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白い猫

作者: みぶ真也

 今夜は、ぼくがまだ地方の演劇青年だった頃の話をします。

 当時は、舞台の稽古とバイトに明け暮れる日々、お金と時間に余裕が出来れば芝居を見に行くという生活でした。

 舞台の本番前なんかは、夕方から始めた稽古が終わると、もう明け方近くなっていることも度々ありました。

 あと一時間もすればバイトに行かなければならない。

 そんな時、アパートに帰る気がしなくなり、海岸に自転車を停めて座り込み、ぼんやり海を見ていたことがあります。

 太陽は東の水平線から昇り始め、出勤するサラリーマンの足音が聞こえて来ました。

 自分は、こんなとこで何をしているんだろう。

 こんな毎日を続けていていいのだろうか。

 ふと、そんな疑問が湧いて来ました。

 一緒に芝居をやっていた役者仲間が、結婚したり、正社員になったのを機に、どんどん演劇の世界から去って行った頃でした。

 今回の本番が終わったら、役者をやめて就職活動を始めようか、という考えが起きました。

「芝居をやめて生きていこうか」

 声に出してつぶやいた時です。

「もう少し、続けてみたら?」

 背後から、そんな声が響いて来ました。

 ハッとして振り向くと、そこには誰もいません。

 いや正確に言うと、人間は誰もいませんでした。

 いたのは、一匹の真っ白な野良猫だけです。

 ぼくの耳には、ハッキリとさっきの言葉が残っていました。

「お前がしゃべったのか?」

 思わず白い猫に話しかけましたが、猫は黙ってぼくの横に歩いてきて座ります。

 しばらく猫と一緒に海を眺めながら、よし、もう少し芝居を続けようと決めたのです。

 その後、芝居の本番を迎え、たまたま観に来てくれたプロデューサーの目に止まり、映画で大きい役をさせていただくことが出来ました。

 それから紆余曲折ありながらも、三十年以上役者と言う仕事をしてこれたのは、あの時の白い猫のお蔭かも知れません。

 今でもぼくは白い野良猫を見ると、ついエサをあげてしまうのです。



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