第十二話 穴掘り屋の戦い
状況は、まさに最悪だった。
魔力欠乏症を引き起こしたクラスメイト達が、次々と大地に崩れ落ちていく。
無理な魔術の連続使用で魔力切れを起こしていたところに、追い打ちをかけるように魔力を吸い取られたせいだ。
<操作> の技能をもう少し上手く使えれば、まだ何とかなったのかもしれないけれど、彼らはまったくと言っていいほど <操作> の訓練を行っていない。
まだ、三、四人の生徒たちが懸命に魔力を <操作> して耐えているが、このままでは全滅は必至。
どうする?
かく言う私も、決して <操作> の技能が得意な訳ではない。
狙い通りに魔力を <操作> できているのかすら怪しい。
あの幻獣に、私も徐々に魔力を奪われていると考えるべきだろう。
余力のある今のうちに、ここから逃げ出して助けを呼ぶべきなのだろうか?
いや、いくら何でも時間が掛かり過ぎる。
あの幻獣を倒せる者が、そう簡単に見つかるとは思えない。
少なくとも、冒険者ギルドに所属するB級以上のクランが必要だ。
腰に佩いた剣の柄に手を触れる。
我がアスピリクス家に伝わる聖剣術。
力を出し惜しむつもりは毛頭ないが、おそらく、それをもってしても私一人では、到底戦える相手ではない。
どうすれば。
半ば絶望に打ちひしがれていた私の視界に――突如、見たことのない恰好の男の背中が映った。
土で汚れたつなぎのような服を着込んでいる。
何かの作業員?
もしかして、私たちを助けようと思って飛び出してきたのだろうか?
一体、どこから?
とにもかくにも、危険過ぎる。
「あ、あの人……!?」
すぐ隣で、魔力が視えるクラスメイト、シンシアさんが呻くように呟いた。
苦しそうに表情を歪めたまま、目だけを大きく見開いている。
「あの人を知っているの?」
「えっと、知っているというか……」
シンシアさんの返答は歯切れが悪い。
どうも、彼女自身が戸惑っているようで、何と言っていいのか分からないようだ。
ともかく、あの男の人の正体は置くとしても、早く避難させなければ。
私が警告を発しようと、一歩を踏み出した瞬間――その人の全身から何かが噴き出した。
あれは――魔力。
それも、凄烈なまでの圧倒的な魔力だ。
私は、魔力を視ることはできないが、魔力の流れや気配を察知する訓練は受けてきた。
<感知> と呼ばれるその技能は、魔力が視えない者にとっては必須のもの。
魔導学院でも中等部からカリキュラムに組み込まれていたはず。
「す、凄い……」
どこか陶然とした面持ちで、シンシアさんがその光景を見つめている。
「蒼色……とても、綺麗な蒼色……」
私は、この時ほど魔力が視えないことを口惜しく思ったことはない。
視たい。
私も、あの魔力が視たい。
ただの魔力ではない。
全身の肌に受ける圧力が明らかに違う。
高度に圧縮された魔力。
<練成> の技能によって生み出された高質な魔力。
これだけの高次元の魔力を感じたのは初めてだった。
兄上よりも、ずっと上……?
作業着姿の男の人が、遥か頭上にいる幻獣に向けて両手を広げた。
まるで、自分の魔力を吸い取れと言わんばかりの仕草。
「グオオォォォォッオォォオオッッッ!」
思いがけない新たなご馳走の登場に、幻獣が興奮したように荒々しい唸り声を上げた。
大気の流れが一変する。
クラスメイト達から魔力を吸い取るのを止め、その男の人へと標的を変えたのだ。
「やっぱり……あの人、強かったんだ」
シンシアさんの小さな独白を私は聞き逃さなかった。
魔力を吸われなくなったおかげで、彼女の顔色は幾分よくなっている。
「シンシアさん、やはり、あの男の人を知っているのね?」
「はい……。実は先日、危ないところを助けてもらったんです。その時も、彼は見たこともない魔力の使い方をしていて、凄く強かったんです」
「見たこともない使い方というと、<強化> とか <操作> とか?」
「たぶん、<発現> の技能、魔術は使っていなかったと思います。こう、魔力を纏わせたスコップで魔術を弾いたり、スコップの先から魔力を飛ばして魔術を撃ち落としたり。とにかく、上手く説明できないんですけど凄かったんです」
その時のことを話すにつれ、彼女の頬が少しずつ上気していく。
余程、衝撃的な経験だったのだろう。
それにしても――
彼女の話が本当ならば、すなわち魔力でスコップを <強化> して、それで魔術を打ち返したということか。
あと、魔力を飛ばしたということは、 <操作> の技能にも長けているということになる。
信じられない話だ。
<強化> <操作> <錬成> <発現>
確かに、理論上では可能かもしれないけれど、そんなことが出来る人間が果たして本当にいるのだろうか?
まるで、魔術の始祖、聖・ルビスのようではないか。
私は、訓練場に仁王立ち、幻獣と相対する彼の背中を凝視した。
やはり、魔力は視えない。
けれど、膨大な魔力の奔流が上空へ渦を巻きながら流れていくのが気配で分かる。
立ち昇る魔力に呼応するように大気が騒めき、辺りに突風が吹き荒れる。
ばさばさと靡く髪を抑えながら、私とシンシアさんは眼前で繰り広げられる光景を、ただ見守るしかなかった。
やがて、その変化が徐々に顕著となって現れ始める。
「シンシアンさん。あれ」
「はい」
彼の魔力を吸い続ける幻獣の躰が、今では優に元の大きさの五倍ぐらいに膨らんでいる。
特に下腹部などは、今にもはち切れそうだ。
そして、事ここに至って、ようやく私は気付いた。
「まさか……あの人は幻獣を内側から破裂させるつもりなの……?」
「実は、私も……そうじゃないかと思っていました」
幻獣がどれほどの魔力を体内に蓄積できるのかは分からないけれど、さすがに無限とはいかないはずだ。
もし、彼がそれを狙って魔力をわざと吸わせているとしたら。
幻獣は疑似生命体。
その行動原理は至って単純だ。
与えられた命令を遂行すること。
そして、お腹が空けば、それを満たすこと。
破裂寸前の風船のごとく、パンパンに膨らんだ幻獣のお腹。
あれを突けば、もしかしたら倒せるかもしれない。
やるなら、今しかない。
私は鞘から剣を抜き放った。
なんだか、獲物を横取りするようで少し気が差すが、今はそんことは言っていられない。
一見したところ、彼は何か武器らしいものは所持していなかった。
私は一度大きく深呼吸をし、精神を凪ぐ。
腰を落として、剣先を地面すれすれに構える。
「はっ!」
鋭い呼気とともに大地を蹴った。
訓練場は広い。
魔力を放出し続ける彼のすぐ横を通り過ぎ――十分な助走の末に、私は空中へ躍り出た。
木の葉のように軽くなった自重を感じながら、幻獣へと肉薄する。
食欲を満たすことで頭が一杯の幻獣の反応は鈍かった。
反撃に転じる前に勝負を決める。
「はあああああああああぁぁっッッッ!」
腹の底から裂帛の雄叫びを上げ、私は剣を振りかぶった。
狙うは幻獣のお腹。
体内で魔力を熾す。
それとほぼ同時に、剣の刀身に淡い文字の羅列が浮かび上がる。
脳内で構築した円環術式を <転写> したのだ。
この <転写> の技能は、我がアスピリクス家に伝わる秘儀。
開いた魔術回路を通して、魔力を刀身へ流し込む。
「刹那のアンドロマリウスよ! 炎の腕のうちにすべてを包め〉〉〉【焔烈弾】!」
瞬間、構えた剣が燃えるような炎に包まれる。
本来であれば、火炎弾を放出する【焔烈弾】を刀身に宿して、魔術の効果を付与させたのだ。
<転写> の技能を応用して、魔術と剣術を融合させた戦闘方法こそが、アスピリクス家の聖剣術。
「やあっ!」
火の粉を舞い散らす剣の柄を握りしめ――渾身の力を込めて、幻獣の腹部へと刺突の一撃を放つ。
掌に返る分厚い感触。
予想通り、幻獣の躰の防御力はかなり高い。
私はさらに両腕を向こうへと押し込む。
これが最初で最後のチャンスだ。
彼が、せっかく作ってくれたこの絶好機を逃すわけにはいかない。
祈るように突き出した剣先が、プツリと幻獣の腹を穿つ。
直後。
ぷしゅうううううううううううううぅぅぅぅっっっっっ――
極限まで圧縮された空気が抜けるような音が耳朶を打ち、幻獣の躰から魔力の激流が噴出した。
「くぅっ!?」
凄まじい余波に煽られ、私の身体は吹き飛ばされる。
空中で何とか態勢を立て直し、地面に着地した。
頭上を振り仰ぐと、幻獣の躰が一気に縮みながら、遠くへ吹き飛んで行くのが見えた。
すべては一瞬の出来事。
「……」
幻獣は姿を消し、残された空には燻るように魔力の気配が長く滞留していた。




