71話 手さわりアニメだね。もしこの世界がアニメだったとしたら
おれたち、物語部員の一年生の3人は、茶道化学部の部室兼茶室にある縁側に腰をかけて、南を向いて座った。おれの右側に樋浦清、左側に市川醍醐。清は大机の北側にいて、西側を回って来るから、また市川は東側から来るから、自然にそういう形になる。映像というのはいかに段取りが必要かというのはおわかりいただけただろうか。おれが最初、大机の東側で、市川が西側に座っていたんだとしたら、市川と清がおれの隣に並ぶ場所は左右が逆になる。いずれにしてもおれが真ん中であることは仕方がない。
「むー」と、清は納得いかなそうな顔をしておれに言った。
「今日って備、部員の手ばかりさわってなくない?」
「言われるとそうだね。手さわりアニメだね。もしこの世界がアニメだったとしたら」と、おれは言った。
特別教室の調理室、首がない以外は寝ているように見えた樋浦遊久先輩の手は暖かく、脈も普通にあった。
生徒会室で毒みたいなものを飲んで死んだみたいになった千鳥紋先輩の手は冷たくて、柔らかくて、なめらかだった。
茶道化学部の部室兼茶室で触れた清の手は力強くて、痛くて(頬を殴られたので)、熱かった。
ついでに、作者の手は昔の紙で作った本みたいだった。
考えてみたら年野夜見さんの手だけさわってないな。千鳥紋先輩が映画館の中で手を重ねたんだっけ。
「ぼくの手はどうだった、備くん?」と、メイド服姿の市川は、おれの目を見ながら鋭く聞いた。
「そうだなあ、なんか全体に嘘っぽい感じだったよ」と、おれが答えたら、好き、と言っておれの手のひらに唇を当ててくれた。堕天使の誘惑である。
実は世間一般では男同士で手を握り合う機会のほうが少ないし(女子の人たちにはそこらへん誤解があるようですが)、おまけに市川の、妙に似合っている女装もあって、ものすごく照れくさかった。
でも、それ見ながらおれよりも赤くなるなよ清。
*
雷雨とヒョウと豪雨と洪水と霞のあと、ようやくいつもの夏の光に戻りつつある空の下を、物語部顧問の元・神であるヤマダとルージュ・ブラン探偵は歩いた。ヤマダの足は完全に治癒してはおらず、すこし引きずるような、頼りない足取りで、その手には釣り道具一式があった。ふたりが目指しているのはまず学校の近くの橋で、そこまでは歩いて5分ぐらいだが、そこからさらに下流に5分ほど行くと釣りポイントがある。
ぼくと一緒に来れば、探しているものも見つかるだろう、と、ヤマダはルージュ・ブランに言い、作者は君が活躍する物語もちゃんと、違う世界で書き進めているから安心していい、とも言った。
川幅がやや広くなり、流れがゆるやかになった釣りポイントは川の色が黒くなっていた。
その川岸、洪水のあとで薄茶緑色になった夏草が生い茂っている中に、茶色くなった囚人服を着た連続殺人犯は確かにいた。うつ伏せで、泥だらけで、死んでいた。いつからそうだったのかは不明だが、死因は溺死のようだった。
連続殺人犯の顔を確認したルージュ・ブランは警察の関係方面に連絡をして、ヤマダに感謝し、握手をした。
「いろいろありがとう、ヤマダ」
ヤマダは、ルージュ・ブランと握った手を最後に残すような形で、薄黄色のきらきらと光る小さな粒になって消えた。
「ぼくは別の世界で釣りを楽しむことになる。この世界には元・神ではなく、ちゃんとした神のヤマダが偏在することになってるから、案じることはないよ」
それが元・神のヤマダの最後の言葉になった。
*
「最後に、また何か歌作ってくれない?」と、おれは市川に言った。
「えー!? アドリブの無茶ぶりしないでよ、備くん」と、市川は言ってこう歌った。
ぼくらは嘘つきだけど
全部嘘じゃない
みんなは楽しむよ
この物語を
この物語を
「ビートルズが発表した最後から2番めのアルバムの、一番最後の曲っぽい感じで」と、市川は説明した。
「じゃあ、おれたちは今までやったことがないことをしよう」
おれたちは縁側に立って南側を向き、ややこしい方法で握手をした。
おれは両手を広げ、その右手と清の右手が握手をする。
おれの左手と市川の左手が握手をする。
そして、清の左手と市川の右手がおれの前で重なる(握手にはならない)。
そして、お互いの顔を見て、さすがにその姿勢では無理なので、清と市川は手を離して、おれの肩に手を当てて、北側を向いているカメラと読者に向かってお辞儀をした。
「どうもありがとう」
カメラはおれたちを撮ったあと、どんどん後ろに下がっていって、空の雲のすき間から見える西側の太陽の光(天使の階段)と、その反対側、新校舎と特別校舎の上にかかる二重の虹を撮った。




