一話 大丈夫、異世界の攻略本だよ
攻略通りだった。
この一ヶ月間の戦い。
すべては、『攻略本』の通りに進んでいる。
最初、ヤツにとっての俺は、周りを彷徨く、鬱陶しいハエくらいにしか思われていなかっただろう。
だが、今は違う。
毎日、毎日、睡眠を妨害し、仕上げに貯蓄していた食料を全部燃やしてきた。
ヤツは烈火の如く怒り狂い、落雷のような咆哮をあげている。
「いくぞ、ウナギ」
足元にいる黒いダックスフンド、ウナギに声をかける。
「わぅ」
ウナギが静かに頷き、伏せをした。
短足なウナギが伏せをすると、地面に同化したように平べったくなる。
まだ駆け出しハンターの頃、パートナーとなる狩猟犬を探しにペットショップに向かった。
あの時、店員が言った言葉は今も覚えている。
「狩猟犬なら、断然、ダックスフンドがオススメです。勇敢で好奇心旺盛なこの犬種は、どこまでも獲物を追いかけていくでしょう」
まだ面長でなかった顔で、真っ直ぐ俺を見つめてくる幼いウナギを、パートナーとして迎え入れた。
後に、ダックスフンドが異世界産で、「アナグマ犬」という意味を持ち、巣穴にいるアナグマを狩る狩猟犬として、胴長短足に改良された犬ということを知る。
まあ、店員が悪いわけではない。
駆け出しハンターだった頃の俺は、せいぜいアナグマのような小動物を狩猟する小物と思われても仕方がなかった。
だが、俺がハンターとなったのは、アナグマを狩る為ではなく、世界最大の獲物を狩猟するためだった。
木の影から双眼鏡を使い、ヤツの姿を確認する。
怒り狂い木々を薙ぎ倒しながら、暴れていた。
硬い鱗に覆われた巨大な爬虫類は、その翼を広げて再び大きな咆哮をあげる。
その口から燃え盛る炎が噴出し、辺り一面が業火に包まれた。
「いい具合に怒ってるな」
「わふっ」
レッドカイザードラゴン。
極炎王とも呼ばれるその火龍は、ドラゴンの中でも飛び抜けて凶暴で力が強く、SSS級に指定されていた。
凄腕ハンター達が数十人がかりでようやく討伐できるといわれている。
ソロで挑んだ無謀なハンターは恐らく俺が初めてだろう。
鞄から『攻略本』を取り出して、もう一度確認する。
1000ページを超えるその本はまるで辞書のように分厚く重い。
ウナギと同じ、こことは違う異世界からの漂流物。
書かれている言葉は、難解だが、何年もかけて独自に解釈できるようになった。
この世界とは生態系が違うのか、まったく同じ生物は存在しない。
しかし、非常によく似たドラゴンの攻略法は書かれてあった。
罠を張り、住処を襲撃し、深追いせず、時間をかけてじわじわと体力を削っていくように記載されている。
さらに、ドラゴンの弱点や肉質が弱いところまで、写真付きで事細かく載っていた。
『大丈夫、異世界の攻略本だよ』
本の帯に書いてあるその言葉には絶対の自信と信頼があった。
「さぁ、仕上げだ、ウナギ」
背負っていた狙撃弩を構える。
「ワオォオオオオォオォーーンッ!!」
これまで決して吠えなかったウナギが大きな遠吠えをあげた。
レッドカイザードラゴンがこちらに気づいて、正面を向く。標準は額のど真ん中にピタリと収まった。
今日ですべてを終わらせる。
ドドンッ、という爆発音と共に、最終攻略が始まった。




