第十八話 砂の都ファルケン
砂の都ファルケン。
見渡すばかりの深い砂漠に囲まれた巨大な街だ。
クリーム一色の殺伐とした景色は、高い市壁を境に大きく様相を変える。
整然と築かれた石畳の街路。
色とりどりの屋根をいただく家屋が、所狭しと並んでいる。
領内に抱いた枯れることを知らないオアシスにより、水脈と緑も豊かだ。
そして、街の輪郭から突き出すように聳える巨大な砂の山。
いや、山ではない。
遺跡。
済世遺跡だ。
地理的に決して恵まれていると言い難いファルケンが、一大都市にまで発展した所以。
遺跡からは数多くの魔導具が発掘され、それによってファルケンには巨大な富がもたらされている。
街を統治するルーベンゲルト・カペラ辺境伯は、齢六十を過ぎながら、今なお健勝で血気盛んな指揮官でもある。
ファルケンは「砂の騎士団」と呼ばれる精強な軍隊を独自に持ち、隣国との小競り合いが生じた際には、辺境伯自らがいち早く兵を率いて戦場に駆け付け、ことごとく敵勢力を駆逐していた。
挙げた武勲は数知れず。
賞賛と畏敬の念を込めて、彼は「獅子王」と呼ばれ、今では五大公家に並ぶ権勢を誇っていた。
街へと入った俺たちは、すでにタチアナの知人が取ってくれていた宿に荷物を置くと、さっそく遺跡へと向かった。
タチアナはいつもの作業服に着替えている。
目に馴染んでいるせいか、こちらのほうが何となくしっくりくる。
もちろんこれは、口にしないほうが無難なのだろうが。
ファルケンには、子どもの頃に一度来たことがある。
確かあの時は、オリヴィアとジークさんの三人だったはずだ。
何の要件で来たのかは覚えていないが、目の前に広がる賑やかな街並みは、記憶の中の風景と一致する。
遺跡は、街の北西の端にその入り口があった。
周囲を頑丈な鉄柵で囲まれ、物々しい装備で身を固めた兵士が巡回している。
えらく厳重な警備だ。
それだけ、この遺跡が街にとって重要な資源なのだろう。
遺跡の入り口にも、やはり屈強な兵士が数名立っていた。
鋭い視線で睨まれる。
「大丈夫。私が話してくる」
気楽に言って、タチアナが軽い足取りで兵士たちに近付いていく。
彼女が二言三言、言葉を交わすと、あっさりと入場を許された。
「詳しくは聞いていないが、この仕事はどうやって知ったんだ?」
タチアナからは「ファルケンでいい仕事があるから一緒に行こう」と誘われただけだ。
遺跡での仕事なので、おそらく発掘作業なのだろうが、詳しい内容はまだ教えてもらっていない。
「うん。私の昔からの知り合いから声が掛かってね。誰か腕のいい穴掘り屋はいないかって。それで、オグマを紹介することにしたの」
「……そうなのか」
さらりと腕がいいと言われ、内心ではちょっと嬉しいのだが、もちろん顔には出さない。
魔力による <強化> のおかげで、多少は穴掘り屋としては役に立つかもしれないが、あくまで多少だ。
タチアナにしろデュオにしろ、俺のことをやや買い被り過ぎているきらいがある。
好意的に見られるのはまんざらでもないが、勘違いしてはいけない。
入り口を通り、そこから続く細い通路を抜けると、広漠とした空間に出た。
天井がかなり高い。
横幅も相当広い。
この遺跡は、もともと完全に砂と岩に埋もれていた山を少しずつ掘り進めて出来た場所だ。
発掘作業が終わった箇所は、やはり建造物らしく床や壁、通路などが露わになっている。
現在、発掘が完了している部分は、まだ十分の一にも満たないらしい。
大陸でも、この済世遺跡は大規模遺跡の一つに数えられている。
「イルダーナフ!」
遺跡をしばらく進んで行くと、やがて固い土や岩に覆われた一帯に突き当たった。
おそらく、ここが発掘の最前線なのだろう。
大柄な男達が数名、全身に汗を滲ませながら発掘作業に精を出していた。
「おお! 来たか、タチアナ」
小山ほどもあろうかという大男が、首に下げたタオルで顔を拭いながら、こちらにやって来る。
仕事柄、穴掘り屋は大抵ガタイが良いのだが、この男は特に筋骨隆々だ。
「ということは、こいつが噂の穴掘りオグマか?」
噂の……穴掘りオグマ?
俺のことか?
俺はそんな風に呼ばれているのか。
初耳だ。
「そうだよ」
「……思ってたのと全然違うな。もっと、こう熊のような大男を想像していたが、えらい細くて生っ白いヤツじゃねぇか。大丈夫なのか?」
何だか酷い言われようだが、確かに俺は穴掘り屋の中では小柄で痩せている。
頼りなく見られるのも仕方がないかもしれない。
「なに? なんか文句があるの? イルダーナフがどうしてもオグマを連れて来て欲しいってお願いしてきたんでしょ!」
途端にタチアナの怒りの導火線に火が付いた。
「ま、まあ、そうだが……」
「それに、人を見た目で判断したら駄目だから。オグマの仕事ぷっりを見たら、きっとびっくりするわよ、本当!」
「わ、わかった。ちょっとした冗談じゃねぇか。そんなに真面に怒らないでくれよ、タチアナ」
山のような身体を小さく折って、たじたじになるイルダーナフ。
二人がどういう知り合いなのかは定かではないが、娘に手を焼く父親といった風情だ。
「よく来てくれたな、オグマ。歓迎するぜ。今、この現場はかなりハードでな。ノルマがキツイうえに人員も足りていない。お前の話はタチアナからよく聞かされて知っていたし、穴掘り屋の間でもちらほらと噂を耳にしていたからな」
「ちょ、ちょっと! 私はそんなに話してないでしょ」
タチアナが慌てたように口を挟む。
「いや、そりゃあもう、恋する乙女みたいに語ってたじゃねえか――」
「や、やめてよ、イルダーナフ!」
素早く構えたスコップで、タチアナが無防備なイルダーナフの横っ面を力一杯ぶった叩いた。
「ぐはっ!?」
完璧にノックアウトされた形のイルダーナフが、膝から崩れ落ちるように地面に昏倒する。
「あっ……ごめん、つい」
てへっと舌を出すタチアナはあまり悪いとは思っていないようだ。
「まあ、イルダーナフはデュオと同じでちょっと口が悪くてあれだけど、一緒に頑張ってこう、オグマ!」
「……」
たははっと、誤魔化すように笑うタチアナに、俺は小さく頷き返すことしかできなかった。