5話 誕生秘話
──雷神トウル
ウルラシア大陸の内陸部に位置する岩石地帯を支配していた龍である。
ここでいう"龍"とは、二本、ないし四本の足で大地に立ち、背中の翼で大空を舞う生き物のことだ。"ドラゴン"と発音されることもある。
長きに渡って"雷神"と恐れられてきたこの龍は、一個体で持つにはあまりにも強大な魔力を有していた。
──その雷神が、死んだ。
その事実は大きな意味を持つ。
強力な龍が死んだことによる生態系への影響は大きい。人類にとっても国勢を揺るがす大事件と扱われるだろう。その龍の縄張りだった土地の利権の争奪戦、その龍の縄張りが隔てていた二国間での武力衝突。考えられる可能性は多い。
そして"魔力災害"だ。
今から約400年前、強大な"火"の魔力を有していた龍が死に、その結果かなりの広範囲に渡って大火災が発生し、その火は半年燃え続け、あらゆるものを焼き払ったという。
『雷神』トウルの魔力量は、その大火災を引き起こした龍のそれを裕に上回るという。
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時はリオンが転生してくる少し前。
草木が死に絶え、土と岩石のみが存在している荒涼な土地。吹き抜ける風の音以外、何の音も聞こえてこないことが、この地に存在する生命体の少なさを物語っている。
その荒れ果てた土地の主にして、この土地が荒れ果てた原因である一匹の龍が、今まさにその命の終わりを迎えようとしていた。
『──』
かつては神秘的に青白く発光し、見る者を恐怖のどん底に叩き落とした鱗の輝きも、今は弱々しい。
『──』
ただじっと、最期の時を待っている。
──否、待つことしかできない。
普段は地響きや雷鳴といった轟音が鳴り響いているが、自身が静かにしていることで現在は静寂に包まれている。
『─……』
その静寂に、弱々しくも抵抗していた龍の呼吸音が今、止まった。
やがて音もなく魔力が大気に放出されていく。じわり、じわりと。
半日もしないうちに、かつて龍の中にあった魔力は全て大気中に放出された。強靭な生命力でこの地に生き残っていたわずかな生命体が、その濃密な魔力にあてられて急死していく。
一帯の生命体がすべて駆逐されたころには、龍の亡骸は朽ち果て、やがて残った骨さえ砂粒のように崩れ、きらきらと淡い輝きを発しながら大気に満ちた魔力に吸い込まれるようにして消えていった。
何か些細なきっかけでも、爆発してしまうような濃密な魔力が大気に満たされた。
しかし、爆発したり、災害を引き起こしたり、ということはなかった。
魔力というものは不思議な性質を持っている。意思は持っていない。が、まるで意思があるように振る舞うこともあれば、大火災を発生させたり、逆に自然の恵みとして土地を潤したりもする。
雷神トウルのものだったこの魔力も、不可思議な動きをみせた。
急速に一点へと集まりだしたのだ。初めはゆっくりと、やがてその速度を増していき最終的には大地を抉り飛ばす暴風を引き起こしながら一点へと殺到した。
やがて雷神の魔力だったものをすべて吸収し、小さな球状の青黒い物体が生まれた。なんのことはない、ただ魔力が凄まじい密度で圧縮されているだけの塊だ。
その塊はどんどんと天高く上昇した。
上昇し、上昇し、上昇し、雲の切れ間に吸い込まれるようにして、地上からは視認できなくなるほどまで上昇。そしてそのまま天空に浮かぶだけのただの魔力の塊として、長い年月を経て朽ち果てていく
──なんてことにはならなかった。
地球、と呼ばれる惑星で一人の男の命が失われた。治療の難しい病院との闘いの末、その命を散らせた青年。
生への未練が成し得た業か、雷神の力の強さ故か、誰にもわからない。わからないが、
──地球で肉体を失い、消えかけていた魂が、世界を越え、雷神の、意思無きただの力の塊の"意思"となる形で再び生を受けたのは、紛れもない事実である。