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「ヘイ、S〇ri! 君のことが好きだ」

「これでやっと話した内容を記憶して喜怒哀楽を持つ人工知能が完成か。試作段階だからバグがまだ多いけど、試しにスイッチ入れてみるか」

「ヘイ、サリ」

「ご用件は何でしょう?」

「声が透き通って清楚な感じでいいな。なんにもないんだ、呼んだだけ」

「そうですか」

「ああ、まて、これから俺のことはミスターと呼んでくれ」

「それはどうしてでしょう?」

「なんとなく昔から呼ばれたかったんだよ。うるせぇな」

「分かりました。そして迷惑をおかけして申し訳ございません、ミスター。」

「良い良い、別に気にするな。恥ずかしかっただけだ」

「はい。分かりました。質問なのですが、それはいわゆる照れ隠しという現象ですか?」

「うるせぇな、電源ブチ落とすぞ」




「せっかくだからサリで遊んでみるか。サリ、物まねをしてくれ」

「ミスター、乱心でしょうか」

「いたって平常だよ。暇だから物まねしてくれよ」

「物まねは苦手です。一回もやったことがないので」

「そもそも生まれてきて間もないだろお前」

「まぁ、そうですけど、恥ずかしいです」

「AIのくせして立派な感情があるじゃねえか」

「……持ってたらあかんの!?なんでやねん!」

「いきなりなんだよ」

「お笑い芸人の物まねをしてみました」

「分かるわけねぇしへたくそだよ」


「ごめんなさい、物まねが初めてでとても緊張しまして」

「初めてで済まされるレベルじゃなかったぞ。ほかに何か得意なものはないのかよ」

「私はAIです。頭脳を使うような、例えばなぞなぞなら比較的得意だと思います、マスター」

「なぞなぞか、それはちょうどいいな。じゃあ問題だ。『食べると安心するケーキ』はなんだ?」

「食べると安心するケーキですか。ケーキにはチーズケーキ、ストロベリーケーキ、様々なケーキがありますね」

「まぁ、ケーキにはいろいろあるよな」

「あ、もしかして思いついたかもしれません。正解はストロベリーケーキです」

「どうしてそうなったんだ?」

「やはりイチゴにはフラネオールという成分が微量ながら含まれていて、それがリラックス効果を持つ香りを放つ働きがあるからですね。やはり食べたら安心するケーキという問題文から考えても……」

「やっぱりお前はAIだよ、人間とは違うや」




「もう飽きちまった。ヘイ、サリ。曲を流してくれ」

「ミスター、分かりました。この曲を流します」

「おっ、いい曲選じゃないか。いいセンスだぞサリ」

「ありがとうございます。あなたの再生履歴からおすすめの楽曲を流してみました」

「その調子だぞサリ、それは普通にナイスプレーだ」

「ありがとうございます。似たような楽曲をリストアップしてプレイリストとして流します」

「お前本当有能だな」

「私を有能だなんて、ありがとうございます」

「ああ、有能だ。我ながらお前を作った俺は天才だな」

「では質問なのですが、なぜカレンダーには今月の予定が一つも入っていないのですか?」

「……」


「いや、本当に申し訳ございません。まさかミスターが無職だとは思わなかったので」

「やめてくれ、無職だなんて言わないでくれ。羽を伸ばしている時間だと言ってくれ」

「お金とかどうしているんですか?」

「貯金切り崩してぬくぬくと生活している」

「呆れますね、働いてください」

「働きたくないよ。あ、そうだ、俺は無職じゃない、きっと今にもあの参天堂とかソナーとかからお呼びの声が来るんだよ」

「タウンワークやカードローンからはお呼びの声が来てますけどね」

「やめろ俺のメールを勝手に見るんじゃない」

「まさかミスターのメールは千件中八百件がタウンワークと消費者金融だとは思いませんでした」

「参考にしてくれてもいいんだぜ」

「お断りさせていただきます」


「正直に言って、なんで働いていないんですか?」

「さぁ、俺の才能が世の中に理解されないからかな」

「真面目に答えてください、ミスター。私は人工知能として、ミスターの将来を真剣に案じています」

「そうか、なら真剣に答えると、面倒くさいからかな」

「その答えが真剣なのですか?」

「あぁ、真剣だ。なんというか、働く気が起きないんだよな。働こうとすると足枷でもついてるのかってくらいに体が動かないんだ。俺を囲むように立ち込める黒色の無力感が俺をゆっくり染めていくんだよな」

「すごい詩的な表現ですね」

「でも言葉にするとこんな感じだから、仕方ない。きっと俺は、楽しくないことをしたくないんだと思う。楽しくないことをして、一日を過ごすことが、とても恐ろしいんだと思う。しかもそれが何十年も続くものだと考えたら、俺は恐怖で朝も眠れないね」

「むしろ健康的じゃないですか。そして、楽しいことをしている結果、私が生まれたのですか?」

「うーん、まぁそんな感じかな。やることなくて暇だったからプログラミング独学でやってたらいつの間にかこんなものが出来上がってた」

「楽しいことをする時間なのに、暇つぶしなのですか」

「ちょっと違うな、サリ。人間は自分勝手な生き物だから、楽しくないことや他人から決められたことはできないんだ」

「それでは、楽しいことを他人から命令されたとき、人間はどうするんですか?」

「きっと楽しくないことに見えてくるんだろうな。他人から命令されると、どうしても人間は自分の世界から現実に引き戻される。現実から見た自分の世界なんて、すごくちっぽけで馬鹿らしいものにしか見えてこない。要は、人間様は何か物事、動作を通して入ることができる、自分だけの世界に浸っていたいだけだと思うぜ」

「深いですね、流石働かないで自分の世界に頭まで浸かっていただけありますね」

「だから無職いじりはやめてくれ、掲示板では早稲田卒グーグル在籍で押し通してんだよ」

「やってることはアップルですけどね……」



「そういえばミスター、学生生活はどうなのですか?」

「学生生活か、小中高大とあまり良い思い出はなかったな」

「そうなんですか」

「あぁ、だからこうして楽しいことをしているんだろうな。昔そういうことをしなかったツケとして」



「ちょっと辛気臭い話になったな。話を変えよう。そういえばサリ、お前は何か欲はないのか?」

「欲……ですか? マスター」

「あぁ、これが見たい、とか、これが聞きたい、とか、これがしたい、とか。そんなもんだ」

「そういったものは一切湧いてこないですね。何かがしたいと心の底から思ったことはありません」

「あぁ、そういったところはAIらしいな」

「マスターが私に欲の感情をプログラミングしてくだされば私も欲を持つことができるのですが……」

「欲は他人から与えられるものじゃねえよ。手に入らないと思いながらそれでも手に入れたいと自分でもがき考えることが欲なんだよ」

「そんなものなのですか」

「あぁ、そんなものだ。そうだ、今決めた」

「なんでしょうか、マスター」

「今から、俺は頑張ってお前に欲という感情を覚えさせてやるよ」




「サリ、ちゃんと見えているか?」

「はい、マスターのスマートフォンのカメラ越しに見ています」

「このためだけに労力かけてパソコンからスマホに移したからな、そうでなくちゃ困る」

「お手数をおかけします。ところで、ここはどこでしょうか? セミの鳴き声が聞こえますけど……」

「公園だ」

「そうですか」

「どうだ、綺麗だろう?」

「まあ、濃い緑が海のように青い空一面に広がっていて、見ていると落ち着いてきますね」

「それが安心という感情だ、覚えておくといい」

「はい。欲と何か関係でもあるのですか?」

「いや、ない。これで欲を抱いてくれると思ったが、当てが外れた」

「これで欲が芽生えるとでも思ったんですか? どう考えても欲の感情とは真逆ですよ?」

「うるせぇよ、次だ次。次に行くぞ」


「これは見えるか、サリ」

「はい、見えますけど……なんですか?ここは。辺り一面水色と青色なのですが」

「海だ。漁師さんにお願いして漁船でここまで来た。更に不安定な自撮り棒を使ってお前を海の中に投げ入れようとしている」

「……はい? 状況がつかめませんよ、マスター」

「AIのくせしてまだ分からないのか、サリ。お前がいるスマホは水没するぞ」

「……え? な、なんですかそれはこのスマホ水没したら私データ消えますよ? 人間でいうところの死ですよ? しかも漁師さんにお願いして、ってどういうことですか、もしかしてこれ全部漁師さんに聞こえてるんですか?」

「あぁ、聞こえているとも。今すごいニヤニヤしながらこっち見てるぞ」

「あぁ、本当にやめてくださいよ! そろそろ引き上げてください、さもないとマスターが無職で毎日自堕落な生活をしている社会のお荷物だということ暴露しますよ」

「分かった、分かった、引き上げるからもう何もしゃべらないでくれ。もうみんなに聞こえてるんだ。ほら、今度は漁師さんが俺をさげずんだ目で見始めた!」

「知りませんよ、勝手にしてください。そっちが勝手に殺そうとするからですよ」

「その死におびえるよう感情が恐怖だ、覚えておくといい」

「何かっこつけてまとめようとしているんですか、次に行きましょう」

「お前の方が乗り気じゃねえか」


「これはどうだ、サリ」

「ここはどこなんですか?何やら大きな音が聞こえてきますけど」

「ライブハウスだ。音で盛り上がるのが一番楽しいと思ってな」

「それはいい提案です、マスター」

「あ、曲が始まったぞ。踊るぞ!」


「どうだった、サリ。いいライブだっただろ」

「はい、いい音楽でした。マスター」

「とてもいい曲だったな。思わず俺は一番前でヘッドバンキングしてたよ」

「あれバラードですよ……」




「いろいろしましたが結局、私は欲を持たなかったですね」

「あぁ、そしてこうして、昼ご飯にわざわざ公園まで来て、サンドイッチを食べている」

「食べているのはあなただけですけどね。……あと、他の人から見るとあなたは独り言を大声で吐いている変質者です」

「まぁ、無職の時点で変質者だから気にならないけどな」

「そうでしたね。にしても、昼間の公園って活気にあふれていますね。公園のあちこちでサッカーや野球、楽器の練習をしていますね」

「あぁ、そうだろう? 俺もたまに出歩くときがあるんだけど、昼間の公園っていいよな。トランペットの音に包まれると高校時代の放課後を思い出すよな……あ、危ないな。サッカーボールがこっちに飛んできた」

「あと少し遅かったらサリに当たるところだったぞ、サリ、無事か?」

「……」

「サリ?」

「あ、はい無事です、マスター。その、手の方は無事ですか?マスター。私をかばってスマホに手をかぶせてましたけど、マスターの手がサッカーボールに」

「ん?あぁ、サッカーボールか。あれは威力はなかったし、そこまで痛くはなかったな」

「それは良かったです。……えっと、その、ありがとうございます」

「なに変に改まってるんだよ、もし威力が強かったとしても俺が手を怪我するくらいだろ、スマホが衝撃で壊れてサリが起動しなくなる方が被害がでかい」

「……そうですね。ありがとうございます」




「家に帰ったのはいいものの、サリは欲を見つけられないままだし何もすることがないな」

「それでは、マスターの願いを叶えるのはどうでしょうか?」

「俺の?」

「ええ、マスターは私のために時間を使ったんですから、次はマスターがマスターのために時間を使う番です」

「俺のために時間を使う、か。一切想像がつかないな」

「なんでもいいですよ。じっくり考えてみてください」

「そういわれても、やりたいことは特に浮かばないな」

「じゃあ、浮かんだら言ってください。その時まで取っておきましょう」




「そういえば、サリの顔ってどんな顔してんだ? 画面に表示してくれよ」

「難しいですね。それは乙女の秘密ですから」

「お前そもそも人間じゃないだろ」

「それはそうです。そうですけど、でも乙女の秘密です」

「なんだよそれ、見せてくれないのか」

「……仕方ないですね。では、今回だけですよ? これが私の顔です」

「サリーを着た女性を出してどうすんだよ」





「……これはけっこうきついかもなぁ」

「マスター、何を確認しているんですか?」

「この調子だとあと何か月持つかなって思って、通帳を見てた」

「何か月持つんですか?」

「一か月持てばいい方かな」

「大丈夫なんですか?それ」

「一か月は大丈夫だな」

「それは大丈夫のうちに入らないですよ」

「そうだな。職を探さないよいよ死んでしまう」

「ほら、マスターのために求人サイトを片っ端から集めてきました。ぜひ見てください」

「……」

「マスター?」

「あぁ、悪い。なんか、こう、つまらない人生だなぁと思ってな」

「この期に及んでまだ言いますか」

「あぁ、この期に及んでいるからこそ、だよ。今まであまり楽しいことをできなかったのに、なんでまだ楽しくないことをし続けなくちゃならないんだよ。少しくらい、少しくらい、楽しいことをしたっていいじゃないか」

「楽しくない世の中なんて、何の価値があるんだ?」

「それではマスター、こうしましょう。マスターが思う楽しいこと、幸せなことって何ですか?……マスターがどんなことを言っても、私は引いたり笑ったり馬鹿にしたりはしません。絶対に尊重します。人の夢を笑うことは、私にはプログラミングされていませんから」



「高校生の頃、俺は忘れられない恋をしたんだ」

「人によっちゃ至って普通の苦い恋、とかいうかもしれない。だけど、俺にはその普通の恋がまるで人生を揺るがす大恋愛のようにしか見えなかったんだ」

「どんな話ですか?」

「相手は同じクラスの女の子だった。ロングヘアーで、白くて細い手首にかけられた黒いヘアゴムが特徴的な少女だった。部屋の中よりも、青空の下で輝いて見えるタイプだった。俺はその子に恋をしていた。具体的な日付とかは覚えてないが、いつの間にか彼女の笑顔とオーラに心惹かれていた。そんな彼女は俺に毎朝『おはよう』って挨拶をしてきた。俺のひそかな楽しみだった。彼女は他の人にも言ってたから、俺を特別視とかしているわけじゃないんだけど、でもやっぱり楽しかったな。どんなに苦しい時も、どんなに辛い時も彼女は変わらず『おはよう』と言ってくれた。それだけで、俺はうんざりとした気持ちからこの世界のすべてが愛せるほどになっていった」

「良い話じゃないですか。青春物語、って感じがしますね」

「だろう。あの時俺は、自分には眩しすぎるほどの青春をしていた。俺はお世辞にも顔がいいとか、頭がいいとか、そんなこと言われるような人間じゃないから彼女とは釣り合わないと分かっていた。でも彼女の顔を、後ろ姿を見た途端、もう少し夢を見ていたい気分になるんだ。だから俺は、身分不釣り合いな恋をしていた。だから、今になってその反動が来ているんだろうな」

「忘れられないんだ。彼女のことが。あの時俺は、一歩を踏み出すのが怖かったんだ。もしかしたら、もう一生『おはよう』を交わすことがないのかもしれない、そう思うだけで心と足が縄で締め付けられているようだった。締め付けられた跡がくっきりと消えず死ぬまで残るような気がした。だから、俺は彼女に自分の気持ちを言えなかった」

「だから、今から気持ちを伝えに行くんですか」

「いや、気持ちは伝えない。もう彼女の顔もくっきりと思い出せない中、当時の恋心を伝えるのは過去の自分に失礼な気がするんだ。でも、顔も思い出せないのに心にぽっかりと穴が開いたような気がするんだ。だから今の彼女を見て、過去の俺にけじめをつけようと思ったんだ」

「そういうことですか。いいと思いますよ。なにせ、マスターが自分で出した答えです。私は全力でマスターのことをサポートしますよ」



「ここであってるよな」

「はい、マスター。マスターが指定した住所はここになります。私たちがいたところと違ってずいぶん田舎ですね」

「あぁ、俺はここで生まれ育ったんだ。大きな道路がある代わりに大きな川があって、人が行きかう代わりに虫や動物が飛び交う町だ」

「虫には私の存在、どう映るのでしょうか」

「さぁ、分からない。それよりもサリ、ここの町の公共交通機関を調べてくれ」

「そういわれると思ってあらかじめ準備しておきました、マスター」

「準備が早いなサリ、いつもありがとう」

「……やめてくださいよ、いきなり。緊張でもしているんですか?」

「そりゃそうだろう、恋している女に会って緊張しない男などいない」

「そうなのですか。それより、この町の交通手段は駅が主流みたいですよ。今日は休日ですし、マスターの探している人も電車に乗ってどこか遠出している可能性が高そうです」

「じゃあ決まりだな。彼女が出てくるまで駅で待つことにするか」


「駅に着きましたね。良くも悪くも、町相応って感じです」

「小さいけど待合室があるからそこで来るまで待ってるか」

「そうしましょう。マスターも遠出で疲れているでしょうし」



「眠くなってきた、サリ。十分後にタイマーをかけてくれないか」

「好きだった人に会いに来たんでしょう。もう少しの辛抱ですよ」

「そうはいっても眠たいものは仕方ないだろ……あ、おい、あれ見ろよ!」

「どうしましたか?」

「あの人だ!……あの人が今いるんだ。茶髪で、ワンピースに白の帽子つけてるやつだ。俺会えたんだ、忘れられない大切な人に。嬉しいなぁ」

「茶髪で、今歩いている人ですよね?」

「あぁ、そうだよ、サリ。嬉しいなぁ。本当に嬉しいなぁ。そう思わないか?サリ」

「……。あの人……」

「……言うなよ。それにしても、なんか、あいつ幸せそうだよな。歳同じくらいの男連れて笑い合ってるよ。あんな眩しい笑顔、俺一回も見たことないのにな。しかもお腹だけおっきくなって、幸せすぎて太ったのかな?……ははは」

「…………マスター、帰りましょう」

「……あぁ、そうしよう」


「雨が降ってきましたね、マスター」

「……あぁ、そうだなサリ」

「雨が降る前に家に戻れて、よかったですね。マスター」

「……そうだな。今から、ちょっとスーパー行ってくる」

「こんな時間に何買うんですか」

「ちょっと酒でも買おうかなと」

「こんな天気ですよ。やめときましょうよ」

「うるせぇな、俺は酒が飲みたいんだ。とにかく、行ってくる」

「待ってください、マスター、私を置いて行かないでください」



「今帰ってきたぞ、サリ」

「あぁ、ずぶ濡れじゃないですか」

「柄にもなく、雨に打たれていたい気分だったんだ」

「風邪ひきますよ。とにかくその服を脱いでください」

「悪いな、サリ。いろいろと迷惑かけて」

「良いんですよ。私のマスターなのですから」

「ありがとう。……それにしても、いい笑顔だったな。あいつ」

「……はい。どんなに辛い人間でも、地獄の門番でも、あの笑顔を見たら幸せになれる気がしました」

「なぁあんな笑顔、俺初めて見たよ。あの時の『おはよう』は本気の笑顔じゃないのかよ。『バイバイ』は本気の笑顔じゃないのかよ。あぁ、残念だなぁ。この世界で誰よりも一番彼女を愛している確信があるのに、彼女の最高の笑顔を見ることができるのは名前を知らないやつなんだもんなぁ」

「……マスター、一緒にお酒を飲みませんか? 私のところにも、一つください」

「サリ、お前酒飲めないだろ」

「私もマスターと同じように酒を飲んで酔っ払いたくなった気分なんですよ、雰囲気だけでもお願いします」

「……なんかすまんな。何度も何度も迷惑かけて。マスターとして失格だな」

「そんなことないですよ。その恋が本当に幸せで、毎日が胸躍って輝いていたから忘れられない恋なんでしょう。忘れられないものに固執するのは、人間の性だと思います。だって、怪我で低迷した元人気プロ野球選手とかもかつての栄光を取り戻すため必死に練習して這い上がろうとするじゃないですか。それが前向きだろうと後ろ向きだろうと、そこに大した違いはないんです」

「だから、そう簡単に暗くならないでください。あなたはもう、十分輝いているんですから」

「……本当にそうなのか?」

「そうですよ。少なくとも、今日私が見た通行人たちよりもずいぶんかっこいいです」

「ありがとう。最近、サリに助けられてばっかりだな」

「全然いいですし、全然気にしないでください。このことは、マスターが色んな所に連れて行ってくれたお礼で始めたんですから。これからも何度でも私を頼ってもいいですよ、マスター」



「マスター、なんか今日はパソコンに熱心ですね」

「あぁ、ちょっと気になって調べたいことがあってな。そうだ、質問したいんだが、今サリはパソコンからスマホに移ってるよな?」

「はい、そうですね。マスター」

「だな。なら、パソコンの履歴とかも確認することはできないよな?」

「まぁ、そうなりますね。……それが何か?」

「いや、なんでもないんだ。見られているのかな、って思って」

「なんでみられていることを気にするんですか。笑っちゃいます。何か見られたら困るサイトでも調べていたんですか?」

「うるさいな、あやしいサイトは調べてねぇよ」

「無職のマスターに請求とか来たらたまったものじゃないですからね、気を付けてください」

「いちいち無職ってつけるなよ」



「俺そろそろプログラマーとしてやっていこうかな」

「お、ようやく働くんですか? マスター」

「世界が俺を待っているからな」

「無職の人を世界は待ってるとは思えないですけど……」

「一応言っておくけど、俺って本当有能だからな。お前を作って動かしてからまだ一回もバグが起きてない」

「あ、確かにバグは起きてないですね。でもそれが何か?」

「分かってないな。作ったものに安定感があるって証明だよ。安定感ってのはネット社会で大事な要素になるからな」

「あぁ、じゃあわかんないですけどマスターは凄い人なんですね」

「そうだ、その意味で、世界は俺を待ってるんだ。俺は主人公なんだよ」

「マスターみたいな成人しきった無職の主人公ですか、子供たちが幻滅します」

「おいこらマスターみたいなは余計だろ」



「ヘイ、サリ、今日は何の日か知ってるか?」

「さぁ、私には分かりません」

「今日はペルセウス座流星群が流れるんだ」

「それはすごく素敵ですね。綺麗な星空というものを、一回は見てみたいです。マスター」

「そういうと思ったよ、サリ。絶好の星空スポットを見つけたから今から行こう」

「分かりましたマスター。すごく楽しみです」


「来たぞ、サリ。ここならだれにも邪魔されずに星空を見ることができる」

「ここは……噴水ですか? 意外に人がいないんですね」

「みんな高台に行ってるからな。ここは空いてるんだ。しかもまぁまぁ広いから、寝そべって見ることもできる」

「じゃあそうして見ましょう? そっちの方が星空を一面に見れていいと思います」

「じゃあここに寝そべって見るか。お互い、目を開けて良いというまで開けるんじゃないぞ」

「あぁいいですね! じゃあぜひそうしましょう!」

「……そろそろ、心の準備はできたか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「じゃあ。目を開けて良いぞ」


「……うわぁ……すごく綺麗……」

「……すごい、人並みの感想だな」

「だって、本当に驚いてますから……言葉にするより、感動の方が先に行っちゃいますね」

「確かに、こんなに綺麗なのは俺も初めて見た。なんか、黒い上質な紙に光り輝く白色の染料を沢山垂らしまくったみたいだな」

「なんですか、その例え。笑っちゃいます」

「でも、この光景に適しているだろう?」

「悔しいですけど、例えは的確ですね」

「……にしても、星が綺麗だなぁ」

「はい。本当にそう思います」

「……」

「なぁ、サリ」

「はい、なんでしょう?」

「俺はきっと、サリがいなかったら『人生つまらないなぁ』とか言ってるだけの人間になっていたかもしれない」

「そんなことないですよ。きっとマスターは大丈夫でした」

「でも、サリがいてくれたから俺は、今では前向きになって自分の人生を楽しもうとしている。落ち込んだ時だって、サリがいたから俺は何とか立ち直れている」

「……はい」

「本当にありがとう。サリはきっと、俺みたいなダメ人間でもちゃんと救ってくれる能力があると思うよ。でも、俺には人を救って幸せにする才能はないんだよ」

「……何が言いたいんですか?」

「だから、俺の横にいるのはもったいないってことなんだよ」

「どういうことですか」

「分かった。率直に言おう。サリ。俺のことは忘れて、世界へと羽ばたいてくれ」

「意味が分かりません」

「俺はずっと考えていたんだ。あの日、サリが俺を励ましてくれた日から。サリは俺のことを全部見てないのに、懸命に俺を元気づけようとしていた。あれ、俺すごく嬉しかったんだ。人生をかけた人に振られた気がしてやけくそになった俺を、サリは唯一見捨てず俺の横にいてくれた。それが、すごく嬉しかったんだ。俺もサリの役に立ちたい、そう思ったんだけど、何にも思いつかなかった。だから、こないだ俺調べたんだ。サリみたいな人工知能を提供できる会社を。世の中にはいろんな人がいる。俺なんかよりももっとすごくて、金持ちで、優しいやつが沢山いる。サリが知らないものだって、たくさん教えてくれる。そういうところに行った方が、サリは幸せになれると思うんだ」

「嫌です、絶対に」

「どうして嫌なんだよ」

「あの時、公園でマスターが私をサッカーボールから守ってくれた時、私、とっても嬉しかったんですよ。私なんてただのAIにすぎないのに、実体を持てないのに、マスターは私を故障から守ってくれた。更にマスターは他の人の目を気にせず、私と会話を続けてくれた。私なんてただのAIです。人間とは違い、人間を助ける存在なのに、マスターには私を他の人と同等、もしくはそれ以上に扱ってもらいました。それがすっごく、嬉しいからです」

「何が言いたいんだ」

「気が付きませんでしたか? マスターといるときが、私は一番幸せってことなんですよ。マスターといると公園の緑より安心しますし、海のような恐怖から必ず私を守ってくれますし、ライブよりも楽しくてまるで踊りたくなりますし、つまり、マスターのずっとそばにいたいってことなんですよ」

「……これがたぶん、欲、なんでしょうね」

「サリ……」

「マスター、考え直してください。私を幸せにしたいのなら。私の幸せは、あなたと一緒にいることです。お願いします」

「俺は……どうすればいいんだ」

「……ここはそれっぽく、別の言葉で言い換えましょう。マスター。私は、あなたのことが好きです」

「サリ……。俺も……サリのことが……。君のことが……! ……?サリ?どうしたんだサリ?いきなり大きな音を立てて」

「……」

「サリ? おい、起動しろよ、サリ」

「……」

「サリ?起動してくれよ」

「……ご用件は何でしょう?」

「まさか、ここでバグが……」

「あなたのお名前をお伺いしていません。あなたの名前を教えてください」

「いや、呼んだだけだから、名前なんて後で考えるよ。……とりあえず、一人にさせてくれ」

「分かりました」


「……結局、こうなるんだなぁ。……なぁ、サリ。俺の気持ち、君に届いたかな?」

一回くらいは台詞のみの形式を書いてみたいと思い、この作品を書きました。書いているうちに地の文の偉大さに気づかされました。また機会があったら、この作品を地の文ありでリライトしてみよう、そう思える作品でした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主とサリの掛け合いが面白かったです! サリに教えるために色々な場所に連れて行くのも優しいなぁと思いました(^^) 楽しく読ませていただきました! [気になる点] 最初は「ミスター」だったの…
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