54話 私たちは聖杯を探して、見つけなければならないわ
アーサー王と円卓の騎士の話は、神話と史実と創作がいろいろ混ざっていて、真実を抜き出すのはアイスミルクティーからアイスとミルクとティーを抜き出すのと同じぐらい難しい。そして抜き出してもアイスミルクティーという飲み物の魅力と、飲み物として他のものと比較して、これがこういう風にいいんだよ、と語ることはできない。
とりあえず、アーサー王みたいな人が、昔のイギリスにいたことは確かだろうと、これは疑っても仕方がないというか、疑うと物語にならないのであきらめている。
アーサー王と騎士たちの偉業は、真実味がほぼない、民間伝承と物語師によって彩られた黄金のクズである。割とこれに近いのはマーベル・コミックのヒーローものかな。ギリシャ・ローマ神話の神々ほどエロくもクズでもないのは、架空の騎士道精神という無限遠点みたいなものを設定して、遠近法を理解した上で歪めたキャラ造形になっているからだ。その遠点以外にも、エクスカリバーとか聖杯などがあるんで、うまいこと物語の紡ぎ手は話のテーマをぼかすことに成功している。この物語のテーマは死と再生、および神なんかいなくてもなんとかなるかもしれないという希望だ。
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物語部の顧問でもあり神でもあるヤマダは、ロンギヌスの槍で傷つけられた足を痛がっていたが、治癒能力を持つ真・世界の真・物語部の真・立花備が即席で作った護符(物語部に常備してあった救急セットの包帯に、こないだおれたちが浅草へ遊びに行ったときに買ってきた千社札シールを組み合わせたもの)によって、血が流れるのは止まったが、徐々に弱っているのは目に見えてわかる。
物語部の、いつも樋浦遊久先輩がごろごろしていたソファには、青のビニールシートが敷かれて、その上に年野夜見さんが横たえられた。野武士に斬りつけられた傷口にはさまっていた緑の木の葉がついた枝は、真・遊久先輩によって慎重に取り除かれた。実存の微かな証であるその枝は、使われなって土だけが残っていた鉢に植えられた。その鉢は、しばらく前に非実存の彼方へ消えてしまった、しばらく前から元気がなかったサボテンが植わっていた鉢だった。
実存と非実存の合間にあった年野夜見さんは、カイロ機能も持っている真・遊久先輩の聖なる盾(仮)を背中に当てて、うつ伏せで寝ており、真・立花備は、お客さんだいぶ凝ってますね、みたいな感じでマッサージしている。
逃走した連続殺人犯探しから、とりあえず樋浦遊久先輩と年野夜見さんが、死なないけど脱落した。一度死んだけど、今は生きてるのか死んでるのかよくわからない状態、ってのが正しいんだろうな。
「私たちは聖杯を探して、見つけなければならないわ」と、千鳥紋先輩は、力強い声と死んだ魚のような目で言った。さながら沖縄戦で特攻に行く兵士である。
おれたち生き残りの物語部員4人、つまり千鳥紋先輩、おれ、それにおれと同じ一年生部員の樋浦清と市川醍醐は、まだ見て回っていない2階の東側の教室から、ふたりずつの組になって探索を続けることになった。おれは、おれたちの組にもうひとり、真・物語部の真・市川醍醐(女子)に加わってもらった。なんとなく不安だったからだ。
「やっと私の出番が来たようだな!」と、肉体言語で語るほうが好きなように見える真・市川は言った。
こんな奴でも、我々の誰かひとり、あるいは何人かが死んだときには運んでくれる役には立つだろう。




