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10 競売スタート

 ルーナがリリウムを攫われここまで追ってやってきたが顔を見なかったのはたった数日だ。

 その程度と思うかもしれない。しかし生まれてからずっと一緒でそこまで離れたことはなかった。

 もしリリウムがいなくなったら親兄弟を失い天涯孤独になり、その喪失感や心配は相当なものであった

 ようやくその姿を目にしてルーナの目に涙が浮かぶ。


「ようやく……!」


 商品として連れて来られたためかリリウムの見た目に目立った傷もなかった。

 思い余って飛び出したい気持ちを抑えるため、前のめりになりながらも自然と手は前の座席を掴む。


「座れ。変な行動をして咎められても知らんぞ」


「わ、分かってるわ」


 足と手を組み冷静にミゲルが注意を促した。

 その程度でどうこうなるとは彼も思ってはいないがここで目的を遂げられなくなっても困る。

 念のためにミゲルは一言だけ言ってルーナを座らせた。


『さぁ、次は狐獣人の娘です。病気などもありません。この通り大人しく愛玩するもよし、壊すも良し、使い道はあなた次第! 金貨10枚からスタートです!』


「11枚!」


「15!」


「なら20だ!」


 可能であれば出来るだけ安くで終わらせたいという気持ちは誰しもあるもので、当たり前のように金額が数枚刻みで徐々に吊り上がっていく。

 ルーナはドキドキと心臓が破裂しそうなほど焦りながら値段を告げる客たちをいちいち睨む。

 彼女の心理からしたらまさしくリリウムを奪還するべく立ちはだかる敵であり仕方のないことだろう。

 そんなハラハラとしている横ですっとミゲルの手が上がった。


「――80だ!」


『は、80!? 一気にきました! 後方の小さなお客様です!』


 観客たちの好機の目線が一挙にミゲルに集まる。

 竦むところかもしれないがミゲルはむしろ胸を反らし顎を上げてそれらを威圧した。


「い、いきなりそんな値段で大丈夫なの!?」


 ルーナからすれば本当は自分が値段を言って妹を奪い返したい。

 だが奴隷という体裁を保ってこのオークション会場に侵入している以上、それは不自然なので諦めてミゲルに任せるつもりだった。

 ここまでいくつもの落札物を眺めていたルーナはオークションに必勝法などはないものの、一足飛びに値段を上げるのがやり方の一つではあるというのも理解はしていたが、さすがに彼の予想を超えた吊り上げ金額に度肝を抜かれる。


「予算内だ。それに相場が50ならこれで決まりだ!」


 相場の1.5倍以上の法外な値段をいきなり出せば周りの客は降りるだろうという、もちろんミゲルなりに考えた必勝手であった。

 彼の予測通り会場中はざわめき他に追従しようとする者はいない。

 さらにその注目のおかげでリリウムの目がミゲルたちを捉えた。


「お、お姉ちゃん!? 生きてくれていたんだ……!」

 

 姉が生きていることも喜ぶことであり、また助けに来てくれたという事実も嬉しいことで、それまでこの世の終わりかというほど暗く俯いていたリリウムの顔が驚きと共にぱぁっと華やぐ。


『さぁ金貨80枚です! 他におられませんか?』


 壇上にいる司会が声を掛け客席を見回す。

 ミゲルのやった戦法はどうしてもリリウムを取りたいという意思表示として彼らに伝わっていて、もし競ってももっと値段が上がることを連想させていた。

 そのため無駄金を使うつもりはないと誰も手を挙げないでいる。

 三度ゆっくりと往復して誰も競り合おうとしないのを確認してから司会が口を開いた。


『ではあちらのお客様で――』


「金貨100枚よ」


 その途中で遮るように艶めかしい声が通った。

 女の声だ。

 司会は一瞬、自分が見落としたのかと慌てたがその人物は一階の客席ではなく二階のVIP席にいた。

  

『え……。か、畏まりました。100枚です!』


 その女性の顔を見て司会はぎょっとなって一瞬固まってから仕事を続ける。

 会場にいた他の客たちも後ろの頭上を見やり同じく目を大きく見開いた。

 なぜなら自分たちが住む街の女領主『シエラ』が入札に参加してきたからだ。


「仕事で遅れてエルフが買えなかったのは残念だったわ。でも代わりに美味しそうな子がいるじゃない」


 シエラは舌なめずりをしてミゲルを見下ろす。


「ミゲル! どうする?」


「ちっ。無論、続けるに決まっている。120枚だ!」


 ミゲルは邪魔をされた腹いせに舌打ちをしてから負けじと金額を上乗せする。

 彼らからすると途中から参加してきた競争相手がこの街の領主というのを知りようがない。だから相手の意図も懐事情なども全く読めずノイズとなって困惑度は高まりながらの競り合いになる。 


『120枚出ました! 120枚です! まさかただの獣人の子供にここまで値段が上がるとは思いませんでした。さぁいかがされますか?』


「140枚よ」


『まさままさか! 140枚です! さぁこの可憐な少女は二階席のお美しい女性か、それとも一階の少年かどちらの手に委ねられることになるのでしょうかー!』


 司会がわざと煽るように言葉を選び、観客たちも湧きながら二人の様子を固唾を呑んで見守ることにシフトしつつあった。

 中にはひょっとしたらリリウムがその価値があるのかと値踏みして参加し直した方が得なのでは? と考える者もいたが、よっぽど欲しいものでもないのにここで『毒婦』であったり『サキュバス』などと揶揄される領主から恨みを買うデメリットの方を取って息をひそめることを選択した。


「ちょ、ちょっとミゲルこのままじゃ……」


 もはやルーナは泣きそうになってくる。

 彼女もまたこんな展開は予想しておらず、これで二人仲良く平和に暮らせる未来へと戻れるかと思ったのにそれがどんどんとか細い道になっていくからだ。


「(なんなんだあの女は……。こいつの妹にそんな価値などないはずだが。それとも別の目的があるのか……? それが分からないと無意味に値段が上がっていくだけだぞ。ええい、考える時間も材料もない!)」


 明らかに相場外な値段で競り落とそうとするシエラの狙いが分からず、さしものミゲルも焦りを覚えられずにはいられなかった。

 しかも睨め上げるとシエラは挑発するかのごとく笑って返してきて苛立ちが募っていく。


『さぁどうでしょう? さすがにここで打ち止めでしょうか? ではカウントダウンを始めさせて頂きます。5、4、3、2……』


 司会がわざとらしくややゆっくり目にカウントを数え始め、ミゲルは意を決して立ち上がり声を出した。


「――200枚だ!」


「な、な、なんとぉーーーーーー!! 200枚が出ましたーーー!! なんということでしょう! 獣人ではこのオークションでは最も最高値が付いたのではないでしょうか!」


 司会が興奮する。

 それに共感するようにミゲルとシエラの競りを見守る側にいた他の観客たちも動揺が伝搬していった。

 会場がさらにざわつき始める。


「ミ、ミゲル!? そんなにお金ないでしょ! ひょっとして金貨の数を数え間違ってたとか?」


「残念ながら予算は150枚までだ。しかしあの状況で10枚足したところで変わらなかっただろう。もし落とせるのならばこれぐらいは値段を上げないと無理だと判断しただけだ」


「嘘でしょ……」


 ルーナが半分以上希望が入った幸運を期待したがやはり現実は甘くない。

 ミゲルならそれでも何か良い考えを出すのかとも思ったがそれも打ち砕かれた。

 確かにミゲルの言う通り、あの場で10枚足したところで引く相手ではないのは窺えたが、無い袖を振ろうとする破滅的な道筋しかないことにルーナは絶句する。


 ミゲルも背水の陣どころか死地に片足を踏み込んでいる状況なのは理解していた。

 これでもし落札出来たとしても支払いはどうするのかなどすぐさま考えなければならない。

 どう転んでもきつい状況で強く歯を噛んだ。


『みなさん、お静かに願い致します! 静粛にお願い致します!』


 ざわざわとしてうるさくなり声が聞こえなくなったので司会が会場を鎮めるため鐘を鳴らして呼びかけた。

 それほどまでに普通はあり得ないことが起こっているということでもある。それに良くも悪くも噂され注目度が高い領主であるシエラがここまで欲する理由はなんなのか、それも興味を惹く理由だ。

 やがて静まり、こほんと咳払いをしてから司会が再開し始める。


『ありがとうございます。さてでは200枚です。二階席のお客様、いかがされますか?』


「ふぅ。なら私は300枚出すわ」


『は?』


「300枚よ。まだ続けるのかしら?」


『さ、300枚が出ましたーーーーーー!!!』


 せっかくクールダウンした会場がまた口々に話す観客や司会の声と熱気に包まれた。

 しかも最後の台詞はミゲルをしっかりと見据えての発言である。

 ミゲルも睨み返すがそれで何かが変わる訳でもない。

 数舜、逡巡する。だが、


「……ここまでだ」


「そんな! ミゲル!?」


 これ以上続けても無駄だと判断したのかミゲルは椅子に腰を下ろし退いた。

 足りないのが金貨50枚程度であればまだ持っている物を売るとか交渉も一縷の望みとて考えられたが、それ以上となるともはや冗談では済まされない。

 それに二階席の女の財力も今の感じであればもっと出してくることも予想が付いた。

 何をどう考えてもここで断念するしかないのである。

 しかしそれは理屈だ。妹をまた目の前でみすみす奪われてしまうルーナからすればそんなもの納得ができない。 

 ミゲルはまだ食い下がろうとするルーナに冷たく首を横に振った。


□ ■ □


「シエラ様、ご落札おめでとうございますです、はい」


「何がおめでとうよ。無駄なお金を使ったわ」


 オークションを見事落札した客には二種類いる。

 自分の欲しいものが手に入った喜びに打ち震える人間と、予算を使い過ぎて苦い顔をしている人間だ。

 どうしても欲しいものであればそれでも喜色を浮かべるものだがシエラはそうではなかったらしい。

 美しい表情がやや不満に歪んでおり、後ろで控えていた支配人は冷や汗を流しながらうろんげに顔色を窺う。


「あの獣人の少女を所望されたのでは?」


「あんなものはどうでもいいのよ。私のお目当てはあっちの男の子よ」


 バルコニーになっているところから身を乗り出して支配人は先ほどまでシエラと競っていたミゲルを見る。


「あぁ、なるほど……」


 言葉には出さなかったがミゲルがシエラ好みするかなりの美形であるのを悟って納得した。

 これまでシエラは少年の奴隷を優先的に買い取ってきた経緯があるからだ。

 もちろんそのあと、少年たちが数週間ともたずに棺桶となって出てくるのも知っていた。


「あの子があの少女を本当に求めているのであれば交渉にやってくるでしょう。あれはそのための餌よ」


「さ、左様ですか……」


 倒錯した感情のために金貨300枚という大金を簡単に使うシエラに対して付いていけない思いが募ったが、オークション支配人としては儲けたという計算が言葉を喉で止めた。

 気分良く帰ってもらうのが彼らオークショニアの仕事であるからだ。


「ねぇ? あの獣人の仕入れ先ってひょっとして南にある山じゃないかしら?」


「は? あ、いえその……それはちょっと……」


 リリウムの仕入れ先を聞かれ支配人はどもる。

 なにせ売買した相手が盗賊だからだ。盗賊は獣人たちだけでなく、当然普通の旅人や商人も襲う。

 シエラの立場からすると排除したい蠅でもあり、そいつらと取引したとはさすがに言えない。


「まぁ別にいいけどね。ただそうなら……。いえどうでもいいわ。とりあえず人を使ってあの子を見張っておいてちょうだい。自分から来るならいいけれど、帰ろうとしたら私が呼んでいると伝えてね」


「か、畏まりました」


 本来はそこまでのサービスは業務にはない。

 しかしながら太客であるシエラに頼まれれば断れず支配人は渋々頷く。


「あの綺麗な顔が苦渋に歪むところが見てみたいわねぇ」


 シエラは足を組み直し舌を出して愉悦そうにその時を想像した。


□ ■ □


「やってくれたなあの女! 魔王に泥を塗るなど許せるはずがない!」


「ちょっとどうするのよ! こんなの……!」


 リリウムは落札され所有権はシエラへと移った。

 オークションはまだ続いているがミゲルは暴発寸前だったルーナを無理やり連れ出し会場を離れ廊下を足早に歩いている。

 ようやく取り戻せると思った矢先の急展開にルーナは落ち着きがない。


「黙って付いて来い」


「ま、まさかあの人に直接話をしてリリウムを取り返すってこと?」


 頭に血が上ったルーナはようやくその選択肢を導き出す。

 会場を飛び出し廊下を歩くのはそれぐらいしか思いつかなかったというのもある。

 ただ可能性はあった。

 お金かもしくはその他か、とにかく金貨300枚に相当して妹の落札者であるシエラが満足する何かを交換に持ち掛ければ奪還は不可能ではないはずだ。

 もしお金なら数か月か数年掛かるか分からないけれど、二度と会えなくなるということはない。

 だからミゲルは急いで会場を出たのだろうと思った。


「そんなことはせん!」


 しかしあっさりとその方策は打ち砕かれる。

 

「で、でも他に方法はないじゃない!」


「最後の目を見ただろう。あれは目的の物を手に入れ達成した目ではない。獲物を追い詰めている時の目だ。おそらくお前の妹が目的ではない。そして俺が直接交渉に赴くことも承知しているだろうよ、そうしたら一体どんな無理難題を押し付けられるか分かったものじゃない」


 直接会話した訳ではないのにミゲルは目を見ただけでそこまで推察した。

 歴戦の勘というやつだろうか。


「だったらどうするのよ!?」


 だとしたら話は最初に戻ってしまう。

 すでにオークションは終わってしまった。交渉しないのであればもう取り戻せない。

 まさか諦めろと言うのでは? そんな考えがルーナの脳裏に過った。


「まだ手はある」


「本当に!?」


「あぁ、だからピーピー喚くな。魔王に逆らったことを後悔させてやるぞ、あの女。くくくくく!」


 鬱憤が貯まり過ぎて逆に自嘲気味に黒いオーラが見え隠れしそうな笑いを漏らしながらミゲルはずんずんと歩いて行く。

 やがて突き当りで止まった。

 正面には扉があって、その手前にはルーナのような革鎧を着て腰に剣を提げている警備員のようなものが二人立っていた。

 彼らはミゲルたちを見つけると前に出て来る。


「お客様、こちらはお席ではありません。お戻り下さい」


 こちらが子供と女だからだろうか、それほどきつい警戒ではないがその扉の奥に進めさせるつもりはないらしく立ち塞がった。

  

「俺はその先に用がある。退け」


 だがミゲルは意に返さず止まらない。


「ここは駄目だって言ってんだろうが!」


「忠告を聞かないと痛い目に遭うぞ。これが最後だ!」


 おそらく元々冒険者や街のごろつきか何かだったのだろう。

 歩みを止めず従わないミゲルに向かって警備員たちは取り繕った顔を捨て素に戻って勧告をする。 


「ちっ、面倒くさい」


 ようやくミゲルは足を止めた。


「ようし、そのまま回れ右して戻れ。今なら道を間違ったってことで咎めはしない」


 警備員たちはほっとしたようで来てはいけない場所に向かったミゲルのことを不問に処すからどこかへ行けと言ってくる。


「ねぇ、この先になにがあるの?」


 困惑しっ放しなのはろくに説明を聞かされていないルーナであった。

 どうやらミゲルの用事はこの扉の奥らしいのだが、あっさりと警備員に止められ、自分がどうしたらいいのか全く分からないでいる。

 妹を取り返すために必要なのであれば素手でも歯向かうつもりはあった。

 しかし男たちを排除した方がいいのか、それとも何もしない方がいいのか判断がつかない


「あら? うるさいと思ったらあなたたち何をしていますの?」


 ミゲルが口を開こうとした瞬間、扉が勝手に開き中から顔を出したのはエルだった。

 なぜここにいるのかきょとんとして不思議そうに顔を傾けている。


「ん? あれ? じゃあここって……」


 何となくその部屋がなんなのかルーナにも分かった。

 

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