第50話 常識と概念
ハルクを食べた僕にリッチは驚きと落胆を隠せないようだった。
しかし、その感情は突如怒りへと変わる。
杖を構え、呪文を連呼しながら猛然と僕に襲いかかる。
「なぜヤツを食べたのだ!俺の結界の中で、なぜ別の結界が使えたのだぁぁ!」
もはやリッチは冷静ではいられなかった。
怒りで我を忘れているリッチの攻撃は単調で、かわしやすい。
僕はハルクと戦っている間、同じエリアの結界を暴食で食べ続けていた。
極狭い範囲、落とし穴一つ分のエリアだけ結界を解除していたのだ。
しかし、リッチに気付かれては元も子もない。
僕はハルクと戦闘中にも、それとなくリッチの注意を別に向けていた。
リッチに攻撃を仕掛けたのもその一環だ。
幸いにも気付かれることなく、僕は一部の結界の解除に成功してたのだ。
もちろんそのことをリッチに教えてやる義理もない。
むしろ、怒りで我を忘れてくれている方が好都合なのだ。
僕はリッチの攻撃を避けながら【応急処置Lv2】で失ったHPやSP、ボロボロになった箱をわずかでも修復した。
これで少しは戦える。
例えリッチが集中力を欠いていても、体力を少し回復しても僕の置かれている圧倒的不利な状況は変わらないのだ。
しかも彼が再び落ち着きを取り戻すのには、そう時間がかからなかった。
僕を追いかけるのをやめ、急に立ち止まったリッチ。
落ち着いた口調で僕に話しかけた。
「危うく君の策にはまってしまうところだったよ。君って意外と策士なんだね。」
構えていた杖を下ろし、僕の方へゆっくりと歩み寄る。
「まだ何かあるんだろ?実力で僕に劣る君が僕に勝つには、策しか無いのだから。」
リッチは頭上に杖を掲げ、何か呪文を唱え始めた。
すると部屋の中央の魔法陣が光り始め、光の柱が何本と天井に向かって伸びて行った。
また、新手が現れるのか…。いい加減うんざりだ。
「さぁ、第2ラウンドといこうじゃないか」
呪文を唱えるリッチは一見隙だらけに見えるが、僕を明らかに意識している。
僕が動くたびに、僕の方へ視線を送る。
このままではまた敵を召喚されてしまう。
防ぐ方法はきっとあるはず。
考えろ、考えろ!
しかし、いくら考えても案は出てこない。
堅い頭が嫌になる。
このまま召喚し終わるまで指を咥えて見ているだけなんて嫌だ。
僕の思いも虚しく、魔法陣はその光を増し始めた。
薄暗い部屋が魔法陣を中心に明るくなっていった。
そうだ。一つ食べられるものがあった。
僕は思いつくと同時に、口を大きく開け「それ」を食べた。
パクッ
僕は「それ」を食べたが、辺りは何も変わらない。
それもそのはず、僕が食べたのは「モノ」じゃないのだ。
僕が食べたのは…。
僕自身の「常識と概念」だ。
常識的な思考で考えてしまう僕に、新しいアイデアなんて生まれるはずがない。
僕は「常識と概念」を食べ去ることで、物事にとらわれない柔軟な思考を手に入れようとしたのだ。
僕の頭の中に滝のようにアイデアがなだれ込んでくる。
今まで考えもしなかった発想が次々に浮かんでくるのだ。
早く試したくて仕方がない。
リッチは離れた所で、今も召喚魔法を唱え続けていた。
こちらから攻撃に転じてやろう。
僕は大きく口を開け、リッチとの距離を食べた。
僕の体は一瞬でリッチの元に飛ばされる。
急に目の前に現れた僕だったが、リッチにも想定内だったのだろう。
僕の方を振り返り、一方の手で召喚魔法の継続。もう一方の手で僕に向かって攻撃魔法を使用した。
しかし、リッチの攻撃魔法は発動しない。
僕はリッチの魔法を発動前に食べたのだ。
魔法攻撃が発動前にキャンセル。
さすがのリッチも驚きの色を隠せないようだ。
未だに何が起こったのかが理解できていない。
同様に僕はリッチが使用中の召喚魔法に食らいつく。
かなりのMPを消費する魔法のようだから、食べ応えがありそうだ。
僕は呆気にとられるリッチをよそに、召喚魔法ごと食いつくした。
詠唱が終わったものの、召喚魔法が発動しないことに苛立ちを感じるリッチ。
「貴様!一体何をした!!」
リッチは僕に杖を持っている杖を向けようと、僕に向かって手を伸ばした。
パクッ
食べてくれと言わんばかりに、無防備なリッチの行動。
僕は杖を持つリッチの腕ごと平らげたのだ。
腕を失いその場に尻もちをつくリッチ。
ようやく彼にも今の自分の立場が分かってきたようだ。
常識を食べたことにより、ウルトラレアスキルである【暴食】の本当の使い方を知ってしまった僕には、リッチは餌以外の何者ではないのだ。
僕は地べたに這いつくばるリッチを、蔑むように見下ろした。
「私にはまだこれがある!」
彼は新たな武器を使用しようと異次元収納を使用する。
リッチの前に、ブラックホール状の空間が現れる。
リッチは残った左手を伸ばし、異次元空間の中に手を突っ込んだ。
バクッ
僕は異次元空間すらも平らげた。
痛みが無いのか、リッチは食べられたことにすら気付いていないようだった。
ようやくもう一本の腕も食べられたことに気付いたリッチ。
「ひっ、ひぃぃ」
両手を失い勝ち目がないと判断したリッチは、部屋から逃げようと空間移動魔法【テレポート】を使おうとしていた。
パクッ
もちろん逃がすつもりはない。僕は使用中の魔法を食べたのだ。
術が発動せず、逃げ場も失ったリッチ。
僕は彼にゆっくりと近づいた。
「そ、そうだ。協力しよう。君の力と私の頭脳があれば7階層攻略も夢ではない。こ、このダンジョンの10階層もなんとかなるぞ…。」
RPG定番のベタな命乞いをし始めたリッチ。
本当にこいつは、ゲーム外の世界から来たのだろうか?
この命乞いを聞く限り、本当かどうか疑問に思ってしまう。
彼はこのゲームにどっぷりとはまってしまったのだろう。
もちろん命乞いに耳を貸す僕ではない。
そう言えば、ゲーム中に命を失ったプレイヤーはどうなるのだろう?
チュートリアルが初めに言ってたけど忘れてしまった。
まあ、どうでもいいか。
僕は震えながら命乞いの条件を提案し続けるリッチを、一口で平らげたのだ。
「朝起きるとミミックになっていた~捕食するためには戦略が必要なんです~」を読んでいただきありがとうございます!
どんな評価でも構いません。少しでも気になると思っていただければどんな評価でも結構ですので★にチェックをお願いします。
もちろん厳しいご意見も随時受け付けております!
皆さまの応援が力となりますので、ぜひとも応援をよろしくお願いします!




