第十七話 待ち合わせ
待ち合わせ時刻の十五分前――
寄合馬車の停留所で、先に到着したらしいタチアナが俺を待っていた。
いつものつなぎの作業服姿ではなく、落ち着いたグリーンのワンピースを身に着けている。
作業中は、後ろで一つに結んでいる髪も、今日は肩に下ろしていた。
一瞬、誰かと見間違えそうになったが、やはりタチアナだ。
一度時計台を振り返り、待ち合わせ時間に遅れていないことを確認してから声を掛ける。
「すまない。待たせたようだな」
「あっ!? いや……私がちょっと早く来すぎちゃっただけだから」
びくりと肩を震わせ、あわあわと立ち上がるタチアナ。
動いた拍子に、ワンピースの裾がひらりと舞う。
「……な、なによ」
「いや、いつもと髪型と服装が違うだけで、随分と雰囲気が変わるもんだなと思ってな」
「そ、そう?」
ぶっきらぼうに言って、タチアナはぷいっと明後日の方向へ顔を背ける。
……やはり、俺が待たせたことを怒っているのだろうか?
ふと、妹のオリヴィアの声が耳に蘇る。
「いいですか、兄さま? 女性がいつもと髪型や服装を変えたときは、必ず褒めてあげないといけません」
「そうなのか?」
「はい、そうです。女性はとてもデリケートな生き物なのです。せっかく殿方のためにと思って時間をかけてセットした髪型や選んだ洋服がスルーされてしまったら、悲しくて死んでしまいます」
「それはさすがに大袈裟ではないか?」
「例えを言っているのです。それだけ、女性にとっては死活問題なんです!」
普段は控えめで大人しいオリヴィアが、いつになく真剣な顔で捲し立てていたので、やけに記憶に残っていたのだ。
俺は一つ深呼吸してから口を開く。
「その髪型も洋服も、なかなか似合っていると思うぞ」
「そ、そうかな!?」
ほんの一瞬だけ頬を緩ませたタチアナは、またソワソワと落ち着きをなくす。
しきりに髪に触れたり、ワンピースの皺を気にしたりと忙しそうだ。
「……」
今の言葉が正解だったのか、当然答えてくれる者はいない。
ただ、タチアナの機嫌は直ったらしい。
よかった。
実際、タチアナは綺麗な顔立ちをしている。
すらりとした体形に、そのワンピースはよく映えた。
とても穴掘り屋をやっているようには見えない。
すっかりご機嫌になったタチアナと停留所で待っていると、いくらもしないうちに寄り合い馬車が滑りこんで来た。
どうやら、俺たち以外に客の姿はないようだ。
ここから、砂の都ファルケンまでは半日以上掛かる。
思えば、マイロード家を追い出されてこの街に住むようになってから、長旅をするのは今回が初めてだ。
仕事のためと言えども、わずかに胸が高鳴る。
「それじゃ、行こっか」
「ああ」
にこにこと上機嫌なタチアナの後に続いて、俺は寄合馬車に乗り込んだ。