二話 領域【テリトリー】
狙撃弩から放たれた矢には、爆薬が仕掛けてあった。
ウナギの遠吠えにより、正面を向いたレッドカイザードラゴンの額に、矢は見事にぶち当たる。
ドドンッという爆発音がして、レッドカイザードドラゴンの動きが……
止まらなかった。
レッドカイザードラゴンは、軽く頭を振っただけで、それがどうしたと言わんばかりに、真っ直ぐこちらに突進してくる。
まったくダメージがない。
だが計算通りだ。
「ウナギっ」
「わうっ」
狙撃弩を放り出して、ウナギと共に駆け出した。
レッドカイザードラゴンが、初めて自分の縄張りから出て、俺達を追走する。
転がるように木々の間を走り抜け、レッドカイザードラゴンから逃げていく。
これまで相手にしなかった俺達をようやく敵と見なしてくれた。
思わず、笑みがこぼれる。
ようこそ、レッドカイザードラゴン。俺達の領域へ。
異世界の攻略本には、どんなに強い魔物も1時間の時間制限のうちに倒さなければならない、と書かれてあった。
命がけの狩猟に、自らそんな制約を課す異世界の住人には恐れ入る。
だが、ここではそんな時間制限など存在しない。
何ヶ月かかろうが何年かかろうが、最終的に倒せればそれでいいのだ。
俺はこの一か月、レッドカイザードラゴンの巣のまわりにいくつもの罠を仕掛けていた。
追走していたレッドカイザードラゴンの姿が突然見えなくなる。
枯れた木の枝でカムフラージュしていた地面が陥没し、巨大なクレーターが広がっていた。
一ヶ月間前から作っていた落とし穴に、見事にハマる。
すぐに出てこられないように、穴の中には絡まるツタを大量に投入していた。
「ガァアアアアアアァアアアアッ」
落とし穴の中で怒り狂うレッドカイザードラゴンが、咆哮をあげる。
このタイミングだ。
極炎王とあだ名されるレッドカイザードラゴンは、ガソリンのような胃液を体内で精製している。
それを吐き出す瞬間に、牙と牙を擦り合わせ火花をあげて、胃液を燃やして吐き出すのだ。
「ウナギっ」
「わふっんっ」
ウナギの首にぶら下げていた小型の樽を奪いとる。
レッドカイザードラゴンの外部は硬い鱗に覆われ、ダメージを与えることはできない。
だが、口の中には守るものは何もないだろう?
カチリッ、とレッドカイザードラゴンが牙を擦り合わせる瞬間に小型の樽をそこに投げ込んだ。
そこには強力な火薬がたっぷりと入っている。
巨大な爆発音と共に、レッドカイザードラゴンの口内が爆ぜた。
レッドカイザードラゴンの怒号と肉が焼ける匂いが広がっていく。
ようやく穴から這い出してきたレッドカイザードラゴンが、紅い眼光で俺を睨む。
手の平を上に向け、それを二回、クイっクイっと曲げて挑発する。
怒りで完全に我を忘れたレッドカイザードラゴンが、鋭いかぎ爪を振りかぶりながら、俺に襲いかかってきた。
ずぼん、と再びその姿が沈み込む。
落とし穴の前に落とし穴。
攻略本では、同じ罠は同時に仕掛けられないというルールが書かれていたが、俺には関係ない。
俺達の領域には、数えきれないぐらいの罠が仕掛けてある。
穴に落ちたレッドカイザードラゴンを見下ろし、武器を構える。
特注で作って貰った鉄の大剣を、竜殺しと俺が勝手に名付けていた。
「ここに連れ込んだ時点で勝負はついていたんだよ」
「わふっわふっわっふん」
爆発により、内部が剥き出しになったレッドカイザードラゴンの頭部目掛けて、大剣竜殺しを振り下ろす。
恐らく初めてだろう。
レッドカイザードラゴンが、人間を見て、悲鳴をあげた。