1話 転生
気がつくと、知らない場所にいた。深い、深い森の中だ。一体どうして自分がここにいるのか、どのようにして来たのか。一切わからない。
「うっ…」
その広大な自然のなかに、ぽつんと場違いなものが転がっている。
──人間だ。
先ほどまで死んだようにうごかなかったそれは、何事か呻きながらモゾモゾと動き出した。
「う…あ…」
先ほどから何事か声を発しようと試みるている人間だったが、喉が渇いているせいか、はたまた慣れない体のせいか口から出てくるのは呻き声だけだった。
「ここは…?」
ようやくまともに物が言えた頃には、朧気ながらも自分の置かれた状況を把握する。
もっとも、今現在の自分の体勢、というレベルの状況把握だが。
服は着ていない。どうやら倒れていたらしい自身の体を起こし、回りを見渡す。少々、喉の乾きと空腹を感じる以外に、体の機能に問題はないらしく、すんなりと体が動く。
「──」
見渡すかぎりの緑の世界。360度ぐるりと視線を向けても、眼窩に映るのはひたすらに壮大な自然だった。ウネウネと、何かの触手のような木の根が、土に収まりきらなかったのだろうか、地表に露出して地面を多い尽くしている。生き物が通ることが少ないのか、その根を苔が覆っていた。凹凸に富んだ緑の絨毯。
森のなかで倒れていても、どこも怪我をした様子がないのは、この苔がベッドのような役割を果たしたのだろう。
頭上へ目を向ければ、自分を取り囲んでいる木々の高さが良くわかった。天を貫かんばかりに高々と生えていて、葉がうっそうと生い茂っていて、空は見えない。
呆けたように顔を上に向けたままでいると、聞き覚えのある音が耳に届いていることに気がつく。
「水の音、か?」
彼の鼓膜が川の流れるような音を捉えた。
生存本能に突き動かされるまま、とくに何か思うわけでもなく、音のする方向へと歩きだした。
しかし、歩き出してすぐに違和感に気付く。
「俺、小さくね?と、いうか…」
ほんの数歩とはいえ、歩いたことによって脳に血が回ったためだろうか、だんだんと思考力が戻ってくる。そして、自分がこの得体の知れない場所に来る以前の記憶がおぼろげに、しかしだんだんと鮮明に、脳裏に映った。
「お、俺は…」
歩き出して感じた自分の体の大きさの違和感。そして先ほどから自分の口から発せられる聞きなれない声色──
「ッ!!」
ぞくり、と背筋を震わす感覚から逃げるように、全速力で駆け出す。
「何がおきているんだ!!」
自分の隣を、尋常でない速度で木々が通りすぎていく。
──否、尋常でない速度で走る自分の体
自分でも信じられないほどの脚力、人が走るには悪すぎる足場であっても、なんなく突破する体幹、障害物を捉える驚異的な視力。
明らかに自分の知っている自分の身体能力と違うという現実を、考えまいと一心不乱に駆け抜ける。
駆けて、駆けて、駆けて、
「み、水…。今は、とにかく…」
森のなかを静かに流れる、小さな川にたどり着いた。川辺に膝をついて水面に目を落とす。恐ろしく、透明度のある水だった。これまで彼が見てきた川の中でも、これほどまでに透き通ったものは見たことがなかった。
そして、彼は見る。
──水面に映る、自分のものと思われる姿を
「う、嘘、だろ…!? こんなことって…」
そこには、全く知らない顔が映っていた。
「なんでだぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が、森中に響き渡った。