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11 強制脱出

「あなたたちもこっちに呼ばれて来たのかしら?」


 そこはオークションで落札した後に落札者に品物を明け渡す部屋だった。

 エルはミゲルたちがリリウムを無事確保できたと思ってそんな言葉を出したがルーナの目は地面に向く。


「まぁその話はあとでな。とりあえず中に入れてもらえるか?」


「え、えぇ……私は構いませんけど……」


 エルが中にいる今までやり取りしていたオークショニアの男性に目線で伺いを立てる。


「お客様のお連れ様ですか? ではまぁ引き渡しもほぼ終わりですし構いません」


 とりあえず許可が降り、その声が警備している男たちにも聞こえ睨まれながらもミゲルは扉をくぐった。

 中はソファや絵画などが置かれ応接室というのがぴったりな部屋だった。

 ただそれなりに広く20畳はある。


「ほう、そっちの目的は完了したようだな」


「ええ、つつがなく。紹介しますわ、『フォレン』ですの」


 さらにエルの横にはミゲルと同じ程度の見た目のエルフの少年がいた。

 まだ少し怯えているものの、助かると分かったからかだいぶ安堵感は漂っている。


「こ、こんにちは……」


 ミゲルたちがエルの仲間なのは察せられても知らない顔だったのでフォレンは警戒するように僅かだけ頭を下げた。

 知らない人間の土地に無理やり連れて来られ何日も孤独を味わっていたのだ、無理もないだろう。


「で、これからどうするのよ?」


 ルーナはやや小声でミゲルだけに聞こえるよう催促した。


 扉は閉めたが中にも入って来た扉の横に武装した警備員がまだ二人控えている。

 落札したのに金を渋ったり逃げたりする者がいるせいであった。

 部屋の中と外を合せて4人いることになる。


「ひょっとしてその扉の奥が出品物などを納めている倉庫か?」


「え? えぇそうですが……?」


 きょろきょろと部屋の中を見渡したミゲルはさらに部屋の奥に扉があるのを見つけた。

 オークショニアはやや怪訝そうに答える。


「(盗難などを防ぐために受け渡し部屋と直接繋がっているとは思っていたが当たりだな。最悪、探さねばならないと思っていたが運が良い)エル、リリウムは落札できなかった」


「えぇ!? それはお気の毒ですわね……」


「悪いが予定変更させてもらう!」


「予定変更? そんなの聞いてないですわよ?」


 オークショニアの男のことは無視してミゲルはそれだけエルに伝えた。

 しかしそんなことを言われても彼女の方も戸惑うしかない。


「ではここからは俺の好きにさせてもらう!」


 言って取り出したのは数枚の魔石。

 それは商人から買った物である。

 それらをミゲルは軽い感じで入ってきた扉に投げつけた。


「え?」


 その行動の意味が分からず護衛たちは固まりながら緩い弧を描き飛んでくる魔石に視線が合わさる。

 そして――爆発が生じた。

 

「ぎゃ――」


 悲鳴は爆音で掻き消される。

 ほぼ一瞬だった。

 瞬きする間に扉は粉砕され、部屋の内外にいた護衛たちはその衝撃により壁に打ち付けられて一発で気を失って倒れた。


「な、なにしてんの!?」


 ミゲルのその凶行にルーナは驚いて口をパクパクとさせる。

 

「こちらが平和的に解決しようとしているのに邪魔したやつが悪い。ここからは強硬手段だ。エルお前にも手伝ってもらうぞ?」


 先ほど魔石を爆発させることしか出来ないと言っていたミゲルだったが今回はわざと爆発させた。

 だが彼女らにとって問題はそんなことではない。


「な、なぜそこまで私が付き合わないといけませんの!? あなたの蛮行に付き合う必要がありませんわ!」


「お前と俺たちが一緒にいたところは見られている。何を言い訳しようとも信じてもらえないだろうよ。この街を抜け出すまで運命共同体だ。はははは、よく働けよ!」


「む、無茶苦茶な……!」


 ミゲルの思惑に絶句するエルであったがそのやり取りの間に、部屋に一人残ったオークショニアの男が逃げ出そうとした。


「ひ、ひぇぇ、だ、誰か助けてくれぇぇ!」


「あ!」


 ある程度、虚を突いた動きだったのだが完全に腰が抜けていて速度が全く出ていない。

 エルは逡巡する。

 このまま男を行かせて身の潔白を証明してくれる証人とさせるか、それとも気絶させた方がいいかを。

 選択肢は多くない。中途半端な立ち位置は破滅を呼ぶ。オークション側かミゲル側のどちらかの味方となるかすぐに即決しなければならなくなってしまった。


「(今のミゲルとの話をきちんと聞いてくれてればいいですが、だからと言ってそれが通用しても私自身の身元などの取り調べはされるでしょうし、そうなれば正体がエルフだというのがバレてしまいますわ)」


 さっきまで目的が達成したと肩の荷を下ろしていたエルは追い詰められていた。


「~~~!! あぁもう! やってられませんわ!」


 苛立ちのままに決断したエルはオークショニアの男の腹を殴り気絶させる。 

 そしてミゲルをしっかりと睨んだ。


「この責任取ってもらいますわよ!!」


「いいだろう。お前も俺の軍に入れてやる」


 それが責任になるのかはともかくミゲルは口角を上げた。

 ここから先、街を逃げ出すまで精霊魔法を操るエルが仲間になるとならないでは大違いである。

 連れのエルフの少年という足手まといは増えたものの、なし崩しで協力させることに成功したのは僥倖であった。

 

「あなたが悪魔か、もしくは本当に魔王に見えてきましたわ」


「誉め言葉として受け取っておこう。ルーナ、お前はそいつらの剣を拾え。そして二人掛かりで入り口を封鎖しろ」


「分かったわ!」


 ミゲルに言われたルーナは護衛が持っていた剣を拾い、部屋のソファをすぐに入り口の前に置き直した。

 それからエルが天井付近を精霊魔法で砕く。

 隙間なくとはいかないまでもガレキが崩れて簡易のバリケードのようになった。


「さて奥の扉も壊してもいいが鍵がどこにあるか知っているか?」


「ここに」


 エルが倒れているオークショニアのポケットから鍵を取り出しミゲルに投げつける。

 すると、バタバタと廊下の奥から乱暴に走る足音が聞こえてきた。


「と、扉が!」


「早くガレキをどかせぇ!」


「おい、しっかりしろ!」


 数メートル先から悲惨な声が漏れてくる。

 時間は稼げても数分といったところだろうか。

 もちろんオークションの護衛だけであればエルとルーナが力を合せれば凌ぎ切れるだろう。

 しかし外に出れば敵は街の兵士たちにまで膨れ上がる。さらに目的は五体満足に街から脱出することだ。

 ここはミゲルに従って奥に行くしかなかった。 


「行くぞ!」


 すでに鍵を開けていたミゲルにルーナたちは頷いて後を追った。

 奥は廊下が続いている。壁には魔道具のランタンが備え付けられているので足元に困ることのない程度の明るさはあった。


「地下か」


 ゆっくりと地面は斜めに降りていた。

 一階は客を入れるための舞台上として目いっぱい使うのならば倉庫として地下を使いたくなるのも分かる話だ。

 曲がり角を何度か曲がりひんやりとした空気を感じながら進むとやがてかなり大きな空間に出た。


「これはなかなか……」


 入ってすぐの場所の端には調度品や絵画、宝石などが棚や木箱に入れられテーブルの上などに保管されていた。  

 まるで宝物庫だ。

 

「うわ、この宝石でか」


「私に似合いそうですわね」


 そういう物を一つも持っていない彼女たちもやはり多少の興味はあるらしい。

 並べられている宝石や装飾品などにルーナたちが目を奪われる。

 

「今は時間が惜しい後にしろ」


 後ろからいつ警備員たちが追い付いて来るかも分からない。

 多少後ろ髪引かれる思いはあれどすぐにその場を後にする。

 さらに進むと区画が変わってきた。


「ひゃっ! ちょっと誰!?」

 

 ルーナが頬を何かに触られすっとんきょうな声を出し、ぬめっとした感触の方向を見る。


『シャー!』


「ひっ!!」


 そこには鉄格子から長い舌を伸ばしていた大蛇がいた。

 全長は軽く4メートル以上はあり太さも人間の腰ほどはある。

 巻き付かれれば人ぐらい楽に潰されそうな体躯だ。


「噛まれるなよ。そいつは『マッドバイソン』。湿地帯や泥沼などに生息して強烈な毒を持つ」


 ■マッドバイソン(沼蛇)

 力:B

 頑丈さ:D

 素早さ:C

 魔力:E


 スキル:毒牙

 

 水気のあるところに潜み獲物を狙う。

 毒牙を受けると肉は腐り骨まで溶かされ丸のみにされる。

 執念深く下手な反撃をすると死ぬまで追いかけてくる。


「そんなのまでいるの!? っていうかじゃあこの檻って全部……!?」


 よくよく見ると周りは檻ばかりで中にはモンスターが押し込められていた。

 幕で覆われていて中になにがいるのか分からないがかなり大きな檻もある。

 マッドバイソン級の大型はいないまでもゴブリン程度のモンスターはいくつもいるのは確認出来た。


「モンスターをも捕まえて売るのか。おぞましいな」


 小走りで通るミゲルたちにそれらの視線が集中する。


「こ、怖いよ」


「大丈夫ですわ。まぁ落ち着かないのは同意ですけど」


 怯えるフォレンの肩に手を添えエルは微笑み和らげようとする。

 外を旅することが多い彼女はモンスターの対処法も知っているため怯えることはないが、その危険さも肌で味わっているので決して油断はしない。

 邪魔されることがないよう左右を警戒しながら走っていた。


「リリウム!」


 やがてまた別の区画に差し掛かる。

 先ほどと同じような檻がいくつもあるが中身が違った。モンスターではなく人間たちである。

 その中に目ざとく妹がいるのをルーナは見つける。


「お姉ちゃん!」


 鉄格子を掴んでリリウムが目いっぱい叫ぶ。

 姉ではない他の者に落札されもう会えないと思いそれまで泣いていたのだろう。目は腫れ瞼は濡れていた。


「お、お前らは!?」


 しかしその前にリリウムを一階の檀上からここまで連れてきたらしい警備員2名が立ち塞がった。


「者共、やれ!」


「やぁ!」


「私、あなたの部下じゃありませんのよ!」


 ミゲルの号令にルーナとエルが素早く反応する。

 特に妹との再会を邪魔されたルーナの意気は強く気合が入っていた。

 

「がっ!」


「ぐっ!」


 いきなり現れた侵入者に対応する方と、捕まれば後が無いルーナたちでは反応に違いがあり過ぎた。

 ほぼ一瞬で片がつき男二人はそのまま床に転がった。

 さらに幸運だったのは片方が檻の鍵を持っていたことだ。


「爆発で無理やりこじ開けるしかないと思っていたが幸運だったな」


 ミゲルは鍵束を拾い扉を開けてやった。


「お姉ちゃん!」


「リリウム!」


 開かれるや否や姉妹は飛び出し深く強く抱き合った。

 離れてから一週間も経っていないがお互いにぞっとするような日々であった。

 それを埋めるかのようにぬくもりと肌を感じ合う。

 もはや乾ききったと思ったリリウムの目からはさらに涙が溢れた。


「あ、あんたらは?」


 リリウムの近くの檻にいる人間の奴隷たちが窺うようにミゲルに声を掛ける。

 ぱっと見、悪どそうな顔付きの人間が多い。おそらくは悪事を働いて送られてきたのだろうと推測された。

  

「お前らを助けにきた」


「ほ、本当か?」


 彼らからすると突然現れたミゲルたちの真意が分からなかったが、それを聞いて一斉に歓声が上がる。

 

「もちろんだ。と言ってもすぐに敵は押し寄せてくる。とりあえずこれを渡すから他の仲間を解放し、あっちに武器などもあったからそれを使え。ついでにモンスターの檻も開けてやればいい。ほどよく混乱するだろうよ」


 ミゲルは指示を出しながら鍵を渡す。


「あ、あぁ……分かった。ここにいてもどうせロクなことがない。一か八かやってみるか!」


「それによ、ここにあるのは値打ちものばっかりだ。持って逃げれば逃亡資金になるんじゃねぇか?」


「私、あっちの宝石が欲しいわ!」


 檻から出て行く人間の奴隷たちは欲望に目をギラつかせてミゲルたちが来た道を戻って行く。。


「(助けにきたって、あの人間たちを助けるのは予定にはないですわよ? それにここから抜け出したとしても……)」


「(ここに残るか否かは自由。俺は何も強制はしていない。チャンスをやっただけだ)」


「(いい性格してますわね)」


 エルがミゲルの耳元で囁き囮と言ってのけてしまうその返答に呆れる。

 他の檻に閉じ込められている人数を合わせると10数人にはなる。

 それらを解放しても全員がこの街から逃げ出せるとは到底思えないし、面倒を見る気はエルにはさらさらなかった。


「お、お前らなぜ檻から出ている!?」

 

 見るとミゲルたちが通過してきた下りの通路から警備員たちがやって来たところだった。

 解放された人間たちもギリギリで商品として置かれていた武器などを取り応戦する構えになっている。


「ん、来たか。俺たちはさらに奥に行くぞ」


「奥?」


 妹との再会の喜びを済ましたルーナが涙ぐみながら訪ねる。


「舞台からお前の妹が連れて来られたということはそこから舞台に逃げられるということだろう? 外へ一直線に逃げるのはさすがに危ない。むしろ客がいたところを突っ切る方が混乱も多くなるし敵が少ないだろうよ」


「あ、そっか」


 倉庫へはいくつもの道が繋がっていた。

 一つはミゲルたちが来た品物を引き取る部屋。

 もう一つは外から馬車などで商品を運ぶ大きな搬入口だ。今はまだ警備員がそこからは来ていないが、外にも何人かいたしやがてそっちからも殺到されるのは予想が付いた。

 そして最後はオークションが行われていた舞台から通じる道である。ここが最も手薄になりやすいとミゲルは言いたいらしい。


「どれがその道か分かるか?」


「あ、はい。あの、あなたは……?」


 舞台への道をミゲルに訊かれるリリウム。

 姉が人間と行動しているということにも不思議であったが、彼女はミゲルに対して何か既視感を感じていて訝しげに尋ねる。


「俺は【万魔の魔王】ミゲル。あの場所で果たせなかった約束を果たすため、お前を助けに来た」


「あ……」


 そこでようやく思い至る。

 よくよく見れば顔立ちも雰囲気も同じである。言われれば納得してしまうだろう。

 しかし彼女はそんなこととは別に強烈にあの時に残った場面を思い出してしまう。

 薄れいく意識の中だったルーナと違い、あの際、リリウムはしっかりとミゲルの復活を目撃していたのだ。

 バッチリと『()()』を。

 途端に頬が朱に染まる。


「どうした? 嬉しくないのか?」


「え……あの……はい……嬉しぃ……です……」


 恥ずかしくて目が合わせられない。

 子供になっていてもミゲルはかなり美形である。

 その大人になった素っ裸を見てしまったショックは大きかった。

 

 その時、ぬっと大きな影がミゲルたちを覆う。


「なっ!?」


 振り向くとそこにいたのは解放された奴隷を大きな顎で咥えたマッドバイソンだった。


「ただ助げでぐれぇ!! あが……が……」


 振り解こうと必死になっていたが急に体がピンと張り詰めたあとに脱力し丸呑みにされる。

 マッドバイソンの強力な毒の効果だ。

 

「あいつら、出していいモンスターの区別も付かんのか!」


 後方の警備員たちと争う人間たちをミゲルが睨む、

 そこはさらにモンスターまで巻き込んでの大乱戦状態になっていた。

 数や練度で劣る彼らが追い詰められて解き放ったのか、乱戦のどさくさに鍵が壊れてしまったのかすらも分からない。 


「『エレメンタル・ウィンド 風槍(ウィンドスピア)』」


 先手必勝とばかりにエルがゴングを鳴らした。

 危険なモンスターだからこそ即座の対処が必要だという彼女の経験則がこの場にいた誰よりも早く体を動かせたのだ。

 しかしマッドバイソンは巨体に似合わず体を揺らし風の槍を躱した。


「(まずいな。相当厄介なやつが出て来てしまった。ならば……)」


 マッドバイソンの強さは環境など一概には計れないものの、砦で苦戦を強いられたシャドウウルフ(ラタ)と同じランクである。

 しかもあれは倒した訳ではなく途中で寝返らせただけ。

 まともに対峙すれば無傷ではいられない。


「エル、天井を崩せ!」


「! わ、分かりましたわ! 『エレメンタル・アース 土槌(アースハンマー)』」


 ぐっとマッドバイソンの目の前の地面から土で出来た円柱がせり出してきた。

 それはマッドバイソンの鼻面を抜け天井に衝突し、どすんと大きな衝撃音と共にパラパラとガレキが頭から盛大に降ってくる。

 ガレキで押し潰すほどのパワーはなかったがマッドバイソンはそれで生じた土煙や破片を嫌って後退した。


「水気を好む魔物だからな。粉塵などは嫌う傾向にある。今のうちに逃げるぞ!」


 ミゲルに言われるまでもなく一同はそのまま一階へと続く道へ目指す。

 通路はマッドバイソンも無理やり通れなくはないほどだったがさすがに詰まってしまうため追って来るのは難しい。

 来た時とは逆で斜面を登り何度か角を折り返しながら走ると舞台上の袖のような場所に出た。


「やった! もうちょっと!」


 難所は抜けたとばかりにルーナが気持ちを漏らす。

 見ると観客席に大勢いた観客は避難誘導をされている最中らしい。

 

「きゃっ!」


 その安堵のつかの間、リリウムが悲鳴を出した。


「お前らが侵入者ですか!」


「お姉ちゃん!」


 タキシードを着た男にリリウムが後ろから羽交い絞めにされる。

 ミゲルたちは誰かは知らないがこのオークション会場の支配人であった。


「リリウム! あっ!?」


 妹を取り返そうとルーナが瞬発する。

 しかし支配人の持っていたステッキから電撃が発射された。

 飛距離はそう長くない。おそらく2メートル以内。

 しかし点ではなく面で放射される電撃は避ける術がなくルーナはまともに受けてふらついた。


「ちっ、もっと近付いていたら黒焦げになっていたのに。まぁいいこの魔道具があればお前ら全員ぐちゃぐちゃにすることも出来るでしょう!」


「その魔道具とやらがすごくてもあなたお一人でなんとかなるとお思い?」


 憤慨する支配人にエルが言ってのける。

 確かに支配人の持つ魔道具は一対一であればかなり強い。

 しかし数人掛かりで四方から襲い掛かればどうしたって無理が生じる。


「お前らこそこの奴隷の首に何が付いているのか忘れてませんか?」

 

「くっ、卑怯な!」


 リリウムの首に付いているのは奴隷の首輪だ。

 所有者の意思でいつでも電撃による体罰を与えられ、それこそ死ぬほどの量を流すことも可能であった。

 

「けっけっけ! さぁ殺したくなければあなたたちも奴隷入りしなさい。なぁに、あなたちを殺すなんてことはしません。なにせ今回の補填をお前らの売値で埋めてもらわないといけませんからねぇ!」 


 リリウムを人質にして支配人は勝ちを確信しほくそ笑む。


「(あぁも密着されればスライムによる魔力波の妨害も無理だな。せめて引きはがせればいいのだが……)」


 無理に突撃してもステッキからの雷もあるし、遠距離もリリウムを盾にされて使えない。

 ミゲルは打つ手を考え始める。

 そこに観客席から轟音とさらに振動が木霊してきた。


「な、なんです!?」


 音は地下からだ。

 何度も叩きつけるかのような激音。

 そして床が崩れ下からマッドバイソンが姿を現した。


「嘘っ!?」


 まさか地面をぶち破ってまで追ってくるとは思わずルーナが声を出す。

 しかしながらマッドバイソンはその巨体を九の字に折り曲げ紫色の血を盛大に吹かしてぐったりと倒れ込んだ。


『キュルルル!』


 下から甲高い唸り声がし、そしてさらに地面が破裂する。

 マッドバイソンは開いた穴に落ち、代わりに出て来たものがいた。

 体躯は四足で背に突起物の付いた甲羅があり、体高こそは馬ほどしかないが横幅は車より大きくマッドバイソン級の大物だ。

 

 ■ジャイアントデザートリザード(大砂蜥蜴)

 力:B

 頑丈さ:B

 素早さ:D

 魔力:E


 スキル:砂ブレス

 

 主に砂漠に住みモンスターや旅人を襲うトカゲ。

 肌が固くさらに甲羅があるため非常に傷つけにくい。

 また歩く速度自体は遅いが発達した尻尾を使って短距離ならジャンプも可能。


「ジャイアントデザートリザードまでいたのか! また厄介なやつが出てきたな!」


 ミゲルは一目でそれが何かを看破する。

 その場にいた彼以外は見たことすらもなく、ミゲルだけがその危険性を理解した。


「強いの?」


「皮膚と甲羅が固く討伐が困難なモンスターだ。ブレスを吐き、発達した尻尾で後方にも隙がない。ついでに甲羅は上級魔法ですらも凌ぎ、スピードが遅い以外は欠点がない。少なくてもさっきのマッドバイソンがあっさりと負けるほどだと思え!」


 ミゲルから言われてルーナは青ざめる。

 さっきのマッドバイソンですら倒せるかどうか分からないといった感じだったのに、それ以上のものが現れてしまったのだ。


「うわぁぁぁぁ! ひぃぃ、た、助け……」


 大砂蜥蜴は手短にまずは周囲にいた逃げ遅れた客に対して大きな口を開ける。

 それはエルに話し掛けて来たあの太った男であった。

 足を怪我していたせいで上手く歩けなかったのだろう。

 一噛みで体の半分を噛まれ捕食される。


「いだいぃぃぃぃ!!」


 ばりぼりと骨が折れ肉に歯が食いちぎられる咀嚼音が響く。

 ニ噛み、三噛みとするうちに男の声は弱弱しくなり手にしていた炎が出る杖は一回も使われることなく地面に転がり、ついには彼は大砂蜥蜴の喉の奥へと消えていった。

 久しぶりの満足する食事だったのか大砂蜥蜴は味わい尽くすように舌で滴る血を舐め一心地する。 

 そのおかげか他の客たちは会場の外へと脱出することに成功していた。

 

『キュルルル!』


 大砂蜥蜴はいつの間にか周りにいた客が消えているのに気付いて爬虫類の目で辺りをキョロキョロと振り返ると、途端に頭が止まり憎々しげに睨む。

 その視線の先にはリリウムを人質に取る支配人が映っていた。

 そして数百キロはありそうな体で劇場の椅子をまるで玩具のように粉砕しながら走り出す。


「わ、私ですかぁ!?」


 支配人はロックオンされたことに悲鳴を上げる。


「ルーナ、止めろ!」


「分かってる! <<ニンブル(加速)>>」


 大砂蜥蜴自体は鈍重である。

 自身の質量に加えさらに重い甲羅まで背負っていて素早く走るのに適していない。

 だからスキルを使ったルーナは観客席の背もたれの上を足場にして簡単に前に割り込めた。

 と言ってもバランス感覚が良い彼女だから出来る曲芸であって普通は難しいのだが。


『キィ!』


 顔を剣で斬られ大砂蜥蜴が小さくのけ反る。

 しかし会心の一撃で斬り付けたのに傷は擦り傷程度のものしか付かなかった。


「嘘でしょ!?」


 ダメージは薄いもののヘイトは買えたらしい。

 大砂蜥蜴はギョロりとルーナへとターゲットを変更した。

 

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