが精一杯だった。運ばれた直後の診断でも、数日後に行われた精密検査でも原因の特定には至らず、原因不明のままだった。

 数日間の入院生活で退屈な思いを募らせ、早く家に帰ってまた遊びたいなと考えていた幼い私の気持ちとは裏腹に、私は快方に向かうことはなく徐々に衰弱していき、15歳を過ぎた頃には体を起き上がらせることすら困難となり、それからはほとんど寝たきりの生活となっていった。


 そうして自分の人生を振り返っていた私はふと、身体から脱力感が消え、薄れていた意識が再び覚醒しているのを感じ、目を開けた。


「え…?」


 私は見える限りの範囲には何も無い、真っ白な空間に立っていた。顔を動かし上や左右を確認するが天井も見えず、壁らしきものも見当たらなかった。下を見て、自身が自力で立っているらしいことを認識し、ちょっとした感動を覚えると共に、随分と久々の感覚に少し戸惑う。


「……死後の世界、とか?」


 白で統一された様子から、少なくとも地獄には見えないなと思いながら、何事かと考えていると、後ろから声をかけられた。


「樫村絢芽さん、ですね?」


 びっくりしながらも身体ごと振り返る。その動作が出来ることに再び少し感動を覚えたが、感動に浸るような状況でもない。

 振り返るとそこには、スーツを着た男と、ラフな恰好をした男の二人が立っていた。


「…えっと、あなた達は、どちら様ですか?」


 なぜ私の名前を知っているのだろう、などと考えながら、肯定はせずに質問を投げ返す。


「私たちはそれぞれの世界を管轄する管理者、あなた方の認識で言うところの神様に近い存在になりますね」


 スーツを着た男が答える。先程聞いたのと同じ声なので、最初に問いかけて来たのも彼だろう。


 死後に真っ白な空間で神様が目の前にーーーなんて、まだかろうじて身体が動かせていた時期に、暇潰しのために色々と読んでいた本の中の出来事みたいだ、と思った。病室は個室であったため退屈を持て余す私のためにと母親が幾度にも分けて持ち込んだ本がたくさん置いてあったが、私は本の好みも女の子っぽくはなく、お姫様がお城で暮らすような物語より英雄譚やファンタジー作品などが好きだった。

 ほとんど寝たきりの状況になってからは自力では読む事が出来なくなってしまったので、途中までしか読めなかったもの、手付かずのままになってしまったものがそこそこある。


 そんな考えを巡らせながら、最初の問いかけに答えていなかったことに気付き、思考を中断する。


「確かに私は樫村絢芽です。それで、私はどうしてこのような場所にいるのでしょうか?」


 私の問いかけを受けたスーツを着た男は、もう一人の男へと目配せをする。それを受けたラフな恰好の男は多少身なりを正した後、私の正面に立ち、口を開いた。


「あんたが生きてきたこの世界は俺が管理してて、世界を滞りなく運行させるための調整をしたり、バグが起きないようにしたり、起きても修正したりとかしてたんだ。そんで、あんたは俺の手違いで生じたバグの一種みたいなもんなんだ、悪いな」


 男はバツの悪そうな顔をしながら、私にそう言った。偏った嗜好ではあったが色々な本を読んでいた私は、バグという言葉の持つ意味をなんとなく理解する。


「私がバグの一種?もしかして、私も修正されるの?」


 私は緊張気味に聞き返す。私の今までの人生がバグで、このままバグとして消されるなんて、あまりに酷い話だと思う。


「自然発生したバグはすぐに修正作業を必要とする場合が多いですが、管理者のミスによるバグの場合は今後また同じ事態が起きたりしないように、原因の確認等をした後で、時期が来るのを待ってから対応に当たることが多いのですよ。

 今回の件はあなたがここに来てからの対応でも、この世界の運行には問題がなく、他に準備が必要なこともありましたので、あなたが産まれてからすぐ対応するのではなく、そのままにしてここで時期が来るのを待っていました」


 スーツを着た男が回答を引き継ぎながら、ラフな恰好の男の隣に立った。


「さて、前提として世界というものはここ以外にも複数存在し、それぞれに管理者がいます。こちらの彼があなたが居たこちらの世界の管理者であるのは先程話に出た通りで、私はそれに隣接する世界の管理者です。

 今回の件の原因は元々私が管理している世界にあったあなたの魂を、彼がこちらの世界の肉体に入れてしまったために起こりました。その結果が、今までのあなたの状態に繋がっています」


 あとは自分で説明しなさいと促され、ラフな恰好の男が状況を話しはじめる。


 まず、魂というのは世界ごとに内包する力の量が違うらしい。その世界に合った基準というものが存在し、他の世界とは大小の差こそあれど異なり、私の魂が内包していた力はこの世界の基準では過剰なものであり、それが肉体にも影響を与えていたようだということだった。

 私が大抵の男の子にも負けないような運動能力となっていたのは、魂の持つ過剰な力が肉体に収まり切らず溢れ続け、運動能力として表出していたからであり、男勝りだった性格はそんな肉体に精神的な面で少し引っ張られた結果であったそうだ。

 そして、突然脱力感に襲われ倒れたのは、溢れ続けていた魂の力を受け止めていた肉体が過剰な力に耐え続けることができなくなり、肉体を守るために魂との接続がほとんど切れたような状況になっていたのためだと、説明された。


「ベッドの上で大人しく生活してても身体の調子は改善しなかったけど…」


 長いこと入院生活を続けていたが、全く快方に向かう様子が見られなかった自身の身体のことを思い出す。


「あんたが倒れたあの時点で肉体の方は魂との不親和性と、魂から溢れ出た余剰な力の影響を受けて向上した運動能力の継続的な使用から既に修復出来ないほどボロボロで、力が漏れ続けていた魂の方も徐々に擦り減っていっていたんだ」


 ここまでの話を受けて、これでは産まれた瞬間から事故と言うべきだったのではないだろうかと、こんな自分を育ててくれた両親たちへの罪悪感が募る。


「それで、結局今さら何をするために私の前に来たの?」


 色々な想いが巡り、心に落ち着きが無くなっていた私は、ラフな恰好の男に向かってぶっきらぼうに言う。


「あなたの現在の肉体は死亡した状態となっておりますので、魂を最大限修復してから、本来の居場所である私が管轄している世界の新たな肉体に入り生まれ変わっていただく、という処置を現在実行中です。

 長い間ほとんど身体を動かせない状態で退屈させてしまった償いに、とても丈夫で良い器を準備いたしましたので、きっと気に入って頂けると思います」


 これまでもう一人に説明を任せ、沈黙していたスーツの男が突然、いかにも自信満々、と言った笑顔でそう言い、それを聞いた私は他の世界に転生するのだろうと理解した。


「ところで、何で私の魂はこっちの世界の肉体に入ることになったのですか?」


 先の展望がおおよそ見えたので、今までの話の中で気になる事を質問してみる。


「それは…」

「私から説明いたしましょう」


 ラフな恰好の男が何か言おうとしたところに、スーツの男がそれに被せるように口を挟む。


「この世界は数ある世界の中でも末端に近い場所にありまして、その管理者である彼も田舎出身の新人でまだちょっと抜けていて、たまにこんなミスをするのです。

 隣接した世界を管理者であり先輩である私には迷惑をかけないように、とは言っているのですがなかなか覚えが悪く、フォローに入る私はなにかと手を焼かされているのですよ。ですから、今回の件でのあなたのフォローも万全というわけです」


 と、なぜか少し嬉しそうに話すスーツの男。神様に近い存在でも田舎や新人と言う概念や、先輩後輩のような上下関係と見られるものがあるようだ。この男は新人のミスをカバーして相手に先輩風でも吹かせたいのか、詳しい事は分からないが、それで私の待遇が良くなるなら問題無いだろう。


「先程も言いましたが、あなたが生まれ変わる先は私が管轄する世界です。樫村絢芽が生きていた世界とは違い、魔法やスキルが存在し、そして管理者である私からの贈り物であるギフトを持つ者も多少います。

 それでは新しい世界と身体で、今世の分までじっくりと楽しんでください」


 そんな言葉を耳にしながら、私は意識を失った。



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