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13 真夜中の離脱

「なんだなんだ? 一体何の騒ぎなんだ?」


「オークション会場が火事だってよ! それでモンスターとか奴隷とかが逃げ出してるらしいぜ!」


「うわー、じゃあやばくない? 今日はもう帰ろうよ」


 ミゲルたちが早足で通り過ぎると通りの端からそんな話がいくつも耳に入って来る。

 辺りはとっくに日が沈んでいるが彼らの後ろの空は少し朱色が混じっていた。

 まだ火が沈下していないせいだろう。 

 それは街のどこからでも見れて人々の興味を惹き、そのおかげでミゲルたちに気を留める者が少なかったのは幸運であった。 


「すごいことになったわね」


「まぁこれだけ人数がいるなら大火事になるってことはないですわ。それより私たちの身の振り方を考えた方が良いですわね」


 歩きながら後方を振り返るルーナにエルがそう付け加えてからミゲルを見やる。

 オークジョン会場でモンスターを倒しスライムを使ってリリウムの首輪を切った後、彼らは一目散に騒ぎに便乗して逃げ出すことに成功していた。


 集団の先頭はミゲルである。

 とにかくあそこから離れたかった一心だったがだが彼が目的を持って進んでいるのかどうかすら分からず、そろそろそういう相談もしないといけないと考えていた。


「夜は門が開いていない。少なくても朝までどこかに身を隠す場所が必要だろうな」


 ミゲルの言は正しい。

 闇夜の晩に旅をする者もほぼおらず、モンスターという存在が蔓延る世界ではどこの街でも夜は門を閉ざすのが普通だ。

 唯一、城壁で囲えない村や町などはその限りではないがその場合は見張りを多く配置している。

 しかしながら今進んでいる方角は彼らが取った宿とは別の方角だった。

 最初は人が多かったため迂回するのかとも思っていたのに迷いもなく歩を進めるミゲルにエルは疑問を抱いていた。


「あなた、どこか行く宛てがありますの? 宿の方向とは違いますわよね?」


「こんな騒動があったんだ。だったらよそ者がいそうな宿などはすぐに調べられるんじゃないか?」


 そう言われてすぐにでも宿に戻りたかったエルは鼻白む。

 確かに指摘された通り、モンスターや奴隷が逃げ出し火事まで起こした下手人を探すならまずそうしたよそ者がいる宿をあらためるのが普通の考えだろう。

 戦闘に興奮し追われる者としての恐怖でそのあたりの細かいことにまで頭が回らなかった。


「(この子、本当に何者ですの?)」


 なればこそ、まだ年端もいかない見た目のミゲルにそれを看破されたショックは少なくなく、彼に末恐ろしさを肌で感じる。


「(武行まで使える若い亜人の娘が信頼をして、その攫われた妹を助けに街まで来る? まるで絵物語の英雄(ヒーロー)ですわ)」


 エルにとって気になるのはいくら頭が回ろうとも年上の亜人であるルーナからミゲルが全幅の信頼を得ていることであった。

 ここまで一日程度しか一緒にいなくてもそれは分かった。

 それにそれだけでなく武行を使えるということはルーナが一端の冒険者よりも動けて、いつでもミゲルの命を取れる強さを持つということ。

 二人の関係性は知らないまでも普通はあり得ないことであり、奇妙さを強く実感し始めた。


「でも目的地ぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」


「実はとっくに着いているんだがな」


「え? 痛っ」


 通りを曲がろうとした時だった。

 ルーナが誰かにぶつかったのだ。


「す、すみません、そこの街灯が切れてましてよく見えなかったもので――あれ? お二人?」 


 そこにいたのは街の入り口で別れた商人――ベルトルであった。


□ ■ □


「いやホント勘弁して下さいよぉ……」


「明日、街を出るまでだ。そこからは好きにしたらいい。それに迷惑料として今回使わなかった金貨もくれてやる」


「脱走の手助けするのに割が合わないですって!」


「うるさい、俺が決めたことだ。今からは無事に出られることだけを考えろ。でないと分かってるだろうな?」


「ひ、ひどい……」


 ミゲルとベルトルとの一方的な言い争いが終わりベルトルの方が肩を落とした。

 もはやこれ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 その内容とは『脅迫』だった。

 

 ベルトルと再会したミゲルは簡単な事情を説明し、もし捕まったら街の中に入れたのはベルトルという商人のおかげだと白状すると脅したのだ。

 もちろんそれは真実ではないのだが、オークション会場を燃やした犯人たちが口を揃えて言えば彼がどれだけ反論したところで聞く耳を持ってくれないだろう。

 それに旅人や街の住人の中にはミゲルたちがしゃべっているところを目撃した者もいるかもしれない。

 そうなったら何を言おうが共犯者からは免れない。

 ベルトルからすれば親切でミゲルたちを連れて来たのに完全に恩を仇で返された形だ。

 ただミゲルたちがいなければ彼の命があったかどうかは定かではないので、命の恩にしては安いのかもしれないが。


「では私が彼と同室で宜しいのですわね?」


「あぁ、見張りを……ではなくて護衛をしっかり頼んだ」


「お任せですわ。不審なことをしたら精霊たちが黙っていませんから。それよりフォレンのこと頼みましたわよ」


「無論だ」


 自信満々なミゲルの返事を聞いてエルがベルトルの肩を押して彼が宿泊する宿の中へと入っていった。

 エルはベルトルが逃げ出さないようにする見張りである。

 そして残ったメンバーはベルトルの馬車の中で朝まで待つという段取りだった。

 本当はフォレンと一緒に行動したかったエルだが、リリウムやフォレンは亜人という見た目を考慮して馬車組に決められてしまった。

 ルーナとミゲルは一応、何かあった場合のために子供二人と残った。


「さぁ行くぞ」


 四人は宿に隣接している馬車置き場へと向かい、上手く誰にも見つからずに幌の中へと入り込む。

 一日である程度卸せたのか子供三人とルーナ一人ぐらいなら問題なく入れるスペースはあった。


「はぁ、疲れた」


 ルーナが座り込んで足を伸ばすとしみじみと呟く。

 彼女からすれば人間の街に入り込みずっと緊張しっ放しで、そこから一日の間にタイマンではなかったとは言え格上と二連戦もしたのだ。

 かなりの疲労が溜まっているのも無理はない。

 ここまで気丈に振る舞えたのも妹を助けるという意思力と気持ちが溢れていたおかげだ。


「ん? リリウム? ひょっとしてどこか怪我してる?」


 ルーナはオークションを出てからずっと静かなリリウムに声を掛ける。

 フォレンの方もあまり口を開かないがそれはまだこちらを信用し切っていないからだと思っていた。

 しかしリリウムの方はルーナの記憶にある妹とは違いどうにも様子がおかしい。

 挙動不審で手で顔を隠してその指の隙間からミゲルを窺ったり、急に頭を振ったりと赤ちゃんの頃から一緒にいるのに知らない謎の行動であった。


「な、なんでもない……」


「そう? どこか辛かったら言ってね。たぶんこいつが何とかするから」


「はぁ? 俺を使いっ走りと勘違いしてないか? 従僕はお前だ。俺の命令一つで足の裏でも舐めさせることが出来るのだぞ? 気持ち悪くてやらんが」


「どれだけ下に見られてんの!?」


 ルーナは強さを手に入れる代わりにミゲルに絶対服従に近い制約を受けることになった。

 そのことまではまだリリウムに話していないがいずれは打ち明けないといけないことでもある。 


「そ、そんな恐れ多いですぅ!」


 しかし今のやり取りすらほとんど目に入っているのかいないのか、リリウムは顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振り否定するだけだった。


「フォレン君も大丈夫?」


「あ、はい……。その、助けて頂いてありがとうございます。僕、どうしたらいいのか分からなくて……。あのエルアーニャ姉さまのご友人ですか?」


「えーと、今日会ったばかりだから友人とは違うかな。でもエルさんがフォレン君を助けたかったように私たちもこの子を助けたくて協力したの」


「そうでしたか……」


 まだ警戒は完全に解かれている訳ではないようだが少しだけほっとしたように見て取れた。

 それに幼い彼にはモンスターとの戦いやここまでの逃亡など気が気じゃなかったようで、ようやく休めるところに身を寄せられ眠そうに瞼がとろんと落ちてくる。


「ふむ、まぁ今は休息が必要だな。俺も今日は疲れた。言わなくても分かるだろうが、朝までここから出るなよ」


 ミゲルは他の者にはお構いなしにごろんと車内で横になるとそのまま動かなくなった。

 ルーナとリリウムもほどなくして思い思いに体を休め始める。



 それから一時間ほど経っただろうか。

 暗闇の中、すっと立ち上がる影があった。

 それは眠る彼らを起こさないようゆっくりと音を立てずに馬車を出る。

 足を地面に着けるとちょうど雲の合い間から月光が差し顔が照らされた。

 ルーナである。


「ごめんね……」


 馬車の中に向かって僅かに小さな言葉を発すると彼女は街の中へと消えていった。


申し訳ありません。

万魔の魔王に関してはここまでとなります。

ここまでで一章の半分ぐらいで、一章分は更新するつもりだったのですが読んで頂いている方が少な過ぎてこれ以上やってもただの自己満足かなと思いました。



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