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6 旅立ち

「ギャアッ!!」


 藪からゴブリンが血しぶきをまき散らして飛び出した。

 ただしそれは誰かに攻撃されてせいで受け身も取れず、後頭部から地面にぶつかり倒れる。

 胸には斜めにごっそりと裂傷が刻まれており、完全に致命傷だったようで事切れた。


「よくやった、体の使い方はだいぶ分かってきたようだな」


「ええ、キカさんから借りたこの剣があればゴブリンや盗賊ぐらいなら負けないわ。それになんでだか調子が良くなってきてるのが分かるの」


 ゴブリンが飛び出してきた藪から現れたのはルーナとミゲル。

 どうやらルーナが倒したらしい。

 剣を鞘に納めて特に疲れた様子もなく、もはやいっぱしの剣士にすら見えるほど落ち着いていた。

 さらにその後ろから黒い毛並みの子狼であるシャドウウルフも付いてきている。


「それも【魂の契約(ソウル・ファミリア)】の副次効果だ。魂の強いモンスターや人間を倒すと消滅する一部を己のものとすることが出来る。つまり鍛錬とは別に戦えば戦うほど強くなれるのだ」


「それって……たぶんすごいことよね」


「無論だ。実戦を一つこなすだけでも数倍の違いがあるだろう。それにほんの僅かだがお前から供給される魔力も増えてきているな」


 通常、能力を高めるには地道なトレーニングや実戦などが欠かせない。

 しかしミゲルの秘術はそれにプラスして魂の拡張を促される。それによって普段使っていない領域が拡大され、単純なパワーや反射神経に留まらず魔力の拡充さえも可能にした。

 これを数千人、あるいは数万人単位で行えば無敵の常勝軍団の出来上がりである。

 数で劣る魔王軍が300年前に幾つもの国を平らげたのはその秘術によるところが大きかった。


「あ、やっと森を抜けたみたい。わぁー! 山を降りたのって久し振りだわ」


 話していると目の前に広がる地平線が見えるような草原にルーナが気付いた。

 山から降りるにも数日掛かり滅多にお目にかかることがない壮大なこの光景に手を広げて感動する。

 全身を風が撫で陽だまりが肌や髪に当たり、その暖かさを肌で感じ取って獣耳もピクピクと嬉しそうに動いていた。


 現在のルーナとミゲルの服装はフード付きの外套を深く身に纏っていて、手提げの荷袋を担いでいる。

 姿を隠そうとする訳はミゲルはともかくルーナは人間に見つかるとひと悶着が予想されたし、旅の途中には簡易の布団にもなったからだ。

 もはや村長と決別してしまい村に帰還するのは不可能となったので交換出来るものは引き取ってもらい、その他にも保存食など手荷物程度に絞って村人たちから仕入れていた。

 それから数日掛けて道中でもモンスターを倒しながら山を降りてきたところである。


「やはり普段はここまで来ないのか?」


「そりゃあね。遠いし、人間に見つかったら村に迷惑が掛かるもの。リリウムと一緒に逃げてきた3年前に通ったきりよ」


「300年前と何も変わっていないのだな」


 ミゲルの目はここではなく過去を見ているようでトーンが下がる。


「あんたは何のために人間と戦おうと思ったの?」

 

「……最初は身を守るため、そして復讐だな。そのあとは友を守るため。そうしたらいつの間にか魔王と呼ばれていた」


「ふぅん」


 それ以上は語りたくないようでミゲルの口が止まり、ルーナは生返事をするしかなかった。

 

「というか、お前は俺をようやく魔王と認めたのか?」


「え? いやそういう訳じゃないけど……」


 ここまで協力してくれたミゲルのことはもう頼りにしている。

 だからと言ってやはり本物の魔王だったのかと問われるとまだ感情が先だって認められないでいた。

 それほど今の世に暮らす亜人にとって、かつて人間の迫害から亜人を守り導こうとした魔王という存在は大きい。


「仮に俺が魔王として、恨みはあるか?」


「え?」


「俺がいればこんな世にはなっていなかったかもしれない。そうは思わないか?」


 ミゲルからの突然のその質問に戸惑ってしまう。

 ルーナはしばし思案した。


「私は……恨んではないわ。そりゃ文句の一つぐらいは出るでしょうけど、みんな一生懸命やった結果がなんでしょ。過去に怒ったって今が変わる訳じゃない。それに悪いのは人間だもの。魔王様を恨むのは筋違いだと思う」


「そうか」

 

 短くそれだけ言ってミゲルは会話を切った。

 微妙な空気が流れルーナは何とか会話の糸口を探すと、ミゲルは召喚モンスターのことになると愛着があるのかややムキになる傾向があるのを思い出した。


「そういえばスライムは?」


「旅には不向きだから今は喚んでいない」


「ヒンヤリとした感触が癖になりそうよね。夏なんかにいいかも」


「お、ようやく良さが分かったか」


 意外と食いついたらしく、ミゲルの顔に感情が戻る。

 まるで自分の自慢の物が褒められた子供のようにその時ばかりは年齢相応の姿に見えた。

 ちなみに砦から村に戻る途中にスライムを舐めた罰だとしてミゲルから頭の上に乗せられていた。

 最初はおっかなびっくりだったが、その際に数時間スライムと接触して今はむしろ仲が良いまであった。


「ちなみにお肌の角質を微酸で取るスライム美容というのが300年前に流行ってな、肌をスベスベにしたい女たちに大人気だったのだ」


「え、なにそれ? やってみたい」


「良い働きをしたら褒美にしてやろう。信賞必罰は心得ているのでな」


「きゅーん?」


 しゃべっていると足元のシャドウウルフが何かを察知して匂いを嗅ぎ始める。


「どうしたの? ラタ?」


「ラタ? なんだそれは?」


 ルーナがガーディアンウルフに向かって呼ぶ。


「この子の名前よ。シャドウウルフって種族名でしょ? 長いし余所余所しいじゃない」


「こいつは俺のものなんだが……まぁ好きにしろ」


「ガウ! ガウ!」


 ようやく異変の方角が分かったのかラタが街道の方へ吠える。

 そちらを向くと馬車が猛スピードで走ってくるのが見えた。

 ただその後ろには1メートルはある大きさの蜂が3頭、後を追い掛けてきていた。

 いずれミゲルたちの近くを通るコースだ。


 ■ニードル・ビー(針蜂)

 力:E

 頑丈さ:E

 素早さ:C

 魔力:D


 スキル:毒針(ベノム・スティンガー)

 

 お尻の針が特徴的で人間が刺されると1分ももたずに死に至る強烈な毒がある。

 群れで行動し、彼らが作る蜜は最高品。

 体が大きいため巣も非常に大きい。


「あれは……針蜂(ニードル・ビー)か。追われているということは蜜でも盗もうとして縄張りにでも入ったか」


「ミゲル?」


 ミゲルはリスクとメリットを天秤に掛けてしばし熟考する。

 モンスターとの戦闘もあるし、ここで人間と接触するというのも本来は想定外のことだ。追われている人間の正体も分からない。

 つまりどちらかと言えばリスクの方が大きかった。


「ふむ……助けるか」


「でも人間でしょう?」


 ルーナからすれば両親や住む場所を奪い、さらに今は妹すらも攫った人間など助けるべき対象ではない。

 むしろ見捨てるものだと思っていたので抵抗があってついそんな言葉が出た。


「俺たちは今、街のことを何も知らない。お前の妹を助けられる確率を上げるためにここは恩を売って情報を取るべきだ」


「……分かったわ。あんたがそういうのなら」


 まだ完全に納得したとは言い難い。しかしルーナも完全に未知の領域へ踏み込まなければいけない難しさにその必要性は理解した。

 剣を鞘から抜き、山の斜面を滑り落ちながら3頭の針蜂たちに恐れを知らず突撃していく。

 必死で息を切らせ逃げる馬を操る御者と一瞬だけ目が合ったがすぐに意識は魔物へと切り替わった。

 蜂たちは尻尾には拳大の鋭い針がありそれが急所に刺されれば痛いだけでは済まされなさそうなほどの大きさである。

 おそらく一般人だけであれば一目散に逃げるしか手立てはないだろう。


「行くわよ! <<加速(ニンブル)>>」


 残像を残してルーナが仕掛ける。


「え? きゃああああ!!」


 すでに馴染みつつあるスキルで急加速が発動したが足元にある石に足を取られてしまう。

 そのまま倒れそうな勢いでルーナが一気に肉薄した。

 3頭のうち2頭は辛うじて反応したが1頭は逃げるのが遅れほぼ正面衝突するような形でルーナとニードル・ビーがもつれて地面に倒れた。

 運良く剣が刺さっていたおかげで反撃はもらわずに済んだがなかなか危ないところだ。

 そして残り2頭は空に回避して硬直状態のルーナを狙おうという動きを見せる。


「あっ!」


「馬鹿者! 突っ込むのはいいがもうちょっとものを考えろ! それと当たり前だが針は食らうな。死ぬぞ」


 ミゲルの叱責が飛びそこに彼からフォローを任されたラタがギリギリ追い付いていた。


「ガウ!」


 片方はラタが跳び付いて阻んだ。

 体格的にはラタの方が小さくてどうあがいても勝ち目が無さそうに見えたが急に重りを乗せたせいでニードル・ビーが地面に落下し、首筋をがぶりと噛まれると体を痙攣させあっけなくジャイアントビーは仕留められた。

 小さくなっても森の狩人の異名は伊達ではないらしい。きっちりと急所は理解していた。


「あっ!」


 しかしもう一方はそのままルーナに迫る。

 ミゲルも距離的に間に合わずこのままでは毒針を食らってしまう。

 その時だった、一本の矢がニードル・ビーのお腹に深く突き刺さった。

 それが決め手となりビクっと痙攣し体液を漏らしながら巨大蜂は地面に落ちて息絶える。

 素早く怖い一撃を持っているニードル・ビーではあるが、ラタが仕留められたように意外と防御面が弱かった。


「内容的にはヒヤリとした場面もあったが退治には成功したな。だがお前は武行(スキル)に振り回されるのではなく使いこなせ。それが課題だ」


「はーい……」


 ようやく追いついてきたミゲルの説教に自分でも今のは失敗だと自覚しているのかしょんぼり気味のルーナ。


「うぉーん!」


 その一方でややテンションが高いのはラタだ。

 自由に狩りが出来るのが嬉しいのか仕留めた獲物を前に自慢げに遠吠えを鳴らす。 


 そうしているとやや離れたところから声が掛かる。

 

「あんたたち無事か? 助かったよ!」


 馬車を運転していた中年ぐらいの帽子を被った商人だ。

 彼は馬車を止めて手にはクロスボウを携えていた。

 旅をする商人ならばそれぐらいの武装はしているのだろう。さすがに運転しながら狙うのは難しかったようだが魔物たちがルーナに意識を向いていたおかげで十分に狙える時間はあったらしい。


「お前は?」


「あぁ、あんたたちのおかげで命拾いした運の良い商人さ」


「護衛も無しにニードルビーに手を出したのかはいくらなんでも無謀ではないか?」


 助かったのはお互い様ではるのだが、ミゲルが見たところ商人は一人きりで他にそれらしい人物は見当たらず、一人でニードルビーにちょっかいを掛けたことが気になってつい挨拶も飛ばしてそんな言葉が出てしまった。


「いやいや手を出したのはその護衛だよ。雇った若い冒険者たちが休憩中に森で巣を見つけたらしくて勝手に蜜を取ろうとしてこの有様だ」


「そいつらは?」


「俺を置いて一目散に逃げていっちまったよ。まぁおかげで群れのほとんどがそっちに向かったがね」


「それは運が無かったな」


「あぁ、これからは駆け出しは使わないことにするよ。ん? あんた亜人か? しかも奴隷の首輪がない?」


「え? あ!?」


 ルーナは戦闘で頭の狐耳を隠すフードが外れていた。

 慌てて頭を押さえるが時すでに遅しである。


「あぁ、いやいい。俺も命の恩人をどうこうしようとするほど悪党じゃない」


「え?」


 そんなことを言われたことがないのか身構えたままルーナは呆けたような怪訝なような複雑な顔を作った。


「それに金さえ持ってたら商人は誰だって客だ。魔王にだって何でも売るさ。ま、そっちの坊ちゃんが人間だというのも大きいがね。あんたたちの関係は根掘り葉掘り聞くつもりはないよ」


「ほう?」


 今の売り文句が気に入ったらしい。

 商人の冗談にミゲルがニヤリと口の端を上げる。

  

「では自慢の逸品を見せてもらおうか。ほとんど着の身着のままでやって来たので色々と買い足したいし、武具関係があれば特に見たい」


「自慢の逸品ときたか……」と商人が恐縮しながら馬車に戻っていくとルーナはミゲルの脇を突いた。


「あんたお金なんて持ってるの?」


 村は貧しくそもそも人間の商人など来ないので貨幣も流通しておらず、たいていが物々交換でありルーナも持っていない。

 なのに数日前まで素っ裸の無一文だったミゲルがお金を持っているはずがないのだ。

 まさか殺して奪うのか、という最悪の想定が脳裏に過ってしまう。

 人間を殺すことへの忌避感は薄れていても騙し討ちをすることへの難色はあった。


「あぁ。砦を出立前に盗賊たちが貯め込んでいたのを回収しておいた。まぁそんな言うほどはなかったがな」 


 懐からそこそこ膨らんだ金貨袋という戦利品を取り出してどや顔でミゲルが笑い、安心しながらもその抜け目なさにルーナは苦笑した。

 それから商人が荷台から品物を出しているのでそちらに二人は向かった。

 

「そうだな、まずさっきの戦闘を見ていたんだがお嬢ちゃんはこれなんかどうだ? 剣士のようだが防具が無いのは不安だろう?」


 商人が取り出したのは上半身を守る用の動きやすい革の胸当てであった。

 力よりは俊敏がウリのルーナにはこういう方が合っているだろう。


岩喰い熊(ロックベア)の逸品だ。こいつの革はめちゃくちゃ固くて生半可な刃なんて通さないし衝撃にも強くて若干の雷耐性もある上に軽い」


 出された物を服の上から装着してみるとサイズは問題なさそうだった。

 

「良い見立てだ。さっきのもその腕の部分があれば致命的な一撃は防げたかもしれん。こいつ自身はまだまだひよっこだからな」


「あんたは一言多いっての!」


 胸当ては腕部分のプロテクターもあって、商人の矢で助かったがニードル・ビーの一撃もそこで防げば針を通さないか浅い部分で止めたかもしれなかった。 

 ミゲルは商人の目利きに満足そうにそう付け足す。

 

「そっちの坊ちゃんはどうしようか。さすがに子供用のは武器でも防具でもないんだよね」


「問題ない。が、さっきお前が使っていたものは?」


「ボウガンかい? 申し訳ないがあれはあれ一つしかないんだ。自前の護身用で売り物じゃあない」


「ケチくさいな」


「悪いが命あっての商売なんでね」


 ミゲルがボウガンの交渉に失敗しているとルーナが口を挟んでくる。


「ねぇ、ふと思ったんだけど私も魔法って使えないの?」


 誰しも魔法という不可思議な現象を扱うことには憧れがある。

 今までは周りに使える者がいなかったためそういう欲も薄らいでいたがミゲルの召喚魔法などを見てそれが再燃したのであった。


「お前の魔力源(マナソース)が増えることで俺に供給される魔力も増えるからむしろ魔力の扱い方は教えるつもりではあったが、お前はおそらくあまり素養が無いぞ。あったとしても自己強化か武行などのスキル方面のみだ」


「げ、知りたくなかったそんな現実……」


 あっさりと夢が砕け散ってルーナが意気消沈する。


「ふむ、ところで魔石はないか?」


「魔石? あぁ、少しならあるね。でも染まっているのは少ししかないよ。原石ならもうちょっとあるけど」


「染まる?」


「あぁ、原石の魔石を魔術師たちが細工して魔道具に使えるようにするんだ」


「なるほどな。ちなみに魔道具というのは?」


「あぁカンテラとか魔石を使って発動する道具のことさ。火種とか無くていいし匂いもしないからよっぽどの田舎だとか貧乏じゃない限り魔道具の方を使ったりするね。ちなみに原石の魔石を染めようとするならそれなりの魔法に通じた術者でないと無理だよ」


 ミゲルの頭の中に盗賊の砦にあったカンテラやラタの自由を縛った首輪などが想像された。

 この部分はミゲルが約300年意識を失っている間に開発されたものである。


「構わん。それをもらおう」


「毎度! いやぁ助かった上に商売まで出来るなんて幸運だなぁ」


 ミゲルの提案でさらに物が売れて商人は上機嫌そうである。


「それとグレイスプールの街について情報が欲しい」


 ついでとばかりに街のことについて尋ねた。

 本当はこっちがメインだ。買い物をして口の滑りを良くさせ、目的を分かりにくくさせるやり口である。

 そういうところにもミゲルは気が回っていて織り込み済みだった。

 

「情報ねぇ。俺も今から行くつもりだったがあんたらもか? やめておいた方がいい、亜人は検問があって中へは入れない。もしくは捕まるのがオチだ」


「え? そうなの?」


「あぁそんなにしっかりとした検問じゃないが、外套で顔を隠していたり俺みたいに帽子のやつは取らされて角や耳があるかぐらいは見られるぞ?」


 商人はおもむろに自分の帽子を外して頭に角などがないことをアピールする。


「嘘。どうしよう……」


 一番に驚いた反応を見せたのはルーナだった。

 どうしても世情に一番疎く素直な彼女が最もそういうリアクションを先にしてしまいがちである。


「そこは持ってきたあれが役に立つだろう」


「あれって、ミゲルに言われて回収したけど、あれ使うつもりだったの?」


「無論だ。それぐらいは予想していたからな。――ところで街の領主について聞きたい。どんなやつだ?」

 

 二人だけで分かる会話をされ手持ちぶたさとなった商人にミゲルが最期の質問をする。


「あぁ、グレイスプールを今取り仕切ってるのは領主の旦那を失くした未亡人の女さ」


「女なのか?」


「そうさ。ただ噂ではその女は旦那の財産を乗っ取るために自分で殺したって話だ。――名前は『シエラ・レオニース』。グレイスプールの毒婦って呼ばれてる女領主さ」  


□ ■ □


 場面は変わり、豪奢な調度品や絨毯で構成された建物の中。

 煌びやかなドレスに身を包み自信と傲慢に溢れた20代半ばの女性が二階の客席から、一階のオークションを観覧していた。


 女の名前はシエラ。グレイスプールというこの街の女領主としてほぼ知らぬ者はいないほどの重要人物であった。

 そこにタキシードを着てステッキを持ち、やや身長が低めの中年の男が語り掛ける。

 彼はオークション会場の支配人であり、横にはもう一人彼の部下もいた。


「シエラ様。本日もお越し頂きありがとうございます。いつもお美しくてお会い出来るだけで望外の喜びでございます」


「はぁ……退屈ね。ここもめっきり刺激的な物を取り扱うのが少なくなってきたような気がするのだけれど?」


 シエラは肩ひじを突きながらやや鬱憤が溜まっているかのように話す。

 困ったのは支配人の方だ。目上の存在を怒らせてしまっているが解決策などがなくどうしようもないからだ。


「さ、左様ですか。申し訳ございません。何分ここは王都から離れている南の地でなかなか流通が……」


「何それ? ワタクシが治めてる街を侮辱しているのかしら?」


「い、いえいえいえ! 決してそのようなつもりでは!」


 支配人は自分の口が滑ったのを自覚し必死で否定する。


「もういいわ、あなたといると余計に気分が悪くなりそう。ところで私好みの子は今日はいるのかしら?」


「あ、いえ、シエラ様のお眼鏡に適いそうな者はしばらく入荷しておらず……。亜人の少女であればつい最近入ったばかりなのですが」


「少女? そんなのはいらないわ。私が欲しいのは若くて知性と生気に溢れた男の子よ! そういう男の子が苦痛に喘ぐ姿を見るのが最高にゾクゾクするの!」


「は、はぁ……」


 恍惚とした顔で何やら思い出している様子のシエラ。

 どうやら彼女の好みは多少変わっているらしく支配人にはあまり理解出来ない範疇のようだった。


「ふん! なら今日は他の物でも落札するわ」


「ご、ご要望にお応え出来ずに申し訳ございません。それではごゆっくり……」


 恭しく一礼をして支配人と部下が後ろの扉を開けて退出する。

 パタン、と扉が閉まるや否や支配人は無言で廊下を走り出し商品の亜人やモンスターたちが閉じ込められている倉庫の中の檻まで行く。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


「キィ! キィ!」


 支配人は檻の中にいるジャイアントデザートリザードと呼ばれる象ほども大きな大蜥蜴に感情を露わに持っていたステッキで叩きストレスを発散する。

 砂漠地帯に生息し背中に甲羅を備えたモンスターだ。今は拘束されているが本来ならば人一人ぐらいその口にすっぽりと入れ、冒険者数人掛かりでも捕らえられない凶暴さがある。

 モンスターの方は無防備にもそれを顔面に受けるしかなかった。


「あの我がまま女め! なんで私があんなやつの機嫌を取らなければならないんですかねぇ!」


「し、支配人落ち着いて下さい!」


 部下が諫めようとするも全く効果的ではなく憤慨は収まらない。

 オークションの支配人として数十年働き、それなりの立場を築いている。

 自分をあぁもアゴで使おうとする相手はほとんどいないのに、と悔しさに歯噛みしていた。


「落ち着けですって? いつもいつもあんなどこぞの商家上がりの娘に頭を下げなければいけないなんて屈辱ですよ! ったく」


 シエラという人物はこの街のそこそこの商家の3女であった。それが前領主の目に留まり結婚となったのだが婚約して結婚式当日に旦那が突如亡くなってしまい、以来彼女が当主として街を治めてきた。

 当初は街は相当な混乱具合ではあったが、すぐにシエラが取り仕切りたった5年で街はさらに発展を続けていた。

 領主として有能ではあるもののだからこそ旦那を計画的に殺害したと口さがない住民や、彼女を妬む者たちからは言われている。


「しかし事実として前領主が亡くなられて6年でここまで街を発展させた手腕は見事なものです」


「はんっ! たまたまですよ! あのサキュバス女にそんな才能はあるわけがない!」


「サキュバス? シエラ様は人間ですよね?」


「あの女が亜人の少年ばかりを買い漁ってるのは知っているでしょう? でもね、数日後には屋敷から小さな棺桶が運ばれていくんですよ」


「え?」


「美のために子供の精気を吸い取って殺しているっていう噂なんですよ。付いたあだ名が『グレイスプールの魔女(ドレイン・サキュバス)』。おぞましいったらありゃしない」


「それは……」


 部下は絶句した。

 傲慢で居丈高なところはあっても彼のシエラという人物評は理はきちんと備えていると思っていたし、街への貢献度から尊敬すべき女性であった。

 さらには誰もが羨む絶世の美貌も惹かれる要素しかない。

 それが亜人とは言え、その精気を吸い取り美を保っていると聞かされればぞっとしてしまうものがあった。


「あぁもう考えるだけでむしゃくしゃする! 偽客(サクラ)を潜り込ませてあの女が落札しようとする物の値段を釣り上げさせなさい!」


「は、はいっ!」


 高圧的に言われ部下が絨毯の上を走って行く。

 裏を返せばその程度の仕返ししか出来ないのであった。

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