第74話 濡れ衣
「ミミックが入り込んでいた」
族長の怒りに満ちたその言葉に、空気が張りつめていくのがわかる。
僕たちは誰も一言も発せず、ただただ凍りついていた。
「そのミミックは宝玉だけでなく儂の宝を奪い、門番交代の隙を狙って逃走した。
儂らもそれほど馬鹿ではない。
集団で奴を囲み、奴の逃げ場を完全に奪ったのだ。」
族長はふぅっと一息つき、自分の胸を押さえた。
うっすら赤く染まった包帯の下の傷は、その時つけられたのだろうか?
「儂の宝を奪う奴は許すわけがない。
儂は部下たちとともに奴に向かって行ったのだ。
浅はかだった…。
儂は怒りで我を忘れ、魔神の宝玉のスキルのことは頭になかった。
奴は襲いかかる儂らに対して、そのスキルを解放した。」
…。
僕もおそらくその状況になれば、獣神の宝玉のレアスキルを使うだろう。
【殲滅】は起死回生のスキルなのだ。
「鍛えられた儂の部下たちは、通常の攻撃なら跳ね返せるだけの肉体を持っている。
だが、そんな奴らでも内部からの攻撃には太刀打ちができない。
奴が使ったスキルは、その場にいた全員の内部を破壊するスキルなのだ。」
内部を破壊する範囲攻撃スキル…。
そういえばリュウが僕がいない間、似たようなスキルを使ったとハルクが言っていた…。
「その場にいた儂の部下たちはほぼ全滅。
儂を含め、生き残った仲間たちも重傷を負ってしまった。
だが儂は奴を無傷で逃がすわけにはいかなかった。
儂は持っていた大剣を奴を目がけて振り下ろした。
運よく儂の一撃が奴に当たり、ミミックは真っ二つになった。」
そこまでの重傷を受けてもその力。
この族長の力も計り知れない。
「儂は奴を倒した。そう思っていた。
しかし、奴は半分になった体でも動けたのだ。
奴は儂に斬られたもう半分の箱を回収し、儂には目もくれずその場から逃げ出したのだ。。
儂にはもう奴を追う力は残っていなかった。
儂はその場で倒れ、意識を失った。」
話し終わった族長の体は小刻みに震えている。
彼は今、他の獣人たちと同じように憎悪に満ちた目で僕を睨みつけた。
ゾクッ
僕の体に妙な寒気が走った。
族長の周りの空気が張りつめ、僕の体は金縛りにあったように動けなくなった。
恐怖。
僕はこの世界に来て初めて、たった一人の男から恐怖を感じたのだ。
獣人の戦士から感じたものとは、また違った感情。
殺される…。僕は本能的に感じ取った。
「我々が宝玉を失ったのはこれで2度目。
一度目は我が種族の宝である「獣神の宝玉」が奪われた。」
獣神の宝玉!?
思いがけない名前が彼の口から出たため、僕は咄嗟に族長の顔を見上げてしまった。
僕と目が合った族長は、突き刺すような殺意を僕に向けた後、僕に向かって何かを投げて渡した。
ガチャン。
彼が僕に投げ渡したのは、金属のようなものが入った小さな革袋だった。
「開けろ」
族長の言葉には有無を言わせない迫力があった。
革袋を開けると、中には壊れた金属が詰められていた。
そのうちの一つを取ってみると、どこかで見たような金属。
そうだ。これは僕の箱「メタルボックス」の破片なのだ。
でも一体なんでここに?
「それは儂が斬ったお主の破片だ。
まさか、また舞い戻ってくるとはな。」
えっ?これは僕じゃない。
まさか、魔神の宝玉を奪ったミミックってメタルボックスの保持者!?
「しかも、獣神の宝玉についても何か知っているようだな。」
族長は背中に納刀していた剣を抜き、僕に向かって歩いてきた。
通常の剣の5倍はあろうかという大剣だが、2mを遥かに超す族長が持つとそれほど大きな剣には見えない。
「そのミミックは殺さないで!」
リリアが大声で叫ぶも、族長は全く聞き耳を持たない。
早く逃げないと。
頭では分かっていても、迫りくる族長の威圧で全く動くことが出来ないのだ。
族長は僕の前まで歩を進め、大剣を振り上げた。
斬られることを覚悟した僕の前に、ハルクが飛び込んできた。
「光を殺らせねぇ。」
振り下ろされた大剣をミスリルクラブで受け止めたハルク。
しかし、族長の剣の勢いは止められず、ミスリルクラブごとハルクの右腕は斬り落とされた。
「いでぇ、いでぇ!」
大声で痛がるハルクに、族長はハルクの顔面に強烈な回し蹴りを一閃。
数メートルほど吹き飛ばされたハルクは、そのまま意識を失ってしまった。
(よくもハルクを!)
族長がハルクに気が逸れた瞬間、僕はターボで加速をつけて族長の腹部に体当たりする!
ドウッ
僕の体当たりは、まともに族長の腹部にヒットした。
しかし、体をくの字に曲げながらも、族長は左手で僕をしっかり掴んでいた。
掴んだ僕を高く持ち上げ、地面に向けて思い切り投げつけたのだ。
地面に激突する瞬間、僕は【物理無視】を使用。
地面に当たるすれすれの位置から、族長の顔に僕の体は戻っていったのだ。
加速をつけた僕の体が、族長の顔にまともにヒットした。
大きくはじかれて地面を転がる族長。
逃げるなら今だ!
僕は意識を失ったハルクとハルクの切断された腕を舌で包み、仲間たちに(逃げよう)とメッセージを送った。
族長が倒され、異常を感じた獣人たちが僕たちの方へ集まってきた。
もはや一刻の猶予もない。この場を離れるしかないのだ。
リリアはその場でしゃがみ、倒れた族長の方を見ている。
彼女の依頼はこの場所に送ること。
これ以上僕らと同行する必要はないだろう。
他の獣人が襲ってこないように威嚇をし続けたクロコは、威嚇をしたままゆっくりと僕の方へと後退する。
リュウはどこだ?
リュウは近づいてくる獣人たちにも、全く動じていない。
その場に留まり、倒れた族長の方をじっと見ているのだ。
(光、ここで逃げたら勿体ないやろ?)
「朝起きるとミミックになっていた~捕食するためには戦略が必要なんです~」を読んでいただきありがとうございます!
どんな評価でも構いません。少しでも気になると思っていただければどんな評価でも結構ですので★にチェックをお願いします。
もちろん厳しいご意見も随時受け付けております!
皆さまの応援が力となりますので、ぜひとも応援をよろしくお願いします!