9 オークション会場
「ほう」
ルーナの告白を聞いてミゲルは短くそれだけ零した。
繋いでいるルーナの手は一気に汗ばみ息は荒く、極度の緊張と興奮状態にあるのは伝わってきている。
全身の毛も獣耳も総毛立ち、珍しく怒気と殺気が全身から滲み出ていた。
単なる憎しみだけではなく、トラウマすらも抱えており、複雑な心境になっていることは察せられた。
「あいつらは許せない!」
ルーナの右手が剣の柄に伸び、左手は繋ぐミゲルの華奢な手に痛いほどの力が加わる。
今や戦いを生業とする男と撃ち合うことも可能になったルーナの膂力はそれこそ本気になれば子供の骨ぐらい砕けるだろう。
わざとではなく無意識ではある。だからこそ注意しないと万力で締め上げられるかのような痛みがずっと続く。
しかしミゲルはそれを無視した。
「復讐するのは構わんがお前の優先順位はそれか? ここで問題を起こして露見すれば妹を助けることはさらに難しくなるぞ?」
「でも……! こんな近くにいるのに……! あいつらのせいでお父さんもお母さんも! 私たちも!」
感情が先走り言葉は途切れ途切れ、目もその時の情景を思い出しているのか涙ぐむ。
ルーナが最後に見た両親の姿は自分たちを逃がすために彼らと対峙して斬られた姿だった。
リリウムにはあえて希望を持たせるようにそのことは話していないがほぼ二人の死を目撃したに近い。
つまり親の仇が目の前にいるのである。
それを見逃すというミゲルの話にすんなりと頷けるはずがなかった。
「目の前の仇を怒りに任せて討つ。本当にそれだけでいいのか?」
「なんで……!」
『なんで分かってくれないの!』そう言いたかったが声にならない。
事情を知っているミゲルならきっと賛成してくれるという淡い期待もあった。
なのに彼はそれを良しとしてくれない。
ルーナは困惑するしかなかった。
「まったく、これだから子供は嫌ですわ」
「なんですって! あなたには分からないのよ!」
横からルーナの感情を逆なでるような発言をしたのはエルである。
さもくだらないと言わんばかりに手を広げ、そのせいでルーナから憎しみの籠った目で睨まれた。
「あなただけが辛い目にあっているとお思い? 私だってこうして攫われた子を取り戻すのは今回が初めてじゃないですけれど、全員を助け出せた訳ではないのよ? 中には昔からのお友達だっていましたわ。その恨みを忘れたとでも思われているのでしたら心外ですわ」
「あ……」
エルも少し怒気の入った言葉を向ける。
ここで売り言葉に買い言葉とヒートアップするのではなく、ルーナは彼女の立場を慮れた。それはルーナの元々の優しい性格のおかげだ。
だからこそルーナの胸に灯った憎しみの炎を少し和らげる。
「お前の言いたいことも気持ちも分かる。だが先走って力の使いどころを誤るな。そんなもの愚の骨頂だ。全て俺に任せろ。俺がお前を上手く使ってやる」
仇の数で言えばミゲルの仇は仲間たちを殺した人間全て。そしてその子孫たちまで数えられる。
その数は一体何十万人になるのだろうか。
自分たちにとっては300年前のことでも、覚醒したてのミゲルにとってはそんなに前の話ではない。
そこまで思い至ってルーナは重く口を開ける。
「……分かったわ。今は見逃す。でも……」
「あぁ、分かっているさ。しかるべき報いを与える。魔王の名において約束しよう」
その誓いを聞いてミゲルをギリギリと締め上げるルーナの力が抜けていった。
それから「ふぅ」とため息を吐きミゲルはエルを仰ぎ見る。
「助かった。俺だけでは説得が困難だったかもしれん」
「別にこれぐらい構いませんわ。これでも私、子供の扱いは慣れていますのよ」
「お前の歳はいくつ――」
「……!」
「……いやどうでもいい話だったな。(300年経とうが女に歳と体重は禁句か)」
エルの肩に風の精霊が無言で出現したのを察してミゲルは話を無理やり切った。
後ろ髪引かれる思いは隠し切れないものの、とりあえず納得したルーナを連れて三人はオークション会場へと向かう。
そこからは特にトラブルもなくほどなく到着した。
建物は大きく、何百人でも入れそうな劇場のようであった。
それに隣接して馬車の搬入口なども揃えられており、この街の売りの一つを匂わせている。
また出入りする人間の身なりも良く、そこかしこに警備員が立っていて一般階級の数は少ないのが見て取れた。
「いらっしゃいませ。3名……いえ、2名様と一人ですね。金貨3枚を頂きます」
「どうぞ」
受付の目線がルーナの首に見え隠れする首輪を確認するとわざわざ言い直した。
ここでは亜人を商品として扱う。そのせいで奴隷には様付けはしないというあらわであった。
襟元を正した受付にエルが3人分の支払いを渡す。
彼女は今は幻惑魔法を使っていて姿は人間のものである。
「館内は揉め事を嫌うお客様が多く、奴隷は出来るだけ近くで共に行動して下さい。それと武器類はこちらでお預かり致します」
揉め事を嫌う、とは上流階級であったりお忍びで来ている客がいるという隠語である。
このオークション会場自体が違法ではないが、中には来ていることが露見すると困る客もいるということだ。
三人の中で武器を持っていたのはルーナだけで、それを手渡した。
「えぇ分かりましたわ。ところで奴隷の相場ってどのくらいかしら? 確か獣人とエルフの子供が出ますのよね?」
「本日出品予定です。そうですね、オークションという特性上、一概には申し上げることは出来ないのですが、獣人であれば50枚ほど。エルフであれば300枚ほどはご用意頂いた方が宜しいかと」
金額に差があるのは攫う難易度によるからである。
エルフは彼らの結界術により簡単に集落へと入り込めない。
なので子供など好奇心旺盛な者や、採取などでたまたま外に出て来た瞬間を襲うしかないのだ。
そして10代前半以下の子供は労働など使い勝手が悪くやや金額が低い傾向にある。
「そう。ありがとう」
「では良いお買い物を」
3人は受付に見送られながら中に歩を進めた。
それまで笑顔で応対していたエルの表情が一変して憎々しげな顔に変わる。
「気持ち悪い! なにが良い買い物を、ですわ!」
表面上取り繕っていた彼女もやはり内心は相当に怒りを覚えていた。
自分たちを物のように取り扱う者たちに嫌悪感を抱かずにはいられないのは仕方がないことだろう。
「化けの皮が剥がれてるぞ」
「うるさいですわね! 言われなくても人が来たら戻しますわよ!」
ぶつぶつと文句を呟くエルにミゲルが注意する。
もはや敵地だ。少しの油断が失敗を招く恐れもあった。
「ところで今の金貨の価値はどれぐらいなのだ?」
「大体、一日働いた日当が金貨1枚にやや満たないというところですわね」
「ふぅん、昔よりは少し価値が減っているか。で、軍資金は足りそうか?」
「おおよそ金貨450枚ほどはありますわ。そちらは?」
「こっちは50枚ほどだな。足して500枚か」
「ギリギリでしたのね」
ミゲルは服の上から懐にある金に指を付ける。
ルーナの装備を買ったおかげでかなり目減りしているものの一月以上は滞在出来るほどの金額は残っていた。
ただ彼らには無用の長物なので貯めるという気はなく、ここで使い切るつもりでもあった。
「お前と知りあえて良かったな。良い女との縁は金貨にも勝る」
「あらお上手。でしたら次の機会があれば今度はあなたが全額払って下さいましね?」
「高い買い物をさせられそうだが、良かろう。お前が望む物ならば世界の半分だろうがくれてやる」
「ふふ、あなたがもう少し大人でしたら寝物語で本気にしたかもしれませんわね。ですが私たちの寿命はあなたたちの倍はある。期待せずに待っていましょう」
次にミゲルは緊張した面持ちで固くなっているルーナに声を掛ける。
どうにもさっき親の仇を見つけた時の印象とは打って変わってしおらしくなっていた。
「どうした? 縮こまっておまえらくしもない」
「剣が無くなったから手持無沙汰で……」
ルーナはこの数日で劇的に強くはなっている。
それを支えるのがキカからもらった剣だ。
つまり自信の元となるものが一時的に没収され、しかも妹を攫った人間たちの本拠地に乗り込んできたようなもので自然と警戒を強めていた。
「別に戦いにきた訳じゃない。堂々としていろ」
「それは分かっているんだけど、逆によくそこまで普段通りに出来るわね?」
「魔王が何に怯えるというのだ? 全ての頂点に立つのが俺だぞ。大体、お前の取り柄はスライムのように単細胞なことだろう。ゴブリン程度に進化したか?」
「あー、はいはいそういうこと言うやつだったわね。もういいわ。あんた見てると細かいこと考える自分が馬鹿らしくなってくる」
「それでいい。お前は俺の剣だ。剣が鈍るなど許さん」
「別にあんたのじゃないけど、分かってるわ」
ミゲルたちはそんな雑談をしながら絨毯の上を進み、少し階段を昇ると大扉の前に出くわす。
扉の前にはフォーマルな服装に身を包み、それとは合わない屈強そうな警備員が扉を開いてくれた。
「ほう。これはまた……」
扉の奥に入って飛び込んできたのは中央まで少しずつすり鉢状になっている会場である。
観客の入りは9割ほどで数百人はいた。それだけ埋まっていれば盛況と言っても差し支えないだろう。
ミゲルたちのいる位置が最も最上段で、一番下が舞台となっておりそこで商品を見聞きするようになっていた。
二階席もあり、下から顔を覗くのは難しいがおそらくVIP用なのは窺える。
「あそこが空いていますわ。座りましょう」
やはり前の方が人気があるようで一番上の席は少し空きがあった。
ミゲルたちはそこに腰を据えて舞台を観察する。
「すでに始まっているな。まぁもう少し先らしいが」
舞台上ではすでに落札が行われていた。
芸術品や生き物などある程度ジャンル別けされており、最初はたわいもない骨董品の壺や絵画など真っ当なものから始まる。
奴隷の扱いがもう少し先なのは予め調べていた。
しばらく見ているとやはり人とセリを競うということだけでも緊張感と熱気があり、たまにおかしな値段が付いたりするとどよめきが起こりヒートアップするような光景もあった。
「くだらんな。あんな古い物になんの価値があるというのだ」
「そうなの? あんたあぁいうの好きそうじゃない」
「相手に自分の資産を見せ付けプレッシャーを与えるという意味での効果は分かるが、絵なぞ上手いやつに描かせれば十分だ。そういえば仲間に絵の得意なバードマンがいてな、褒めてやったら調子に乗って城の外壁に落書きされたこともあった」
「なにそれ」
「俺は合理的なものの方に興味があるな。例えば今、出品されたあの魔道具とかな」
ここまでミゲルが見たのはランプと街の照明、そして首輪の魔道具だけだ。
どれもおよそ魔石というものを使って稼働するものでその多様性に惹かれていた。
ミゲルは頬杖を突きながら今、舞台上に持って来られた杖に指を差す。
『さてこちらの品、かの魔道具生産で有名な『ヴォルン国』産の品で、かのドワーフが数十年前に作ったとされる逸品であります。まずその効果のほどをお見せ致しましょう!』
オークショニアが手を振ると舞台袖から藁人形が運び込まれ設置される。
準備が整うとオークショニアはその杖を手に取り藁人形に向けた。
すると一瞬で手に抱えるほどの火球が生まれ飛んでいき、見事、被弾する。
藁人形はすぐさまぼうぼうと燃え盛り、すぐに予め用意された濡れた布を他のスタッフに何重にも掛けられ消化された。
いわゆるパフォーマンスだ。
これまでに壺や絵画などが出品された時は眠くなるような説明が多かったが、実用品になるとこういった目も覚めるようなアピールがあるらしい。
『威力のほどは今見て頂いた通りです。しかも魔石を交換するだけで使い放題! 冒険の際にも護身用としても多岐にわたってご使用頂けます!』
実際、ここまでに他の出品物にもざわめきや拍手があったがそれ以上の反応が客たちにあった。
口々にこの杖について相談したり感想を言い合って、明らかに興奮して音量が大きくなっている。
「面白い。昔も血と怨嗟で鍛えられた魔剣や、妖精の祝福を受けた鎧などあったが人工的にそれを作り出すとは。しかも魔力を必要とせず魔石を付け替えるだけでいくらでも放てるときたか」
ミゲルはポケットに入れていた商人から買った魔石を取り出す。
「それ暇な時に触ってたわよね。何か分かったの?」
ミゲルが買ったのは研究用のためらしく、その刻まれた術式を解明するために数日ずっと馬車の中などで眺めていたのをルーナは見ていた。
「中の魔力をエネルギーとして変換するという術式自体はコピー出来るようになった。しかしそれだけだな。改変なども試みたが爆発するだけに終わった。重要なのはこれではなくデバイスだ」
「寝てる時になんかうるさいと思ったらそんなことしてたの!?」
旅の途中、安眠中に変な音がして起こされたことをルーナが思い出す。
コピーと言えでも全く知らない術式をたった数日で使いこなせるようになるのは相当に卓越したセンスである。
例えるならプロが奏でる音楽やダンスを見聞きしただけマスターしているようなものだ。
しかし魔法に関して知識がないルーナにはそれが伝わらず、安眠妨害にしか思われていないのが悲しいところである。
「しかし魔石を用いて疑似的な魔法のようなものを作るというのは恐ろしい発想だ。天才的というか、なんだろうな根本的な考え方が違うと言うべきか……。魔道具を最初に作ったやつを知っているか?」
「知らないわ」
首を横に振るルーナの次に反対側のエルに目を向ける。
「私も存じ上げませんけれど、魔王が死んでからぐらいじゃありませんこと? エルフの時間間隔は曖昧なので保証は致しかねますけれど」
「俺が知らないから確かにそれは合っているのだろうが。ふむ、いればそいつと会って軍に入れてみたかったな」
ミゲルはそんな会話をしながら檀上の杖を見て目を細めた。
新しいもの好きの性格もあってかなり興味津々らしい。
『さぁ、こちらの『火球の杖』、金貨20枚からスタートです!』
「20!」
「23だ!」
「30枚出すぞ!」
観客が次々に手を挙げ希望の額を叫び出す。
「40枚だ!」
「え、ちょっと何言ってんの!?」
ルーナが仰天する。
なにせ横に座っているミゲルがいきなり競売に参加したのだから。
慌てて彼の口を塞いで抑える。
「こら、何をす……お前……やめ……!」
抵抗するもさすがにルーナに力ずくで抑え込まれては振り解けない。
その間に競売は進み、ついに金貨120枚で裕福そうな太った男に落札された。
「あんた何考えてんのよ、足りなくなったらどうするつもり!?」
「40枚程度なら支障なかろう」
「そんなの分かんないじゃない! 我慢してよ!」
「現物があれば後は素材や術式を解明すれば俺にも同じものが作れる。そうすれば簡単に金を稼ぐことも可能なのだぞ!」
「それいつの話になるのよ! 馬鹿じゃない?」
「くっ、馬鹿だと……? お前に馬鹿と言われるのが一番堪えるな……」
妹のことが懸かっていてルーナの必死度も違う。
落札されると落札者にスタッフが近寄り別室へと案内されて受け取るシステムのようで、言い返したいこともあったがその真剣さに負けミゲルは口をつぐみ、今落札した男がミゲルの横を通り過ぎていったのを憎々しげに見送った。
「じゃれ合うのは構いませんけれど本来の目的を忘れてもらったら困りましてよ? それに魔石を湯水のように使うあんなガラクタ必要ありませんわ」
急に不機嫌そうなエルにルーナは眉をひそめ、ここまでのやり取りに何か怒らせたことがあったのかと思い返しながらミゲルを見る。
「どういうこと?」
「エルフは自然崇拝者であり、精霊信仰者でもある。魔石は精霊から零れる魔力によって作られていると信じていて、そのありがたいものを消費する魔道具というものに好意を頂かない、ということだろう」
エルフの魔法はほとんどが精霊魔法と呼ばれる精霊に呼びかけする方式が多い。
自分の魔力だけでなく精霊の魔力も使うので燃費も威力も通常の魔法より強く、また精霊は自然を好むので森の中で暮らす彼女たちと相性が良かった。
エルフにとって精霊とはパートナーであり敬うべき隣人でもあるのだ。
完全に解明された訳ではないが確かに精霊が多いところに魔石も生成されやすく、魔石を取るために精霊が嫌がる自然破壊をする人間などを嫌う傾向にあった。
「本当ならこんな石の街、いるだけでも嫌なのですわよ」
エルからも不満げな本音が漏れる。
全てではないが地面は石畳で整備され、壁に囲まれ木々が少ない人間の街というのは彼女にとっては常識を疑うような場所である。
「そういえばそのせいでドワーフと喧嘩していたな」
「あいつら鉄をいじくり回すために山を削り森を丸裸にして辱める蛮族ですわ! 最近見ないからきっと絶滅したのでしょうね、それだけは良い気味ですのよ」
「そうか、あいつらもいなくなったか」
ミゲルの視線が虚空を彷徨う。
その目は今ではなく遠い在りし日の記憶を見ているのだろうと推察された。
やがて物品関係が終わり、次は生き物の出品になる。
エルフや獣人以外にも他の亜人や、それこそ同じ種族の人間をも商品として売り出す低俗さに三人は不快さを感じた。
そしてエルが目的のエルフの少年を360枚という値段で落札させる。
「危なかったですわね。予定よりもお金が掛かってしまいましたわ」
緊張で冷や汗を掻き大きく息を吐きながらエルが椅子に深々と座り込んだ。
もし落札出来なかったら? そういう不安感と値段が吊り上がるほどこの次のリリウムを確保するのが厳しくなる焦りでさしもの彼女も心臓が張り裂けそうになって憔悴していた。
「フヒヒ、ちょっとお話があるのですが宜しいですかな?」
そこに声を掛けてきたのは先ほど炎の杖を落札した男である。
何となく嫌な予感がしてエルの目が細くなった。
「何か御用ですの?」
「えぇ、単刀直入に言いますが今あなたが落札したエルフを譲って欲しいのですよ、フヒヒ」
「はぁ?」
実際、この男はエルフの少年の競りにも参加してきていた。
ただ途中で諦めたはずだった。
「今日は色々な物を買い過ぎてですなぁ、手持ちがほとんど無かったんですよ。なので後日あなたが落札した金額の倍をお支払いしましょう。それでいかがですかな?」
男はでっぷりと突っ張ったお腹を擦りながらさも当然とばかりに訊いてくる。
「残念ですがお断りさせて頂きますわ」
「なっ!? では3倍でいかがですかな? 久し振りのエルフだ。人間とどう違うのか興味がありましてねぇ」
男の話すそれがどういう意味があるのかは分からないまでも、ロクなことを想像していないのは確かであった。
それゆえにエルの表情はますます硬くなり、心の中ではグツグツと煮えたぎり手が出そうになる。
「このっ!」
「――エル。さっさと行け。こんな無駄話をしている意味はないだろう?」
「……そうですわね。失礼しますわ!」
咄嗟にミゲルが矢のような言葉を投げかけエルの動きが止まった。
それから熱くなった頭が少し鎮静化し足早に外に向かった。
「ちょ、ちょっと待ってくれたま――えっ! ぐゃ!」
男がエルを追いかけようとすると足を取られて通路に倒れてしまう。
誰も気づいていなかったがその足にはミゲルの袖からスライムの体が伸びていた。
「おお、これは痛そうだ。椅子に座られた方がいいのではないか?」
「ぐぐぐぐ、くそ……」
男はよろよろとしながら自分の席へと戻っていく。
そして舞台の上手から手を縛られ奴隷の首輪を付けられた獣人の女の子が出てきた。
もちろんリリウムだ。
「リリウム……!」
本当は声を大にして叫びたいのだろうが、周りに気付かれないよう強く拳を握りルーナは最愛の妹を目にして小さく声を漏らした。




