表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カミサマと一緒 その5  作者: シベリウスP
1/1

第17幕 金で買う無粋者、力で買う慮外者

前回からだいぶ間が空きました。

雹さんが鉄砲で撃たれて川に落ちたままじゃ可哀想なので、書けている第17幕だけでもとりあえず投稿しますね。

幕前 基本的に幕前は面白くないから読み飛ばしてもいいが後悔するぞ【第5巻用】


 時は近未来――世界は一国家となり、なんと全世界を日本が統一していた。日本の世界統一はその精神性にあった。曰く……武士道。

 しかし、その実は、世界的大企業であるマウント・フィフス社と手を握り、その『企業傘下の国政運営』によってもたらされた、パックス・ジャポニカであった。

 その日本では、西暦2080年を過ぎたころから、内乱に勝利を収め、国政の実権を手中にした官僚派が、荒れ果てた『東京』を捨てて、『新東京』に首都を移転し、そこで日本の政治をほしいままにしているのである。

 一方、敗れたサムライ派は、『東京』や地方都市で細々と活動を続け、政権奪取を狙っている。

 官僚派は警察機構や軍隊を牛耳っているが、一方のサムライ派も大きな幹をいくつか持ちながら、私設武闘集団を組織してゲリラ活動やテロ活動(「官僚派」の言い分。「サムライ派」は「聖戦」と呼んでいる)を行っていた。

 この物語は、そのような激動の時代を熱く生きた人間たちの物語である――――。

 え? 時代背景がイマイチわからない? 4巻にも載せてたんですけどぉ~?。

 じゃあ、年表を掲載しとくから、きちっと読んで理解してくれたまえ。

 (略年表)

 2063年(永生元年)…「官僚派」が日本国首相として永山鉄山(42)を擁立。永山は世界的経済界の雄・マウント・フィフス社の日本支局長だったため、日本の社会的機構に大改革を行った。その『聖域なき規制緩和』により、日本の経済界(と言ってもほぼ中小企業だけだったが……)は大打撃を受ける。

 2064年(永生2年)…「サムライ派」の重鎮・宮辺貞蔵(44)が「新精神政策論」を発表し、政権を非難する。永山政権は宮辺を弾圧。宮辺は郷里の肥後に逃れる。

 2065年(永生3年)…肥後の「サムライ派」の雄・宮﨑八郎眞郷(30)が、「岱山郷塾」を開講する。

 2070年(永生8年)…永山鉄山首相が暗殺される(享年49。この暗殺は、永山に利用価値を見いだせなくなったマウント・フィフス社の陰謀であった)。マウント・フィフス社と組んだ軍需相の小田信名(27)がクーデターを起こし、軍事政権樹立。信名は永山首相暗殺実行犯として宮﨑眞郷を投獄、処刑する(眞郷の享年35)。

 2071年(永生9年=明示元年)…4月6日、宮﨑眞郷門下生が小田政権に反旗を翻す(永生・明示の乱勃発)。サムライ派の主な人物として、武田春信(31)、上杉剣心(25)、毛利元成(33)、伊達正昌(22)、西郷大盛(35)らがいる。12月改元。

 2077年(明示7年)…3月、八神主税(20)を局長、鳴神雹(20)を副長、犬神主計(20)を参謀として、200人の兵力で『協同隊』が旗揚げする。『協同隊』は、当初、武田春信の甲州軍に属して東京の制圧を狙い、新政府軍と戦う。

 2078年(明示8年)…5月、武田春信戦死(享年38)。10月、毛利元成病死(享年41)。

 2079年(明示9年)…8月、後世に残る『サムライ派』最後の大勝利である『利根川の合戦』が起こる。サムライ派は上杉剣心(33)を大将とした約3万人、官僚派は陸軍中将・第1師団長である佐久間信守を大将とする約2万人。この戦いに『協同隊』(隊士300人)も参加し、特に副長・鳴神雹(22)はその鉄の軍紀から“鬼の副長”、その華麗で凄絶な戦いぶりから“双刀鬼”の異名をとり、一躍サムライ派の伝説となる。

 2080年(明示10年)…3月、上杉剣心死去(享年34)。5月、最大の決戦である『東京の戦い』でサムライ派が完膚なきまでの敗北を喫する。サムライ派は西郷大盛(44)を大将に、中村半太郎(34)、篠原主幹(33)、村田新吾(32)、別府晋作(30)、永山一郎(31)、池上弥四郎(30)の6個連隊・約2万人。これに鳴神雹(23)たちが属した『協同隊』(隊長・八神主税、参謀・犬神主計、副長・鳴神雹=“双刀鬼”)500人などを含めて2万5000人。

 官僚派は陸軍中将・第1師団長である柴田束家を大将とし、第2師団長・明智光正、第3師団長・橋場秀吉、第4師団長・庭秀長、第5師団長・竹川一益、第6師団長・前田俊英の計14万人。西郷は自刃、中村と篠原、永山、池上は戦死。村田と別府は行方不明。『協同隊』も、八神主税はじめ雹の親しい友人たちが戦死する(八神の戦死は未確認)。

 2083年(明示13年)…この物語のスタートです。

【登場人物紹介】

鳴神 なるかみ・ひょう…東京都十二支町龍崩区2丁目15番地にある『鳴神神社』の神主にして、何でも屋である『頼まれ屋』を経営している。トレード・マークは大小の木刀。金髪赤眼でいつもはずぼらでダメ男だが、やる時はやる男。天才的な二天一流を使う『真のサムライ』である。

佐藤清正さとう・きよまさ…肥後から新政府の官吏になるために上京してきた16歳の少年。龍崩区1丁目に姉とともに二人暮らしをしている。二天一流の免許保持者で『頼まれ屋』の従業員。ツッコミ役とナレーターを勤める、“気配り草食系少年”。パソコンオタクのゲーマーでもある。

雨宮 あまみや・みぞれ…風魔忍群の末裔で、一家離散の憂き目にあった14歳の少女。茶髪碧眼のツインテールに、大阪弁でしゃべる可愛い子。身が軽く、忍術の腕も確かな『頼まれ屋』の従業員。KY気味で食い意地が張っているが、雹を兄と慕い、現在『頼まれ屋』に同居中。

佐藤 誾(さとう・ぎん  )…清正の姉で、文武両道、家事万端お任せのエキセントリックな性格の美人。肩までの黒髪で清楚な雰囲気を持っている。今年20歳だが嫁に行かずに弟の面倒を見ている。現在、寺子屋の訓導として勤めている。心に決めた人がいるが、それは雹のことなのか?

中西 なかにし・こと …陸軍大尉で武装警察『真徴組』の紅一点。剣の腕は大したもので、女性ながら新徴組6番組の肝煎を勤めるほど。だが、酒癖が悪いのが珠にきず。雹に惚れてしまったかもしれないドM娘。

玉城織部たまき・おりべ …陸軍少佐で武装警察『真徴組』最強の剣士。べらんめぇ口調でしゃべり、スティンガー地対空ミサイルを愛用する。ドSで、頭取の俣野とは犬猿の仲。松平総括のためには水火を辞さない『俺、いい子』。


 では、第17幕、張り切って行ってみよう!


第17幕 金で買う無粋者、力で買う慮外者


 “吉原仙厓境”――それは、この世の憂さの捨て所……脂粉さざめく女たちと、夜も眠らぬ街の光、そう、男たちはその光に誘われた蛾のように、一夜の快楽のためにその身まで焦がすのだ。

 吉原の町の中心にある惣名主の大楼――その最上階に位置する惣名主の座敷で、一人の男が町を見下ろしながら酒を飲んでいた。

 男は、筋骨たくましく、見上げるほどの背丈がある。亜麻色の髪の毛をオールバックにし、冷え冷えとした青い目は鋭い光を放っている。男はゆったりとした白い絹のズボンを穿き、素肌に絹の黒いガウンをゆったりとまとっていた。

 ゆっくりと酒を飲んでいたその男は、何を感じたのか盃を置くと後ろに置いていた長大な剣をひざ元に引き寄せる。その時、襖の向こうから若い男の声がした。

「お館様、『青鞜』の不知火から報告です。『天照あまてる』様に会いに来たという怪しい素浪人は始末したとのことでした」

「そうか……『天照』に懸想するほどのたわけ者だ。死体は斬り刻んで犬の餌にしてやるといい……。それから『月輪がちりん』はまだ見つからぬか?」

 お館と言われた男がそう聞くと、報告してきた若い男は、頭を廊下にこすり付けるようにして言う。

「はい、鋭意捜索していますが、いまだに行方が知れないとのことです」

「足抜けの捜索を主とする『門番組』が、ぐずぐずと何をしているのだ。急ぎ探し出し、『月輪』をわが前に引きずり出せ!」

「はっ!」

「……華はあくまでもわしの手で手折られるのを拒んでいるようだな……」

 男は低い声でつぶやくと、こもった笑いをたてる。この男が、現在の吉原惣名主でマウント・フィフス社取締役のアーノルド・シュランツェネッガーであった。

 アーノルドは、何本目かの銚子を空にすると、ゆっくりと盃を盆の上に置く。酒に映った自分の顔を見て、ニヤリとする。

「もう少しすれば、『ブラックベレー』に話をしてみてもいいな……」

 アーノルドは、戦いの中で育った。自分に戦いの才能を見出させてくれたフランス外人部隊、自分の力を思いっきり試すことができたグ○イル傭兵団、そして、自らの青春を捧げた特殊部隊『ブラックベレー』……思えば彼は、戦いの中で生き、大切な仲間や大切な何かを失ってきた。

「……失った分は、この手で取り戻さねばならん……今は俺にとって、天下を手に入れることが、自分自身を表現する唯一の方法だ……」

 吉原を手に入れ、年間数兆円という財力を我が物とした。『天照』という女もこの手に入れた……いや、『天照』のことを思うたびに、アーノルドは心の隅でいらだちを感じていた。財力、権力……この世で最も強力なこの二つを手に入れた上は、何事も思いのままになると信じていた……だが……。

「『天照』……あの吉原の誇り高き華……心の底から俺を愛していると言わせたい……しかし、そうしようとすればするほど心が離れていくのはなぜだ?」

 『天照』の心が、アーノルドにとって唯一至高の“獲物”だった。しかし、意のままにならぬものがある……そのこと自体が、アーノルドの気持ちを苛立たせるのだ。

「こんなときは、呑むに限る……」

 アーノルドはそうつぶやきながら、また酒をあおった。

     ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

「離せ! 離さんかい! 雹ちゃんをよくもやったなこのアバズレ女!」

 僕たち、『頼まれ屋』の三人――マスターの鳴神雹さん、紅一点の14歳・雨宮霙ちゃん、そして僕、佐藤清正――は、『真徴組』に助けられた吉原の右鳳太夫・月輪さんの願いをかなえるため、この吉原にやって来た。

 しかし――

「こりゃいけねェや。霙、清正、一時撤退だ。大門まで逃げろ!」

 橋の上で雹さんがそう言った時、

 ドキュ――――ン!

 鋭い鉄砲の音が響き、雹さんの土手っ腹に小さな赤い花が咲いた。

 雹さんはぼんやりと自分の腹に咲いた赤い花を見ていたが、そのまま欄干を越えて川へと落下し、大きな水しぶきを上げた。

 ――雹さんは、門番組の頭・狛犬の長治が放った銃弾に当たり、川に転落、そのまま行方が分からなくなってしまったのだった。

 そして僕たちは、吉原自警団である『青鞜』の首領・不知火に、その本拠である揚屋の2階にある座敷牢に放り込まれたのである。

「キヨマサ、悠長に今までのあらすじを説明しとる場合やないで!? お前もこの女に何か言うたらんかい!」

「霙ちゃん、落ち着いて。じたばたしても始まらない。それより、僕たちをどうするつもりですか?」

 僕が、目の前でゆっくりとタバコを吸う女の人――不知火に聞くと、不知火はタバコの灰を灰皿に入れて、ゆっくりと言った。

「坊ちゃん嬢ちゃんは、この吉原に入ることを禁じられておる。定めしぬしたちはあの金髪の男に連れられてここに来たんじゃろう?」

「雹さんは、月輪さんに頼まれて、吉原の自由を取り戻すと約束したんです。あなたたちだって、今のアーノルドのやり方をもろ手を挙げて歓迎しているわけじゃないんでしょう? どうして雹さんを撃ったりしたんですか!?」

 僕が言うと、不知火は片頬をゆがませて言う。

「わっちは、別にアーノルドのために働いているんやおへん。わっちは……いえ、『青鞜』は、天照様や月輪様を守るためにある組織どす。今回の件も、ご自分に会いに来た言うあの金髪侍のことをお聞きになられた天照様が、何とか穏便に済ませよとおっしゃったゆえ、あのような手を取らしていただいたに過ぎん」

「穏便!? エンピール銃で土手っ腹に花を咲かせるのが穏便ですか!?」

 僕がそう叫んだ時、

「いや~、ひどい目に遭った。さすがに秋も深いこの頃に、川遊びするとは思っていなかったぜ」

 そう言いながら、雹さんが長治に連れられて2階へと上がってきた。

「雹さん!?」「雹ちゃん!?」

 僕と霙ちゃんは同時に声をあげた。雹さんが生きていた! そんな僕らの顔を見て、不知火さんは座敷牢の鍵を開け、言ってくれた。

「この男を川から引き揚げたら、ぬしたちのところに連れてくると言うたじゃろう? さ、そこから出なんし。そして金髪侍はん、ぬしにはとっくりと聞きたいことがありんす。この子らと共に向こうの座敷に来ておくんなまし?」

「おお、こちらとしてもあんたとはしっぽりと話をしたいと思っていたんだ」

 雹さんが言うと、不知火さんは顔を赤らめてつっけんどんに言う。

「とっくりと……じゃろう? 先にも言うたが、わっちは『青鞜』の首領じゃ。残念だがわっちは女を捨てた。ぬしとそんなことをしている暇はない」

「そんな寂しいこと言うなよ? せっかく美人なのに残念だぜ?」

「ぬし……変わっておるな? 戦いの最中に敵に色目を使ったり、わっちがどんな女かよく分からんのにそう言う事に誘ったり……命がいくつあっても足りんぞ?」

 不知火さんが言うと、雹さんはニコニコしながら言った。

「俺もそう思うよ。でもな? あんたはいい女だ。俺の股間センサーが反応しているんだから、間違いねェ」

 すると不知火さんは雹さんの股間をちらっと見て、顔を真っ赤にして言った。

「そんなセンサーは電源を切りなんし!……まったく、ぬしのような男に吉原の未来を賭ける気になった月輪さまの気がしれぬ」


 僕たちは、宴会の準備が整えられた部屋に入り、与えられた席に座った。座敷の上手には、上座から雹さん、僕、霙ちゃんが座り、下手には上座から長治さん、不知火さんが席を占める。まず、長治さんが話し始めた。

「改めてごあいさつします。私は三代目庄司神左衛門である松永伊織。仮の名は“狛犬の長治”です。門番衆を取り仕切っています。金髪の侍さん、先ほどは失礼しました」

「わっちは不知火凪しらぬい・なぎ。吉原自警団『青鞜』の首領にありんす」

「俺は、十二支町にある『鳴神神社』の神主で、何でも屋の『頼まれ屋』って商売している、鳴神雹ってもんだ。こちらは従業員の佐藤清正と雨宮霙。以後よろしくな」

 三人はそれぞれ盃を目の高さまで上げると乾杯した。僕と霙ちゃんもその真似をする。僕たちのコップにはオロ○ミンCが注がれていた。

「長治さん、さっきは俺に模擬弾を撃ち、しかもわざわざ血のりをばらまいて見せた……こりゃなんか話したいことがあるんだろうって思って、大人しく川ん中に飛び込んだが……アンタの鉄砲、あれはエンピール銃だな? エゲレス製の兵器が吉原にあるのは、やっぱりアーノルドが密輸でもさせているのかい?」

 雹さんが聞くと、長治さんは苦い笑いを浮かべて言う。

「はい。アーノルドはご存じのとおり、傭兵部隊や特殊部隊を転々としていた男。武器商人への渡りも簡単に付けます。最新のゲベール銃も揃える予定でいるようです。ほかに、スティンガーミサイルやバズーカなど、ちょっとした軍隊規模の軍備を整えつつあります」

「そりゃ剣呑だ。『真徴組』以上じゃねェか? 兵隊の方はどうする予定でぇ?」

 雹さんが聞くと、長治さんは

「アーノルドが手塩にかけて育て上げた特殊部隊『ブラックベレー』はご存知ですか?」

 と聞く。雹さんは頭を振った。

「知らねェな……『明示の乱』の時、ちらっと噂は聞いたことはある。けれど、俺ぁそいつらとやりあったことはねェンでね」

 その時、不知火さんがはっと何かに気づいたような顔をして言った。

「雹はん……ぬしはもしや、『協同隊』の副長・鳴神なにがしではないのか? わっちも少し噂を聞いたことがある。『明示の乱』の終わりごろに、天下無双の二天一流を遣う金髪のサムライがいたと。ぬしの太刀筋は二天一流……」

「はっ! そんなすげえ奴と間違えられるってのは光栄だぜ。だがな不知火さん、俺ぁあいにくただの女好きの遊び人だ。買いかぶってもらっちゃ困るぜ」

 雹さんは、不知火さんの言葉をさえぎって笑った。

「それより、アーノルドだ。そいつが吉原を使って武装蜂起をたくらんでいることは間違いねェみたいだな。そいつをどうやって止めるか、そして、どうやって吉原に自由を取り戻すかだ」

 雹さんが言うと、長治さんが

「アーノルドは、元々は『マウント・フィフス社』から送り込まれてきた男。しかし、ここしばらく上納金を送っていません。先月も何度か『マ社』から督促の使者が来たようですが、アーノルドは歯牙にもかけずに追っ払っています。噂では『鬼面夜叉』の連中が『マ社』からアーノルドとの交渉を任されたという話もあります。しかし、アーノルドが倒れても、『鬼面夜叉』の連中が吉原に根を張れば、事態はさらにややこしくなります。それは避けたいのですが……」

 そう言って首をひねる。不知火さんがぽつりとつぶやいた。

「わっちらでアーノルドを倒せば、『マ社』も『鬼面夜叉』も手が出せんのじゃがなぁ……」

「そいつぁ無理だ。アイツはバケモンだ。力も強いし、3尺8寸っちゅう長剣を軽々と使う。さらにアイツには、“発頸”という奥の手もある」

 長治さんが言うと、雹さんが目をきらりと光らせて聞いた。

「“発頸”?」

「ええ、あいつはどこで習い覚えたか知りませんが、“発頸”という技を使います。私も見たことがあります。人の頭を両手ではさんで“発頸”を使えば、脳みそなんかぐちゃぐちゃにされてしまいますし、その力で刀をぶち折ったこともあります。あれを一発でも食らったらアウトですよ」

「さらに言うと、こちらは『天照』さんを人質にとられている形ってことか……やりづらいな。『天照』さんのところに行くことができれば、まだ策はあるかもしれねェが……」

 雹さんがそう言って腕を組む。不知火さんと長治さんも、難しい顔をして黙りこんだ。

     ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

 その頃、吉原の中央にある大楼の最上階、アーノルドの座敷では、アーノルドが数人の男たちと共に酒を酌み交わしていた。

 しかし、それは友好的なものではなく、ピリピリとした雰囲気の中での酒宴だった。

「久しぶりだな、紫電。あのチビ助だったお前が、今や『鬼面夜叉』最強の第7旅団長とは、お前もずいぶんと偉くなったものだな」

 さびのある声でアーノルドが言うと、向かいに座った紫電は、へらへらと笑って言う。

「チビ助とはごあいさつですねェ旦那。僕は今、向かうところ敵なしですよ?」

 それを聞いたアーノルドは、ふふっと笑って言う。

「それは重畳だ。いい部下にも恵まれているみたいだな……強風、お前の団長に、もう少し口のきき方を教えておくがいい。今宵は久しぶりに会った間柄だということで大目に見ておくが、次にそんな口のきき方をしたら、お前たち全員、命はないぞ?」

 それを聞くと、紫電の左隣に座っている第7旅団副司令官の強風が、冷や汗をかきながら言う。

「承知しました。何分、旅団長も今夜は閣下と久しぶりに会えて、とてもご機嫌がよいようですので……ご無礼の段はひらにお許しを」

 それを聞くと、アーノルドは少し機嫌を直し、盃を口に運びながら訊いた。

「で、わざわざその第7旅団長と副司令官と参謀長と副官が、雁首揃えてこのわしに何の用だ?」

「本日は、私たちは『鬼面夜叉』としてではなく、『シャドウ・キャビネット』からの依頼でまかり越しました」

 紫電が何か言おうとするのを押えて、旅団参謀長のれいが静かな声で切り出す。

「『シャドウ・キャビネット』では、吉原の上納金がここしばらく絶えていることにご不満のようでした」

 零が言うと、アーノルドはふふんと鼻で笑って言う。

「そりゃあ、月に500億もの上納金が高すぎるからだ。吉原とて無尽蔵に金を生み出す機械じゃない。これが月に5億くらいなら、絶やさず上納できるってもんだがね?」

「アーノルド閣下が吉原の惣名主になって1年。上納金が上がって来たのは最初の2・3か月だけだとお聞きしていますが?」

 零が重ねて訊くと、アーノルドは少し声を荒くして言う。

「上納金、上納金と、『シャドウ・キャビネット』の連中は金の亡者か!? どこの世界に売り上げの半分もロイヤリティーを払う馬鹿者がいる!? だいたいわしを吉原に送り込んだのは、ハッシュ・グラントではないか! 自分の強欲さと人を見る目のなさを棚に上げて、よくこんな使いを立てられたものだ。わしが気に食わんのならいつでも替わりを送ってくれば良い」

「まあまあ、私たちも閣下とケンカをするためにここに来たわけじゃありませんから」

 旅団副官の烈風がそう言ってとりなすが、アーノルドは笑って言った。

「そうかな? お前たちの団長は、やる気満々のように見えるが?」

「別に、僕はケンカしたいわけじゃありませんよ? 旦那。こいつらの言うとおり、旦那はこの頃、上納金をサボったり、『シャドウ・キャビネット』の爺さんたちの言う事を聞かなかったり、平気で武器を密輸したり、旦那の古巣である『ブラックベレー』とこそこそ連絡を取り合ったりしてますよね?それが『シャドウ・キャビネット』の爺さんたちの癇に障るというか……臆病者たちの猜疑心を刺激しているんですよ」

 紫電は、ニコニコと笑いながら言うと、ゆっくりと酒を飲む。アーノルドは黙ったままだ。紫電はアーノルドに笑いかけて続けた。

「旦那があのくそ爺いたちの言うことを聞かないのは、旦那の勝手ですよ。僕だって金と権力しか見ていない爺いたちのことは嫌いですからね? でも、旦那はもっとでかいことをする人だと思っていましたけどねェ?」

「でかいこととは?」

 アーノルドが油断なく紫電を見つめながら言う。紫電はゆっくりと立ち上がると、窓の外を見つめて言う。

「旦那、ここからは吉原が一望できますね? おんなじように僕は、天下を一望したいもんです。僕は旦那が吉原行きを受けたって聞いた時、少々失望したんですよ。旦那みたいな人が、こんな小さな国の、小さな一角でくすぶっているわけがない。僕はそう思っていましたからね……」

 アーノルドは、くっくっと笑って言った。

「紫電、貴様、わしを焚きつけようとしているな? わしに『シャドウ・キャビネット』への忠誠心があるかないかを調べに来たのであろう?」

 その言い方の何が気に食わなかったのか、紫電はとたんに不機嫌になって言った。

「ふざけるなよジジイ。僕はてめぇが天下を狙うのなら重畳だと言いたかったんだ。僕がてめぇを調べに来ただって? ふん、『天照』などという女に腑抜けたあんたなんか、誰が興味があるかよ?」

 そう言うと紫電は、「団長、落ち着いて!」という部下の言葉も聞かず、ゆっくりとアーノルドの側に行って、

「うまい酒、うまい料理、そして美しい女たち……いやはや、あんたにとってここは理想郷かもしれませんが、僕にとっては生きる屍がうごめく場所にしか見えませんよ? あんたもその屍さ……」

 そう言って笑う。アーノルドはニヤリと笑うと言った。

「これは手厳しいな……わしが屍とはな……。紫電、そなたは生きて吉原を出たくないらしいな」

「凄んだって駄目ですよ? 『天照』などという女にうつつを抜かすエロジジイに、僕が負けるはずがないですから」

 紫電がそう言った瞬間、アーノルドの左ストレートが繰り出された。アーノルドの側で酌をしていた花魁に、運悪くその拳が顔面に当たり、パシッ! という水を叩くような音とともに、花魁の頭部が血煙の中で消し飛んだ。

「ひっ!?」「きゃああ!」

 頭部を失って、おびただしい血を流す花魁の死体が、自分が作り上げた血の池に崩れ落ちる。それを見て、一緒に座敷に出ていた花魁たちが叫び声をあげた。アーノルドは女たちの騒ぎに目もくれず、紫電に言った。

「紫電、貴様は親父の霖雨そっくりだ。そのいけ好かない口ぶりといい、常に強い相手にケンカを吹っ掛けずにはいられない性分といい……だが、青二才の貴様に霖雨を超えられるかな?」

「超えて見せますよ? 僕は親父と違って、何物にもとらわれないから……世界最強の男として君臨して見せますよ……何なら、風魔忍法奥義、“風の平仄”、見せて差し上げましょうか?」

 紫電はそう笑うと、それまでのへらへらとした表情を引き締める。とたんに銀色の瞳が鋭い光を放ち、そしてその姿が消えた。

「!」

 アーノルドは刹那の動きで紫電の居合を避ける。紫電はアーノルドの懐に飛び込み、脇差を突きだしたが、アーノルドはその巨体に似合わぬ敏捷な動きで後ろへ避けると、長いリーチを生かして脇差を拳で叩き折った。

 ヒュウ♪

 紫電が感心したように口笛を吹くと、アーノルドは紫電に向かって右拳を突きだす。その拳を紫電は左腕で払い、右足でアーノルドのあごを蹴り上げた。

「くっ!」

 アーノルドが後ろに跳ばされる。それを見て紫電は必殺のストレートを繰り出す。それと見てアーノルドもカウンターパンチを放った。

「うっ?」「あれっ?」

 アーノルドと紫電は同時にそう言った。二人の間に、争いを止めようと強風が立ちふさがっていたからである。アーノルドの右拳は、強風の頭部を爆砕し、紫電の拳は強風の胸板を貫いていた。

「……強風」「……ちぇっ、このバカ」

 二人はそう言いながら拳を収める。頭部を失った強風の身体は、どさりとぼろ屑のように倒れた。

「アーノルド閣下、それから団長、強風の気持ちに免じて、今回は争いを収めてください。だいたい俺たちゃ、アーノルド閣下を消しに来たんじゃねェ。『シャドウ・キャビネット』としては、閣下の忠誠心が確認できればいいんです。月500億が難しけりゃ、月300億くらいで手を打ってもらえませんか? そしたら俺たちも『シャドウ・キャビネット』に報告ができます」

 烈風がそうアーノルドに言うと、アーノルドはケッとつばを吐き、烈風と零に言った。

「まったく、ひとの都合というものを考えずに好き勝手なことを言ってくる奴らだ。烈風、零、上納金は月100億。それ以上はびた一文出さん! それ以上欲しいなら、『シャドウ・キャビネット』直々に吉原に来て話し合いをするがいい……そう伝えろ」

 そして、アーノルドは、強風の血でぬれた腕を舐めている紫電に、凄味のある顔で言った。

「紫電の小僧、今日は忠義な家来に助けられたな? 次会うときは、少し礼儀というものを身に着けておけ」

 すると紫電は、へらへらした表情で答えた。

「……もう会うことはないかもね? だって、僕、あんたに興味がなくなっちゃったもん。あんたは殺すに値しない……そのままここで朽ちていくがいいさ」

 そして、紫電はぷいっと部屋を出て行き、烈風と零がそれを追って行った。

「ふふ、わしは朽ちはしないさ……」

 アーノルドはニヤリと笑うと、窓の外を見つめて言った。

     ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

 こちらは、『真徴組』の屯所である。『真徴組』のトップである松平准将は、副長である俣野大佐や参謀の石原中佐と黒井中佐らとともに、一通の手紙を難しい顔をして読んでいた。

 手紙にはこう書いてあった。


 前略、真徴組の皆様へ

 私は、先に他界した吉原惣名主である庄司神左衛門の嫡男、松永伊織と申します。

 私たちの吉原に、『シャドウ・キャビネット』から送り込まれてきたアーノルド・シュランツェネッガーについて、良くない噂がありますので、真徴組の皆さまのお力を拝借したく、お手紙を差し上げた次第です。

 シュランツェネッガーは、ご存じのとおり武略に長け、恐るべき戦士でもある男、その男が吉原の財力をほしいままにし、ご禁制の武器弾薬の密輸をはじめ、浪人どもの召し抱え、『ブラックベレー』との協定の締結など、恣意的な施策を行っております。

 当方で独自に調査したところ、右記のことはシュランツェネッガー自身が天下を掌握する準備との確証を得ました。このままでは吉原は言うに及ばず、政府すら転覆させられてしまう事態と憂慮しております。

 加えて、吉原の女たちへの圧政も甚だしく、三代目庄司神左衛門として看過すべからざるものと思料する次第でございます。

 どうぞ、ご照覧を垂れたまい、真徴組の力をもって吉原の自由と平穏を取り戻していただきたく、伏してお願い申し上げます。

草々

 吉原の正統なる惣名主 三代目庄司神左衛門 松永伊織(書判)


「藤、この手紙をどう思う?」

 松平総括が手紙から目を離して言う。俣野頭取は、ポケットからタバコを取り出して、火をつけながら言った。

「俺たち『真徴組』には、吉原の内部について手を出す権限はねェ……しかし、政府転覆の計画がその中で練られているとありゃ、話は別だ。吉原惣名主からの依頼でもある。権兵衛さん、これは出張ってみるべきだと思うがね?」

「しかし頭取、アーノルド・シュランツェネッガーは『シャドウ・キャビネット』が任命した吉原惣名主、その意味では合法的に惣名主に就任した男です。手を入れるにしても、先に証拠を握っておかないと、政府からも見捨てられることになりかねませんぞ?」

 石原参謀がそう言う。黒井参謀もうなずいた。

「石原さんの言う通りです。証拠があれば、たとえ吉原といえども、政府を守るという大義の前には物の数ではありません。しかし、手を入れて証拠を見つけられなかった時は、我々の勇み足として処罰が待っています。我々だけならまだいいですが、酒井次官や小久保内務卿まで連座されるようになったらことですぞ?」

 二人の意見を聞きながら、俣野頭取はふ~っと紫煙を吐き出して何か考えていたが、やがて灰皿でタバコをもみ消すと言った。

「同じような話を、月輪がしていたな」

「月輪は伊織側の人間です。それにいかに吉原最高位の太夫といえど、郭内の状況については詳しくないでしょう」

 石原参謀が言った時、どたどたと廊下を走る音がして、総括室のドアが激しくノックされた。

「すいません、総括、頭取! 大変です!」

「その声は琴だな。うるさいぞ、何の用だ? 入れ」

 俣野大佐が言うと、中西琴が慌ててドアを開け、敬礼しながら言った。

「月輪さんがいなくなりました」

「何っ!? 月輪さんが?」

 松平総括がそう言って立ち上がると、俣野大佐も立ち上がりながら言う。

「探せ、琴! 吉原に戻ったのかもしれねェ。あのまま返したら、間違いなくあの花魁はアーノルドから殺されるぞ」

 その命令を聞いて、琴がバタバタと6番組詰所へと走って行く。その後ろ姿を見ながら、俣野大佐が松平総括に聞いた。

「権兵衛さん、俺が出よう。織部の奴と柏井さんを借りていくが、いいか?」

 すると松平准将は笑って言った。

「琴も連れていけ。吉原惣名主からの依頼もある。手紙の内容が真だと確かめられたら、吉原の内部に突入することも許可する。藤、うまくやれよ?」


 一方、『真徴組』の屯所を抜け出した月輪は、吉原大門前で門衛たちの様子をうかがっていた。花魁独特の島田髷をおろし、着物も町中のリサイクルショップで買った今風の女子スタイルにしているので、そう簡単に見破られはしないという思いはあったが、問題は自分のしゃべり方である。吉原に生まれ、物心ついた時から廓言葉を使っている月輪である、しゃべればすぐに自分だと看破されてしまうであろう……できれば伊織の直属の部下か、不知火の直属の部下に接触することが望ましかったが、残念なことに誰がそうなのか、月輪には判断がつかなかった。

 ――あちき一人で吉原の中に入るのも、妙な話どすし……。

 躊躇している月輪を、一人の門番が見つけて、怪訝そうな顔をして近寄ってきた。

「お姉さん、どうした? 女一人で何をやっている? ははあ、さてはお前の彼氏が居続けているんだな? 痴話げんかは大門前ではしてくれるなよ?」

 そう言って笑う門番に、月輪は少し伏し目がちに言った。

「それはすまんした……金髪の侍はここに来ていませんか?」

「金髪……金髪ねェ……おお、そう言や『天照』様に会いに来たバカな男がいたな。たしかうちの頭に撃たれて川ん中に落ちたが、ありゃアンタの旦那さんかなんかかい?」

 門番は、月輪の顔から見る見るうちに血の気が引いて行くのを見て、そう気の毒そうに訊く。月輪はとりあえずうなずいた。

「そうかい。それじゃ、お六はさっき『青鞜』の揚屋に運び込まれたみてぇだから、俺が連れてってやろう。『青鞜』でも引き取り手がねェお六は始末に困っているだろうからな」

 門番はそう言って右手を意味ありげに差し出した。月輪は廓で育っているだけに、その意味を素早く悟り、なにがしかの金を門番に握らせた。

「じゃ、ついてきな」

 月輪はその男の後を、身体中の神経を張りつめながらついて行った。


 雹さんたちの話し合いは、なかなか結論が出なかった。

 長治さんの話によれば、すでにアーノルドは郭内に『ブラックベレー』の1個中隊100人を呼び入れていて、何か事があればすぐにそいつらが出てくる体制が整っているので、こちらを先に始末すべきだという意見だった。

 対して不知火さんは、『天照』さんが人質に取られているに等しい現状では、『青鞜』の部下たちも戦いづらいと主張し、『天照』さんの奪回を先にすべきだという意見だった。

「……長治さんよ、アンタの部下で、確実な野郎は何人くらいいる?」

 雹さんが聞くと、長治さんはしばらく考えていたが

「門番衆200人中、50人くらいでしょうね。後は日和見です。アーノルドが出てくれば、私と共に命を懸けてくれる奴は10人くらいしかいないでしょう」

 そう答える。雹さんはうなずくと、同じ質問を不知火さんにした。

「『青鞜』の定員は100人どす。けれど、アーノルドと正面切って戦っていいというもんは、恐らくおらんじゃろうな……」

「長治さん、不知火さん、そんなお仲間でも、『天照』さんを守るためなら、一丸となれるのじゃねェか?」

 雹さんが言うと、長治さんも不知火さんもうなずく。それを見て、雹さんは笑って言った。

「じゃ、決まりだ。門番衆も『青鞜』も、俺と一緒にアーノルドのいる大楼に突っ込んでくれ」

「突っ込んでどうするのじゃ? 内からアーノルド、外から『ブラックベレー』に攻められたら、ひとたまりもないぞ?」

 不知火さんが言うと、雹さんはこともなげに答えた。

「アーノルドは俺が相手する。あんたたちは、『天照』さんを見つけて、無事に外に連れて行ってくれればいい」

「バカかアンタ!? 相手はバケモンだぞ!?」

 長治さんが叫ぶと、雹さんは笑って言った。

「ああ。俺ぁ、吉原の華を見に来たんでぇ。手が届かぬところに咲く華が、太陽や月の光を浴びながら絢爛に咲く所を見ながらうまい酒でもやりたくてな? そのためには、お天道さんやお月さんを隠している雲を払わなきゃいけねェだろ?」

「しかし、アーノルドの剣技や体術、そして“発頸”は無敵じゃ。ぬし一人の手には負えぬ。ぬし、死ぬぞ?」

 不知火さんが言うと、雹さんは僕たちを見て言ってくれた。

「誰が一人で相手をすると言った? 俺にはこいつらがついている。こいつらも立派なサムライ、立派な忍者だ。心配しなくていいよ、不知火さん。俺ぁアンタとしっぽりやるまでは、死にゃしねェよ」

 雹さんが笑顔で言うのに、不知火さんは頬を真っ赤にしてそっぽを向いて言う。

「……フン! 口先ばかりの男だとわっちから笑われぬようにしやんせ?」

 すると雹さんは、右手の小指から鎖を伸ばし、金髪に見え隠れしているその赤い瞳を光らせて言った。

「なぁに、いざとなったら、俺にはこの“律する小指の鎖”(ジャッジメントチェーン)という必殺技がある」

「あんたはクラ○カか!? ってか雹さん、また作品違ってますけど!?」

 僕がそう雹さんに突っ込んだ時、『青鞜』の女が一人、不知火さんに慌てた様子で知らせに来た。

「頭、今、『月輪』太夫はんが、門番の男に連れられて、大楼の方に向かってはりますえ!」

 それを聞いて、長治さんも不知火さんも、びっくりした様子で言う。

「姉さんが!? 姉さんには決してここに戻ってくるなと言っておいたはずなのに……」

「月輪様が大楼に連れ込まれては最後じゃ! おぬしたち行って月輪様をお守り申し上げい!」

 『青鞜』の女は、「はっ!」と答えると、仲間たちと共に揚屋を出て行った。その様子を見ていた雹さんが、『阿蘇山』の大木刀と『草千里』の小木刀を握って立ち上がった。

「俺たちもそろそろ行くか?」

 それを聞いて、僕と霙ちゃんは先に揚屋を飛び出した。

     ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

「……すみませんが、あち……私の旦那はどこに連れ込まれたんど……ですか?」

 月輪が、心配そうに、自分の前を歩く男に聞く。月輪もこの吉原で育った女である。男が大楼に向かっていることに、とうに気が付いていた。

 男は、月輪を振り返ってニヤリと笑うと言った。

「隠しても無駄ですぜ、右鳳太夫。アンタのその顔はどんなカッコをしていても隠せはしませんぜ」

 月輪は、唇をかむと、踵を返してその男から逃げようとした。ここは大楼まで200メートル、『青鞜』の本拠地の揚屋まではわずか100メートルのところであった。

「だ~から、逃げても無駄なんですよ?」

 男がそう笑って、口笛を吹いた。するとその口笛が合図だったのであろう、周囲の路地から黒ずくめの男たちが10人ほど現れた。

「!?」

 月輪は、その男たちから、恐るべき殺気というものを感じ、身をすくませる。それを見て男は笑って言った。

「へっへっ、アーノルド様の古巣の『ブラックベレー』の面々ですよ。大人しくしていた方が身のためってもんです……ぐっ!」

「!?」「おっ!?」

 月輪と男たちは、月輪を案内してきた男が急にその頭から血しぶきを上げて倒れるのを見て、そう声をあげた。男の頭には深々と棒手裏剣が刺さっていた。

「者ども、月輪様をお助け申し上げい!」

 不知火の声とともに、黒ずくめの男たちの周りから一斉に『青鞜』の女たちが襲い掛かる。しかし、さすがは『ブラックベレー』の面々である。『青鞜』の女たち30人に囲まれながら、10人の男たちは余裕綽々と戦っているようであった。

「不知火! 月輪殿を連れて来いとのお館様の仰せに従わぬか!?」

 『ブラックベレー』の一人がそう声をかけると、不知火は

「わっちら『青鞜』は女郎衆の味方、つまりは天照様と月輪様の味方じゃ。吉原惣名主殿の命でも聞けぬ場合はある」

 そう答えた。それを聞いて『ブラックベレー』の男はニヤリと笑って、右手を上げながら叫んだ。

「『青鞜』はお館様に叛心を持っているとお見受けした。者ども、遠慮なくかかれ!」

 すると、今まで防御態勢を取っていた10人の男たちは、一斉に攻撃体制へと移行する。とともに、『青鞜』の女たちの包囲網の外から、さらに40人ほどの『ブラックベレー』の男たちが攻撃に参加してきた。女たちはまんまと罠にかかったのである。

「ぐっ!」「あれっ!」

 30対10が30対50に逆転し、しかも内と外から挟み撃ちにあうこととなった『青鞜』の女たちは、次々と血煙を上げて倒れていく。不知火もかかって来た男たち2人との決戦となり、右手に棒手裏剣、左手に脇差をもって奮戦していた。

「不知火、その命貰った!」「!」

 不知火は、その身目がけて周囲から無数の苦無が降り注ぐのを見て、最期の覚悟を決めて目を閉じた。しかし、

「おおっ!」

 男たちのざわめきがその耳に届き、不知火はゆっくりと目を開ける。何故だ? 全然痛くない?

「……雹はん……」

「よお、不知火さん。遅れてすまなかったな?」

 不知火を守るように雹が立ちはだかり、その木刀で無数の苦無を叩き落としていたのである。さしもの『ブラックベレー』の面々も、思わずうなったほどの早業だった。

「あっちょ~っ! ほぁたぁ! ほぁたぁ! ほぁたぁ!」

「エイッ! とうっ!」

 雹に続いて、霙と清正も戦線に合流する。霙は苦無と拳法を合体させた独特の戦い方で、清正は『青鞜』の女たちから借り受けた木刀2本を遣った見事な円明二天流で、それぞれ歴戦の『ブラックベレー』隊員たちに引けを取らない戦い方をしていた。

「退けっ! 大楼に退けっ!」

 『ブラックベレー』の隊長がそう言うと、生き残った隊員たちは潮が引くように逃げ散ってしまい。そこには『青鞜』の女たちと、保護された月輪、そして雹たちが残った。

「雹はん、恩に着るどすえ……月輪はん、ご無事で何よりでした」

 不知火がそう言って月輪の側による。月輪はニコリと笑って言った。

「早く姉さんにお会いして、アーノルドはんと手を切るようにお話せんといかんどすな」

 月輪がそう言った時、飄々とした声が響いた。

「そ~りゃいいや♪ 早いとこアーノルドの旦那に三下り半を突き付けてもらいたいね、僕としても」

「誰!?」

 全員がその声を聞いて振り向くと、そこには茶髪で碧眼をした、色の白い男がへらへらとして立っていた。

「あっ!?」

 月輪の悲鳴が響いた。雹たちが振り返ってみると、月輪はいつの間にか後ろから現れた、やせぎすでサングラスをはめた男に捕まっていた。サングラスの男は月輪を抱え、そのままへらへらした男のところまでジャンプする。

「何をする! うっ!?」

 不知火が棒手裏剣を撃とうとした時、今度は右手から現れた背の高い、長髪の男が投げた石つぶてで強かに右拳を撃たれた。不知火は思わず拳を抱えてうずくまる。

「まあ、皆さん方、だいぶお強いみたいですけど、アーノルドの旦那との折衝はこの僕に任せておいてくれませんか? 大丈夫ですよ? 月輪さんも天照さんも殺しやしませんから……おやっ?」

 男がへらへらしたままそう言うと、突然、霙が声をあげてその男に突っかかって言った。

「お前! こないな所にいたんか!? 何してんねんヴォケェ!」

 すると男は、へらへら笑いのまま霙の鋭い攻撃を簡単にかわしながら言う。

「おやおや、君こそこんな所で何してんですか? ここは18禁の場所ですよ?」

「うるさい! ここで会ったが百年目や!」

 ますます鋭くなる霙の攻撃を、その男はへらへらしながら躱していたが、めんどくさくなったのか、霙の一瞬のすきをついて右手の苦無を左手ではねのけ、そして目にも止まらぬ正面蹴りを放った。

「うわあああ~っ!」

「霙ちゃん!」「霙ェ!」

 霙は10メートルほども吹っ飛ばされ、建物の壁をぶち抜いて部屋の中でようやく止まった。

「……まだまだだよ、霙ちん♪ ちょっとは速くなってたけどね?」

 男は、相変わらずへらへらしたままそう言う。霙に駆け寄った雹と清正が、キッとその男を睨んだ。

「……てめぇ、誰だ? この娘はな、お姉さんから預かった大事な娘っこだ。手荒な真似すると、ゆるさねェぜ?」

 雹が両手に『阿蘇山』『草千里』を握ったまま言う。その隙のない構えを見ても、男はへらへら笑いを止めずに言った。

「ああ、君だね、僕の妹を預かってくれているのは? 君も結構できるみたいだから、妹のことをよろしく頼むよ。せいぜい強くしてやってくれ♪」

 そう言うと、男は部下と思われるグラサンの男と長髪の男を連れて、影のように姿を消した。

「待てぃ、コノヤロー!」

 雹はそう叫んだが、すでに男たちの姿はなかった。

「……ひ、雹ちゃん……」

「あ、霙ちゃん、気が付いた?」

 清正に介抱されていた霙が、そう言って起き上がる。雹は霙を優しい目で見て言った。

「大丈夫か? あの野郎、ずいぶんと手厳しくやってくれたじゃねェか?」

「うん……雹ちゃん、アイツはダメや。アイツはそんじょそこらのバケモンとはちゃうで?」

 霙が言うと、雹は目を細めて聞いた。

「お前の兄貴らしいな?」

「うん……紫電ゆうて、下の兄貴や。上の兄貴の雷電とは双子やけど、紫電兄貴はうちら雨宮一族最強で最悪の男や……あいつ、パピィとうちを殺ろうとしてん」

「マジか!?」「うっそぉ!?」

 雹と清正が思わず訊くと、霙は暗い顔で答えた。

「うちが8歳の頃やった……。雷電の兄貴と霰姉ちゃんが加勢してくれたんで、パピィもうちも殺されずに済んだんやけど、あのままやったら絶対、殺されとった……。パピィが負けるはずあらへんけど、うちが足手まといやったから……だからうち、強うなりたい思ったんや……」

 すると雹は、ニコリと笑って霙の頭をくしゃっとなでて言った。

「ああ、お前は強くなるよ。強さってのはな、ケンカに強いことだけじゃないんだ……それより清正、霙、歩けるか?」

「僕は大丈夫です」

 清正が言うと、霙も立ち上がって言った。

「うちもや!」

 雹はそんな二人を優しく見ていたが、不意に笑うと、不知火を振り返って言った。

「どうやら不期遭遇戦になっちまったようだ。不知火さん、アンタらは月輪さんや天照さんの奪還に動いてくれ」

 不知火がうなずく。雹は駆けつけてきた長治に言った。

「すまねェ、長治さん。月輪さんも奪われちまった。俺たちが奪還してくるから、あんたたちは『ブラックベレー』を大楼に近づけねェようにしてくれねェか?」

 すると長治は厳しい顔で言う。

「私たちは、アーノルドが『ブラックベレー』用に密輸した兵器庫を押えます。あそこを取られたら、私たちには万に一つも勝ち目がなくなりますから……では、いずれ」

 そう言うと、長治は『門番組』を面々を連れて、吉原の北東隅にある兵器庫へと駆け出して行った。

「雹はん、大楼の門を破るのだけでも大変じゃぞ? アーノルドは『ブラックベレー』の面々から注進を受けて、すでに大楼の正門を固めているはずじゃ……『青鞜』の全兵力90人じゃ、破るのはおぼつかない……」

 すると雹は、笑って言った。

「やれやれ……女を金で買うのは無粋だが、力で縛り付けるのは慮外者の沙汰だよ? 不知火さん、大丈夫だよ、俺がいる。約束したからな……吉原の自由をもぎ取らにゃ、うまい酒も呑めねェしな?」

 雹はそう言うと、『阿蘇山』『草千里』を腰にぶっ差し、両手をブルゾンのポケットに入れて踵を返し、ゆっくりと大楼の方へと歩き出した。

【第17幕 場面転換】

最後までお読み頂き、ありがとうございました。まだ続きがありますけれど、できるだけ早くにアップしたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ