6話 提案
死んだはずのリオンが、見知らぬ身体で復活したそのカラクリを、ロベルタとカローラに説明されてからは、主にロベルタによるリオンの体の観察で時間が過ぎていった。
「お前、腹は減っているようだねェ。喉も渇いて水も飲む。」
もっとも、その観察の一環として食事を与えられたのだからリオンとしては悪い気はしなかった。
「血は何色なのかねェ。あとで"選別の石盤"で試してみよう。」
ロベルタはリオンの髪を触ったり、皮膚をつついたりしながら楽しげだ。正直リオンとしては生きた心地がしない。
(とんでもない圧力を感じるんだよなぁ、この人。)
ロベルタから発せられる圧倒的強者の気配。それがじりじりとリオンの精神を圧迫していた。
リオンは知る由もないが、常人ならばロベルタにここまで接近されると意識がとんだり、嘔吐や失禁などと、とても正気を保ってはいられないのだ。
それを受けて平然と─リオン的にはとても胃が痛い─していられる様に、ロベルタはますます興味を持つのだった。
△▼△▼△▼△
「これが選別の石盤さ」
リオンの腹ごしらえ兼リオン観察が一段落したあと、ロベルタの案内で墓石のような石盤の前にきた。無機質な直方体の石盤が、地面に埋るような形で設置してある。
「選別って、何を選別するんだ? 」
見ると、石盤には何やら文字が掘られており、箇条書きのような形をとっていた。
「文字は日本語じゃないな。 」
言葉は理解できたが、文字は学習する必要があるようだ。
「ほら、手前の窪みに自分の血を垂らしな。」
長方形の側面の、一番手前側に穴のようなものが空いている。
「血?どうやって…」
「さっさとしな。」
渋るリオンをロベルタが急かすのと同時、ロベルタの腕が振られていた。
「あぁ? ……ッいってぇ!」
降りきられたロベルタの手には鋭く尖った石ころが握られていた。それを振るってリオンの手の甲を浅く切り裂いたのだ。
鋭い痛みが走る。
「そら、その血をそこの窪みに垂らしな。」
だらり、と指を伝って流れ落ちる生暖かい血を、言われるがまま石盤にあいている穴にたらした。
血は赤色だ、と笑みを浮かべるロベルタに文句を言うよりも早く、石盤に変化が見られた。
「文字が、光っている?」
石盤に刻まれた箇条書きのように記された項目の一つが、鈍く赤色に光っていた。
「いや、読めないんだけど。」
「言葉はわかるが文字は読めないようだねェ。"魔人"と書いてあるのさ。」
ロベルタがリオンに変わって結果を読み上げる。
「この"選別の石盤"は、血を垂らすとそいつの属する種族を教えてくれるのさ。」
言われた仕事を、言われたとおりにやってるだけです、とでも言いっているよな気だるげに発光しているこの石盤によると、どうやらリオンは"魔人"らしい。
「人間とは違うのか? 」
「違う。寿命、体の性能、魔力や筋肉の質から生命力に至るまで何もかも違う。」
これだけ聞くと完全に人間の上位互換だ。
「ほら、お前の手の傷も塞がりかけてるだろう?」
指摘されて目を向けると、血はすでに止まっており、すでに治りかけの状態だ。
「マジかよ…」
自分の体の優秀さにドン引きするリオン。
「まァ、ここまでは予想通りだねェ。戻るよ。」
驚きの表情で固まるリオンに構わず、さっさと元居た場所へと戻っていくロベルタ。リオンも慌てて後に続く。
リオンが寝かされていた部屋から、選別の石盤まで案内される間に見えた景色から推測するに、どうやらここは"死の樹海"と呼ばれる場所にあいた大穴の底らしい。
草木や生き物の香りが入り交じった独特の香り、地球では聞いたこともないような虫の音。
姿は見えないが、どこからか少なくない視線
を感じる。
「思った通りだ。こいつは魔人だ。」
リオンが寝かされていた建物の一室に帰ってくるなり、ロベルタは部屋で待機しているカローラにそう言った。
「どうしたもんかのぅ…」
リオン達がいるこの建物は、大穴の底からほんの少し上がったところに存在する横穴のような空間に建てられていた。
「どうしたも何もないさ。こうなっちまったからには仕方ないだろう? 諦めな。予言はもう役にたたないよ。」
頭を抱えるカローラに、気遣いの欠片もないような態度で接するロベルタ。実に対照的な二人だ。
「その、さっきから言ってる予言ってなんだ? 」
2人の会話を割るように声を出したのはリオン。ロベルタがなんでも質問に答えてくれるために、最初と比べるとこうした疑問をぶつけやすくなった。
「隠居ジジイの妄言さ。気にすることはないよ。」
この問いに関するロベルタの回答は不明瞭なものだった。ごまかした、というよりは本当に言葉道りにしか思っていないのだろう。
しかし、気にするな、と言われれば気になるものだ。
「いや、俺のせいでその予言が外れたみたいな言い方されてるし。めっちゃ気になるんだが。
」
食い下がろうとするリオンだが、ロベルタは取り合わなかった。その代わりに、
「お前、私に闘い方を教わる気はないかい?」
唐突に、そう告げたのだった。
▼△▼△▼△
ロベルタの急な発言に最も早く反応したのはカローラだった。
彼女は険しい表情を、より一層けわしくさせ、
「何を言っておるのじゃ、お主。正気か? 」
これまでで一番語調を強めてロベルタを睨む。
「お前は黙ってな、カローラ。で、どうなんだい? お前は私から闘い方を教わる気はあるのかい。」
それはあまりにも唐突な話だった。どんな思惑があってそんなことを言い出したのか、またそれが何を意味するのか、わからない。わからないが、
「ああ、ロベルタ。俺に闘い方を教えてくれ。」
「師匠と呼びなァ。」
何事か大騒ぎするカローラを置き去りに、リオンは思考停止で承諾したのだった。