竜人の里へ
そうして、スズだけが残ったのだ。
スズは、戻っても戻らなくても、どちらでも結婚できないだろう。
ひょろりと痩せた体で、凹凸もほとんどない。不細工というほどではないかもしれないが、アイラーテ様が「スズは可愛いわ!」と力説するほどではないことは、自分が一番知っている。
男性に好まれる容姿ではない。
加えて孤児だ。
誰かに望まれて結婚なんて、スズは遠い昔に諦めてしまっている。
毎日、一人で料理や掃除をすることになるかと思いきや、ロン様は率先して手伝ってくれる。アイラーテ様について来る人が一人もいなければ、全部自分でしてあげようと思っていたらしい。そう言えるくらい、家事を器用にこなす。
さらに、アイラーテ様も家事を覚えようとしている。
王女として、礼儀作法とダンス、勉強を必死で頑張って、これからは労働を覚えていかなければならないのだ。
「もう少しゆっくりでいいと思います」
スズがそうやって声をかけると、アイラーテ様は、驚いた顔をした後、ふわりと笑った。
「急いでいるように見える?」
「そうですね……上達が早いですが、私は十年ほどずっと、家事をやっているんですよ?私を急いで追い越そうとしないでください」
わざと拗ねたように言った。
以前、彼女がスズに言ってくれたように、追い越されそうで大変だと。
「私は、アイラーテ様が家事を完ぺきにこなして、もう私が必要ないと言われるまで、ここで図々しくもお世話になる気でいます」
あんまり早く追い出されたら大変だと付け加えておく。
「追い出すなんて有り得ないわ」
彼女は、見たことがないようなくしゃくしゃの顔で笑った。
「お茶にしましょう。アイラーテ様がまだまだできないくらいの、とびっきり美味しいお茶を入れますよ」
今日だけ特別に、スズも一緒にテーブルについて、二人だけのお茶を楽しんだ。
アイラーテ様とロン様の結婚式が、竜人の街で行われた。
城でも執り行ったが、それは主に諸外国へと向けたアイラーテ様が竜人へ嫁ぐということのアピールだ。
アイラーテ様は飾り立てられて連れまわされて、幸せを感じるよりも気疲れをしたと笑っていた。
だから、ここで、損得なしに本当に周りから祝福されて幸せだと微笑む彼女は、とても綺麗だ。
「スズにも、とても感謝をしているわ。私一人では、生活できていたか分からないもの」
アイラーテ様は、恥ずかしそうにスズに言ってくれる。
「充分ではありませんが、お役に立てているなら、幸せです」
スズは、侍女としての教育を受けていないので、化粧や着飾らせることはできない。今日だって、アイラーテ様は竜人の女性陣にしたててもらったのだ。そのついでに、スズも少しだけおめかしをさせてもらっている。
「そんなことないわ。スズがいてくれないと、私……」
「アイラーテ」
言い募るアイラーテ様の言葉を遮る声がする。
スズは軽く微笑んで、そっと部屋の隅に移動する。
アイラーテ様はスズを押し退けるようにしてやってきたロン様を睨み、口を尖らせる。
「ロン、私は今、感謝を伝えているのよ」
ロン様はしばし考え、顔だけをスズに向け
「感謝している」
無表情でそれだけ言って、すぐにアイラーテ様に向き直る。
「もうっ!」
アイラーテ様は怒っているが、スズは全く何とも思っていない。それどころか、声をかけていただけることの方に驚いている。
竜人は番以外、ほとんど興味を向けないものだと聞いている。実際、ロン様以外の男性竜人に声をかけられたことは無い。
「家事は私でもできる」
ロン様が言った途端、アイラーテ様の表情が本気の怒りに代わる。
さすがにロン様も逆鱗に触れたことが分かったのだろう。スズに向き直って頭を下げた。
「言葉が足りなかったようだ。すまない。女性にしかできない世話もある。ありがたく思っている」
ロン様がスズに初めて声をかけた。
さっきの感謝もそうだが、ものすごく驚いた。
基本的に彼は、アイラーテ様にしか視線が向いていない。アイラーテ様も、それを恥ずかしがりながらも嬉しく思っている。
「いいえ。お役に立ててうれしいです」
「スズがいないと私は生きていけないもの!」
アイラーテ様が言う言葉に、スズは首を振る。
「おおげさです」
そして、ロン様が何気に怖いです。最近、アイラーテ様がスズに何かをお願いしようとするときに、気に入らないような顔をするときがある。
本当だったら、歯牙にもかけない相手のはずだ。名前さえ覚えられない相手だろう。
それが、今や嫉妬の対象だ。
少しだけ、誇らしいのは、今はまだ内緒にしておこう。