全リアリズム人間/断片ロマンチスト
私は、関わりあった全ての人から憎しみの目で見られるだろう愚か者だ。現実から目を逸らさずまっすぐと現実に立ち向かう存在だった愚か者。奇妙な気味悪さを他者に与えるほどの人間。
理解はしている。
でも。
分かっていても直せない。だから私は思うのだ。
どうせなら、そのままで、リアリズムな人間でいようと。後悔しようとも、その性格は変わらないし、何より変わることが不可能だ。
*****
現実主義者、リアリズムな人間――リアリスト、それが私だ。
私は漫画も小説も、創作のありとあらゆる物語が嫌いだった。それらには完璧なリアルがない、私はそうとしか思えず、それらを娯楽と認識できなかった。娯楽というのは休息や安心を与えるものだろう。だけれど、創作というのは人間の創り上げたものだ。齟齬なんて簡単に発生する。さらに、それらの物語には現実味がない。読者たちの感情を昂ぶらせる――それが創作と定義するなら、必然と非現実を押し付けなければいけないことがほとんどだ。私はそれが許せない。だから娯楽だとは感じない。リアリストの私にとって創作は忌々しい対象だ。
「何か考え事? 芽衣ちゃん?」
「……少しだけ上の空してだったのよ、琴音」
放課後の高校の教室。二人だけの空間が残っている。ここには今、誰もいない。普段なら誰かいるかもしれないけれど、今回はたまたま誰もいなかった。それは別に、特別な日だから、というわけでもなく、ただただ、偶然二人きりといった意味合いだ。
「じゃあもしかして私が言ってたこと聞いてなかった?」
「そうね」
「また私の家で勉強しないかって話だよ」
私は彼女と親友ともいえる間柄だ。そして今は受験生。二人で集まって勉強することが多々ある。今は雑談タイムで学校に少しばかり残っていただけだ。
受験生になってからは、毎回、どちらかの家で勉強をする。決まり事のように、ルーティンのように、それが私と彼女の日常だ。
だから今回の彼女の提案はいつも通りの流れ。いつも通り「いいよ」と言いかけた私だったけれど、今日はちょっと迷ってしまう。
「今日は私の家で勉強しない?」
「うん? いいけど、何かあったの?」
私は少し悩む。話していいのかどうか。
――琴音になら、話してもいいか。
「実はね、私のお母さん。ちょっと訳あって寝込んでてね」
「風邪?」
「精神的な病らしいのよね。ストレス相当溜め込んでたらしいのよ」
「ありゃりゃ、そりゃ大変だ」
「それでね、心配だからせめて今日くらいは家に長くいたほうがいいかな……なんて思ってるのだけれど。琴音がいいなら今日は私の家に来てほしい」
「もっちろん! オッケーだよ」
こうして私と琴音は学校を去った。
学校の帰り道。
私と琴音は家まで歩いていた。歩きなのは、学校から距離は近いという理由もあるけれど、隣で琴音と歩きながら、会話しながら帰ることができるという、自転車とは別の利点があるためだ。
リアリストだからこそ、友達との会話は楽しい。これは創作とか関係なく、リアルだからこそ実感できるものだ。現実らしいからこそ、友達関係は素晴らしく、美しく、私はその魅力に溺れる。
しかも。
私と琴音は近しい性格だと思う。だからこそ、二人の会話には普通の人とは別の、特別な感覚がある。近しい性格――つまりリアリスト同士な関係なわけだけれど、それでも私と彼女には当然違いがある。口調だって違うし、容姿だって違う。様々な異なりはあるけれど、本質は近い――そう思ってる。
「にしても、今日の学校だるかったねえ」
琴音は体をくたーんとさせながら話を振ってきた。歩いているのに器用だ。
「そうね。いきなり抜き打ちテストあるし面倒だったわね」
「そーそ。先生はいいよね。抜き打ちテストみたいなのないし、受験期間ってのはないし」
「先生たちにとってみれば、私たちって無限の可能性を秘めてるって考えてるんでしょうね」
先生は先生になりたくてなった人たちばかりだ。だからこそ、生徒に夢を持つ――ロマンを持つ。だけれど、受験期に近づけば嫌でもロマンは捨てざるを得ない。先生たちがどれだけ夢を見ようとも、学力という名の実力と、誤差としか言えない運。結局、受験生は『頑張る』ということをしないと現実としての夢……目標といったほうがいいかもしれないけれど。努力という現実で時間を消費し学力を上げる行為をしなければならない。運で大学に合格するなんてありえない。現実は、全てが運で廻っているほど甘くない。それでも人は夢を見たいと思い、ロマンチストになってしまっている。だから完全完璧なリアリストなんてほとんどいない。
人間はいずれにしても現実を見る。現実を見ざるを得ないなら、リアリズムな人間になれば、精神的苦痛は少なくなる。それが私の考えで、だから私はリアリズムな人間となった。彼女――琴音も同じ考えで、リアリストになったのかもしれない。
そもそも。彼女とは小学生からの面識がある。小学生時代に遊びをきっかけとし、同じ空間にいると心地が良いと思い、今に至る。
――と。そんな戯言に思いを乗せていると私の家が見えてきた。
「どうする? 一回外で待ってたほうがいいかな?」
「……そうしてくれると嬉しいわね」
琴音のことはお母さんも知っているけれど、今の母は危ない状態にある。唐突な状況に驚いて、気が動転しても困るから、先に事情を話すべきだろう。
私は琴音に「玄関前で待ってて」といい、カギを使ってドアを開けた。
お母さんはリビングの奥――その寝室で寝ている。或いは何か遊んで――いやそれはないか。精神的に追い詰められて会社を辞めて初日。遊ぶには精神的にはきつい。働くことのできない罪悪感に苛まれているかもしれない。
リビングに入る。やけに静かだ。寝ているのかもしれない。
私は歩き、リビングの奥の部屋に入るための襖を開けた。
呆然としてしまった。
天井からしめ縄が――しめ縄がお母さんの首を絞めていた。
何が起こっているのか、現実を認知することを否定する――否定したかった――否定なんてできなかった。
否定。できない。否定。できない。否定。できない。否定、できない、否定、できない、否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない否定できない――
「うわああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
何が起きている!? 知りたくない知りたくない覚えたくない――事実を認めたくない。
「あーあ、お母さん自殺しちゃったね」
「――!?」
琴音がどうしているの?
「悲鳴上げた芽衣ちゃんが珍しいからさ、見に来たら確かにこりゃあ大変だね。警察呼んでおこうか?」
「そ、それどころじゃ……!」
「え? 私間違ったこと言ってないと思うけどな。こういうときって警察呼ぶんじゃないの?」
……そうなのかもしれない。だけれど、どうして彼女はこれだけ共感性がないんだ――そう思ったけれど、そうか、琴音はそういう奴だった。
感情に訴えることは全くせず、感情に左右されず、正しいことをしていく。そこに、相手に対する考えなんて、ない。性格が明るく見えているだけで、その中身は空洞であり、リアリズムで構成されている存在だ。感情に訴えても無駄なリアリスト。
でも、それでも、
「ちょっとは感情に浸らせて……」
「いいけど、先に警察は呼んでくよ? 遺書まであるからさすがに殺人事件ではないだろうけど、万が一のことがあったら困るからね」
「…………」
私は今まで彼女を親友だと思っていた。リアリスト同士、リアリズムな存在同士だと思っていた。だけれど、それは――完璧なリアリストは彼女だけだったと気づいてしまった。
彼女は私のお母さんが死んでも全く動じず、まるで見知らぬ誰かが死んだのと変わらないように感情が無かった。
遅れながら、私は完全なリアリズムな人間ではないと確信できてしまう。私は、ある程度だけなら、普通の人間だと、ロマンが好きな人間だったのだと再確認させられた。完全なリアリストではないと悟ってしまった。
きっと彼女とはもう親友同士にはなれない。彼女と同類なんて思わなければよかった。私は彼女が大嫌いだ。
願わくば、彼女に感情が湧き、私の感情を理解し、懺悔し、贖罪として生きてほしい。悲しみと憎しみがごちゃごちゃに混ざり合った中、私はそんな夢のような出来事が起きてほしいと願った。