1
人々は、絶望した。
世界中に黒い霧が立ち込め、それだけで多くの被害が出た。
家屋は砂となり崩れ、作物は育たず、日の光は弱く、鳥の囀りは消えた。
人々は逃げ惑い、焦燥感に駆られ……逃げられないことがわかると、誰一人として動くものはなかった。
全ては世界の果ての城に住まう魔王のせい。
人々は諸悪の根源と噂される魔王を憎み、それだけでは飽き足らず、ついには互いのことまで憎んだ。
あんなに穏やかで平和だった街は、荒々しく廃れ切ってしまった。
魔王討伐のための騎士団は、誰一人として帰ってきた者はなかったという。
その日から、世界の悪夢は始まった。
**
物音の一つもなく暗い部屋に、蝶番の悲鳴と一筋の柔らかな光が差し込む。
「お早う御座います……って、まだ起きないかぁ……」
そこに横たえられている、総勢60名くらいの人々。彼らが目を覚さないまま、もう1ヶ月も経った。
「早く起きて欲しいのは山々なんだけど……このだだっ広い屋敷に独りぼっちなのも寂しいからね。正直ちょっとだけいて欲しい……とかも思っちゃうよね」
1人のブロンド髪の女に話しかけるように、男が軽口を叩く。
「まあリリスたちがいるけど……彼女は鳥だからさ。偶にはヒトの友達も欲しいくなるだろう?」
どこかで鳥がくしゃみをした。
シルクのしゃなり、という音と共にカーテンが開け放たれ、一気に自然光が降り注ぐ。
「君たちが眠ってしまった原因の”あの光”も気になるし……まあ善は急げ、だよね。色々調べて、絶対に目覚めさせてあげるから」
決意の滲んだ、それでいて何処か物悲しげな声が溢れる。
「じゃあ今日もゆっくりお昼寝してて……飽きたら起きてくれよ?」
先刻と変わらぬ筈の蝶番の悲鳴は、どことなく柔らかに響いた。