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3 シャドウウルフ

「なるほど。お前は半吸血鬼(ダンピール)だったのか」


「あぁ吸血衝動が無い代わりに暗闇でも昼のように見えるぐらいしか能がないんだがな。だから狩りも夜型で昼まではたいてい寝ている。攫われた子たちの話し合いはその間に行われていたんだろう」


 すでに時刻は夜。空には月と星が煌めていてミゲルたちはキカが先導し盗賊の根城を目指して歩いていた。

 そこは昔からある朽ちた小さな砦でいつの間にか盗賊たちが居座るようになったという。

 キカは狩りの途中で盗賊たちがそこにいるのを偶然に知ったらしい。


「村長とやらに喧嘩を売って良かったのか?」


「……村に迎え入れてくれた恩義はある。ただそれとこれとは別の話だ。皆の手前、監視という名目で付いてきているが私も出来る限りの協力はさせてもらう。と言ってもお前が逃げようとしたり失敗するようならば容赦なく手を切るぞ?」


「ふんっ、俺がいてそんなことにはならんから安心しろ」


「あーもう! 安心しろじゃないわよ! いつまで乗ってんのよ!!」


 二人の会話に、ミゲルを背負って体力的にやや辛そうなルーナが割り込む。

 

「なんだ従僕? もうへばったのか?」


「そりゃあんた背負って山道歩いてるんだから疲れるに決まってるでしょ!」


「お前のせいでこんな体になったのにか? あー腕が痛いなぁ?」


「ぐ……卑怯よ!……」


 腕に布を包帯のように巻いた箇所をアピールしてあからさまに恩を着せようとしてくるミゲルだが、自分のせいだという自覚はあるルーナは悔しそうに二の句が継げなくなる。

 ミゲルを背負っているのも彼からの命令に逆らえなかった。


「部下でも小間使いでもやると言ったのはお前ではないか。今更文句を言うな」


「それは勢いっていうかものの例えでしょ」


「残念ながらそれは聞かん。というか聞けなくなってしまった」


「え? どういうこと?」


 不穏なことを言われルーナが訊き返す。


「お前が村人たちの前で決意した時に【魂の契約(ソウル・ファミリア)】の第一階梯の条件が発動した。仮契約からより契約が深まったのだ。これは魂を縛る<<誓いの契約(オース)>>というものでもう逃げられない。お前はこれからその誓約を守らなくてはならない」


「え? え? え?」


「つまりお前は一生俺の従僕で一生こき使われるのだ。もし破れば……」


 深刻そうに真面目な顔で説明するミゲルのせいでゴクリと唾を飲むルーナ。


「最低でも再起不能。たいていの場合は体がズタズタになって死に至る」


「な、なんてことしてくれてんのよっ!!」


「あっはっはっはっは! 口は災いの元だな! 倒れてもこき使ってやるからな、これから俺が再び世界に覇を唱えるまで死ぬまでよく働けよ。くっくっくっく」


「笑いごとじゃないっての!」


 【魂の契約(ソウル・ファミリア)】とはルーナの致死に至る傷を治した効果があったが、代わりに術者に魂を握られるというデメリットもあった。

 しかもその契約が進むとどんどんと浸食は進む。

 いきなりそんなことを言われてルーナとしては納得がいくはずがない。半面ミゲルは愉快そうだった。


「(この子供、本当に何者なんだろう? この歳で魔法を使えるというのも驚きだし、この度胸や態度もおかしい。かと言ってまさか本当に魔王様という訳でもあるまい。トラブルを持ち込むようであればやはり始末するべきだろうか……)」


 ミゲルとルーナのやりとりを横から見つめながら腰から短剣を抜いて無言で二人に近寄るキカ。

 二人は何事かと彼女に視線を移しその手に短剣があるのを見つける。


「キ、キカさん?」


 闇夜の森に月光に照らされた銀線が走る。

 次の瞬間、木の上から鎌首をもたげてルーナ達を襲おうとしていた蛇が地面に崩れ落ちた。


「たいていの動物やモンスターは夜は寝ているが中には夜行性のものもいる。大声を出すと気付かれる。気を付けてくれ」


「は、はい……」


 キカが助けてくれなかったら噛まれていたことにルーナは反省して声が小さくなる。


「(まぁもし手を出すにしても盗賊からリリウムたちを助けてからだな)」


 仲間に関しては甘さもあるキカだが、それ以外にはドライな面もある。

 まだ仲間にもなっておらず会ったのも数時間前、しかもミゲルは子供とは言え人間なので内心では全く警戒は解いてはいなかった。

 村人たちに言った通り、本当に邪魔になるならミゲルを射殺すことも実行する冷徹さを持ち合わせていた。


「ふむ、そろそろいいか。よしルーナ降ろせ」


「え? やった! もうクタクタよ」


 素直に嬉しそうなルーナに降ろされミゲルが地面に足を付ける。


「言っておくがただ体力温存のためだけにおぶられていた訳ではないぞ? 俺の魔力供給元となっているお前と密着することでその吸収率を少しでも高めるという目的があったのだ」


「ホントに?」


「当たり前だ。合理性があるからやっているだけで俺だって好き好んでこんな恥ずかしい格好をしていたのではない。まぁこれからは暇な時に手を繋ぐぐらいはしないといけないだろうが」


「げ、最悪……。あれ? でもあんた気持ち悪く私の涙を舐めてみんなの前でバチバチって気持ち悪いの出してたじゃない」


「気持ち悪くなどない! お前はもう少しものの言い方をなんとかならんのか? あれはただのハッタリだ。あそこで話したのはあくまで豊潤な魔力持ちからは体液や髪などに微量の魔力が宿るという話であってお前程度の涙に何の価値もない」


「な、何の価値もって……ちょっと感動しちゃった私が、ば、馬鹿みたいじゃない!」


 その時の感情を思い出して赤面してしまうルーナ。


「安くてちょろい女だと思ったが……いや俺は優しいから言わないでおこう」


「めっちゃ言ってるし! 心の声、めちゃくちゃ漏れてるっての! ……もういいわ、話を戻すけど、じゃあまだスライムしか使えないってこと!?」


「話を聞け。それを解消するためにここまでカスカスのお前からなけなしの魔力を搾り取ったのだ」


「どういうことよ?」


「お前に分かるように説明すると密着したおかげで今は一時的に使える魔力量が僅かに増えているということだ。さぁいくぞ、サモン――」


 ミゲルが手のひらをかざすと地面に魔法陣が描かれ、ルーナとキカは期待感と物珍しさからそれを見つめる。

 そしてそこから現れたのは――


「――サイクロピアバット(単眼コウモリ)


 ■サイクロピアバット(単眼コウモリ)

 力:F

 頑丈さ:F

 素早さ:D

 魔力:E


 スキル:混乱音波


 単眼のコウモリで山や森、洞窟などに生息する。

 群れで行動し時折放つ音波は平衡感覚を麻痺させてくる。


 大きな単眼を持つコウモリだった。

 体のサイズは普通のコウモリより大きいが一匹ではそこまでの脅威はない。

 

「コ、コウモリ? スライムと変わらなくない?」


「はっ! 浅はかなやつだ。そのスライムに助けられたやつが何を言う。大体、役に立たないモンスターなどいない!」


 出したモンスターにケチをつけられ珍しくムっとするミゲル。


「私は夜の狩りでたまに出くわすから知っている。一瞬、平衡感覚を狂わせてくる能力もある面倒なやつだ」


「そうだ。普通のコウモリと違うのは目が発達していてお前と同じで闇の中でも見える。戦闘の補助も出来る上に偵察もこなせるからまずはこれで盗賊共の拠点を調べて作戦を立て襲撃する。それにお前に【魂の契約(ソウル・ファミリア)】の恩恵についても説明しないといけない。異論はないな?」


 キカのフォローも入り納得したルーナはコクリと頷いた。


□ ■ □


 夜の帳が完全に落ちた中、廃棄された小さな砦に松明が点いていて人影もまばらながら見え隠れしていた。

 砦の大きさは幅は1階建てのアパートぐらいで、奥行きは倍ぐらいの広さ。二階部分は見張りをしたり矢を撃ったりするための尖塔のみが突き出している

 森の中にあるもう何十年も誰も使っていない打ち捨てられた廃墟のようだった。岩の壁は風雨に晒され続けて日焼けして削れており、鉄扉も錆びてやや歪んでいるがそれでも簡単に侵入出来るような穴はなさそうである。

 盗賊たちはそんな場所に拠点を築き旅人や亜人たちを襲っていた。


「ふぁ~あ、なんで見張りってこうつまんねぇんだろうなぁ」


「そりゃあ俺たちがいるのに誰も襲ってこないからだろ。山にいるモンスターだってそれぐらいの知恵はあるぜ」


「あーあ、腰抜けの亜人共が攻めてきたら面白いのによ」


「知ってっか? 俺が女を攫ってきた時にそいつの父親がいてよ顔を腫らしながら泣いて土下座してやめてくれって頼んでくるんだぜ? 格好悪過ぎて笑っちまったよ」


「あー、その武勇伝もう3回目だぞ……ん?」


 3人の見張りたちが砦の正面に置いてあるかがり火の明かりに照らされ、ガサガサと音がして動く茂みに目に入れる。

 

「なんだ?」


 そこからぴょこんと出て来たのはスライムだった。

  

「なんだスライムかよ、驚かせやがって」


 スライムなんて子供でも退治できる。

 だからほっと安堵の息を吐いたが、悪戯心が湧いたのかかがり火に突っ込んである松明を一本ずつ持って盗賊たちのうち2人がスライムに近付いていく。


「おいやめとけよ」


「いいだろ、暇なんだしスライムぐらい虐めて暇つぶししねぇとやってらんねぇよ」


 嗜虐心いっぱいで彼らがスライムの間近にまで接近するとその時、闇夜にバサバサっと羽音が聞こえた。

 サイクロピアバットが三人の元へ一気に近付いたからだ。

 闇夜は完全にモンスターの味方をした。

 一気に至近距離き大口を開ける。


『キィィィィィィ!!!』


「ぐあっ!」


「あ、頭が!」


 その口から超音波のようなものが発射され三人は耳や頭を押さえてふらついて松明を落としてしまう。


「た、松明が!?」


「モンスターか!?」


「な、なんで急に!?」

 

 頭を抱えながら苦しそうに顔を上げようやく下手人の正体を知る。

 しかしモンスターといえども単体ではそこまで脅威ではないサイクロピアバットが犯人でまだ命の危険までは感じられなかった。

 そこにすかさず矢が夜陰に混じって飛んだ。


「がっ!?」


 それは他の二人を止めようとした彼らの最も後ろにいた盗賊の側頭部を誰にも察せられずに貫いた。

 矢が当たった男がぐらりと前のめりに倒れ、前を歩く一人の肩に支えられる。


「ん? お、お前どうした!?」


「ひ、ひぃぃぃい!」


「な、何かいる! に、逃げるぞ!」


 二人がすぐに踵を返して砦に逃げ込もうとする。 

 そこに黒い何かが迫った。


「ふっ!」


「あがぁ!!」


 盗賊の首に灼熱の痛みが迸る。 

 暗闇からのふいの一撃を許してしまい首筋がパックリと割れ短い悲鳴を上げ崩れ落ちる。

 その影はナイフを持って突貫してきたキカだった。


「ちっ! お、お頭に早く知らせねぇと!」


 残った最後の一人の盗賊が仲間を見捨ててそこから逃げようとする。


「ルーナ、さっき教えたあれを使え!」


「分かったわ! 【ニンブル(加速)】!!」


 一気にルーナの体が残像が残るようなスピードで急加速しキカにもらったショートソードが男の腹部を易々と貫いた。


「ぐはっ……」


 そのまま地面に倒れ伏す盗賊。


「や、やった! 私でもやれた!」


 初めての戦果にルーナは喜んだ。

 今までは狩られる側の存在だったのに立場が逆転したことにえもいわれぬ感覚が体を巡った。

 

「一撃でか? 大したものじゃないか」


 まさかただの村娘であったルーナが一撃で倒せるとは思っていなかったのか、いつでもヘルプに入れるようそっちに注目していたキカが称賛の声を掛ける。


「お゛、お゛前ら゛ぁぉぉ!!」

 

 しかしそのせいで自分が切り捨てた盗賊への注意が散漫になってしまっていた。

 もはや死に体とトドメを刺すのを後回しにしていたが首を斬られた盗賊は地面に倒れながらも最後の力を振り絞る。

 それはただキカの足を取った程度のものであったが――

 

「ひ、や、やめろ! 触るなぁぁぁ!」


 キカの反応は劇的だった。

 まるで恐ろしい怪物に羽交い絞めされたかのように顔色を悪くして怯える。


「キカさん!?」


 村で何年も前から頼りになる存在として知っていた彼女のそんな狼狽した姿を見たことがなかったルーナは驚きで動きが止まるほどだった。

 事実、キカのこの欠点を知っている者は村でもほとんどいない。


「ちっ! スライム!」


 そこにミゲルが指示を出すとしゅっとスライムから触手が伸びて盗賊の手に巻き付き強酸で引きはがす。


「ぐあああ! ぐぞぉぉ……」


 元々死の淵にいた盗賊はそれが決定打となり力尽きた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 髪も乱れ呼吸も荒いキカは目の焦点も合っておらず、ミゲルもキカも声を掛けるのも躊躇われるありさまである。


「い、一体どうしちゃったの?」


「さぁな? そいつに触れられた瞬間に豹変したように見えたが」


 二人はさっきまで凛としていたキカが変わってしまったことに心配そうな目を向ける。

 ただすぐにキカは意識を回復させた。 


「……す、すまない。子供の頃のトラウマでな。男に触れられるとこうなってしまう。今まではずっと気を付けてきたつもりだったんだが油断した。次はこうならないから安心して欲しい」


 安心して欲しいと言われてもルーナからするとあまり納得出来るものじゃなく変な沈黙が流れてしまう。

 だがそれを破ってミゲルがいきなりキカに近付き腕を取る。


「ちょ、ちょっと! なんてことをすんのよ!」


 ルーナがあまりにも破天荒なその行動に声を荒げる。

 それも当然。今のキカの醜態を見てまたそれを繰り返す行為に驚かない者などいないだろう。

 けれどキカにはさっきのような変化は訪れなかった。


「ふむ。男と言っても子供なら大丈夫のようだな。仲間との接触すらも難しいようならばお帰り願ったところだが、動きは悪くはなかったし前衛はルーナが務めれば問題なかろう」


「あ、あぁ……」


「(だが触られただけでここまで狼狽するか。相当な目に遭わされたらしいな。300年経っても人間共は度し難いようだ)」


 キカ自身も急なミゲルの行為に面食らってしまう。

 言う通り子供は大丈夫なのだが、それを説明する前に確かめようとするとはさすがに予想だにできなかった。


「何を呆けた顔をしている?」


「いや、別に……」


「足手まといになるようなら置いていく。それにもしそんな弱点があるならいざとなったら俺が逃げ出しやすいと思っただけだ」


「本気か?」


 その発言がミゲル流の場を和ませようとした冗談だったのか、それとも本気だったのかキカは計りかねてしまう。


「さぁな。大体、300年前はもっとひどいやつらが大勢いたぞ。負傷者のベッドに潜り込んで精気を吸い取るせいで何人も死人を出しそうになったサキュバスや、キレたら敵味方の区別が付かなくなる人狼(ワーウルフ)、金のために敵に情報を売る鷹人(ホークマン)とかな」


「そ、それはすごいな……」


 そんな面子が味方にいるだけでは平静を保てないだろうと想像したキカは頬をひきつらせる。


「それより下僕よ、初陣はどうだった?」


「びっくりしたわ。まさかあんなに速く動けるなんて。それに初めて人を刺した……」


 やや呆然とルーナは答えた。

 彼女はつい数時間前まで剣を握ったこともなければ戦闘の経験もなかった。

 それが緊張や恐怖をすっ飛ばしていきなり一人前の戦士のような活躍をしてみせたのだ。

 本人もかなり信じられないといった感じである。


「それが俺の【魂の契約(ソウル・ファミリア)】の効果だ。契約によって身体能力が上がり、さらに【第一階梯】をクリアしたお前は魂を刺激され普段使わない領域が拡張された。お前た使ったのは【武行(スキル)】と呼ばれる普通は才能ある者が努力してようやく身に付けるもので、使えば盗賊程度は簡単にあしらえる力がある。ただの村娘が一日で熟練した戦士以上の働きが出来るようになるのだ」


 ミゲルがルーナに使ってみせた秘術【魂の契約(ソウル・ファミリア)】はただ奴隷のように縛るだけではない。むしろこの効果の方が本命だった。


「あの速さも驚いたがよく怖がらずに戦えたな?」


「始まる前は緊張したんですけど、なぜか剣を持って集中したらそういうことが全く気にならなくなったんです」


 キカに訊かれてルーナ自身も不思議そうだった。


「それも副次効果だ。さっき村人たちの前で宣言した誓いと共にお前の魂幹が強くなり、戦いの恐怖が和らいだ。これが300年前、人間に数で劣る俺の軍が快進撃を続けられた理由の一端だ。褒めていいところだぞ?」


「確かにすごかったけど……でも3人で本当にやれるの?」


 それでもまだ浮かない顔をするルーナ。

 キカから盗賊の数はおおよそ10人強と聞いていた。

 数にすれば自分たちの3倍以上で、しかもミゲルは子供の体をしてほぼ戦力にならない。

 確実に勝って妹のリリウムを助け出せるかどうか確信がまだ持てなかった。


「嫌ならば妹を見捨てて逃げ帰るか? 自信を持て。そもそも俺とお前だけでやるつもりだったのだぞ。お釣りがくるほど容易い仕事だ」


「ごめん、そうだったわ。すぐそこにリリウムがいるんだもんね。うん、やるわ!」


 妹を引き合いに出されるとルーナは絶対に逃げない。やる気を取り戻し気合を入れる。


「さて気付かれていない内に手筈通りにやるぞ」


「うん! ……ってそれなにしてんの?」


 ルーナが「うわぁ」と気持ち悪そうに目を向けるのは事切れた男の顔にへばりついているスライムだ。

 

「食事だ。スライムは食事によって魔力補給をする。死体の再利用が出来て一石二鳥であろう?」


「いや、まぁ……別にいいんだけど……グロいわね……」


 透けているスライムの体の中ではどんどん顔の皮膚がただれて骨が露出してくる。

 そうしていると突然、スライムが分裂して2体になった。


「ふふふ、これで戦力が二倍だ!」


「いや二倍ってスライムがちょっと増えたぐらい変わらないでしょ」


「はぁ? そのスライムに昼間助けられたのは誰だったかなぁ?」


 スライムが増えただけのことでも愉悦そうに眺めるミゲルはスライムを下に見てくるルーに対してイラっとしたようでいやらしい反撃に出る。

 

「誰って……私だけど……」


「俺の中では『スライム>ルーナ』。こういう図式になっている」


「私、まだスライム未満なの!?」


 ミゲルの衝撃的な発言にルーナは不満をもらした。  


「それより計画通りにさっさと働け」


 崩れている箇所はまばらにあるがリリウムが囚われている砦の機能はまだ健在で、入り口は鉄の扉で閉まっていた。

 まずはこれをどうにしかして潜り込まないといけない。

 しかし馬鹿正直に正面から開けてもらえるはずもなく、ミゲルは一計を案じていた。


 ミゲルに言われルーナたちは正面扉の隙間がある箇所の下に落ち葉や枝を敷き詰めていき、そこにかがり火を倒した。

 もくもくと白い煙が上がり徐々にその穴に入っていく。 

 ミゲルが考えたのは煙を出して中の盗賊をいぶり出すというものだった。


 時刻はすでに深夜。見張り以外はほとんどが寝ているはずである。

 悪ーい顔をして煙が入っていくのを確認してからミゲルが扉の前で叫ぶ。


「火事だー! 火が回ってるぞー!」


 何度もリピートしその声が中に響いて1分ほどすると、ドドドと人の足音が聞こえてきた。


「火事だと!? お前ら外で何をし――」


 豪快に扉が開いて中の盗賊たちが出た瞬間にキカの矢が撃ち込まれる。

 見張りの三人が火遊びでもしてボヤ騒ぎになったと勘違いした彼らは無防備だった。


「な、なんだ手前ぇら!? なんてことをしやがる! 許せねぇ!」


「許せないのはこっちよ! 覚悟しなさい!」


「ぶ、武器を取りに戻れ!」


 ルーナが突っ込み盗賊たちが慌てて踵を返す。

 それを見送ってからミゲルはコソコソと横合いから砦の中に侵入する。

 ほとんどが寝起きで、しかも剣を持って突撃してくるルーナとその後ろで矢を番えるキカ、さらには天井スレスレで突撃してくるサイクロピアバットに注意がいき彼に気付く者はいなかった。


「(本当はこれで窒息死でもさせたかったがそこまでの火を作り出すのは不可能な上、リリウムとやらが死んでも困るからな)」


 砦に侵入したミゲルは入って右手にある階段を発見した。


「(キカの話では地下に牢屋があるらしいがこれだな)」


 キカから砦の地下に牢屋があるのでそこにリリウムがいるだろうと聞いていた。

 それからミゲルは2匹腕に巻き付いているスライムの一匹だけを地面に置く。


『(盗賊が入り口から逃げようとしたら止めろ)』


 このやり取りは召喚したミゲルとモンスターだけが分かる念話のようなものだ。

 ミゲルからの指示にスライムはぷよんと体を震わせ入り口の方へと向かう。

 そうしてから階段を一気に一番下に降りると目の前に鉄扉があった。


「お前も手伝え」


 腕に巻いていたスライムも床に降りて一緒に錆び付いて開きにくいドアを押し始める。


「くっ! ……まさかこんな扉すら満足に開けれんとはな……。あの単細胞シスコン女(ルーナ)には恥ずかしくて見せられん」


 どれだけ偉そうに言ってもやはり体は子供のまま。その事実は元魔王としてのミゲルのプライドが他人に見られることを嫌がった。

 ようやく開けると中は薄暗く、確かに牢屋の施設のようになっていた。

 入って右側が通路と看守たちが座ると前のテーブルと椅子があって、テーブルの上には灯りが点いているランタンがあり、左側が鉄格子の檻が二つほどある。

 

「ランタン?」


 ミゲルがテーブルの上にあるカンテラのようなものを手に取る。

 

「この灯りは火ではないな。魔石が光を放っている? ほーほほー! 今は魔石はこんな使われ方をしているのか! これは面白い使い方だ」


 ベタベタとそのランタンを触り興味深そうに色んな角度から覗き込む。

 光源は透明な水晶石のような魔石と呼ばれるもので、ミゲルの生きていた時代にもあったがこのような使い方をしていなかったため目が釘付けになってしまっていた。


「なるほど。術式が刻まれている。これで魔石からエネルギーを取り出して媒介にし光の要素に変換しているのか。昔は俺も魔石で何か出来ないかと色々研究したものだが素晴らしいな。……はっ! 今はそんなことをしている場合ではなかった」


 今日の赴くままに堪能したミゲルがようやく我に返る。


「リリウムとやらはいるか?」


 ランタンを持って牢屋を照らすが、奥の牢屋には何となく誰かがいた痕跡はあるもののそこには誰もいなかった。


「誰もいない!? どういうことだ? ――なに!?」


 牢の中に誰もいないことを確認したと同時に地下に振動が響きパラパラと天井から小さな砂粒が落ちてくる。


「この振動はなんだ……!? 急いで戻った方が良さそうだな!」


 来た道を引き返し大急ぎで階段を上っていく。

 砦の内外には盗賊たちの死体が散乱しているのが最初に目に入り、さらに外でキカが片膝を突いてルーナは剣を構えながら肩で息をしているような有様があった。

 

「手前ぇら女のくせによくも部下共をやってくれたなぁ! 後悔するほど痛めつけてやれ!」


 砦の外にいるのは盗賊のリーダーらしい。辺りを見回してももはや生き残っているのは彼だけだった。

 しかし多少強そうではあるが、強化されたルーナがいてそんな男一人にやられるはずがないとミゲルは訝しがる。

 その理由はすぐに知れた。

 ルーナたちは二人とも盗賊ではなく闇の中に注意を注いでいたからだ。

 未だ状況が把握できていないミゲルが思考を巡らせていると、闇の中から獰猛そうな唸り声が聞こえてくる。

 

『グルルルルルル!!』


 そして暗闇からのっそりと姿を現したのはミゲルの背丈を超すほどもある真っ黒な毛並みの大きな狼だった。


「あれは……一頭で村ぐらい簡単に滅ぼす『シャドウウルフ』? なぜこんなところに!?」


 それは今の彼女たちでは決して敵わない強敵――『シャドウウルフ』だった。


 ■シャドウウルフ(影狼)

 力:B

 頑丈さ:B

 素早さ:B

 魔力:C


 スキル:畏怖咆哮(プレッシャー・ロア)・影渡り


 魔力の濃い森などに生息し、その強さと群れの統率力から森の狩人として扱われる。

 知能が高く決して無理をせずに獲物を追い詰め、夜であれば格上の敵ですら倒すこともある。


―片腕が使えなくなり引退した元傭兵―


武行スキルを見たことがあるか? 俺はある。ちょうどその頃、この国の北にあるサンフックと小規模な小競り合いがあってそれに参加したんだ。そうさ、あの金に汚い国だよ。そこで出会ったやつは大してでかくもなくそこら辺にいる普通のやつだった。ちょいとひねってやれば簡単に殺せると思ったんだ。しかしそいつは俺のハルバードを軽々と止めたばかりか着ていた俺の鎧ごと打ち返してきやがった。鉄の鎧と俺の腕が一発でおしゃかさ。気を失ったおかげで死んだと勘違いされたみたいで命は助かったけどもう戦場には出られねぇ。ところでよ、そんな憐れな俺にこの一杯分おごってくれよ、なぁ? って逃げんなよ! ここの払い頼むよ! 財布忘れてきちまったんだ!」

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