崩壊当日・原因
雨粒がベランダに跳ねる音がする。かなり大降りのようだ。早く寝たからなのか、明日が学校最終日だからか、目が覚めてしまった。渋々左目を開ける。真っ暗でなにも見えない。いや、見えた。目覚まし時計の針が暗いところでも光るようになっている。2時18分。嘘でしょ。寝返りをうって寝ようとするが、目が冴えてしまって全然眠れない。朝の二度寝の時はすぐ寝付けるのに。なんで?よし、トイレに行って、そのあと寝よう。美菜子はむっくりと起き上がった。暗くてなにも見えない。手探りでドアまでたどり着いた。ドアを開き、部屋を出る。トイレの明かりがついている。美菜子はノックした。
「入ってまーす」
武琉の声だ。こんな時間になにしてんだろ。
「武琉いたんだ」
仕方がない。階段を降りて一階のトイレに入った、いや、入ろうとした。台所の方から声が聞こえる。トイレは階段を降りてすぐ左にある。降りてまっすぐ行ったところの扉の向こうに台所がある。美菜子は扉に耳を当てた。
お母ちゃんの声が聞こえる。言い争っている。お父ちゃんと。嘘だ。お母ちゃんとお父ちゃんは言い争いはあったが、ほんの小さなことだった。(お父ちゃんはお酒をよく飲むから、もう呑んじゃったの⁉︎とお母ちゃんが言うような事はあったが。)ここまで酷いのは初めてだ。
「…最近帰りが遅いと思ったら、そんなことしてたなんて。」
「…なんだよ。年末で仕事が忙しいから遅くなっただけだろうが!勝手に決めつけんなよ!」
「嘘つき。」
「なんだよ!」
「私はね、前からずっと、あなたが遅くなった日をチェックしてるの」
「…!」
「これによると、貴方が遅く帰ってきたのは、特に給料日前。あと例外として、10月に私が高校の時の友達とディナーしに行った時、それと貴方が急に休日出勤になったって言った、私が泊まりで同窓会に行ってた土曜日。その他もろもろ。」
「んだよ!勝手に決めつけんなよ!お前には分かんねぇんだよ!」
「なんがわかってないって⁉︎」
「俺はな、お前らを養うために、毎日毎日、電車に揺られて出勤して、部下がヘマしたら上司に頭下げて、クタクタになって家に帰ったら子供と遊べだぁ⁈冗談じゃねえよ!」
「なによ!」
「お前はよお、ずっと家にいるからよぉ、好きな時にテレビ見て、昼寝して、好きなことできるだろうが!」
お父ちゃんはかなり酔っているようだ。言葉が荒い。
「待って!貴方、専業主婦バカにしてるの⁉︎子供4人の世話をしてんのは誰!朝昼晩とご飯を作って、武琉と貴方のお弁当毎日作ってんのは誰!6人分の洗濯をしているのは誰なのよ!好きな時間があっていいなんて、よくもまあ、堂々といえるわね!」
「おめぇ…!」
「秋斗と明子を生んで、共働きなんだから、少しだけでも育児休暇取って欲しいって何度も言ったのに、貴方は取ってくれなかった!」
「んなもんいらねぇだろうが、お前がずっと家にいるし、そっちのお袋さんに来て貰えば良かっただろうが、俺だって会社の付き合いあるし」
「武琉は6歳、美菜子は4歳だったのよ!」
「男はよぉ!そんなもんは取らねえんだよ!」
「それに、美菜子がインフルエンザになって、続けて武琉もなった時、私にも移って、少しくらい早く帰ってきてくれてもよかったのに、1時くらいまで帰ってこなかった時もあったし!」
「俺だって仕事がたんまりあったんだよ、あん時は年末だっただろうが!」
「冷たい人!子供たちのことを何も考えてない!全部私に押し付けて、仕事に逃げて、別の女と遊んでて!」
「俺だってよぉ…!」
「最低!貴方なんかと結婚するんじゃなかった!」
腰が抜けた。立っていられない。あの優しいお母ちゃんがあんなこと言うなんて。
もう戻ろう。バレたらまずい。扉から耳を離して、階段を上る。音を立てずに、ゆっくりと、抜き足差し足忍び足。2階まで上がってトイレの前を通ると、まだ明かりが灯っていた。
ドアに手を当てて、小さい声で、
「武琉?」
というと、物音一つ立てず、武琉が出てきた。驚いて少しよろけた。
「武琉ずっといたの?」
「ああ、ずっと」
「聞こえた?」
「ああ、」
これ以上会話が続かなかった。




