39話 大丈夫、登場人物の考えや行動は自由度高いんで
真・物語部の真・年野夜見は2年生の2学期から新部長になる予定の男子で剣士だった。
対人相手のスポーツというのは、基本的にバカでは一流になれない。相手がこう来たらこう返す、こう返すために相手にこう来させる、と、数手先の相手の攻撃パターンを読み、それに対抗できるだけの運動スキルを身につけないといけない。
考えて体を動かす、それがスポーツだ。
チームの場合は、自チームの限界と可能性、相手チームの弱点と余力をリーダーが判断し、適切な指示をする。リーダーの判断が不適切な場合は、意見具申をする。対面型スポーツ、たとえば卓球やテニス、バスケやサッカーといったものに限らず、ゴルフや陸上競技というものも、対戦相手がいる以上同じことである。
要するに、相手が嫌がることをする、それがスポーツ。
つまり真・年野夜見はバカではないので、もうひとりに回復系の能力を持つ真・立花備を選び、剣士の格好、というかまあ文化祭のイベントでコスプレとして剣士をやるみたいな格好で、腰に魔剣を携えて、図書室から出て行った。
修道女みたいな格好をした真・立花備(女子)は、おれみたいなので本当に役に立つの? って言ったが、チームメンバーの中で一番ガタイが大きくて体力もあるのは真・立花備だった。回復系が真っ先に死ぬと全員が死ぬことになるので、攻撃力はたいしたことなくても防御力・体力は必要なのである。
*
現在の状況はこんな感じである。
立花備、ヤマダ、ルージュ・ブラン、松川志展、関谷久志、それに真・樋浦遊久は、物語部と図書室がある階の、ふれあいルームにいる。
樋浦遊久はふれあいルームの机の上にいる。
市川醍醐と樋浦清は、新校舎の3階、3年生の教室の雑な捜索を終えて、新校舎と特別校舎をつなぐ2階の渡り通廊のところにいる。
千鳥紋と年野夜見は校庭にいる。
真・年野夜見と真・立花備は特別校舎の1階から渡り通廊を通って校庭に向かっている。
真・千鳥紋、真・市川醍醐、真・樋浦清は図書館で待機している。
逃走した連続殺人犯の行方は不明である。
そして、どの組も、どこで何をしているかという情報は共有されていない。
移動している組も、うまいこと他の、移動している組とすれ違ったり、その姿を見たりしてはいない。
*
40分も物語部の部室でダラダラと雑談させたあげく、5組のグループを同時間設定で動かすなんて、あんたはクエンティン・タランティーノかよ、と、今は天使の状態の年野夜見は思ったが、いやちょっと待て、とも思った。
僕にそう思わせているのは作者で、これはただの、作者の歪んだ自画自賛ではないのか。
いやいや、この、ちょっと待て、と僕に思わせているのも作者なので、作者の歪んだ自虐ではないのか。
「だいたいの流れは決めてるけど、大丈夫、登場人物の考えや行動は自由度高いんで」と、作者は言った。
「つまり、年野夜見さん、あなたがこう考えてる、ってのは作者の自分が作ったり決めたりしている枠外のことなんだ。そういうのって、物語を作ってるとよくあるんだよね。たとえば、映画館であなたと千鳥紋さんが友だちになった、という設定、じゃなくて、この物語だと、という過去の事実に使われている、午前十時半の名画フェスティバルというのは、別の登場人物のために作った過去の事実なんだ。それにあなたたちが自分たちの話として割り込んできた」
「え、え、え?」と、年野夜見は驚いた。
「あなたたちと同じ映画を見ている、別の登場人物が別の物語にいる。そして、映写技師にも別の物語がある」
そして、作者は別の物語についてもすこし話し、年野夜見はすこしその話を聞いた。
ひどいのは、別の物語を作りかけていた作者なのか、それともその物語の設定に、過去の事実として割り込んだ僕たちなんだろうか、と、年野夜見は考えた。
でもまあ、この天使のように見えながらどこか垢抜けている、池袋に遊びに来た埼玉の女子高生みたいな白いワンピース、それに白にすこしだけ黒が混じった天使の羽、金色でぼんやり縁がにじんで見える天使の輪はけっこう気にいっているので、深く考えすぎないほうがいいか、とも、年野夜見は思った。このデザインが、別の物語の別の登場人物に使われる予定のものだったとしても。




