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第十四話 予期せぬ出会い

 振り向いてまず目についたは、見慣れた魔導学院の制服。

 またか――と、暗澹とした思いが胸に去来する。


 どうか俺に用事でありませんようにと祈ってはみるものの、その人物は距離を置いて俺の真後ろに立っていた。

 顔を上げると、視線が合う。

 瞬間、頭の隅に引っ掛かりが生じた。


 深く澄んだ空色の瞳。

 滑らかな白い肌。

 細く尖った顎は優美で、美醜に疎い俺でも、その容姿が一般的に美しいと形容できることは分かる。

 店内に吊るされた白熱灯を跳ねる銀髪がやたらと目に染みた。


 制服の胸元に縫い取られた赤い宝石を確認するまでもなく、彼女が貴族の出自であることは間違いなかった。

 遠い記憶の中に、彼女の姿を思い出す。

 名前は忘れてしまったが、五大公家の一角、アスピリクス家の令嬢。

 

 一体、俺に何の用だろう?

 というか、俺が誰だか分かって声を掛けてきたのか?


「すみません。突然、声を掛けてしまって。あなたのことをほうぼう探していたのですが、なかなか見つからずにこんな遅い時間になってしまいました」   


 俺を探していた? 

 どういうことだろう?


「今日はありがとうございました。あなたのおかげで、あの危険な幻獣を撃退することができました。あの後、訓練場にやって来た冒険者ギルドの職員から事情を聴かれたのですが、……その、あなたがどこかへ消えてしまったので、周りの生徒たちの証言もあって、結果的に私が倒したことになってしまいました」


 ああ。

 そういうことか。

 俺は得心した。

 マンティコアに止めを刺したのは彼女だったのか。


 魔導学院の生徒であることは分かったが、あの瞬間、後ろ姿しか見えなかったので、顔は確認できなかった。

 まさか、アスピリクス家の人間だったとは。


「本当にすみません。実際には、ほとんどあなたの力で倒したものなのに、私が手柄を奪うような真似をしてしまって」


 綺麗な睫毛を伏せ、彼女は恐縮したように肩をすぼめた。

 なまじ纏っている雰囲気が高潔なだけに、その所作は余計に申し訳なさを引き立てる。


「いや、俺は大したことはしていない。もともとマンティコアに止めを刺せるほど強くはないからな。君が倒してくれて助かった。こちらこそ礼を言おう」


 俺は椅子を引いて立ち上がると、彼女に向けて頭を垂れた。


「や、やめて下さい! 私は、ほんの最後の切っ掛けを作ったに過ぎません。私は魔力をる能力は持ち合わせていませんが、少しはそれを感知する技能を身に付けています。だから、分かりました。あなたが凄まじいほとの高質な魔力を放っているのを。あれほど高度に <錬成> された魔力を感じたのは初めてです。おそらく現役の魔導騎士よりもずっとあなたの <錬成> は素晴らしい」


 矢継ぎ早に褒め立てられ、俺は頭を掻く。

 まあ、社交辞令のつもりなのだろうが、やはり褒め言葉はそれだけで嬉しいものだ。

 しかし、さすがに現役の魔導騎士と比べるのはさすがにおこがましい気がする。

 俺は「魔術」が使えないしがない穴掘り屋なのだから。


「それで、俺に何か用か? さっきも言ったが、礼ならいらない。どちらにしろ君がいなければ、マンティコアは倒せなかったからな」


 デュオとタチアナはたいそう不満そうだったが、俺は心の底からそう思っている。

 というより、それが真実だ。

 彼女から感謝の言葉を貰えただけで十分だろう。


「……あなたに謝意を伝えたかったのはもちろんですが、実は、純粋にあなたに興味を持ったのです」

「興味?」

「はい。さっきも言いましたが、あれだけの <錬成> ができる人物を私は知りません。あの……私は福音魔導学院に通う生徒で――あっ、すみません。まだ、名前も名乗っていませんでしたね」


 そう言って彼女は威儀を正すと、左手を胸に当てた。

 武勇の誉れで名を馳せる貴族家が取る簡易的な礼儀作法だ。


「私の名は、フローラ・アスピリクスと申します。以後、お見知りおきを」


 やはり、そうか。

 俺の記憶力もなかなか侮れないものだ。

 まあ、彼女には幼い頃の面影が色濃く残っている。


 通常ならば、名乗りを受けた者は、名を返すのが礼儀なのだが、今はそういう訳にもいかない。

 性を名乗れば、ほぼこちらの素性はばれるだろうし、名もまずいだろう。

 とりあえず、俺は空惚けることにした。


「アスピリクス家というと、あの五大公家の?」

「はい。ですが、今は一介の魔導学院の生徒です。変なお気遣いは必要ありません」

「そうか」

「ええ」


 言葉通り、フローラは何の屈託もなく頷いた。

 彼女がそうは言っても、本来ならば貴族家に対して礼儀を逸する行為は不敬罪に該当する。

 相手が相手ならば、殺されても文句は言えないところだ。


「それで、お恥ずかしい話――私は魔導騎士を目指しているのですが、<錬成> の技能が苦手なのです。魔導学院ではもっぱら <発現> の訓練ばかりが行われ、他の技能を学ぶ機会がありません」


 言いながら、口元に苦笑を浮かべるフローラ。

 確か、彼女の家系は一子相伝の特殊な聖剣術を代々受け継いでいたはずだ。

 詳しくは知らないが、剣術と魔術を融合させた戦闘技術だったと記憶している。

 現在では、ほとんど必要とされない <錬成> の技能が必要なのか?

 「魔術」が使えれば、それで十分だと思うのだが。 


「ですので、あなたから何かお話が伺えたらと思ったのですが……」


 ちらちらと俺に視線を向けながら、フローラが言葉尻を濁す。

 なろうほどな。

 彼女の意向は理解できた。

 

 ただ、フローラはおおいなる勘違いをしている。

 俺は「魔術」の一つも使えない落伍者なのだ。

 多少は <錬成> の技能に優れているのかもしれないが、それもで人に教えるほどのレベルにはない。

 魔導学院に通う、しかも栄えあるアスピリクス家のフローラに何を教えられるというのだろうか。

 何もない。

 むしろ、俺が <発現> の技能について教えを請いたいぐらいだ。


「君がなぜ俺をそこまで持ち上げてくれるのかは分からないが、残念ながら俺は「魔術」が一つも使えない」

「えっ? そうなのですか!? あれだけの <錬成> ができるのに!?」


 フローラが驚きに目を見張った。


「ああ。悲しいかな、俺には <発現> の才能がまったくなくてな。だから、君に教えられるようなことは何一つない」

「そ、そうなのですか……」


 まだ信じられないというように、フローラは茫然としている。

 というか、俺も自分の無能さを晒すような真似はしたくないのだが。

 口にしてみると、改めて自分自身が一層情けない存在に思えてくる。


「――お嬢様。そろそろお時間のほうが……」


 俺とフローラの間に流れは始めた重い空気を、控えめな声がそっと混ぜた。

 この時になって、初めてフローラの背後に付き従う影のような存在に気付く。

 蒼い鎧に身を包んだ、騎士然とした出で立ち。

 魔導騎士?


 顔をやや下へ伏せているので、その表情がよく見えない。

 一瞬、上目遣いの視線と目が合った。

 俺のことを訝しむような、それでいて困惑したような眼差し。


 まだ、年若い女性だ。

 おそらくフローラの護衛騎士か何かなのだろう。


「そうですか。分かりました、フィリア」


 フローラは振り返って頷くと、再び俺に顔を向けた。

 それから恭しく頭を下げる。


「重ねてお礼を申し上げます。この度は、本当に助けて頂きありがとうございました。いずれ、何らかの形で正式におもてなしができればと思っております」


 いや。

 やめてくれ。

 そういうのは、本当にいらないから。


「いやいや、今日の謝意だけで十分だ」

「そうはいきません。あなたがいなければ、私だけでなく、あの場にいた生徒達は皆死んでいたでしょう。あなたは私のみならず、魔導学院にとっても恩人に違いありません。何分、証言者が私と、後一人の生徒のみですので、事実を公にするのは難しいかもしれませんが」

「……」


 どうやら、フローラの意思は相当固そうだった。

 ここで、さらに俺が固辞しても余計に意固地になってしまいそうだ。

 貴族家の人間として、恩には最大限に報いる考え方が染み付いているのだろう。

 俺はとりあえず、肯定も否定もせずに黙ることにした。


「では、これで失礼いたします」


 もう一度頭を下げ、踵を返しかけたフローラがおもむろに訊いてきた。


「あの……勘違いなら申し訳ありません。これまで、どこかでお会いしたことがありましたか?」


 澄んだ水色の瞳が微かに揺れている。

 俺たちが出会ったのは、互いに六歳の頃。

 それも、その一回きりだ。

 正直に言うと、俺もつい先程まではすっかり忘れていた。

 むしろ、思い出せたのが奇跡とも言える。


「いや、生憎と――俺には、貴族の知り合いはいないな」

「……そうですか」


 どこか残念そうに、フローラは僅かの間、目を伏せる。


「それでは、失礼致します。また、お会いしましょう」

「……」


 フローラは、護衛騎士を伴って店内から出て行った。

 ふー。

 緊張した。

 まさか、こんなことろで五大公家の人間に合うとは思わなかった。


 ディオとタチアナが酒で酔い潰れていてよかった。

 起きていたら、何かとんでもないことになっていた気がする。

 俺は二人の去っていた扉を、しばらくの間ぼんやりと眺めていた。

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