53話 これはもう、神とか王様あきらめて釣り師になってもらうしかないですね
この物語をどこから始めたらいいのか難しいのは、ある出来事が起きたそもそものはじめがさっぱりわからないことだ。前は蜻蛉切と呼ばれたロンギヌスの槍が、ヤマダの足に刺さるには、おととしの夏、先輩たちがそれを見つけたところからか、超古代あるいは超未来に、その持ち主がそれを失ったところからか。
おれにとっての物語は、この学校に入って、樋浦清と出会ってからなのだが、それはまた別の物語になるだろう。
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さて、市川醍醐は物語部を入って左側の窓際に近い、窓とは直角の席に座っていた。そして物語部の顧問であるヤマダは正面中央、王もしくは神にふさわしい席に座っていた。ヤマダはその時点で神としての様々な力を失っていたため、未来予知は不可能だったのだろうが、もしこれがヤマダの左側からの攻撃だったら、かわすことはできたかもしれない。
銃がない時代、暗殺を恐れる王は、自分の左側に人を置かなかった。腰の左側に鞘と刀を置く人間は、右側にいる人間を殺すのにワンアクション余計に必要だからだ。
おれたちが手の中で実在ゲーム的に回していた家庭調理用包丁ほどの槍を市川が受け損なったのは、校庭にいた4人が戻って部室のドアを開けたのに気を取られたからで、故意にヤマダを傷つけたわけではない。しかし市川は左利きだったので、左手の中で槍を実在化させようと思って失敗したから、王の席のヤマダの右足にそれは刺さった。
まったく、そうなることはいつから決められていたんだろう。蜻蛉切、あるいはロンギヌスの槍の本来の持ち主がそれを失ったときからだろうか、あるいは、神と同等もしくはそれを超える何かがそれを作ったときだろうか。
痛い、死ぬほど痛い、このままでは死ぬ、死んだほうがましなぐらい痛い、と、ヤマダはいささかオーバーに苦しんでいるが、自分でコントロールできない苦痛を体験するのは多分今までの神人生でははじめてのことだろうから気持ちはわからないでもない。
「これはもう、神とか王様あきらめて釣り師になってもらうしかないですね、ヤマダ、というかペラム王」と、おれは言った。
ヤマダは足を引きずりながら、この世界ももう終わりだ、と言いつつ、物語部の隅にあるがらくた置き場から、釣り用具(竿と糸と針)をがさごそとあさって引き出した。本当になんでもあるのね、このがらくた置き場。
「餌は多分、このスイカの残りを使えば、草食の魚なら釣れるだろう。大きいソウギョとかいるといいなあ」と、ヤマダはすでに退職目前の老教師のようなことを言いはじめた。
「なんてことしてくれるんだよ、このパーシヴァル!」と、おれは市川をののしった。
「こここ、これはもう、聖杯を探しにいかないとどうしようもないですね」と、市川は珍しく取り乱しながら言った。
知らなかったけど、フランスのナイフメーカーのペルスヴァルってそれに由来してるのかな。
くわしく説明してください、と、当然のことながら素人の松川志展はおれに聞いた。
そろそろ面倒くさくなってきたなあ、そんなのお前の目の前にある板でウィキペディア見ればいいじゃん、と思ったけど、アーサー王伝説に関しては日本語版ウィキペディアそんなに充実してないんだよな。
「アーサー王に仕えた十二人の円卓の騎士、ようするにこの物語部ではヤマダと十二人の愉快な仲間たちは、ロンギヌスの槍でペラム王ってブリタニアの王様を傷つけたおっちょこちょいの仲間のひとりであるパーシヴァルのせいで聖杯城カーボネックを探さなければならなくなるんだ。見つからないと王の領土がぼろぼろになって朽ちる。見つかると王は傷が直って釣り師になって領土は元通り。伝説ではそれを見つけるのは3人の騎士なんだけど」と、おれはだらだらと説明をはじめたが、松川はなるほどー、って言いながらタブレットでグーグル先生が教えてくれるサイトを見ていた。
図書室行けよ図書室へ。隣だし、うちの学校そういうの絶対あるから。




