攻撃
結婚式の次の日。
アイラーテ様が料理を覚えたいと言い始めた。
ロン様からは、ケガをしない限り好きにさせてやってほしいと言われる。
アイラーテ様が料理をできるようになったら、スズは本当に用無しだなと思う。何でもできるようになった時、スズはどこに行けばいいのだろう。
アイラーテ様に言った言葉は、半分以上真実だ。
スズは、どこにも行く場所がなくなってしまう。
一目ぼれ初恋、直後失恋という経験をしてしまったスズは、後ろ向きな思考から離れられない。
自分の居場所を確保したくて、アイラーテ様から包丁を取り上げる。
「アイラーテ様、そんなことできなくてもいいんですよ」
「何を言っているの」
アイラーテ様は、そんなスズの不安をぶった切ってくれる。
「スズが寝込んでしまったとき、看病するのは私なのよ」
目をぱちくりさせるスズに、申し訳なさそうに彼女は苦笑する。
「ロンは私以外を見ないし……向こうを捨ててついて来てくれているスズを、休みもなしにこき使うなんて、できるわけがないわ」
着替えさえ一人でしたことが無かった王女様が、スズの看病をしてくれるらしい。
「病気の時はもちろんだけど、スズがおやすみの時は、私がスズの分まで食事を準備するわ」
そう言って、アイラーテ様はジャガイモを持ち上げて見せる。
土がついた野菜など、触れたことも無かっただろうに。
寝込んだことなどない健康優良児だが、この時は寝込んでみたいと、本気で思った。
ロン様は、アイラーテ様がこうやって頑張っていることも全部知っているだろう。
彼女はここで暮らすために一生懸命だ。それを見守る彼も彼女をいとおしむ気持ちで溢れている。
――羨ましい。
突然、恋を知ってしまったスズは、二人を見ることに、微笑ましさに加えて、少しだけ寂しさを感じるようになってしまった。
寝込んでみたいと願ったことが、すぐに体に表れてしまったのだろうか。
次の日、起きた時から、だるいなあとは思っていた。
だけど、動けないほどではないので、朝食を準備して、片付けている時だった。
じくじくとする痛みがお腹に溜まってきているような状態に我慢できずに、スズはトイレに向かった。
そして、トイレに行って――
「スズ!?どうしたの?顔が真っ青よ?」
アイラーテ様が慌ててスズに駆け寄ってくれる。
いつものように、にっこり笑って『大丈夫ですよ』と返せる余裕はスズには無かった。
「ち……ち、血が……」
体の中から血が流れてきていた。
昨日、寝込みたいなど思ったから、その通り重病にかかってしまったのかもしれない。
「血?お腹が痛いの?……月経?」
震えるスズを見て、アイラーテ様は不思議そうな顔をする。
「げっけい……?とは、何ですか?」
聞き返したスズに、アイラーテ様は目を丸くして「あら」と思わずと言ったような声をあげた。
「私、死にますか……!?」
体から血が流れ出て来るなんて、重病に違いない。
そう思って真っ青になるスズの両手を握ってアイラーテ様は微笑む。
「スズは、月経がまだだったのね。大丈夫よ。女性なら当たり前にあることなの。大切なことだから、一緒にお話ししましょう」
スズは、満足な教育を受けていなかった。
特に、物心つく頃にはアイラーテ様付きの下女として城で働いていたので、孤児院で教えるはずだったことも、下女としての教育も、どちらも、その部分だけが中途半端だったのだ。
アイラーテを世話していれば、いずれ直面することだったが、今までは下女だったので、それに触れることも無かった。
「まず、それは病気じゃないわ。大丈夫。女性は皆経験することだわ」
アイラーテは真っ青になるスズをソファーに座らせ、その隣で彼女の手を取る。
病気ではないと伝えても、まだ不安気なスズに、さらに言葉を重ねようとしたその時。
ドオン!
すぐそばで、爆発音が鳴り響いた。
家全体が揺れるほど激しく近くで爆発が……いや、この家が攻撃されているようだ。
「アイラーテ様!様子を見てまいります!」
スズはすぐに様子を見に走ろうとしたが、それは彼女に遮られる。
「待って。私が行くわ」
だから、スズは一番安全な場所に居ろと言うのだ。
そんなこと、できるわけがない。
必死でアイラーテの手を握るスズに、彼女は困ったように微笑む。
「私はロンが最優先で守ってくれる。多分、外にいるわ」
竜人が最優先で守る人ならば、そっちの方が安全だろう。
しかし、スズは使用人だ。主人を矢面に立たせることの方が間違っている。
「もしも、スズが怪我をして動けなくなったら、まだまだ家事が苦手な私が世話をするのよ?共倒れになってしまうわ。私の腕がもう少しよくなってからお願い」
いたずらっぽく笑って、アイラーテが玄関扉を開ける。
その途端、さらに大きな音が響く。
「アイラーテ!中に入っていろ!――っシグルト様!彼女は私の番です!おやめくださいっ」
ロン様の大きな声が響いた。