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物語部員の嘘とその真実(夏休みの火曜日の午後、物語部員が巻き込まれた惨劇について)  作者: るきのまき
午後3時20分~30分 すべての謎が解決する
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66話 シネスコサイズ時代の市川崑監督ならうまいこと撮っただろうなあ

 おれは自分の携帯端末で物語部の顧問であるヤマダに事情を説明した。しばらくしたら物語部の部室と図書室にいる、動ける人たちは来ることだろう。

 ただ、ヤマダはまだ足の怪我が治りきっていないので動けないし、部員の樋浦遊久ひうらゆく先輩と年野夜見としのよみさんは動ける状態ではない。千鳥紋ちどりもん先輩は生徒会室にいたんだけど、面倒くさいので物語部の部室に戻る、ということだ。サポーターの松川志展まつかわしのぶ関谷久志せきやひさしには、天気がもっと回復して、この霞が消えるまで動かないほうがいい、と言っておいた。真・物語部の真・遊久先輩は、おれたちの遊久先輩と状況は同じだ。

 結局、元物語部員で探偵のルージュ・ブラン(ルーちゃん)先輩、真・物語部の真・年野夜見さんと真・千鳥紋先輩、それに真・一年生のふたり、か。おれたちの世界の物語部員は、各人がこわいと思う方法で3人、臨死体験をした。

 真・市川醍醐いちかわだいごは、茶道化学部の部室兼茶室の南側にある松の木の枝で首を吊っている。

     *

「あの松の木の枝には、なにかをかけておかなければいけなかった」と、おれは言った。

 おれは説明を続けた。

「それは、徳利でもかき氷の宣伝幕でも、盗んだパンツでもいい。松の枝にはおれの記憶では、朽ちかけた荒縄にひょうたんがぶら下がっていた。単なる飾りではなく、魔除けとして意味があることは、代々茶道化学部の部員は知っていて、市川醍醐も知っていた。おれと千鳥紋先輩が手に入れた銀の聖杯を持って物語部の部室に戻り、金の聖杯を受け取って帰ろうとするところを、なにもぶら下がっていない「首くくりの松」の木の枝を見てしまった。そこには、市川が新しくかけ直しておいた、インスタ映えのするおしゃれロープがあったんで、真・市川は、ついふらふらとその罠にはまった」

 おれは、掛け軸を背に、大机の西側に座り、反対の東側にはメイド服姿の市川が、そして北側には樋浦清ひうらせいが座っていた。メイド服は、読者サービス以外の意味があるのかと強く問いたいが、なんとなく似合っているからまあいいだろう。すね毛も剃ってあるようだし。

 そして大机のおれの前には、コップに入った水と金の聖杯、市川の前にはコップに入った水と黒の聖杯が置かれていた。

 おれの聖杯は、松の木の枝にぶら下がっていた真・市川が持っていたもので、おれは庭先に降りてその手からおれの手に移した。

 市川の聖杯は、金の聖杯と同じく、冷蔵庫にあった。

 おれたちは、差しつ差されつといきたいところだが、大机が東西に細長くてとても直接やりとりができないので、間に清を置いてみたのである。シネスコサイズ時代の市川崑監督ならうまいこと撮っただろうなあ、と思えるような場面だ。ひとつの部屋で延々と会話するところは、美的に美しくなる構図をとりあえず置いて各キャラクターの位置を見せておいて、あとは適当に、成瀬巳喜男なんかを参考に各人の「なんだって!」とか「そう言えば」みたいな顔のアップを撮って編集する。こういうのは漫画のコマ割と同じく、訓練とセンスである。

 おれは、コップの水を聖杯に適量注いだ。ただの水は黄金色の聖水に変わった。同じことをしている市川の聖水には、黒い聖水ができているはずだ。

 おれは、自分の聖杯と聖水を清に渡し、清からは市川の聖杯と聖水を受け取った。

 黄金色の聖水は死んだものを生き返らせ、黒い聖水は深い眠りと死をもたらす。

 清は、市川が以下のように言った、と言った。

「冷蔵庫の中には聖杯はともかく、いろいろおいしそうなものがあった」

 この、あったでもなかったでもない、微妙な言い回しは何なんですかね。要するにそこには、ふたつの聖杯があったんだ。

 おれは、受け取った黒の聖杯に入っていた黒い聖水を、化学実験の際にやるように、その上で手を動かして匂いをかいだ。

 けほけほ、とむせながら、おれは、直接飲んじゃあかん奴やね、と思って、ただの水が入っているコップの中に数滴垂らした。墨のような液体は、コップの水を薄墨色に変えた。

 これは何だな、アニメの中で未成年がいい気持ちになる場面で使われる、非アルコール飲料の類だ。いい気持ちになって寝ちゃう、ってのはまだいいほうで、歌い出す、踊り出す、笑い出す、さらに悪いのは、からみ出す、というね。

 市川のほうは、金の聖杯から直接中の聖水を飲んで、お、こりゃ乙でげすな、とか言ってる。

「あーっ!」と、おれは突然言わなければならないことを思い出した。

「そう言えば市川、ときどきおれの一人称で語られてる物語に、さり気なく混ざってるよね」

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