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55話 映画は枠であり、その枠を構成するのは演出だ

 おれを含む物語部の生き残りの4人、それに真・物語部のアクション担当である真・市川醍醐いちかわだいごは、物語部の顧問であり神でもあるヤマダの命を救う聖杯を見つけるために、新校舎の探索を再開することにした。

 ところでみんなは、アーサー王とその仲間たちについてはどのくらいの知識を持っているだろうか。仲間の騎士で一番有名なのはたぶんランスロットで、魔剣アロンダイトの使い手として知られている。ひとたびその剣を鞘から放てば嵐を呼び、黒衣のアンデッド軍団(野武士みたいなもの)を率いて、アーサー王とその軍団と互角に戦うことができる。ランスロットは闇落ちキャラの元祖みたいなもんだな。もちろんこれは嘘である。

 聖杯を探しに行ったメンバーだと、前に挙げたおっちょこちょいの非正規派遣騎士みたいなもので槍の使い手パーシヴァルほかふたり、アーサー王の甥で名剣ガラティーンを持つガウェイン、ランスロットの隠し子ガラハッドが知られている。神殺しの槍であるロンギヌスの槍に対して、聖杯は童貞殺しの杯と呼ばれてはいないが、童貞以外には見えたり持ったりできない杯である。

 おれたちの学校で聖杯城カーボネックに相当するところはどこか、ということだが、千鳥紋ちどりもん先輩は、それは生徒会室だと言う。

 物語部の部室がある特別校舎は学校全体の東南に当たる位置で、生徒会室は新校舎の西の端の最上階にある。要するにそこへ行くには延々と廊下を歩いていなければならない。

 ついでなので、ってこともないんだけど、一応連続殺人犯も探そう、ということで、おれたちは2階の渡り廊下を通って、2年生の教室と教員室がある新校舎の2階を通り、西の端の階段から3階に行くことにした。

 渡り廊下の途中で、おれは真・市川がどれだけの腕を持っているのか試してみることにした。

 まず、お互いに試合開始前の礼をするところで、おれは面白いので真・市川に蹴りを入れてみたが、ふん、と鼻先で笑われてかわされ、腹に十数発拳をくらって、足払いをかけられた。

 痛くてもう、このまま起きるのやめようかなあ、と思っているところ、頭をがんがん踏まれたうえ関節技をかけられそうになったのであわてて立ち上がって、とりあえずさらに左右のゆるい誘い蹴りのあと、本気になって右手の手刀で襲いかかったら、つかまれて叩きつけられそうになるところを、体を小さくして足の裏で立って、逆に真・市川を持ち上げてぐるぐる回してたら目が回ってオウンゴール的ギブアップをした。

「なかなかやるな」と、おれは感心した。

 なお、殴り合いとか投げられるところとか、おれが画面に顔を出さないで戦ってるカットはだいたいアクション専門のスタントマンが代理でやっているため、自分はたいして疲れない。映像になってみると、編集でうまいこと組み合わせて本当に戦ってるように見えるけど、窓の外の雨がカットごとに強さが違ったり、中には全然雨が降ってなくて日が照ってるカットが混じったりしてもう大変である。

     *

 映画監督の吉村公三郎は、松竹の入社試験(将来的には監督となる者を選ぶ試験)で、フランス語をカンニングさせた遠藤周作を「したんじゃなくてさせたんだからいいじゃないか」と言って通した人物だが、映画は枠であり、その枠を構成するのは演出だ、と言っている。ある場面であるアクションをさせたかったら、背景・小道具・照明などに無理のない演出をしなければならない、ということだ。

 役者が喫茶店で、右手のひじをテーブルにつけて恋人と談笑しているなら、そのコーヒーカップは左手に持たないといけない。ジェームズ・ボンドがベッドで襲われて右手で銃を相手に向けるなら、ボンド・ガールはボンドの左側にいなければならない。

 そんな面倒くさいことでも、つい見逃してしまうのは、役者の右側にコーヒーカップを置いて、右手にタバコを持たせちゃうこと。まあ今はタバコを吸う役者なんて映画には出てきませんけどね。喫茶店で役者にタバコを吸わせたいなら、右側に灰皿、左側にコーヒーカップを置かないといけない。逆でもいいんだけど、面倒くさいことである。

     *

 おれたちは粛々と、新校舎の2階の教室を順番に覗き、照明のスイッチをつけたり消したりして、東側から徐々に西のほうへ進んだ。

 新校舎の廊下から見える外の様子は、次第に濃くなる霞と、川沿いの照明、その明かりの下で働く人と機械、という感じで、この学校の敷地内を除くと、異常事態はおさまりつつあるように見えた。

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