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物語部員の嘘とその真実(夏休みの火曜日の午後、物語部員が巻き込まれた惨劇について)  作者: るきのまき
午後3時20分~30分 すべての謎が解決する
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67話 最後まで完成していないテキストを、作者に見せてもらったんだよ

 おれの聖杯を持つ手はすこし震えていたかもしれないが、それを隠す程度の自制心はあったつもりだった。あいつはどこまで知っているのかという怯えと屈辱がおれの脳内をかき乱している。この、ただの水にたらした聖水の数滴が、おれの理性を保ち、支えるために役に立つといいのだが。

「最後まで完成していないテキストを、作者に見せてもらったんだよ、ここへ来る途中に」と、あいつ、立花備たちばなそなえは、おれ、市川醍醐いちかわだいごを、若干酩酊したように見える眼で見ながら言った。

「全部しっかり目を通すと2時間ぐらいかかるんで、流し読みだったけどね。それで、どうも何か、自分で書いた覚えがないテキストが混じっている、という話でさ」と、おれ、立花備は言った。

 ああもう、ややこしいな。以下、おれ(立花)とおれ(市川)ということにする。

 それってどういうことなの、と、わたしは思って勝手に話に混ざった。あ、この「わたし」ってのはふたりの友だちで物語部の一年生部員の樋浦清ひうらせいね。

 やった、と自分(作者)は思った。

 一人称多視点という、たいていの小説書き入門書ではやってはならないことをトリック(仕掛け)に使うというひどい手法だ。

「たとえば冒頭のこれからして、お前なんじゃないの?」と、おれ(立花)はおれ(市川)を横目で見ながら、携帯端末で拾ったテキストを読んだ。


『おれはこの話をどう始めたらいいのかわからない。おれは結末を知っているし、その結末に至る過程も知っているから、正確に言えば、どういう形式で書けばいいのかがわからない、だろうか。』


「ちょ、ちょっと待ってよ備くん。それ書いたとき作者は結末のことなんて考えてなかったと思うよ」と、おれ(市川)は言った。

「それはわかんないなあ。その聖水、もう一度おれに回せ」と、おれ(立花)は言った。

 銀の聖杯の聖水は水飴のように甘く、黒のそれはアルコール系飲料のように酩酊させ、金のそれはカフェイン入り飲料のように意識を明瞭にする(けど、そのあとがつらい)。

 わたしは、醍醐くんと備の、めいめいが一度持ち手を変えた聖杯を受けて、最初に持った側に渡して戻した。そう言えば、なんでわたしの心の中では、醍醐くんは「くん」づけで、備は呼び捨てなんだろう。心の中だけじゃなくて、口にも出してるけど、それって無駄な設定っぽくない? ああっ、脳内で考えてることがダダ漏れしているこれは、単なる意識の流れを越えた無駄な饒舌感? はい、もう考えるのやめます。はいやめた。………やめたって言ってもやめられないよね考えるのは。つまり、それはわたしが、ふたりについてはそれぞれ違う距離感を持ってるってことかな。最初のころはなんか、どっちもわたしは「さん」づけで呼んでたんだよね。ああーっ、わかった。醍醐くんはわたしのことを「清さん」、備は「清」って呼んでたからだ。だったら全然無駄な設定じゃないじゃん。えらいぞ作者。でもそれって作者が考えた設定なのか、わたしが自分で考えたことなのかは曖昧なんだよね。つまり、この茶道化学部の部室兼茶室にある大机、東西に長い長方形の、西側に備、東側に醍醐くんがいて、わたしが北側で、ふたりとは等距離の横に長い二等辺三角形を形作ってるんだけど、もうすこし備のほうに寄った三角形でも問題ないよね。

「何を考えてるんだお前は」と、聖杯のやりとりをしたあと、座った人ひとり分ぐらいだけおれ(立花)のほうに近寄った清に言った。

 またおれ(市川)を試そうとしているな、と、おれ(市川)は黒い心で、清から受け取った黒の聖杯の中の黒い聖水をすこしだけ直接口に含んでみた。つらいなあ。実につらい。おれ(市川)だって清のことを、お前とか清とか呼んでみたい。でもそういうキャラじゃないんだよな、おれ(市川)って。

     *

「なんかうさん臭いな、と思ったのは、おれが話の途中で死んだり殺されたりしても、みんな一人称で話が続けられるから大丈夫だよ、ってことになったときだ」と、おれ(立花)はテキストを引用して話を続けた。


『みんながおれを被害者にする、という方向で話がまとまりかけていて(市川醍醐いちかわだいごはトイレに、どういうわけか、どどどどういうわけか、冷やしハーブティーが残っている紙コップを持って出ていった)、ちょっと待て、とおれは言った。

「おれが死んじゃったら話終わっちゃうやん。これ、おれの一人称だしー」と、おれは言った。

「だいじょうぶだよ、備、わたしがちゃんと話解決してあげるから。犯人誰がいいかなー」と、わたしは言った。

「一人称で話を作るっての、もう50年ぐらいやってないけど、なんとかしてあげるわ」と、私は言った。

「やっと僕の出番のようだな、と、年野夜見としのよみは、立花備たちばなそなえの死体を見て思った」

「あっ、あたしがですか? 難しいけどがんばります!」と、あたしは言った。

「なんでお前の一人称だと考えてるんだ、図々しい奴だな」と、俺は言った。

 樋浦遊久先輩は黙って中空を見つめている。これはあれだな、フェレンゲルシュターデン現象だ。』


「このとき、市川と遊久先輩は、「と言った」とは言わなかった。言ったのは順番に、おれ(立花)、清、千鳥紋先輩、年野夜見さん、松川志展、関谷久志だ。うまいこと逃げてるんだよ。遊久先輩が言うなら、それは会話しているときと同じ「俺」で、関谷とかぶってしまうので黙っていた。市川は「と、ぼくは言った」で誰ともかぶらず、問題はなかったはずなのに。お前、会話では「ぼく」って言ってるけど、一人称とか心の中では「おれ」なんだろ」

 そこまで知られているならもう、真相も知っているだろう、と、おれ(市川)は覚悟を決めた。

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