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8 街の中の遭遇戦

 ミゲルたちが路地をいくつか進み角を曲がる直前で微かに何かが聞こえる。


『……風の……払え……』


 声が届いてきたと同時に男の一人がミゲルたちの前の壁に吹き飛ばされて一発で気を失う。

 二人は何事かと一度顔を見合わしてから急いで角を曲がる。

 するとそこには女性だけが立っており、他の男たちのが全員倒れて伸びている状態だった。


「え?」


 予想外過ぎるその光景にルーナは口を大きく開けて固まる。

 十数秒前に見掛けた時は自分と同じような女性に4人の男たちが襲い掛かり、どう考えても抗いようのない数と暴力が押し寄せたはずだ。

 それがどういう訳か倒れているのは男たちの方で正気に戻るのに時間が掛かる。


「あなたたち何? そいつらの仲間かしら?」


 女性はフードを脱いでおり、そこから栗毛の腰まで届く長い髪が零れていた。

 そして冷たい目線をミゲルたちに送ってくる。

 どうやら彼女一人で男4人をあっという間に倒したのは夢ではないらしい。


「あ、いえ、その……こいつらに尾けられていたから助けようと思って……」


 まさか謝礼をふんだくるつもりだったとまでは言えない。

 

「そう……でもこの通り必要なかったですわ」


 言われる通り地べたには男たちが意識を失くして転がっていて女性の方は傷一つなかった。

 これでは助けに入るなんて言う方が間抜けである。


「強かったんですね」


「普通ですわ。それよりもういいかしら? あまり無駄な時間を掛けている暇はないの」


 女性はルーナの言葉で敵意は無くなったようだが愛想の一つも見せず、それどころか言葉少な目に去ろうとした。

 すっと彼女がミゲルたちの横を通り過ぎようとした時、


「ふむ、魔力の残滓からするとこれは精霊魔法だな。人間では使い手が少ないはずだが」


 それまで神妙な顔をして黙っていたミゲルが呟くと女性の足が途端に止まる。


「……そちらの子供は多少魔法について知っているようですわね。ただ(わたくし)、頭でっかちな子供は大嫌いですの」


「まぁ俺ほどの者になるとそれぐらいは分かるさ。それと――お前が幻術魔法で顔を変えているとかもな」


「!? 『エレメンタル・ウィンド 飛翔(フライ)』!」


 女性の足に羽のようなエフェクトが出ると、足を屈めて一気に跳躍した。

 それは路地裏の建物の屋根の高さまで一気にひとっ跳びするほどのジャンプ力を見せる。

 ミゲルたちが空を向くと、女の肩にはエメラルドのような黄緑色の片手に乗りそうな小さな生き物がふよふよと浮遊していた。


「ほう、()()()か」


 そして顔ががらりと変わっていた。

 栗色の髪は輝くようなブロンドで束ねられており、日に焼けた肌は真っ白い陶磁のような素肌に。そして耳はとんがりへと。

 

「え? え? なんで顔が変わったの!?」


 その急な変貌にルーナは付いていけていない。 


「精霊による幻術魔法だけではなく詠唱短縮も使えるか。精霊とよほど親和性が高くなければ出来ないものだがなかなかよく使いこなしているじゃないか。だがさすがに同時行使は化けの皮が剥がれるようだな」


「ど、どういうこと?」


「その蜘蛛のような女は幻術魔法で顔を変えていた。そして顔を変えないと外も歩けない立場ということだ。まぁ亜人だから当然だろうがな」


 顔を上に向けて窓のへりに足を掛けて止まって自分たちを警戒する女を煽った。

 印象は確かに蜘蛛のようでもある。そして肩にいる生物は精霊らしい。


「あなた何者かしら?」


 上からミゲルは睨まれる。

 蜘蛛と言ったもののミゲルはその女の評価を上げていた。

 子供の見た目の自分から距離を一旦取ったということは様子を伺い舐めていない証拠だ。

 しかも場所がすぐに上に逃げられる位置ということは不利な状況であればすぐに逃げられて、地上にいるこちらの方が攻撃を与えられる選択肢が制限される。

 一瞬で実戦経験が豊富だと見抜いた。


「ただの魔王だ」


「痴れ事を!! 『エレメンタル・ウィンド 風槍(ウィンドスピア)』」


 それが禁句だったのか一切の問答をやめて女の前から突然大気の槍が出現しミゲルに降り注ぐ。

 

「ミゲル!!」


 ルーナが間一髪ミゲルの脇の下から手を入れ抱えてその軌道から外す。

 風はそのまま石畳に命中するがその威力はただの風なのに石畳の地面を削るほどであった。


「街中でいきなり戦闘を仕掛けて来るか」

 

 抱えられながら相手の目的をミゲルは探る。

 攻撃してきたということはおそらく図星。なのにどうして人間の街にいるのか? 興味はそちらに向いてしまう。


 しかもそんなことを思考している暇もなく続けざまに3つの風の矢が寸でのところでミゲルたちの横を通り過ぎていった。

 避けられているのはひとえにルーナの頑張りである。

   

「ちょっといい加減にしてぇ!」


 ミゲルは自分に任せて逃げようとはしないし、上から攻撃は飛来してくるしでルーナは悲鳴を上げた。

 路地はある程度広い場所ではあったがそれでも大通りなどよりは全然狭い。頭上から降り注ぐ風矢にいつか当たるかもしれないという恐怖は相当なものだ。


「あんた、スライムでもラタでもいいから呼び出してせめて自分の身ぐらい守ってよ! 使えないモンスターなんていないんでしょ!」


「ははは、馬鹿だなぁ。あいつらであの女エルフに敵う訳がないだろう。頭は頭突き以外に使うものではないぞ? ぬはははは!」


「笑ってる場合かー!」


 問答をしながらも必死で冴えわたる直感を駆使し避け続ける。

 そうしていると外套をはためかせながら女はそのままミゲルたちの前へと逃げ道を塞ぐように落下してきた。


「思ったよりすばしっこいですわね。ここまで避けられるとは思いませんでしたわ。こうなったら直接引導をくれてあげますわ。(わたくし)、子供と言えど亜人を奴隷にして連れているようなやつは許せませんの!」


「させないわ!」


 ルーナがミゲルを置いて剣を抜いて前に立つ。


「あいつらでは無理だが今はお前が俺の剣だ。魔王の右腕として勝ってみせろ!」


 あえて後ろを振り向くことはしなかったがルーナは背中で頷いて見せた。 

 

「そこをお退きなさい。首輪のせいで仕方なく操られているんでしょうけれど私、手加減が苦手ですのよ。解放して自由にして差し上げますわ」


「ち、違うの! そうじゃなくって! これ偽物で!」


「なにをごちゃごちゃと。仕方ありませんわね。でしたら人間に操られた憐れなあなたを倒してからその子供に私の刃を届かせますわ」


「あぁもうわからず屋!」


 ルーナが自分が無理強いさせられているのではないと説得を試みるがそれはすれ違って失敗に終わる。

 女が先に仕掛けてきたからだ。


「エレメンタル・アース 刺突砑(ストーンレイピア)


 女が呪文を口ずさむと肩にいた精霊が今度はトパーズ色の別の精霊に変化していた。

 そして何もなかった彼女の手には真っすぐに伸ばししっかりと研磨されたかのような美しい岩のレイピアが生まれる。

 それを躊躇なくルーナの胸目掛けて突き入れた。

 

「させるもんですか!」


 ルーナの反応は素早い。

 交渉決裂と見るや否やその人体ぐらいなら貫通しそうな切っ先の岩のレイピアを剣で横に弾く。

 固い感触がして振動が手に伝わってくる。鉄ほどに強度があるのだとすぐに分かった。


「思ったよりやりますわね」


 押しているのは女の方だ。

 それも当然でレイピアは軽さと手数が武器である。

 目で追えないようなスピードで一気に押し込んで相手のどこかに突き刺せば一気に形勢が傾く。

 しかし反対に受けに弱い。強度がもろく、まともに大きな武器を受けてしまえば刀身にダメージが与えられ、最悪武器破壊すら起こるだろう。

 だからこそ手数を活かして攻勢に回り押して押して押すしかない。


 だがルーナはギリギリながらも対応出来ていた。

 かなり危なくスレスレで切っ先が腕を掠めることもあったが、買ったばかりの防具が彼女の肉体の代わりに傷を肩代わりして何とか防いでくれていた。

 それが無ければ今頃、ルーナの腕は裂傷が刻まれ剣を持てなくなっていたかもしれない。

 そのまま甲高い金属音の打ち合う音が響く。


「さてここに横やりが加わればどうなるかな? ――、<<召喚>>サイクロピアバット!」


『キィ!』


「無理に攻撃せずとも注意を引くだけでもいい!」


『キキィ!』


 ミゲルが盗賊戦でも戦わせたコウモリを呼び出す。

 その指示通りサイクロピアバットは直接攻撃しないまでも女の頭上を飛び回って気を散らす。


「くっ、『エレメンタル・ウィンド 飛翔(フライ)』。来ないと分かっていてもいるだけで鬱陶しいですわね。一旦、仕切り直しさせてもらいますわ」


 数瞬、鍔迫り状態になるがサイクロピアバットが追加されたことに不利と見てすぐさま女の方が空中へ引いた。

 

「逃がさない! <<加速(ニンブル)>>」


 ルーナがスキルを使う。

 彼女の覚えた<<加速(ニンブル)>>とは直線上での加速をする技だ。

 故にあまり広くなかったり障害物が多い場所や至近距離などではかなり使いづらい。

 だからこそルーナが向かうその方向は壁へと一直線だった。

 あわやぶつかるかと思った瞬間、彼女はジャンプして壁を蹴り三角跳びの要領で空へと後退する女へと追いすがる。


「ほう、思い切りがいい! それにバランス感覚も思ったよりあるな」


 ニードル・ビーの時に失敗し、普通ならこんな状況下で使うのは躊躇うものだがルーナはそんなことお構いなしに使用し特性を利用した。

 そのことにミゲルが珍しく彼女に対して感心する。


「ですがそれでは私に追い付けませんわ! 『エレメンタル・ウィンド 風槍(ウィンドスピア)』」


 女の方は一直線へとどこへでも逃げられる。

 しかしルーナの方は壁を蹴ってあくまで左右の動きを入れながら少しずつ角度を変えて追わなければいけず、それではかなり追い付くのは難しい。

 そこにさらに風の追撃が開始される。


「このぉ! <<加速(ニンブル)>>」


 風が到達する直前、上手く壁のでっぱりや窓枠などを足場に避けるルーナ。

 だが移動は制限され真っすぐ突っ込むと簡単に迎撃される恐れがありうかつに近付けないでいた。

 攻守は逆転し今度はルーナが不利を強いられる場面になりかかる。


「あまり長引くのは困りますの。そろそろ決めますわよ――痛っ! なんですの?」


 だいぶ足場が無くなっていきルーナの動きに慣れ掛けた女は突然頭に痛みを感じた。

 何かが当たった鈍痛である。

 反射的に上を仰ぎ見るとサイクロピアバットが建物の屋上にある石の破片などを掴んで落としてきていた。


「攻撃しないんじゃなかったんですの!?」


「そんな約束はしていない」


「そんなっ――」


 もちろんミゲルが『注意を引くだけでいい』などと女にも聞こえるように言ったのはわざとだ。

 少しずつヘイトが薄れ警戒が解けた時にこうしてちょっかいを出すための布石である。

 ルーナの曲芸じみたスキルの使い方に意識が優先してしまい、上には攻撃手段が無いとタカをくくってしまった女の悲鳴が短く路地に通る。


「精霊を狙え!」


「くっ!」


 ミゲルの声がして気付いた時にはもうルーナは女の眼前にいた。

 このチャンスを逃すわけがない。それまでの軌道とは変わって一直線に女に向かって跳んでいた。

 刹那の間に女は迷う。

 精霊を助けるべきか、それともカウンターを狙うべきか。

 

 その薄紙一つの時間が勝負を分ける。

 判断が付かず何とかレイピアを盾代わりにするが、ルーナの剣は止まることなく滑り肩にいた風の精霊を刺し貫いていた。

 レイピアという武器の苦手な部分が出てしまった形でもある。

 そして精霊はそのまま消失した。


「そうだ。精霊魔法の弱点は精霊を邪魔することによって途端に制御が難しくなることだ」


 指示した通りの結果にミゲルが満足気に小さく頷く。


「きゃ、きゃああああああ!!!」


 ミゲルの入れ知恵により精霊を失った女はそのまま空中から自由落下する。

 7メートルほどの高さからろくな受け身も取れずに背中から落ちて女はそこで気を失った。


□ ■ □


「う……うう……ん……」


 女が目を覚ます。

 視界に映るのはどこかの部屋の一室でミゲルとルーナの姿があった。

 すぐに手に痛みを感じて下を向くと椅子に縛り付けられているのに気付いた。

 力を入れて振り解こうとするがそれは叶わない。


「やっと起きたか。あぁここは宿屋の一室だ。全くお前を運ぶのに苦労したのだぞ?」


「運んだのは私だけどね!」


 ミゲルの言葉に横から舌を出して補足するルーナ。


「『エレメンタル・ウィ――」


「――困るのはお前の方だぞ」


 女が捕縛から逃れようと精霊魔法を発動させようとした瞬間にミゲルが短く言葉を紡ぐ。

 その言葉と雰囲気のせいでためらってしまった。


「……どういうことかしら?」


「どこぞの路地でならまだしも宿の中で騒ぎを起こせばどうなるかは分かるだろう? 俺はありのままに話すぞ。エルフに襲われましたとな。そうすれば街を挙げての大騒動になるだろうなぁ」


 まるで悪役と勘違いされてもおかしくなさそうな顔をしてミゲルは嗤う。


「くっ、卑怯ですわ!」


「いきなり襲って来たやつに言われたくはない」


 まさしく正論ではあるものの目の前のエルフは納得がいかないらしい。

 歯を見せミゲルを睨む。


「私をどうするつもり? そこの子みたいに奴隷にするのであれば刺し違えてでも誇り高い死を選びますわよ」


「奴隷か。ルーナ、外していいぞ」


「うん!」


 ミゲルに言われてルーナが自分の首に巻いている首輪を外す。 


「は?」


「無理やりさせている奴隷ではないということだ。これで耳を貸す気になったか?」


「え、嘘ですわよね? 洗脳? というふうにも見えませんわね……」


 まさか獣人であるルーナが自由意志で人間に付き従っているとは思っておらず女は呆気に取られた。


「話をする気になったか?」


「……とりあえず聞きましょう」


「まずはそうだな名前は?」


「……エルアーニャ」


「なるほどエルアーニャとやら、そちらの事情を知りたい。なぜこの街に顔を隠して潜入していた?」


「……」


「衛兵を呼ぶか」


「わ、分かりましたわ。……攫われた子供のエルフを救うためにやってきたのです」


 どうしても言えないことであればそれでも口をつぐんだであろうが、そこまでの話でもないためエルアーニャは口にした。


「ほう?」


 事情が自分たちと似ているのでミゲルの眉毛が少し吊り上がる。


「連れ去られたその子を助け出して家に送り届けるのが私の仕事ですわ」


「たった一人でか?」


「そうですわ。私、こう見えても優秀ですのよ?」


「それはさっきの戦闘を見れば分かる。あれが全力ではなかったぐらいはな」


「へぇ、子供にしてはお目が高いですわね」


 一応褒められたことにエルアーニャは胸を反らす。

 あの場での彼女は制限をされていた。

 まず出来るだけ音を立てないこと、そしてルーナに大怪我をさせないことだ。さらに言うなれば戦闘スペースもやや狭かった。

 精霊たちを活かすには条件面でやや分が悪かったのだ。


「それでも一人でこんなところまで来るとはな」


「嘘は申しておりませんわ」


「それが本当ならエルフ共はまだ引きこもっているということか」


「まだ?」


 エルアーニャはミゲルのその言葉に引っかかりを覚えた。

 

「300年前からそうだ。エルフという種族は各地の森に住み結界魔法で交流を閉ざしていた。この俺との交渉すらもすげなく断ったよ。まぁ全員という訳ではなかったがな、今回も一人しか送り込まないとはなんともシケたやつらじゃないか」


「老人共の頭が苔の生えた漬物石なのは同意致しますが300年前? 何をおっしゃってますの? 頭がおかしくなりましたか?」


 エルアーニャは困惑する。

 エルフという長寿種族ですら寿命は200年に満たない。

 目の前の小さな子供が300年前のことをさも見て来たふうに話すのが不思議で仕方なかった。


「そこは今説明しても無駄だな。話を戻すぞ。ひょっとして行き先はオークション会場か?」


 一からここで自分が魔王だと理解させるのは困難だと判断してミゲルは話を先に進める。


「そうですわ。警備が厳重だったから侵入しての救出は無理だと判断して報酬として持たされた宝石をお金に換金して引き取るつもりだったんですわ。ですけどどうやら換金所であの男たちに見られてたみたいでしてね、鬱陶しいから人目の少ないところで潰そうと思ってあそこに誘い出したのですわ」

 

「要らぬお節介だったという訳か」


 エルアーニャはミゲルと同じく金で攫われた同胞を救い出そうと思い付いたらしい。

 さすがにそのような事情をあの時に分かるはずもなく、ミゲルは謝罪の言葉は口にしなかった。

 

「今度は私の番ですわ、あなたたちの目的は何?」


「俺たちも同じだ。村から盗賊に攫われたこのルーナの妹を取り戻すためにここまで追い掛けてきた。俺はまぁ、成り行きでこいつと一緒にいる」


「……本当ですの?」


 エルアーニャはミゲルではなくルーナの方を向く。

 向かい合う切れ長の瞳に向かってルーナは小さく頷いた。


「ええ、私にとって唯一残された肉親よ」


「そうですのね。もう一つ確認しますが、本当にこの人間の子供を信用して大丈夫なのかしら?」


「それは……分からない」


「おい」


 問いただされルーナは一瞬目を伏せ、ミゲルが短くツッコミを入れる。

 

「何を考えているのか分からないところがあるわ。お調子者だし、生意気で偉そうだし」


「それはまぁそんな感じしますわね」


「でもきっと……約束だけは守る。こいつは妹と私を助けると言ったの。それは絶対に守るわ」


 真っすぐなルーナの目がエルアーニャの視線と交差して射すくめる。

 その毅然とした回答は説得力があり、直接聞けたことでエルアーニャはふぅと小さく息を吐いた。


「分かりましたわ。この子、というよりあなたを信じましょう」


「ありがとうございます」


 ルーナは頭を下げた。

 捕縛している立場が逆ではあるが信じてもらえたということについてのお礼のつもりである。 


「では縄を解いてもいいか?」


「ええ、もう逃げませんわ」


 目配せをされてルーナがエルアーニャの後ろに周って縄を解く。

 少し食い込んでいてアザになっていたので彼女は手で縛られた箇所を擦りながら立ち上がった。

 

「こちらとしては共同戦線を持ち込みたい。俺たちも金で穏便に引き取るつもりだが、もし足りない場合は多少融通して欲しいのだ」


「私が? なぜ? いくら亜人同士とは言えそこまでする義理はなくて?」


「いきなり戦闘を仕掛けてきておいてそれを言うか?」


「~~~! それは……まぁそこは私の落ち度ですけれど……」


 痛いところを突かれたがそれだけではまだ折れない。


「お願いします! 妹を助ける最後のチャンスなんです!」


 考え込むエルアーニャにルーナが真摯に頼み込む。

 その様子は必死に家族を案じている気持ちが伝わってくるものだった。


「はぁ……分かりましたわ、どうせお金なんて人間の世界でしか使えないものですから協力させてもらいますわ。私もお人好しですわね。ただし貸しですわよ?」


 やがてエルアーニャはさっきよりも大きなため息を吐きながらその必死な思いに突き動かされる。


「あぁ出世払いで頼む」


「出世払い?」


「俺の名はミゲル。この腐った世界を統べるつもりだ。そうしたら1000倍にして返してやろうではないか」


「ふふ、奇妙……いえ面白いですわね、かつていたかの魔王と同じ名前で世界征服を企むだなんて。度胸は気に入りましたわ。私のことはエルと呼んで下さって結構ですわよ」


 人間や獣人には300年前は想像がつかないレベルの話でらる。しかしエルフという長命種族からすると300年前のことは祖父母の代にあたりそこまで昔の感覚はない。

 なのでもしミゲルと密接に関わっていたのであればここで嫌悪感を抱かれたかもしれなかったが、彼女らにとっては外の世界の出来事で引きこもり体質が功を奏した。


「いいだろう、エルだな。お前も俺の軍に加えてやる。ところでオークションについてだが、いつこいつの妹が出されるか分かるか?」


「ここにチラシがありますわ」


 言ってエルアーニャもといエルが懐から取り出したのは若干くしゃくしゃになった紙だ。

 どうやらオークションの品目に関して書かれているらしい。


「ど、どうですか?」


 気が気ではないルーナは唾を飲み込み急かすように言い、エルが上から目を通すとピタっと止まった。


「ありましたわ。名前までは書かれていませんけれど獣人の少女が今日の夜に出品されますわね。それとエルフの少年も。おそらく間違いはないでしょう」


「やった!」


 思わずルーナがガッツポーズを取る。

 ここまで普段は絶対に近付かない敵だらけのような街に苦労して数日掛けて侵入したのは全ては妹を助けるためだ。

 緊張の連続で気分も晴れずずっとプレッシャーを掛けられていた。

 それが位置もハッキリしてようやく手が届くところまできたのだ。

 まだ顔を見てすらもいなくても喜ぶのは無理もなかった。


「まだ助けた訳じゃない。気を抜くなよ」


「分かってる!」


 ミゲルに釘を刺されて腰にある剣の柄を握り気合を入れ直す。


「さぁてでは今夜、オークション会場とやらに乗り込むとしようではないか」


□ ■ □


 それから数時間後、ミゲルたちは日も暮れた道を歩いていた。

 村や山では夜になれば頼りない月や星明かりしか照明と言えるものがなかったが、街はぽつぽつと魔石を利用した街灯のようなものがあり、なんとか人とぶつからない程度の視界は確保出来ていた。

 

「300年の間にこうも違いがあるとはな」


 ミゲルはその明かりを見て感心しながら足を進める。

 敵であっても素直に褒め取り入れるというのが彼の性格らしい。


「魔石技術のことかしら? そうですわね、ここしばらく人間たちは目覚ましい発展を遂げているようですわ。今までは魔力などでは私たちに敵わない種族だったのに別の分野で追い付こうとしている」


「脅威か?」


「……本当に心を見透かしてきますわね。ええ、私はそのように感じています。けれど森のご意見番たちは腐った根っこのように意見を変えないのですわ。この光景を見れば分かるのですけれどね。家から出ようとしないから感じ取れない。あなたの言う通り引きこもりの馬鹿ばっかりですわ」


「とは言え、大半のエルフがそういう考え方のはずだ。どちらかというとお前の方があちらの中では異端なのだろう?」


「遺憾ながらそうですわ。こうして外の世界に出る機会がある数人程度でしょうね、危機感を持っているのは。いずれ結界が破られる日が来る。それは間違いないですわ」


 いずれくる未来を予感しながらのエルの言葉には重みがあった。

 それが数年後なのか数十年後なのかは分からない。しかし老人はともかく彼女たちはその時代もまだ生きているのだ。

 今から具体的にどう対策すればいいかなどは分からないまでもその日を想像するだけで自然と彼女の拳に力が入る。

 ちなみにエルは外に出たので人間の姿になっていた。


「俺からすれば自業自得だがな。外に目を向けず対岸の火事だと知らぬ存ぜぬを繰り返した末路だ」


「ハッキリとおっしゃいますわね。だけど……今は胸に止めておきますわ」


 怒るのではなく苦々しくエルはそのミゲルの苦言を受け止めた。

 彼女もまたミゲル側なのだ。何とかしなければ滅びの道を辿ることは分かっていた。だから抗いたい。ひょっとしたらミゲルと行動を共にするのはそうした意識が僅かでも働いたおかげかもしれない。


「ひひひ! 酒だ、酒をもっと持ってこい!」


「お金ならまだまだあるわ! 使い切れないほどね!」


 その時だった、酒場の前を通り抜けようとした彼らの耳に酔っ払いの声が開いている窓を通り抜けて届いた。


「うおっ、とと。おい何をしている? どうしたのだ?」


 魔力回復のためにルーナと手を繋いでいたミゲルは彼女がその場から動かなくなってつんのめりそうになり声を掛ける。

 すると彼女は固まってその酒場の窓を凝視していた。

 いや正確には中の酔っ払いたちだ。ありえないものを目撃したような表情でさすがのミゲルも不可解になった。


「あいつら……!」


「あいつら?」


 ミゲルは背伸びして窓の中の人物を眺めると男3、女1で構成された冒険者のようなパーティーがそこで酒盛りを興じているのを目撃する。

 マナーが悪そうな客たちだがそれ自体は特に気に掛けるようなものでもない。

 しかしあまりにもルーナの顔が悲壮感に溢れ、その後憎しみへと変化していくおかしさに何かがあると思わせた。


「忘れたことなんてなかった。今でも夢でうなされる……こんなところで……」


「だからなんだというのだ?」


「あいつらは、私たちを襲ったやつら!」


 彼らはルーナとリリウムたちが元々住んでいた土地を襲い、両親たちを殺した冒険者パーティーだった。


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