38話 ふたりのまわりには無数の銀色の銃弾がふりそそいでいた
千鳥紋、かつて本当の千鳥紋だった魂は、数十の過去を持つ、やはり千鳥紋的な複数の魂と混ざり合い、ひとつの千鳥紋の魂になった。それがいつなのか、かつて本当の千鳥紋だった魂は覚えていない。去年の夏休みぐらいの感じの記憶として、シュメール人だったときの記憶があり、先月ぐらいの記憶として戦後すぐぐらいのものがある。本当の千鳥紋と混ざった魂の多くは、嘘と本当とを混ぜて扱う職業をしていた。旅芸人、大作家の秘書兼速記者、大出版社の新人漫画家の原稿を受け取る編集者、ハリウッド映画の大脚本家のシナリオ直しなど、千鳥紋的な魂が就いた仕事は、歴史の表には出てこない。ネコやカラスだったこともあるが、女性でなかったことはめったになかった。ヒトとしての生活は大金持ちでも貧民でもなく、たいていは一般家庭の静かな厄介者だった。
*
この夏、突然の豪雨に見舞われ、氾濫した川の水で泥の海となった校庭の、真ん中よりやや北側で、千鳥紋はレインコートを泥と血だらけにして、ほぼ死んでいる物語部員の同級生・年野夜見の体を抱えていた。その下には高校が女子校だったころの夏服、白くてところどころに黒の線の入っている、昔っぽいが淑女らしい制服を着た千鳥紋は年野夜見との思い出に、目から流すことが可能な体液の半分の量を流した。それはかつて本当の千鳥紋だった魂が制御できる全量だった。
ふたりのまわりには無数の銀色の銃弾がふりそそいでいた。銃弾は薄暗い空の雲の果てから、その重さですこし下がたいらになっている、歪んだ球体の形をしていた。泥水に当たった無数の球体は、銀色から白濁色となって無数の、ミルクティー色で小さい泥の王冠と波紋を作り出していた。ほぼ動きが止まった世界の中、比較的近くに落ちた雷の光に照らされて、ふたつの女子の体、そしてひとつの複雑に絡み合った魂と、ひとつの消えつつある魂は静かに震えていた。
ふたりを写す映像は、カメラ搭載のドローンがその近くを飛び立って輪を広げながら回転するような実写と、雨粒を含む背景・風景とを組み合わせて、20秒から30秒の間ぐらいの長さで編集された。回転は、クリストファー・ノーランなら3回転半、マーティン・スコセッシなら5回転させるだろうし、映画を見に来ている客は4回転を望むだろう、と、今は天使の羽を持つ、ほぼ天使の年野夜見は、ドローンの軌道を模倣しながら思った。
なんでこう、クリストファー・ノーランの映画ってロングのショットは客の期待値よりいつも短いのか、と、年野夜見は思った。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』の撮影技法を見習え、っつーの。3D映画でも作ってみろ、っつーの。
*
千鳥紋は防水シートで覆っておいた携帯端末の画面を見た。本来なら物語部の顧問であり神でもあるヤマダと連絡を取ってなんとかしてもらうべきなのだろうが、ヤマダが監視しているはずの物語の部室にある非携帯端末とはどうもうまく連絡がつかなかった。それに、一部の機能を(学校周辺の電気と同じように)失っている今のヤマダでは、この状況が何とかなるだろうか。
千鳥紋は、ヤマダ以外に頼りになりそうな、そして連絡が取れそうな人物へ通知を送った。
『ふたりで来て』
年野夜見が身につけていた携帯端末の画面がすこし明るくなって振動したのを千鳥紋は感じた。
あいつはバカのように見えるが実際はそうではないし、役に立つはずだ。
*
「僕かよ!」
物語部の隣りにある(正確には物語部が隣りにある)図書室で待機していた真・物語部のメンバーで剣技系の真・年野夜見(男子)は、携帯端末の通知を見て驚いた。
そして、必要なもうひとりを適切に選んだ。




