62話 恐怖とは演出で、演出とは文体なんだ
「ところで魔王、じゃなくて先生はどうしてそんなに黒いんですか」と、おれは作者に尋ねた。
実際の作者は薄青から薄黄色の間の、さまざまな色に変わる派手な、大悪党か正義の味方が切るようなマントと、その下に囚人服か病人服か寝間着のように見える淡い色のものを着ていて、もう何年も外出したことがないように見える。学校の3階の空き教室のように見える部屋には、テキストを作成するためのパソコンとモニターとキーボード、作成をサポートする携帯端末以外のものは見当たらない。要するに買い物をするための服がない。トイレや食事、入浴などはおれの知らない別階層の世界でちゃんとしているんだろうし、その世界のコンビニみたいなもので、たまには買い物もしているんだろう。
そして、作者は顔を持たず、その性別も不明だった。
作者、つまり先生の顔は、虚無の闇と創造の光の間の、さまざまな段階の光源だった。だから正確に言えば、その姿は薄ぼんやりとしていて、その顔は黒にも白にも見えた。
「先生って言うのだけはやめて」と、作者は言った。
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1970年代の、いわゆる狂乱と喧騒の1960年代のあとの時代はホワイトアウトの時代だった。その時代には、年老いた役者を安価で大量出演させたパニック映画と、若い世代のために若い監督・役者が作ったホラー映画が生まれた。一連のパニック映画は大画面の劇場で見られることを最上とし、ホラー映画はビデオソフトとして自宅で仲間と見られることを前提にしていた。1980年代になってそういうものが、四角くて暑い円盤、つまりビデオテープになってレンタルビデオ屋の特定コーナーに置かれるようになり、そういうものを見て育った世代が20世紀末から21世紀はじめにかけてみずから監督や作家になって作るようになった。自分はそういうのを見て育った世代だね。
ところで、恐怖とは演出で、演出とは文体なんだ。だから、自分が書いてみようと思った、つまり物語作りの動機と目的は、世界と自分との落差が、自分の文体でうまく表現できているかの確認としておくのが、普通にわかりやすいのかもしれない。
もやもやとした雲の間から、神もしくは天使が手を伸ばして、自分の手とつながっている。足元には永遠の闇と虚無が広がっている。それが世界と自分との関係だから、こわいのが当たり前なんだけど、それをそのままテキスト化しても意味ないし。
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作者はおれに手を差し出して、握ってみて、と言った。
おれが触れたその手の感じは、かさかさして、軽くて、火をつけるとよく燃えそうだが、水の属性にも弱い、要するに昔の紙で作った本みたいだった。
そのようなものでも、永遠の闇と虚無には落ちないもんだ、と不思議に思った。
先生は記念に、と言って机の引き出しから、毒液が飛び出す万年筆と、竜頭を引っ張ると丈夫な細いワイヤーが出てきて人を絞め殺すことができる腕時計と、服を着ている人の服だけが透けて見える特殊スケスケ眼鏡をくれた。火炎放射器にもなるライターは、未成年だから持ってても仕方がないだろう、ということでくれなかったが、特殊スケスケ眼鏡は問題ないのか。
おれは、どうもありがとう(MI6の)Q、じゃなくて作者さんにお礼とお別れをして、3階から1階の下駄箱(靴箱)に向かって階段を歩きながら携帯端末で物語部の部室にいる一同に状況報告をし、なすべきことをした。
なお、階段を降りながらそのようなことをするのはとても危ないので、素人はそんなことをしないほうがいい。
学校は、西口に通用門、南口に正門があり、電車通学のほとんどと自転車通学の一部はおもに西口を使っているため、そちらのほうがほぼ正門に近くなっている。通用門を入ると左側が弓道将棋部の練習場で、弓は原則として北に向けては射たないことになっている。それは南面する神または天子に背く行為として、室町時代に禁止されたためだ(とか書いておくと、本気にする人が出てくるかもしれませんが、もちろん嘘です)。
弓道の的がある側は通用門を通って教室に向かう生徒たちが通る道があり、厚いコンクリートと木と土で作られた的置き場がその境界にある。コンクリートの壁の上のほうは金網が張られ、的から大きく外れた矢が何本か網に引っかかっていることがある。金網がなかった時代には、そのまま通用門を出入りする生徒に当たっていたのかどうかはわからない。
川の氾濫で水浸しになった校庭より、やや高いところに校舎は建てられており、それと同じ高さに弓道将棋部の練習場があって、それよりすこし高い丘のようなところに茶道化学部の部室兼茶室がある。おれの仲間の樋浦清と、敵の市川醍醐はそこにいるはずだ。
部室兼茶室への道は砂利のようなものが敷き詰められていて、濃い靄のせいでうまく見えなかったが、作者からいただいた特殊眼鏡をかけると先がよく見えた。おまけに視力矯正の秘められた力もあったようで、なんか世界がくっきり見える。
物語部みたいな部に眼鏡キャラがいないのはおかしい(6人部員がいたら5人ぐらい眼鏡でもおかしくないだろう)と思っていたんだけど、おれが実はそうだったのか。




