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2 ソウル・ファミリア

基本は一週間投稿になります。

『ねぇミゲル起きて。あなたの力が必要なの。あなただけが皆を救えるの』


 真っ暗の中、声が聞こえた。

 懐かしく優しい声音だった。

 それはかつて覇を唱えようとした際に共にいた最も親しい仲間の記憶だ。


 その抗えない声にミゲルの瞼が徐々に開いていく。

 

「うるさい……俺は魔王だぞ。好きなだけ寝て何が悪……い? ここは……」


 寝ぼけながら意識が覚めるとそこは木造の見知らぬ家だった。

 見慣れない場所にいることにも驚きながら、その脳裏にはミゲルが復活し3体のモンスターを召喚して盗賊を瞬殺した記憶が思い起こされた。


「そうか、俺はあそこで気を失ったのか……ん?」


 上半身だけ起き上がると、何となく自分の体に違和感を覚える。


「ん? んんん??」


 さらに腕や胸をペタペタを触って確かめると細マッチョだった自分の体がぷにぷにの肌になり、しかも小さくなっていることに気付いた。


「こ、この体は!?」


 全裸の姿でベッドから起き上がるミゲル。

 部屋に申し訳なさ程度にある粗末なテーブルや扉などと見比べると目線が今までよりも明らかに低かった。

 おおよそ140cmほど。

 まさかと思いながら部屋の隅にある桶に張ってある水に自分の姿を映すと――

 

「なんだこれは!? まさか術に失敗した? その代償が――()()()だと?」


 嫌な予感通り、10歳程度の少年の頃に戻っていた。


「馬鹿な俺の秘術は完璧だった! 何ということだ、これではわざわざ転生した意味が……くそっ! 失態だ!」


 毒づきながらもぐるっと辺りを見回す。

 部屋の中は簡素で家具も必要最低限のものしかなくとても裕福そうには見えなかった。

 部屋の真ん中に置いてあるテーブルが気になったので歩み寄る。

 そこには絵本とメモと服が置かれていた。


『一応、助けてもらったから連れてきたけど悪さしないでよね。服はあげるから見つからないように夜になったらさっさと出て行って』


 メモにはそう記されてあった。


「村? ここは村なのか。しかし俺の居城の近くにそんなものあったか? まぁ直接訊けばいい話か」


 ミゲルが目を瞑ると意識の中にルーナの魂のようなものの位置が見える。

 けれどそれは意外と遠かった。明らかに村の中にいる範囲ではない。


「知覚内ギリギリ? なぜそんなに距離が離れている? 待てよ。まさか……あの愚か者!」


 手早く用意された服に袖を通し、家からミゲルが急いで走って出て行く。

 何人かすれ違う獣人の村人たちから驚いた表情でそれは目撃される。


「ちぃ、この体では追い付くのも一苦労だぞ!!」


 ただし子供の足だ。すばしっこくはあっても体力も速度も大人には負ける程度しか出ない。

 薄っすらと見えている光点の元へと悪態を吐きながらも急いで疾走する。


□ ■ □


『ギャギャギャ!』


 ミゲルが目覚めた村からやや離れた地点の山の中に凶悪そうなゴブリン二体がいた。

 彼らは獲物を見つけたとばかりに涎を垂らしはしゃいでいた。

 それに相対するのはルーナと爬虫類のような尻尾を持つ小さな女の子。

 ルーナが木の棒で必死に間合いを取って振り払おうとしていた。


「やぁ!」


 ルーナが振り切る木の棒はゴブリンがバックステップしたことにより空振る。


「きゃあ!」


 その隙にもう一体が少女を襲おうとし、ルーナはすぐに後ろに取って返し追い払う。


「ごめんなさいぃぃ!」


「いいから! 離れないで! (リリウムを助けに行きたかったのにこんなところで!)」


 時間を稼げてはいたが、怯えて足が竦む少女を守りながらでは徐々に追い詰められているようだった。

 

『ギャッギャッ!』


 散々、時間を掛けて体力を奪った。

 そろそろ頃合いかとゴブリンが飛び掛かる。

 

「あっ!」


 そうはさせまいとルーナが少女を庇おうとするが一歩遅れてしまう。

 その瞬間、何かがその傍を通り過ぎた。

 それはそこら辺に落ちているただの木の棒だ。

 くるくると回ってゴブリンの頭に当たる。


『ギャ!』


 ルーナが振り返るとそこには息も絶え絶えのミゲルだった。

 汗まみれで必死に酸素を取り入れようとしている。


「……はぁはぁ……まったく……こんな脆弱な体で……急がせよって……」


「あんた!?」


「このたわけ! スライムでももっと考えて行動するぞ! いいからこっちへ来い!」


 叱られルーナたちがミゲルの方へと移動する。


「なんでここに!?」


「せっかく助けてやった恩を忘れて犬死にしようとしているスライムより馬鹿を叱り付けに来てやったのだ!」


「何が馬鹿よ!」


 ゴブリンたちは新しい援軍にやや警戒の色を濃くするが、それが子供だと知り、しかも内輪もめしていることにすぐに牙を見せて笑う。


「たかがゴブリンが俺を笑うか。いいだろう、身の程を知れ!! <<召喚(サモン) スライム!」


 ■スライム(粘液生物)

 力:F

 頑丈さ:F

 素早さ:F

 魔力:F


 スキル:溶解、増殖


 ぐじゅぐじゅとした粘液生物。

 増えやすく森や山などどこにでもいて死体や糞などを食物とする掃除屋と言われている。

 動きが鈍いので子供でも木の枝があれば核を潰して倒せる。



 ミゲルが手を掲げると魔法陣が地面に描かれ、そこに出現したのはスライム(粘液生物)だった。

 

「え、スライム!?」


 二重の意味で驚いたのはルーナである。

 召喚魔法という神秘を見れた驚きと、出されたのがただのスライムという衝撃。

 ルーナの記憶にはミゲルが恐ろしいモンスターたちを召喚して盗賊を倒したことが薄れいく意識の中、強烈に残っていた。

 だというのに召喚されたのは最弱の子供でも倒せるスライムで拍子抜けもいいところだった。


「モンスターは使いようだ。このように、なっ!」


 そういう反応をされて少しむっとなったミゲルは足元のスライムを掴んでゴブリンに投げ付ける。

 まさかそんなことをされると思わなかったゴブリンの顔にスライムが見事へばりつき、顔を覆い強酸を出すとゴブリンは苦しみ始めた。

 窒息と酸のダブル攻撃だ。


『ギャギャ!!』


 会話している間に残ったゴブリンが仲間をやられたことに怒り襲い掛かろうとしてくる。


「来るわよ!」


「黙ってそこで刮目していろ! 俺が操るモンスターは一味違うというところを見せてやろう!」


 そこにミゲルがパチンと指で音を立てる。

 すると今にもゴブリンを窒息死させているスライムから触手が伸びて、もう一体のゴブリンの足に巻き付いた。


「ふん! しょせんは野良だな。前しか見ておらん」


 それほど力があった訳ではないがふいの攻撃だったので、勢いのままゴブリンが頭から倒れ鈍い音が耳に聞こえてくる。

 そのままゴブリンは動かなくなった。


「ふぅ、ひとまずの危機は去ったか」


 死んでしまったらしいゴブリンを見てミゲルは警戒を解く。

 もう片方もスライムによって窒息死してしまったらしく地面に倒れていた。

 

「ねぇ、スライムってこんなに強かったっけ? 動物とかモンスターの死体を食べてるイメージしかなかったけど」


「モンスターというのはたいてい本能で動いている。しかし召喚したモンスターに俺が指向性を与えれば本来の数倍以上の働きをするのだ。それよりもお前、一人で盗賊のところに行くつもりだったろう?」


「仕方ないじゃない! 村の人たちに迷惑は掛けられないし、リリウムはたった一人の家族なのよ! 見捨てるなんて出来ないわ!」


「ゴブリンすら倒せないのにか?」


「っ!」


 痛いところを突かれて歯を噛み目線が下がるルーナ。


「う、うわぁぁぁぁん!!」


 ルーナが咎められていると少女の方が緊張が解けて泣き出してしまう。

 

「あぁ! プリムごめんね!」


 なだめるルーナの横からミゲルがおもむろに少女に近付いていく。


「大方、そいつがゴブリン共に襲われているところに遭遇して目的も忘れて抵抗していたというところか」


「そうよ、悪い!?」


 感情的になっているルーナを無視してミゲルは少女に近寄る。


「プリムよ泣いてもいい。ただし泣き終わったらこのことではもう泣くな。少しずつでいいから強くなれ。そうすれば俺の軍に入ることも出来るだろう」


「う……。は、はい……」


 ミゲルがプリムの顎に手をやり顔を無理やり上げさせ急接近して見つめ合うことで少女は泣き止む。

 ミゲルの顔は端正でプリムの頬が少し赤くなっていた。


「っていうかそのスライムって召喚したのよね? あの強そうなモンスターたちを出した方が良かったんじゃないの?」


「無理だ」


「え?」


「お前を助けるために魔力枯渇寸前で秘術を使ったせいで俺の魔力源(マナ・ソース)に穴が空いてしまったらしい。この姿もおそらくそのせいだ。今呼び出せるのはこのスライムのみになる!」


「冗談でしょ!?」


 魔力源とは袋で魔力とはその中に入った水のようなもので、自然回復していくはずがそこに穴が空いていていくら経っても魔力が貯まらない。

 ここまで駆け付けながらミゲルは自分の体の異変をそう見抜いていた。


「大真面目な話だ。今の俺は口惜しいことに非常に弱体化してしまっている。力は子供、魔力は端から抜けていく。酒でも飲んで忘れたいぐらいだ」


『ギ……ギギ……ギギィ!!』


 ミゲルが頭を抱える仕草をすると、死んだはずのゴブリンが突然起き上がって牙を剥く。

 

「なっ!?」


 勝手に死んだと思い込んでしまいただの気絶だと気付くのに遅れる。

 しかし、すかさずその頭に矢が刺さった。


『ギャ!』


 脳を貫かれゴブリンは一瞬震えたあと絶命する。

 

「危なかったな」


 ざざざ、と茂みを掻き分けて現れたのは弓と矢筒を持つ狩人風の二十代前半の女性だった。

 綺麗な金髪で目を惹くほどの色白。人間に近いが雰囲気は別のものである。


「キカさん!」


「誰だ?」


「村の自警団のリーダーよ。狩人なの」


「ほう。俺としたことがこいつへの怒りで止めを刺すのを忘れていた。礼を言う」


「ルーナ? ()()()()()()()()()()()()() なぜこんなところにいる?」


「え……あの……」


 魔王と名乗るミゲルは『人間』だった。

 ルーナたちが暮らす村は人間に追いやられた亜人たちが寄り添って出来た村である。

 プリムのような村で生まれ育った子は別として基本的に全員が人間に恨みを持ち嫌悪している。

 ルーナとて人間は嫌いで本当は目覚めた時、ミゲルを見捨てようかとも迷ったが彼女の義理と優しさが勝ち、村には内緒で介抱した。

 なので子供とは言え人間と共にいるところを見られるのはまずかった。


 上手い答えが浮かばずしどろもどろになるルーナ。

 その苦心を全く考慮せずにミゲルが堂々と前に出て宣言する。


「俺の名はミゲル=ワルシュドゴラ! お前らの王【万魔の魔王】だ! ここに帰還した!」


「は?」


「そ、そういう遊びなんです! (ちょっと話をややこしくしないでよ!)」


 ルーナが慌ててミゲルの口を塞ごうとした。

 彼女は未だにミゲルが魔王とは信じていない。

 元の実力は知っていてもそれが本当に300年前の魔王だとは思えなかったし、ましてやミゲルは人間で尊敬する魔王であるはずがないと思い込んでいた。


「ふざけるな! 本当のことを言って何が悪い! 大体なんなのだお前らは? 俺への敬意が足りんぞ! 軍はどうしているのだ?」


「軍?」


「そうだ。魂だけの休眠状態から回復し意識が目覚めた時には居城パンデモニウムはすでにあのように荒れていた。人間共の襲撃を受けしばらく経っているのは想像が付いている。俺が率いた魔軍はどこに再編して駐留しているのかと聞いているのだ」


「それが魔王様の軍のことを言っているなら300年も前に滅ぼされたぞ」


「なに!? でまかせではなかろうな?」


「でまかせも何も魔王様が生きておられたら軍も崩壊しなかったろうし私たちがこんな山奥に隠れて住む必要なんてなかっただろう。残念なことだがな」


 みんな俯いて本当に言っているのだという雰囲気が流れる。


「な……では本当に300年も経ったのか……? 俺の部下たちはもう……」


 その反応から本当に300年も経っていたのだと分かりミゲルはギリっと歯を噛む。

 彼が意識を取り戻したのはつい最近で、おそらくは数か月から数年程度の休眠だとばかり勘違いしていたのだ。

 それが300年であるならばもはや仲間の存命は絶望的だ。人間に殺されたか寿命か。いかなこの世界の長命種族でも300年生きたという例はない。 


「(もはや大義も仲間も復讐する相手もいない。ならばこの二度目の生に一体何の価値があるというのだ……)」


 あまりのショックによろけて片膝を突いて地面と自分の手を見つめる。

 そんなミゲルを見て、この中でルーナだけが彼の元の姿を知っていたのでおずおずと切り出した。


「ねぇ、本当にあなた魔王様のつもりなの? 子供になっちゃったしそれにどう見たって人間よね?」


「魔王という称号は生者を憎しむ魔なる者だから冠するものではない。魔術に精通し千の魔物を操り万の軍勢を指揮したから付けられた号だ」


「だからって……」


「と言ってももはや価値のないものかもしれんがな。クソっ! 復讐する相手すらいないなどとこの空虚な心をどう埋めろというんだ!」


「(いくら助けてくれたって言っても私の先祖が人間を守って戦ったなんてそんな馬鹿な話……)」


 うなだれるミゲルを見てもまだ彼が魔王とはルーナ信じられない様子だった。

 話が終わったタイミングで今度はキカがミゲルとルーナを交互に見ながら語り掛ける。


「すまないが私はまだ状況が理解出来ていない。人間だがルーナたちを助けてくれたのか? ルーナ、説明をしてくれ」


「ええっと……急に暴れ出したりはしないと思うので放っておいても大丈夫じゃないかと……」


 言いながらルーナがはっとする。


「そうだ、こうしている場合じゃない! 急がないと! あっ……」


 パチンとミゲルが指を鳴らすと、慌ててどこかへ行こうとするルーナが突然へたり込んでしまう。


「もう忘れたのか。その直情傾向をどうにかしろ!」


「あ、あんた……今、私に何かした?」


「お前は俺の秘術【魂の契約(ソウル・ファミリア)】にて命を取り留めた。――つまりお前の魂の元となる『魂幹』は俺が握っている」


「? どういうこと?」


「つまり、お前の命は俺のものだ」


 言われてルーナは心臓を握られているかのような錯覚を覚えた。

 どこまで信じていいのかは分からないが実際に今、助からないはずの傷が癒えて不思議な感覚で力が入らなくなったのは事実だ。

 子供の姿では説得力がないが、元の姿や経緯を思い起こすと可能性としてあり得そうだと思えた。 


「やっぱり悪魔じゃない!」


「ふん、こんな姿になってまで助けたお前が命の無駄遣いをするなど許さん。お前はその身と魂が擦り切れるまで俺の手足となって働くのだ!」


「待て待て。話が全然見えないんだが。ルーナはどこへ行く気なんだ?」


 キカが割って入って止める。


「リリウムが盗賊に攫われたんです! 助けに行かないと!」


「何!? それは大変だが一人で行ってどうにかなるものではないだろう? せめて自警団に相談しなさい!」


「でも連れて行かれてけっこう時間が経っています! みんなが集まるのを待つなんて――」


 話していると複数の気配がルーナたちに聞こえて獣耳をピクピクさせる。

 村の方角からやって来たのは他の亜人の村人たちだった。


「おおーい!」


「ちょうどいい。みんな良いタイミングでやって来たな。ルーナ、事情を今説明すればいい」


「そうですね!」


 ルーナの顔に少し明るさが戻る。

 

「みなさん聞いて下さい! リリウムが盗賊たちに攫われたんです! お願いします、力を貸して下さい!」


「リリウムちゃんが? そうか、それは気の毒にな。村の中にも連れて行かれた子がいる。本当に腹が立つ!」


 近くまでやって来た彼らはルーナの話を真剣に聞いてくれて希望が灯った。

 しかしながら次の言葉は彼女にとって耳を疑うものだった。


「じゃあ――」


()()()()()()()


「え? 今なんて?」


 聞き間違えかと思ったほどだ。

 何度も咀嚼しなければ頭に入ってこないほどその台詞をルーナの頭は拒否した。


「今はまだこちらの方が数が多いからあっちも様子見だが、事を構えようとすれば最悪、もっと多くの人間に知れ渡ることにもなる。今は機会を見ている段階なんだ。もういなくなった子らの家族とも話がついている」


 そこにキカが口を挟む。


「待て、私はそんな話は聞いてないぞ?」


「村長からの指示だよキカさん。あなたに知らせたら話がこじれるだろうってね」


「村長からの……」


 自警団のリーダーであるのに自分だけ教えてもらっていなかったことのショックやその意図を考え込んでキカが黙ってしまう。


「私にリリウムを、たった一人の妹を諦めろっていうの!?」


「そうだ。悪いがお前も耐えてくれ」


 村人の取り付く島のない様子にルーナは愕然とする。

 生まれ故郷を人間に襲撃され、そこで両親と生き別れになりずっと二人で生きてきた。

 自分だって本当はまだ親の庇護を受けたいのに、妹と暮らすため朝から晩まで畑仕事を手伝ったり山に食べ物を捜しに行ったりと何年も休みなく働きルーナが頑張れてきたのは、姉として妹だけは守らなければという強い意思があったからだ。

 辛いと思ったことはあっても手放したいと思ったことは一度もない。リリウムの笑顔を見られればそれで満足だった。

 なのにそれが失われてしまう。 

 そうした思いが溢れツーと涙が流れる。


「い、や……。嫌よそんなの……。なんで? あの子は、物心付いてすぐお父さんもお母さんも死んで、ずっと苦労してきた! 本当の幸せなんて知らない! なのになんでこれ以上まだ奪われないといけないっていうの!? そんなの! ……あんまりよ……」


「ルーナ……」


 キカが同情と心配の視線を送る。

 

「俺たちはお前の家からその人間の子供が出て来たのを目撃したから探しに来たんだ。なぜ連れ込んだのかは知らないが村を守るためにその子は一時拘束して村長の指示を仰がせてもらう」


 村人がミゲルを捕まえようと近付いてきてルーナとすれ違う。

 力を貸してもらおうと期待した村人たちは協力してくれず、妹を救うことが出来ないという予感とまた奪われるという忌避感で体が勝手に動いた。


「嫌よ。私は絶対に諦めない! みんなが協力してくれなくったってやるわ! なのにみんなまで勝手に私から奪おうとしないで!!」


 ルーナは涙を瞼に浮かべながらすかさずミゲルの前に立ち手を広げて村人からミゲルをかばおうとする。

 その瞬間、ミゲルの網膜にデジャヴが映った。


『ミゲル、あんただけは死んじゃダメ! 私の代わりにみんなを正しい世界に導いて!』


 それは300年前、ルーナと同じ狐の獣人に同じように手を広げ庇われている光景だった。

 刹那の間だけ呆けたミゲルはこみ上げてくる感情に不敵に笑う。

 

「なぜだろうな。お前とは顔も声も違う。同じなのは種族とその愚かしいまでの頑固さぐらいなものだ。なのに俺の記憶が疼いて仕方がない」


「何を言っているんだ?」


 村人たちがミゲルの台詞に訳が分からず困惑する。

 そもそも今から拘束されるというのに大して狼狽していないのもただの子供ではないのを感じていた。


「ククク……大を守るために小を殺す。為政者としては間違っていない判断だ。だが欲が薄い。しょせんそこ止まりだな」


「お前に! 人間のお前に何が分かる!」


「俺ならば全てを救ってやれると言っているんだ! なぜなら俺こそが――『万魔の魔王』だからだ!」


「黙れ!」


「ダメ!」


 煽られた村人がクワで攻撃し、ルーナが目を瞑りミゲルの前に立ちふさがろうと動いたが――


「あ、あんた!?」


 目を開けるルーナの前に手を出して盾となったのはミゲルだった。

 腕にはクワがかすり血が滲み滴り落ちる。


「勝手に俺を庇おうとするな! それより娘、いやルーナだったな。お前と交わした約束はまだ生きているぞ?」


「約束? ――あっ!?」


『あぁ約束しよう。お前たち姉妹を救ってやる』


 ルーナの脳裏に幽霊の状態でミゲルが話しかけてきた時の言葉が思い起こされた。


「本当に助けてくれるの?」


「無論だ。俺は約束は破らん。それに忘れかけていたことを思い出した」


「それって?」


「聞け! 俺の名は万魔の魔王ミゲル! 俺は今日より再び動き出す! 人間に怯え隠れて暮らす生活は終焉を迎え、これからは亜人でも堂々と生きられる世界を作る! お前たちの父祖が願った悲願を成し遂げるのだ!!」


 亜人たちはみんなあまりに堂々としたそのミゲルの宣言に邪魔することも出来ずに聞き入ってしまう。

 くるりとミゲルはルーナに顔を向ける。


「ただしお前には俺の部下になってもらう。こんな身では満足に表も歩けんからな。それぐらいの協力はしろ」


「分かったわ! 部下でもお世話係でも何でもやってあげるからその代わりに()()()()()()()()()()()! ――え?」


 ルーナの胸が小さく光る。

 それは彼女の意思に呼応しているかのようだった。


「いいだろう。その決意と言葉が魂幹を震わし<<誓いの契約(オース)>>となる! 俺の秘術【魂の契約(ソウル・ファミリア)】第一階梯の解除条件だ。ではここからは俺のターンだ!」


「うわっ!?」


 いつの間にか横にいたスライムからしゅるっと触手が飛び出て村人のクワを奪う。

 クワはミゲルの手に収まり、ミゲルはルーナの瞼の涙を空いている指で掬って舐める。


「ミ、ミゲル?」


 その謎の行動に周りもぎょっとする。


「――数多の英雄譚で乙女の涙は倒れた騎士を立ち上がらせ永遠の呪縛にあった呪いを解く奇跡を見せる。それはなぜか? 乙女の涙には魔力が宿るからだ」


「て、抵抗するなら今度は容赦しないぞ!」


 村人が手を振り上げ今度こそミゲルに攻撃しようとする。

 しかし――。


「ひ、ひぃぃぃ!」


 口を離したミゲルからぞわっとするような禍々しい魔力のオーラのようなものが一気に吹き出し、捕まえようとした村人は恐怖で尻もちを突いて後ずさる。

 、

「300年という時間はこの俺すら寝ぼけさせたようだ。俺はやりたいようにやる! 盗賊から小娘一人助け出すなど造作もないことだ! 道を阻むのなら誰であろうとなぎ倒す!」


 そのオーラと雰囲気に息を呑みにたじろぐ村人たち。


「魔王様のお通りだぞ? (こうべ)を垂れて道を開けろ! くははははは!」


 だが、まだ最後に残った意地で輪にいる村人の何人かはミゲルを通そうとしない。


「い、行かせるか。こ、ここが外に知られるのは困る! どうせ逃げるつもりだろう!」


「盗賊共には歯向かえないのに、たった一人の子供には立ち向かえるのか。見上げた勇気だな?」


 一触即発の空気が流れ、その間を矢とキカの声が駆け抜けた。


「やめろ! ――双方、矛を収めるんだ!」


「キカ!?」


「キカさん!?」


 ルーナと村人たちは異なる思惑で彼女に視線を向ける。 

 

「こんなところでの争いなど意味が無さ過ぎるだろう。喜ぶのは盗賊だけだ。確認するが本当にリリウムたちを助け出す算段があるというのだな?」


「無論だ。俺に任せておけ」


「ならば……リリウムの救出には私が付いていく」


「ほう、話の分かるやつが中にはいるではないか」


「キカさん! しかし!」


 味方が増えてほくそ笑むミゲルだが村人たちはそれだけではまだ納得しない。

 彼らからしても子供とは言え、人間を野放しにしてまた不幸な目に遭わされるのではないかと不安だった。

 それに変にちょっかいを掛けて盗賊を本気にさせるのも具合が悪い。自警団総出で戦えば人数差で負けはしないとは踏んでいたが、どれだけ被害が大きくなるか未知数でもあった。

 彼らは人間に深い恨みを抱いていると同時に心を折られた者も多い。やるにしても備えも心の準備も必要でだからこそ二の足を踏んでいた。


「私が監視に付くと言っているんだ。もしこの子供が逃げようとするなら私が背中から射抜く。失敗しても人間ならここの村人だとは思われないし成功すればそれで良し。お前たちだって進んでリリウムたちを見捨てたいと思っている訳じゃないだろう?」


「それはそうだが……」


 村人たちも別に見殺しにいたい訳じゃない。むしろ仲間意識はある方だ。

 キカはうまくそこを突いた。

 次に彼女はミゲルに顔を向ける。


「すまない、あまり村の者たちを責めないでやってくれ。気持ちでは攫われた娘たちを取り返したいんだ。しかしクワしか持ったことがなく、失敗した場合に報復で皆殺しにされる可能性を恐れている。自警団だって形だけのようなものなんだ」


「かつて精強だった亜人たちも指導者次第ではこんなつまらん腑抜けになったのは残念だが、よかろうお前に免じて今は引いてやる」

 

 そのミゲルの自信満々な物言いにキカ少し微笑を浮かべた。

 

「ミゲルと言ったか、お前はすごいな。さっきの呼びかけには私も少し胸が熱くなった。すでに盗賊共の根城の場所は私が調べ終えている。いい機会だ。今から行けば夜になるだろうが私ならば夜目も利く」


「よかろう。お前も俺の幕下に加えてやる。それとついでにプリムと言ったな、お前もだ。今なら軍の再編が整った後には週休3日の好待遇だ。村で祝宴の準備をしておけ」


 ミゲルが目線を少女に移すと少女は意味は分かっていないだろうがニッコリと笑顔になる。


「ルーナは村に残ってもいいんだぞ?」


「いえ! 私行きます!! 連れて行って下さい!」


 キカがルーナに気遣いを見せるが残った涙を拭いながらハッキリとした口調でルーナはそう言った。

 

「そうか、分かった。ならルーナにはこれを貸そう。だが自衛に使うだけでいい。無理はしなくていいからな」


「ありがとうございます!」


 キカがルーナに腰から外し渡したのは一般的なショートソード。

 剣など握ったこともないルーナだったが妹を助けるために武器は必要だと考えていたのでそれは非常にありがたいものだった。


「(こいつらに恩を売り、再び俺の魔王軍を復活させる。そのための足掛かりとなってもらうか。くっくっく)」


「? 何笑ってるのよ?」 


 ただ正義感に駆られたとかお人好しで魔王など務まるはずもなく、ミゲルが頭の中でこれからのことを算段していると目ざとくルーナに突っ込まれる。


「なんでもない。ふっ、役者は揃ったようだな。さぁ再起した【万魔の魔王】の最初の出陣はネズミのように卑しい盗賊退治だ!」


□ ■ □


 場面変わって埃っぽい石造りの牢の中に、攫われてきたリリウムが俯いて絶望に打ちひしがれていた。

 

「お姉ちゃん……」


 うずくまって床を見るリリウム。

 彼女の目に最後に映ったルーナは自分で剣を腹に突き刺した姿で99%とても助かっているとは思えなかった。しかし同時に死体を見た訳ではなく、それにルーナを守るように出現した悪魔の存在が彼女の脳裏に過る。

 リリウムは呼び出されたモンスターたちは恐ろしかったがミゲルがそれほど怖い存在ではないとおぼろげに直感していた。

 なぜかあれがなんとかしてくれたのではないかという希望的観測が1%の望みを生み出し、辛うじて他にいる女たちよりはマシな状態である。

 

「で? 仲間殺されておちおち戻ってきたってのか?」


「へ、へぇ。それがとんでもない魔法を使うやつだったもんでして……」


 牢の外では盗賊の頭と思われる人物と、リリウムを攫った男がやり取りをしていた。


「ふーん、まぁいい。ガキとは言え好きそうなやつにはそれなりに高値で売れそうだからな。捕まえた他の女たちと一緒に運んでおけ。それに多少魔法が使えようが俺と『あいつ』なら負けるはずがねぇ。問題はここに取り返しに来るかどうかだが……」


 盗賊のリーダーがしゃべりながら牢の中のリリウムを下卑た視線で見つめる。


「さぁてお嬢ちゃん、良いところに連れて行ってやるぜ」


「あ……あ……」


 嫌な予感にリリウムは怯えるしかなかった。

 


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