交差点で立ち止まった僕のベターハーフと味噌汁を飲めなくなった僕の話
指定ワードは『交差点』『味噌汁』です。
お酒が飲めないと夜が寂しい。
フランス料理はワインが最も美味しく飲めるように作ってるんだって。だから僕みたいな下戸は美味しさの半分しか味わえてないことになるんだ。
ベターハーフって知ってる? 『良い配偶者』って意味だよ。初めての結婚で僕は『ベターハーフ』になり損ねた。
新婚時代は仲良かった。
結婚10年目で子供ができず。妻は料理に異常に凝るようになった。人生の空虚を埋めるように、台所に立ち続けた。
見たことのないスパイス。食べたことのない国の料理。
食卓に12品も並んだその日。僕は耐えられなくなった。
「ねえ……。こんなに食べられないよ……だいたいさあ……。この味噌汁何?」
ゴボウやニンジンをつまみ上げながら言った。
「何種類入ってるの? テーブルが料理でいっぱいなのに。これじゃ『野菜の味噌煮』だよ」
ダンッ
妻はテーブルを激しく叩くと拳を振り上げた。
「食べたくないんならっ。食べなくていいわよ!!」
泣いてる……。
翌日白菜を丸々1個買い物袋に入れた妻は、交差点を渡った。
真ん中まで進んだところで。突然。歩けなくなったのだという。
家が見えていた。
信号が青から赤に変わっても足を踏み出せない。
妻の耳に遅れて車の激しいクラクションが聞こえて来た。
ブブーッ ブブブブーッ
ハッとした妻はそのまま踵を返し、歩いて来た道を走って戻り、電車に乗って実家に白菜ごと飛び込んだ。
それでワンワン泣いたのだそうだ。
「もう離婚したい」
僕たちは離婚した。
あれから何を食べても味が半分しか感じられない。
牛丼屋に入ってもスポンジを食べているみたい。
ラーメンはゴム紐みたい。
コーヒーは泥水みたい。
外食に懲りて自炊を始めた。
肉を焦がし野菜は不揃いで味噌汁に出汁を入れ忘れる。
ベターハーフ。
妻はあれ程努力をしたのに。
妻の立ち止まった交差点を僕は今日も渡る。
もはや何を食べれば良いのかすらわからないんだ。
美咲。本当にすまなかった。君の作る味噌汁を、毎日美味しいと言って飲めば良かった。
君の喜びを共に喜び、君の悲しみに寄り添えば良かった。
できそこないの夫だった。そして今は半分の人生だ。
交差点の真ん中で立ち止まってしまう。車が1台も見えない広すぎる場所に。
後ろを振り返ったけれど、誰もいない。
体ごと向きを変えそのまま走り出した。電車に乗れば彼女の実家につく。その後はわからない。でも僕は言うんだ。
「今度こそベターハーフになる。約束する。帰ってきて、くれないか」
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