57話 ううう、パワフリィとスマートリィの区別がつかないです
おれたち5人が新校舎を探索している間、残りの者は何をしているか、軽く語っておこう。
登場人物は物語部員が6人、真・物語部員が6人、サポーターが2人、顧問のヤマダと元物語部員のルージュ・ブラン(ルーちゃん)先輩と16人もいるんだが、真・物語部員の6人は物語部員と同じ声優が演技を変えてやるだけなので、収録のスタジオはそんなに混んでない。サポーターのひとりである松川志展の役は、リアルでも現役高校生の松川志展で、もう出番だいたい終わったんで、最終チェック終わるまで外で待機しててください、と監督に言われて、いつものようにスタジオがあるビルの2階のドリンクコーナーで学校の勉強をやっている。
関谷久志役の声優は、大学の理学部に籍を置きながら現在プロとして活躍中(大学は休学中)の中堅で、松川ちゃん(志展ちゃん、とは言わない)、数学は公式暗記するだけじゃだめだよー、まあそれだけでもそこそこの点は取れるけどねー、って言いながら、同じコーナーで松川に勉強を教えている。
ルーちゃん先輩の役はベテラン声優で、名前を聞けば誰でも主演のアニメをたちどころにいくつか挙げられるぐらいの人だが、同じコーナーで自分と松川の台本の書き込みを、4色ボールペンの緑色を使って再チェックしている。しかもその書き込みは、帰国子女なので英語。
「ここんところは、ストロングリィじゃなくてパワフリィだよ、志展ちゃん」と、その声優は正しいアメリカ英語的発音で言った。
「ううう、パワフリィとスマートリィの区別がつかないです」と、松川志展は言った。
ヤマダはキャリアの浅い若手声優で、悪いんだけどみんなの演技を見てて、って監督に言われて(こういうときの「よかったら」とか「悪いんだけど」という監督の指示は、命令である)、スタジオの隅の待機用椅子に座っていた。
現在一番大変なのは、新校舎を探索している市川醍醐と真・市川醍醐で、ひとりで二役をやらないといけない。
もちろんこれは嘘である。
単におれたちがアニメだったらなあ、って架空の話で、本当は残りの11人は特別校舎の物語部の部室と隣の図書室に別れて、死にかけてたりソファで寝てたり、学校の勉強をやってたり、神話や伝説の辞典を読んだり、ネット検索をしたりしている。
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以前、物語部と真・物語部の合同バーベキュー・パーティの際、作者と会話できる登場人物のひとりである立花備は、同じことができる真・千鳥紋とラム肉を食べながら実在と非実在についての会話をした。ラム肉は不人気なため、どんどん炭になっていて、ふたりは、なんか北海道民みたいだなあ、と思いながら羊のように食べた。
「ここで疑問なのは、この肉の実在性じゃなくて、実在のあり方なんやね」と、立花備は言った。
「つまり、私たちは何度か、ラム肉を食べたことがある作者によって、その経験の範囲内で言及することができる。これが別の、たとえばカンガルーとかワニだったらどうだろう。そういうものの描写が必要だったら作者も、一度は食べてみるよね」と、真・千鳥紋は言った。
「実在するものの描写が、実在しないものより難しいのは、何々はそんなもんじゃない、って、ちゃんとそれを知ってる人がいるところだよね。マンモスやパンダや龍の肉だったら適当に、固くて苦くて安物の豚みたいな味がした、って書いておけばいいんだろうけど」と、立花備は言った。
「いや、マンモスとパンダは食べた人いるんじゃないの? だいたい象とクマの肉の味で代用できそうだけど」と、真・千鳥紋は言った。
お前らさあ、そんなものを食べる物語なんて、どうやったら作れるって言うんだよ、と、作者はすこし怒った。
「ところで作者は、北海道とかモンゴルとか行ったことあるの?」と、立花備は作者に聞いた。
モンゴルはないよ。行ってたら、なんかモンゴル民みたいだなあ、と、君たちに思わせるよ、と、作者は言った。
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特別校舎の物語部室から、新校舎西端の生徒会室までは240メートルを想定しており、単純に歩くだけなら1分60メートル、4分を想定していて、2年生の教室は8つで、ひとつの教室をチェックするのに30秒で、二組に別れておこなうから各チームは8分で目的の場所にたどり着けることになる。
単調な作業の繰り返しを、だらだらだらだらだらだらと語ってもいいのだが、別におれたちの話はアンドレイ・タルコフスキーの映画じゃないので、そういう眠くなることはしない。でも読むとそのくらいの長さに相当する無駄話はしても問題ないんじゃないか、って気がする。




