63話 清が全裸(おれの脳内では)で倒れていて、市川がいない
ラスボスを退治して裏ダンジョンかよ、と、おれは思いながら、次第に薄くなっているがまだ十分に濃い霞の中を、新校舎の西北部にある茶道化学部の部室兼茶室に向かった。昔のSF映画の金星がこんな感じだろうか。作り物めいた巨大なアリや、その翼で本当に空が飛べるのかと思えるような巨大なコガネムシのようなものが、うろちょろしたりゆっくり動いてたりするのも見えた。眼鏡を取ると確かに、足元数十センチぐらいしかはっきりとは見えず、茶道化学部の部室兼茶室は水墨画の遠景の中に、黒い影となって浮かんでいた。おれは、この世界の神であるヤマダよりすこし上のえらい創造主、この世界を物語として作ることのできる作者によってもらった、霞なんて気にならないぐらいはっきり見える特殊眼鏡をかけ直して進んだ。
離れの建物は、南向きに庭と竹林と松の木が見られる縁側が設けられていて、入り口は東側の横に開く玄関で、上がりがまちまでついている純和風もどきだ。おれは用心しながらガラス戸を開けると、普段はその奥にふすまがあって視線がさえぎられているところが、なぜか茶室(という名前だけど、単に畳が敷いてあって、冬には掘りごたつにもなる便利机が置かれている部屋)が丸見えだった。
そしてそこに、おれと同じ物語部員の一年生で、さくら色の瞳と同系色の髪(要するにピンク)を覗けば、体型的にはごく普通の女子である樋浦清が頭を西にして、縁側と平行に畳の上で横たわっていた。
全裸で。
いろいろ全体に、特に足りてたり欠けてたりすることのないその体は、ほどほどに劣情をそそる程度にはしっかりしていた。
細かな描写をせっかくなので読者のみなさんへのサービスのためにしようと思ったんだけど、なんか肝心の、胸とか腰から太ももにかけてのところは、どうもボヤけていてはっきりしない。しかしこんなうまい話があるもんかと、おれは眼鏡を外して目をこすって見直したら、別に普通に服を着ている。おまけにパンツのところは微妙に見えない程度の角度だった。
なんだよー、そう言えばこれって、服を着ている人の服だけが透けて見える特殊スケスケ眼鏡だったっけ。
しかし、清と一緒のはずの、おれたちの仲間の一年生である市川醍醐の姿が見当たらない。
どう見ても、何かの事情で意識を失っているように思える清だが、おれはすぐに、ここで駆け寄ったりしてはいけない、と悟った。
上がりがまちのところで、おれはゆっくり靴を脱いでこう言った。
「ははは、ご冗談を。こういうのって、壁際に隠れてる市川が、木刀かなにかを持って構えていて、おれを一発ぶん殴ろうってしてるパターンだよね。だめだよー、それは。もうバレてるから。………………え、本当にいないのか。一体どうしちゃったんだよ、清と市川は」
清が全裸(おれの脳内では)で倒れていて、市川がいないということは、市川は清をレイプして逃げた?
いやそれはないなあ。あいつはそんな、意味のない小悪党じゃないはずだ。
建物の誰かが隠れられそうなところ、かつ誰かが隠しそうなところは、冷蔵庫の中まで調べてみたんだが、市川は見当たらない。やっぱ逃走した連続殺人犯は本当にいて、ここで悪いことをしでかしたのかな。
清の具合を確かめてみたけど、別に気を失っているという状態ではないようだ。人間の気をうまいこと失わせる手段は、今のところ映画の世界でしか発見されていない。脳震盪を起こすことはできるんだけど、あれは死にかけた状態になる・させるってことなんで、素人には無理であるし危険だ。
樋浦清は、擬音を使うとしたら、すやすや、という感じで寝ていた。体をがくがくと揺さぶったりしても、なかなか目が覚めない。往復ビンタとかキスとかすれば起きるだろうけど、すこし荒療治すぎるしなあ。
おれは部室(茶室)の冷蔵庫の中の液体をあさってみたが、とてもたくさんあって、さらに安全そうな茶道部用の液体と、危険かもしれない化学部用の液体との区別がつかない。明らかに危険そうなのは「危」ってラベルが貼ってあるんだけど、ただの水みたいにしか見えないのも、本当にそうなのかどうかはわからない。
おれは、高いのか安いのか不明の茶碗で、西側に設けてあった床の間の上の、金魚が入れてある水槽から水をすくって、清のところまで行った。金魚が泳いでいる水なら毒とか危険とかいうことはないだろう。
ぼた、とすこしだけ顔に垂らそうと思ったんだけど、手が滑って、ぽたぽたざざざ、って感じで水がかかってしまった。
目が覚めた清は、何すんだよ、と、おれに咳き込みながら怒った。
どうせ怒られるんだったら、キスで起こしたほうがよかったかもしれない。




